#わたしたちの人生会議 実家ぐらしの猫と我が家の犬との見えない絆の物語

こんばんは、ちゃんぽん(@cyanpon) です。今回の note は、#ぶんしょう舎 の課題「#わたしたちの人生会議」からのお題になります。また、僕自身 衝撃を受けた 西智弘先生(@tonishi0610) の お題企画 でもあります。

これまで、ところどころ "家族会議" はしたことがあっても、"人生会議" という視点で振り返ったことは一度も無かった気がします。

一見 難しい内容でありながら 軸 をズラして考えた時、ふと ある光景が走馬灯のように頭を過ったのです。


もう あの頃の光景を見ることは出来ないんだ...


実家と我が家で繋がっていた ひと筋の小さな が解けた瞬間でした。

***

我が家には、10歳になる愛犬がいる。ミニチュアシュナウザーで、名前は「アッシュ」。BANANA FISH(バナナフィッシュ)の主人公『アッシュ』から拝借したお気に入りの名前だ。

物心ついた頃から 2人の子供たちと過ごしてきたから、当の本人は人間だと思っているに違いない。どんな時でも、常に一緒にいる家族の一員。

人一倍 いや、犬一倍 責任感が強いから、飼い主を守るために吠える。大型犬や小型犬、車や 通学中の小学生、お爺ちゃんお婆ちゃんに会うたびに吠える、ちっさな物音が鳴るだけでも、わんわん吠える。

そう、単に 肝っ玉が小さい憶病な奴なんだけど、、どこか憎めない。


そういう性格だから、絶対に馴染めないと思っていた友達と出会うことになったのは、今から 9年前。。


実家には、白地で毛色が綺麗に整ったスコティッシュフォールドが居た。名前は「エル」。DEATH NOTE(デスノート)の名探偵『L(エル)』から拝借したお気に入りの名前だ。

生憎、親父とお袋の家には、兄貴夫婦も住んでいないし、エルにとっては、もはや 天下といっても過言では無かったかもしれない。

ただ 猫といえど、自由気ままには外には出られなかったから、もしかすると 彼自身 少なからずストレスもあったのだろう。それからは、食も細くなり、喉を通すことも難しくなっていたらしい。。

原因は定かではないけれども、エルの体調は、年を重ねる毎に衰えていたのは確かだった。

***

そんな ある日、一匹の髭もじゃの犬がやってきたから堪らない。エルにとっては、飛んだ災難だったんではないだろうか。

自分よりも どんだけ小さな犬にさえ吠える アッシュ のことである。毎回 実家に帰省する度に、エルを見つけては 声が擦れる迄吠えていた。

画像1


嫌いなのか、気になっているのか、領域を侵されるのが嫌なのか、、僕は 人間だから、動物同士の相性は分からないけれど、少なくとも 互いに牽制し合って、相手の注意を惹きつけているような感じがした。


それからというもの、正月早々 実家で繰り広げられる、一匹の犬と、一匹の猫との壮絶な駆け引きが、年越しする際の恒例行事となっていた。

『あー、また アッシュ、吠えてるよ。。』
『今日は、エル 一階に降りてこないな。』

そのような会話が、お節料理を突く時の決まり文句だった。

***

今、振り返ると それ程 エルと触れ合う機会は、子供たちは無かったかもしれない。アッシュがいたから、エルもそれに呼応するかのように、実家の2階で休んでいるところを1階まで降りてきて、子供たちの前に ふらっと顔を見せに来てくれた。

娘 「あ、エルだ!」
息子「迎えに来てくれたんだね。」

・・・(猫のくせに、人の心理を図っているのか、アッシュの期待に応えようとしていたのか)・・・

本当の真相は誰にも分からない。

ただ、そこには、アッシュと、エルとの間に、切っても切ることのできない、確かな と、ひと筋の小さな  で結ばれていた。

***

2020年某日
ある時、それは 突然 やってきた。

聞き入れたくない言葉。すぐには受け入れたくない現実。

時には、神様は 理不尽なことをする。

でも、受け入れるしかない。それを、伝える時の心苦しさよ...


世間は、コロナ禍での 景気回復を取り戻そうと、Go To トラベル で少しでも経済を回そうと躍起になっていた頃。

自分はと言えば、離れていく人との距離を縮めようと、個人的に コミュニティで繋がった人とラジオをしたり、積極的にオンラインサロンに入ったりしながら、コミュニケーションや対話を欠かさないよう心掛けていた。

オフラインで人と会う価値観が、急激に高まってきたというのもあって、
ひとりになることが怖かっただけなのかもしれない。

それは、家族間でも同義だ。
親族との接点をどう作っていくのか?

家族会議にもよく挙がっていた この議題に対して、嫁と語ったことがある。


嫁『今年の年末年始は、私の実家で寝泊まりしません。結婚して13年目にして、初めて自宅で年越しするよ。こんな状況なんだし、、とにかく密を回避したいのが理由です。』

私『確かに... お兄さんと、弟夫婦も来るしね。。流石に、泊まるとなると、大人数も増えてしまうし。』

嫁『ただ、正月気分は味わいたいからさ、実家から お節セットは 元旦の朝にテイクアウトしてくる。』

私『なるほど。自前の Uber Eats の出動か!』

嫁『ところで、、貴方の実家には行くの?』
私『そうだねえ。とりあえず、兄貴夫婦のこともあるし、、途中でお寿司をテイクアウトして、泊まらずに そのまま日帰りにしよう。』

そう、毎年恒例の実家への帰省が、コロナ禍の影響で、思いのほか 重大な 人生会議 を生み出していることに気づいたのは、だいぶ経ってからの記憶。


嫁との家族会議を経た次の日、仕事のお昼休み、西新宿グランドタワーの1階フロアから お袋へ年越しのことで電話すると、、

お袋【実はね... エルが死んじゃったのよ。2週間ぐらい前に。】
私『えっ・・・? エルが・・・(ウソだろ)』 

ふと、スマホの受話器を切ろうとする手が止まる。

数年前から、エルの調子が悪くなっていたことは知っていたものの、余りにも唐突で言葉が何も出ない。息詰まるということはこういう感じなのか...

頭が真っ白になり、口から出た言葉は 余りにも惨いひと言だった。

私『何で、すぐに電話をしてくれなかったの?』
お袋【いやさ、ほら、結衣とか大輝が知ったら 気が動転するかと思って。】

親ながらの配慮なのだろう。自分もモラルに掛け離れたことを言ってしまったと後悔している。。

これは、後になって 嫁から聞いた話しだが、エルが死んでから 2週間は、お袋も親父も ぼーっとして無気力なまま過ごしていたらしい。飼い犬や飼い猫を溺愛していた お袋や親父のことだ。なんとなく 察しは付いていた。

今でも、ふと 我を忘れると、エルが 傍にいるような錯覚を覚えると言っていた。動物の命は 本当に尊い。

***

エルに、もう会うことはできない。

その日の帰宅する帰り道、お袋と2人で、エルに出会った時のことを 涙ながらに思い出していた。とても身体は小さかった。ただ、一匹だけ 孤高に光り輝く パワー に満ち溢れていたのが エル だった。

あれから 時を経て、子供たちと出会った 彼の眼には、どう映っていたのだろう。髭もじゃのアッシュのことを、どう見ていたのだろう。実家の片隅から、ツンデレの風貌で 我が一家を見つめていた眼差しを、僕は忘れることはないだろう。


その晩、僕は 決心したかのように 嫁に切り出した。

私『今日の昼休み、実家に電話したんだけど... 』
嫁『どうしたの?そんな怪訝そうな顔をして。』

私『いや、実はさ、、エルが亡くなったんだって。死んじゃった。。』
嫁『・・・』

誰よりも 動物を愛する嫁のことだ。言葉に詰まるのは分かっていた。

嫁『そ、そうなんだ。』
私『2週間ぐらい前に亡くなったって... 』
嫁『えっ、なんで 今頃 言うの?』
私『知らないよ。あ、忘れてたって。』

その時は、その ひと言 しか言えなかった。


子供たちにはと言うと、嫁は あっけらかんとして こう言った。

嫁『エルがね、天国に登ったんだって。お星さまになったよ。』

娘「えー、エルに もう会えないの?」
息子「えっ?えっ? えっ?エルの頭に 天使の輪っかが出来て、羽生えちゃったの!!!」

この時ほど、嫁を リスペクト したことがなかった。

もし 嫁がその場に居なかったら、僕は ありのままを伝えていただろうか... 

サンタクロースの存在さえ 未だ信じている子どもたちに、生身の リアルな現実を 直視させる勇気などあるはずもない。


この事は、子供たちが 中学生、高校生になった時、心の中で きっと気付いてくれるはず。生きとし生けるもの全て 死と隣り合わせだと言うことに。

***

2021年 元旦
僕たち一家は、実家の方へ車を走らせていた。

私『どうやら、兄貴夫婦は先に行ってるみたいだね。』
嫁『お寿司、どれぐらいテイクアウトしてるかねえ。』

年に一度 元旦の夜、兄貴夫婦と顔を合わせるのが 実家での行事だった。今回は 密回避 のことも考えて、実家での料理は禁止。その代わり、お寿司を購入して振舞おうというのが狙いだったんだけど。。

この #note書き初め でも書いた通り、お寿司が 余り捲っていた。

案の定、兄貴夫婦が テイクアウトしたお寿司よりも、めっさ多い。結局、持ち込んだ寿司ネタは 箸1本触れずに お持ち帰りすることになるのだけど、、(もう いいや、この話しはこの辺で。。)


実家に着くと、兄貴夫婦が 温かく出迎えてくれた。

【あけましておめでとう】
『あけましておめでとうございます!! 』
「あけまして おめでとう ございます 」

皆んなで、2021年を祝して お酒を片手に「芸能人格付けチェック」を見ていた時、アッシュだけ上の空だった。

私(・・・アッシュ、エルは もう居ないんだよ。・・・)

アッシュに明確に意思表示をした訳じゃない。ただ、実家に辿り着いた瞬間から、アッシュの顔が どこか もの悲しげだった。

私(・・・分かってるんだな、お前。エルが居ないってこと。・・・)


アッシュ " ワンワンワン! ワンワンワン!"
娘 「アッシュ、ハウス!鳴き声、煩いよ もう。」
息子「アッシュ、どうしたの?」


既に、エルが 天国に行ったことを知っている 子供たちは、その話題に、一切 触れることはなかったが、アッシュにとっては、悲しみの遠吠えだったことは、僕の目からも 嫁の目からも 明らかだった。


嫁『アッシュ、もう 帰ってこないんだよ。エル、遠いとこ行っちゃった... 』
私『頭 良いんだよね、こいつ。エルが居ないってこと、理解してるんだ。』


エルの居場所を探して、いつまでも 吠え続けるアッシュを、僕たちは、遠目から眺めるしかなかった。

***

お寿司と格闘していた その夜、アッシュは 帰る間際まで 吠え続けていた。
虚しさだけが響いて、虚空だけ残る。

子供たちも 気づいたのだろう。
アッシュのことを気遣って、最後は 誰も止めようとはしなかった。

あれから 数日が経ち、緊急事態宣言になってからというもの、在宅ワークになってから アッシュと同じ時間を過ごすことが増えた。

昼間は、ソファの高台に陣取って  何食わぬ顔で きょとんと眺めているアッシュの顔が 微笑ましい。

彼自身、何とも思っていないだろうけど、エル の一件以来、アッシュの心の拠り所として 今まで以上に 誠心誠意 接することを心がけている。子供たちにも、時間があれば アッシュと散歩に行くように促している。


動物は、一緒にいる時間を共有する掛け替えのないパートナー。そう信じて、アッシュも家族の一員として 快く迎え入れた。子供たちにとっては、姉弟の中の間を取り持つ 髭もじゃの兄貴分。本当に心強い存在なんだ。


これから どれぐらい 同じ時間 を アッシュ と共に過ごせるだろう。。

子供たちにとって、良き兄貴分として ずっと傍で見守り続けて欲しい。


心から そう願っています。

#わたしたちの人生会議 #ぶんしょう舎

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?