会って即日ブロックされた話

Twitterにて私は「欄干代表」と名乗っている。何の代表なのか、「欄干」とは何かと思うかもしれないが、もちろん「欄干グループ」の代表という意味だ。何をするグループなのか、誰が所属するのか、といった疑問をさらに突き付けたくなるだろう。そういう煩瑣な追及に答えるために、私は人材を求めて「欄干グループ」を作ろうとしている。すべては欄干プロジェクトのためだ。何を計画しているのかという指摘に対抗するために、これから考えようとしている。

求める人材はなかなか見つからない。そもそも私は趣味がかなり偏っている人間だ。同世代で私と同じ趣向をもつ人間と出会ったことがない。かなり妥協をしなければならないが、そうなるとまったく違う系統の人間と関わることになりそうだ。それは率直に言って楽しくないと思うので、今まで単独でやり続けていた。一人の戦いというのは発展性という点で難しい。箱庭人間になる一方だった。脱却を図るために私は欄干代表となって、あちこちさまよっている。これでは昔とあまり変わらない気がしてきた。とはいえ仲間と言える人達はできた。ただし、私の趣味を仲間達が共有しているとは限らず、なんとなくの空気に浸っているというのが現状の交流だ。私はもっと同じ方向を見ている人を探している。

私が最も探究を深めている趣味といえば音楽で、60年代から80年代の英米のロック/ポップ・ミュージックに関心を寄せている。ビートルズやレッド・ツェッペリンが好きだという人ならたくさん居るだろうが、私の関心はそこだけに留まらない。時折、私が知っているミュージシャンの名前をTwitterで検索しては、言及している人がいないかと探しているが、良い感じの人はほとんど見つからない。この文章を読んでいる人の中で、ビルボードのシングル・チャートのTOP40ヒット曲を熟知している人がいたら、是非とも私に声をかけていただきたい。
音楽探求は一人でやるから構わないとして、創作をともにできる人はいないだろうかという念が残る。私は音楽鑑賞に飽き足らず作曲もやろうとする。私が求めているのは、ソングライティング・チームを結成することだ。Mann=WeilやGoffin=King等々のコンビを理想としている。曲を共有するのも、一緒に作ることも良い。特に私は歌詞なんぞ意味はないとよく考えて、全然メッセージを歌に乗せる気がないからいつも難航している(というか放置している。よって歌のない曲ができあがる)。だから私よりも詩を書く意欲のある者がいれば都合が良い。この際、音楽の趣味は被っていなくともよい。誰でもいいから、私が理屈抜きで嫌いな日本のバンドを好んでいなくて、録音はコンピューター任せではない手弾き指向で、自分の曲を作ることにこだわっていて、ライヴをやるつもりがない人間が居て欲しい。私は異常な結婚条件を固持する女性(男性でもか)を笑う資格がない。

いつまでも理想の人がいないいないと言っていても仕方がないので、たまに眺めるだけでまともに利用したことがないジモティーを見ることにした。そこで、まあこの人ならという募集を見つけた。特に目を惹くことは書いてなかったが、「歌とギターをやりたいので仲間を探している」という簡素な情報なので、気に障るところがなかった。投稿されてから数週間が過ぎて、誰も連絡を寄こしていない様子だ。こういう時にためらっては何も始まらないから、私は「今も募集してますか?」と送信した。
今も募集しているという返事はすぐ返ってきた。すかさず私は返信して、お互いどういう趣向を持っているかを確かめ、それが分り次第会おうとした。早急に話を進めたかったことには理由がある。2022年に一度だけ仲間を募集している人間に声をかけたことがあり、しばらくメッセージを交換したが、互いにつまらない態度が共鳴し合って、最後は向こうが逃げた(つまり無視)ことで結末を迎えた。私はダラダラと会話をやったことの反省を活かそうとした。

実際のやりとり

まず私は以下のメッセージを送信した。

返信ありがとうございます。
近い内に改めて話し合いたいのですが、どういう形式がご希望でしょうか?
対面でもメールでも構いません。よろしくお願いいたします。

最短距離で会うことも想定した要求だ。もちろん是が非でも会いたいと肉迫しているわけではないことも添えて。
これに対して相手が何を送ったかについてだが、さすがに原文そのままを引用するのは悪い気がするので、大体の意味が伝わる形で改変する。もうおわかりだと思うが、相手からは既にブロックを受けているので、私はこいつのことを真っ当な人間として描くつもりはないのだ。

おあああああああああああああああああああああああありがとね~。イヤッ!イヤ!!(ちいかわ)最初はメールでしょ!メール! You've got mail(美声)ってやつで、お願いしてもいいですか?
大体お前はどんな奴なんだよ。それが分らないのに俺と会うなんて出過ぎたマネだよね常考。お前が自分語りしてくれたら、ぼくの素性も話してやらないこともないよ、、、敬具

それはそうだなと私は思った。こういう返事がくることは想定していたからだ。私は寛大な気持ちを相手に見せつけた。一部を抜粋する。

かしこまりました。連絡はこちらでも構いませんか? まずはこちらで連絡します。
いくらか自己紹介します。まだ様子見なのと、(怪しまれるでしょうが)秘密主義なところがあるので、そこはご容赦願います。
私は××に住んでいまして、××駅には簡単に行ける距離の所に住んでいます。
(中略)
ブロック野郎様が○歳とのことですが、私の年齢も大体同じです。○歳近く離れてるということはありません。
聴く音楽はほぼ洋楽のみです。60~80年代の英米のポピュラーミュージック一辺倒です。
こういう感じで間違いないでしょうか? お返事お待ちしています。

私は無意味な秘密主義だからここでも年齢を明かさなかったし、ここでも書かない。自分でも認めている通り、怪しい。これが悪かったのかもしれない。しかし私だって相手がどんな人間か知らないのだし、警戒する権利はあるだろう。相手の年齢については、相手がセルフ開示していたのでそれを拾ったまでだ。
正直この辺で無理かもしれないとは思ったが、相手はまだ好意的な態度をとっていた。

なんだよそれ!まあいいや笑 私も××駅なら行けるカナ
さて、何から語ればよいのやら――
あれは……そう、、六年前のことになるのかな。チャック・ベリーっているだろ?あいつが地獄から蘇ってきてさ、俺の枕元に現れた。俺は信じられないくらい眠かったんだけど言ってやったよI said quote、テメーみたいなファッツ・ドミノよりもジェリー・リー・ルイスよりも長生きできなかった程度の人間が俺ンところ化けて出るんじゃねえって。せいぜいお前は三途の川でこれから逝くロックスターを待ちながらMy Ding-a-lingしているがいいって。でもチャビー・チェッカー……じゃなかった、チャックのチャビーは見たことないから知らないよ――チャック・ベリーは俺の才能を感知してたみたいでな(いや言われなくても自覚してたけど)、俺に「弾けよ。何も考えないで生きているのか?」とか言ってきて、まじでムカついた。俺もムキになってJohnny B Goodを練習したよ、あいつが教官でさ。まあ正直昔のことでブランクがあるけど、今も弾けるんじゃない?いや弾けないかもしれんわ。これ以上語るのやめとくわ

ギタリストとしてはトミー・テデスコよりは下手だし、ボーカルもゲイリー・ルイスよりは下手ではないと言われる程度なんだけどネ。ぼくも作詞作曲やるよ。昨日もこういう歌詞を書いた。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ[#「朿ヲ」はママ]負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
底本:「【新】校本宮澤賢治全集 第十三巻(上)覚書・手帳 本文篇」筑摩書房
   1997(平成9)年7月30日初版第1刷発行
※本文については写真版を含む本書によった。また、改行等の全体の体裁については、「【新】校本宮澤賢治全集 第六巻」筑摩書房1996(平成8)年5月30日初版第1刷発行を参照した。
入力:田中敬三
校正:土屋隆
2006年7月26日作成
2019年1月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

俺はお前と違って邦楽も聴くから。まあでも近頃の音楽が俺には到底敵わないってことは確かかな。ラルク、セカオワ、ラッド、バンプは洋楽だとしても通用すると思う。でも俺ほどではない笑

お前は物知り気取りで俺に勝ったつもりかもしれないが、俺だって60年から80年代の音楽くらい知ってるよ。これが教養ってやつさ。DECO*27とは違うんだ。プレスリー、ビートルズ、マイケル(引用者注:マイケル・センベロのことだろうか?)、クイーン、レッドツェッペリン、プリンス、アーハ、ボンジョビ、キャット・スティーブンス、ブラッドロック、クイック・シルヴァー・メッセンジャーズ、プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ、ロカンダ・デッレ・ファーテ、なんでもアリだ。

長文失礼しました。お前を歓迎したいです。であるからしてお前さえよければ会おうや、そう思います。

これは好感触だと思った。熱が冷めない内にと、私は返信する。

詳しくお話ししていただき、ありがとうございます。
ギターは弾けないので、ある程度演奏できる人が居たら心強いです。
ブロックサンダー君が私の趣味とかけ離れていないことに安心しております。
音楽体験が異なることは予期していましたが、昨今の音楽の時流には合わないという点で共通しているのが嬉しいことです。
歌も作詞作曲もやるということで、こちらが足手まといになりはしないかと思うほどです。
こちらこそブロッカー・改とお会いしたいです。
対面のためにご都合の良い日時をお聞きしたいのですが、希望はございますか? ある程度は合わせることができると思います。

相手からはこうだった。

おう、覚悟しろよ。なんか結婚式の時に車のうしろに空き缶をくくりつけて、カラカラやるやつあるじゃん?あれ何だかわかるか?まあお前がそうであるように俺も由来は知らんけど、その空き缶がお前だから。市中引き回し。そういう意味での覚悟な(爆
まあ何事も目的が大事だからさ、顔をあげなって、早く、はよしね(福井弁)これから一緒にTogether, Together, Together……

明後日の2月1日!これしかない。あとは2、3、4日しかない。ア!お前、こんなに日が空いてるからってバカしてんじゃねーだろうな。事情があってまだ楽聖なんだよ怒

学生ならば時間があってよいだろう。相手の年齢は、普通に考えたら大学をも卒業している年頃だったが、そんなことは構わない。これは好都合だと思った。

こちらこそよろしくお願いします。
創作というのは人と共にいることで活発になると信じていますので、更なる躍進ができたらと思っています。
ご指定いただいた日付の中でしたら、3日が一番都合が良いです。こちらも大した身分ではありません。
集まる場所はどこにしましょうか? ××駅で周辺で集合しやすい場所があればと思うのですが。
ちなみに私は××駅の近くにある△△というカフェで待ち合わせすることが多いです。

これ以降のやりとりは、ひたすら場所・日時を指定してゆくだけなので省略する。とんとん拍子で事が進んだものだから、私は今度こそ道が開けたのではないかという予感に駆られた。とはいえ、実際に会って話すまではわからない。

決戦の時

インターネットの人と顔を合わせるというのは難しくはないだろうか。以前、私がTwitterの友人と最初に対面した時は、「VTuberスタイル 2023年7月号」を持参することで事なきを得たものだ。後で冷静になって考えると会った場所が本屋だったので下手したら万引き人間に思われただろう。この人物とは先日も会ったばかりで、「AZKiART4」を掲げることで難なく会えた。というかもう互いに顔を知ってるのだから、見せる必要がないのだが。
さて、恐怖のブロック人間に「AZKiART4」を見せたって奇怪極まりない人間であることが確定する(ついでにブロックされるのも正当になる)だけなので、採用するわけにはいかない。スマートフォンでジモティーを開き、相手と場所を確認し合うことでようやく出会うことができた。多分あいつだろうと思っていたのが正解だったのだから、仮に人違いだとしてもとりあえず話しかければ話は早く済んだ。

相手の風貌についてはとやかく語らない。物静かな雰囲気とでも言おう。
早速カフェに入り、レジにて並んでいる間に「ここは私が払います」と相手に言った。相手の経済情勢はスカンピンだったようで「非常に助かる」とのことだった。
私が前もって確かめたいと思ったことは主に三つだった。「どういう音楽を好み、何を好まないか」「創作をやるにあたり、どういうつもりで活動するつもりか」「いわゆるオタク向けなコンテンツに理解があるか」といった内容だ。最初の二つをここで書いても誰も興味ないだろうし、無難すぎる話題だから特筆しない。当初から一番重要だと思っていたのは、三つ目のいわゆる「オタク趣味」をどう思っているかということだった。私はブロック人間とリアルに限った交流をするつもりはなく、あくまで欄干プロジェクトの一環として人材を求めていたのだ。そのためブロック人間には「欄干代表」を知ってもらわなくてはならない。「欄干代表」を知るということは、私がその手の趣味を好んでいることを知らなくてはならない。それで相手にもインターネットの人として活動してほしかったのだ。

幸いに相手はそれなりにアニメを見たりしている人間だった。今時それは珍しいことではないにしても、とりあえず安心した。私はよせばいいのに、物語に見られる「わざとらしさ」の嫌悪を語り、京都アニメーションなんか駄目だヴァイオレット・エヴァ―ガーデンは偽の感動モノだとか持論を展開していった。これが良くなかったのかもしれない。相手はヴァイオレット・エヴァ―ガーデンを普通に好んで見ていたというのだから。ブロック人間は「葬送のフリーレン」を視聴しているとのことだった。後に私はabemaで「葬送のフリーレン」を四日間で一気見することになるが、幸いに奴のことを思い浮かべることはなかった。

残念ながら相手はTwitterをやっていなかった。それなら仕方がないと、互いのLINEを交換した。その直後に、相手がTwitterのアカウントなら作っていることを知って、LINE交換という余計なことをしたと後悔した。とにかく私の本拠地はTwitterなのだからと、相手に私のアカウントを教えた。相手に「欄干代表」と入力させると、ブロック野郎は「あれ、いくつか欄干さんがいる」と言った。「欄干」を名前につけているアカウントがいくつもあることは知っていたので、「そうだね、その中で欄干代表と名乗っているのが私でね」と言いながら相手のスマートフォンの画面を見ると、私の知らない「欄干代表」がいたので驚いた。

上のツイートをした午後3時22分とは、まさに奴と会って話している最中だ。偽物も発見するし、会った人間にはブロックされるし、酷い一日だった。

相手の素性についても少しばかり知った。よくわからないが、パニックに襲われどうしようもなくなった時期があったらしく、それで人より何かと遅れる人生を歩んでいるとのことだった。学校ではバンドを組んでいたこともあったそうだが、何か問題を起こしたらしく追い出される形になったという。これは普通ではないなと思ったが、私は少しばかり異常な人間なら問題なく付き合えるという自信をもっていたため、滅入ることはなかった。むしろ相手が今後何をしてくれるか楽しみですらあった。「何をしてくれるか」というのは、もちろん交流が続くことを前提にした期待だ。姿を消すとは思っていなかった。

最後に我々はカラオケに寄った。相手の歌は、まあ悪くなかった。良かったのは高音域がよく出るところで、これには素直に感心した。というのも私は常に届かぬ高音に四苦八苦しているので、自分にないものには感動しやすいのだ。難点があるとすれば、相手が尾崎豊の曲を歌ったことだった。私は尾崎に心酔する者に、純粋な感性や本物の苦心などないという偏見を抱いているからだ。ちなみに私の父親は、尾崎豊のコンサートを観に行ったという嘘をつくほどのファンだった。
カラオケの料金は割り勘だった。私は全額支払うつもりだったが、相手が払う素振りを見せたので、何となくその通りにしたのだった。今思うと割り勘にして正解だった。諸々含めて二千円程度の犠牲で済んだのだから。

この日、私が何度も言ったのは、「とにかくお互いの曲を聞かないからには何も始まらない」ということで、今できあがっている音源を送ってほしいと相手に要求したのだ。相手は快諾して、帰ったらLINEに送信しますと答えた。我々は曲の交換を約束し、笑顔で別れた。

見果てぬ夢

相手と別れたのは夕方近くだった。二月の、まだ明るい時間帯だ。そのまま電車に乗って帰ろうとしたが、外食でもしようと思い立った。開店にはまだ時間があったが、歩いて辿り着くには距離があった。到着する頃には開店していると予測して、私は歩いた。歩いている内に、スマートフォンで通知があった。先ほど別れた奴からだった。17時10分頃から30分にかけて録音データが送られてきた。これは帰宅してから聞こうと思い、私は店へと急いだ。
外食を終えてから、最寄り駅に寄った。この駅で私は馬鹿げた事態に遭い、あまりよろしくない行動で事を治めた(余計なことで批判されるのが恐ろしいのでこれ以上書かない)。思い返すと、この日は本当に変なことが起こり続けている。実は家に帰ってからも変なことがあったのだが、これについては次回以降の記事で書くつもりだ。

家に帰った私は、早速送られてきたデータを一つずつ開いて聞いた。曲の出来については、まあそれなりのものだった。奴はカラオケでSEKAI NO OWARIの曲を歌っており、そういった音楽に着想を得ているのだろうと察した。メロディーは和音の1度から始まることが多く(クラシックでもないのだから3度や5度から始めてもよいのに)、お経かと思うほど単調なところもあったが、たまに光るものがあった。何より高音域が出せる点は、私にはできない芸当なので、これだけでも良い人材だろうと思えた。私は今後の展望をあれこれ考えていた。
この時、何気なくTwitterを開くと妙なことに気づいた。フォロワーが一人減っているのだ。またスパムが凍ったか、元日に異常な「バズり」を起こしたことによって得たフォロワーが興味を失くして去っていったかの、どちらかだろうと思って確認すると、真相はどちらでもなかった。奴がいないのだ。実は私のTwitterアカウントを奴に教えた時、奴は私をフォローしたのだ。私もフォローを返した。それがもう跡形もない。こちらのフォローの数も減っている。これはどういうことかと思い、相手のアカウントのIDで検索すると、まさかのブロックをくらっていた。しばらく何が起こったのかわからなかったが、すぐに理解した。憐れなまでに楽観的に。相手はTwitterをやる気がないから、何か本人なりの考えでブロックしたのだろう、今後はLINEでやり取りすればよい。疑いもせず、私はLINEで先ほど聞いた曲の感想を送った。展開が平坦だとか、もっと凝ったメロディーにしろとは書かずに、良いと思ったところだけを書いた。しかし返事はいつまでもなかった。

どこから疑念が生じたかといえば、LINEで感想を送信してからすぐだったと思う。確かに私は楽観的な解釈をしたとはいえ、奴が書いた曲ほどに単純な思考回路をもっているわけではない。複数の可能性を考える力くらいある。もしかしたら相手は私を拒絶したかもしれないという発想は、早いうちにあった。数時間経っても返事がないことから、私はLINEでブロックされているか否かを判定する手法を調べて用いた。スタンプを相手にプレゼントできるかどうかという方法で、もしブロックされていればいかなるスタンプを送ろうとしても「相手がそのスタンプを既に持っている」ということになるのだ。私は最初「しろまるくん」のスタンプをプレゼントしたが、送ることはできなかった。しろまるくんは有名なので相手が本当に持っていることがあり得るので、こんなの誰が買うのかと訝しみたくなる意味不明なスタンプを選んでプレゼントしようとしたが、当然果たせなかった。相手が異常なまでのLINEスタンプ収集家でもない限り、これはもうブロック確定だ。
ブロック疑惑は、さらに確実となった。ジモティーで相手の投稿を見ると、「ブロックされています」と表示されていたのだ。奴は私のTwitterアカウントをブロックし、LINEをブロックし、ジモティーもブロックした。なんとも周到ではないか。二箇月経った今、改めてここまで書いてまた意気消沈してきた。あの日の夜、私は泣くほどではなかったが、自分の人望とはこんなものかと結構身に染みたものだ。
私は相手のTwitterアカウントをブロックし、LINEもブロックして削除し、ジモティーもブロックして、こちらから送信したメッセージをすべて削除した。相手のインターネットでの行動を探索すると、Tiktokにてギター弾き語り動画を投稿していた。コメントで爆撃でもしようかと思ったが、不毛でしかないので止めた。

それでも欄干グループは実在する

最近になって思い出したのが、去年少し話題になっていた「HSPで蛙化現象が酷い」というはてな匿名ダイアリーでの投稿だった。婚活を始めた三十前後の女性が、周りからの応援を受けながら、理由にもならない理由で男性を恐れてブロックするという内容だった。その女性のために男性を紹介した友人からも、ネット民からも、身勝手極まりないと非難されていた。
これの男性版というのが、奴なのではないかと私は思う。奴は自分が(要するに)繊細なのだということを言っていたが、他人を無下にすることはできるのだ。そんなのは真の繊細な人間とは言えない。何か嫌だったのなら、私にそう言えばよいのだ。言ってからブロックするのなら、まだマシだったと思う。無論、相手は私に訴えることなど怖くてできないのだろう。その結果が唐突なブロックなのだから、結局嫌な奴でしかない。
私が厭だったという理由も、大したものではないのではないか。「私のインターネットでの発言の中に受け入れられないものがあった」「私がすぐに返信しなかった」「保護者に反対された」「恋愛関係を望んでいた」といった説を私は散々考えたが、おそらく真相は「これからのことを考えると、なんとなくイヤで、怖い気がしたから」程度のものでしかないのだろう。一つ確かなのは、奴は私と別れて電車に乗って家に帰り、パソコンを起動して録音したデータを探し出し、LINEで私に向けて自作曲を送信した時点までは、私との交流を望んでいたことだ。私と別れてすぐにブロックしているなら、あまり良い印象を受けなかったのだとして理解できる。しかし奴はやることはやっている。その上で突然ブロックしているのだから、された側としては理解不能だ。あまりに身勝手な話じゃないかということになる。
この件について私は仲間に話すと、「おぬしがそんなに怒っているところを見るのは初めてだ」と言われた。冷静に言っているつもりだったのだが、怒気がこもっていたようだ。私は案外な気がしたが、否定する気にもなれなかった。確かに私は怒っていたのだ。今こうして書いているのも、穏やかならぬ気持ちがあるからだ。ただそれ以上に、自分がここまで簡単に見放される人間であるかということを、儚んでいると言った方が正しい気がする。

最近も私は欄干プロジェクトのために、二人の人物に働きかけた(これは音楽関連が目的ではない)。その内の一人とは、おそらく未来がないだろう。彼とは半年の交流を続けて、それを準備期間と捉えていたが、もう実を結ばない。仲間を見つけるというのはなんと難しいことか。それでも私は止めるわけにはいかない。すべては欄干グループのためにだ。欄干グループとは何なのだろう。答えを探すために、明日も私はあちこちさまようつもりだ。

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