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新米PI日記 「インタビュー祭り」

今回は、PI採用のためのインタビューがどういった感じだったのかを紹介したいと思います。これはあくまでも私が経験したことの紹介なので、アメリカでのPIインタビューが同じでない可能性があることをご了承下さい。実際、私が助言をもらったすでにPI面接を受けた方々の経験はまたちょっと違うものでした。

ど緊張のインタビュー1回目

PI候補として面接をしてくれるところが見つかると、次のステップはもちろん現地に行って面接を受けることです。私の場合は、私に興味をもってくれたセンター長の先生と事前にZoomを通して、私が何故ポジションを探しているのか、今後どのような研究をしていきたいのか、などについて簡単に話し合いをしました。それから数日後に、その先生から実際に研究施設まで来て面接を行いましょうと提案があり、ラボマネージャーさんを通して日程の調整を行いました。噂には聞いていましたが、PI候補として面接を受けに行くため、現地までの飛行機代を含む交通費、宿泊費、食事代などは向こうが受け持ってくれました。
面接で必要経費を面接を行う施設側が支払う理由は、一般的には、施設側がその候補者に対して深い関心を持ち、その人物が彼らの組織にとって重要だと考えており、候補者が面接のために費やす時間と努力を評価し、尊重していることを示していると言われています。そういった意味では、自分に対してそのような価値を感じてくれたことを素直に嬉しく思うと同時に、面接を上手に切り抜けないといけないという強いプレッシャーも感じました。
運が良かったことに5月から就職先を探し始めたにも関わらず、最初の面接を6月に受けることになりました。その日は奇しくも私の46歳の誕生日の日でした。
空港につくとハイヤーの運転手が手荷物受取りの場所で待ってくれており、研究施設まで送迎してくれました。研究施設に着いてすぐに自己紹介を含む自分の研究についてのプレゼンを1時間くらい行いました。このときの聴講者は私を面接に呼んでくれた先生がディレクターを務めるセンターのメンバーが中心であり比較的アットホームなものでした(ただ実際にプレゼンしたときは、もちろん誰が聞きに来てくれているのかは一切分からないのでドキドキものでした)。自己紹介のスライドで、「次のスライドが今日のプレゼンで一番重要です。それは・・・今日は私の誕生日です」というのがまあまあウケたので誕生日に面接日が重なったのは本当に良かったなと思いました。
プレゼンが終わると30分おきにラボのメンバーと個別インタビューが始まりました。このセンターに勤務している2人のPI、2人のリサーチフェローと話をしましたが、お互いの自己紹介と彼らに対して私が知りたいことを質問するという形式でした。夕方の4時には一段落し、それからラボの一部のメンバーと一緒に近くのレストランに夕食を食べに行ってその日の予定は終了しました。
次の日は朝の8時にハイヤーの人がホテルまで迎えに来てくれました。その日の予定は個別インタビューの続きです。PIの先生1人、外科部長の先生、ラボの若手メンバー3人(大学院生とリサーチアシスタント)、ラボのポスドク1人、そしてラボマネージャー1人の計7人と話しをしました。最後に私を面接に呼んでくれたセンター長の先生とまとめのミーティングを行いました。このときは私がどのようなポジションを求めているのか、給料がどれくらい欲しいのかなどを含めて質疑応答を行い、今後の採用までの流れを教えてもらいました。話のトーンとしては「我々はあなたを雇いたいと思っているので、知りたいことや心配なことがあれば何でも聞いて欲しい」というスタンスでした。昼過ぎの3時にまたハイヤーの方に空港まで送迎してもらいなんとか1回目のインタビューを無事に終えアトランタまでの帰途につきました。

後日談

このあと、さらに2回インタビューを受けることになったのですが、一般的にはPI採用のインタビューは合計2回が普通のようです。最初に公募でエントリーしてきた応募者数名がそれぞれの研究についてプレゼンを行い、その中で採用を検討された応募者だけが2回目のインタビューに呼ばれるそうです。そこで、チョークトークといい、ホワイトボードを使って自分の実験プランや今後のグラント応募の予定など、その応募者がいかにちゃんとした自分の研究プランをもっておりPIとして成功できそうなのかを評価し、最終的な採用が決められると聞きました。私の場合は合計3回のインタビューがあったわけですが、最初の1回は身内のメンバーだけで行ったおまけのようなもので、このあとの2回が公式な採用面接に該当していたようです。
私の場合、面接らしい面接の経験は、最初に以前のラボに採用されたときにその当時のボスとした簡単なインタビューと、その後、ポスドクからSenior Research Associateに昇進するときにした心臓外科の教授、そして外科部長との個別面接くらいだった(それでも、むちゃくちゃ緊張していたのを覚えています)ので、すでにPIとして活躍していた友人や、最近PI面接を複数回受けていた友人に面接の経験を聞いていろいろと助言をしてもらいまいした。それぞれのバックグランドによって面接経験の内容もちょっとずつは変わりますが、プレゼンで気をつけることや面接の注意点(スライドには研究内容だけでなく教育・指導経験や今後のグラント応募計画などを入れたほうがいい、とか、面接のときは採用を決める権限を持ったキーパーソンにいかに好印象をもってもらうかが重要とか)などを聞けたので本当に参考になりました。このときも改めて人と人のつながりの大切さを感じたものでした。

ちょっと肩透かしだった2回目のインタビュー

1回目の面接を終えてアトランタに戻って数日後にはセンター長からメールが届きました。みんなからの評価がポジティブだったので、早速次のインタビューを計画しましょうというものでした。再び、ラボマネージャーの人からスケジュール調整のメールがきて、7月の下旬に2回目のインタビューをうけることになりました。そのときに日程表を事前にもらいましたが、特にプレゼンすることはなくいろいろな人にあって個別に面接する予定であることが分かりました。もうプレゼンしなくていいのかと思いほっとしたことを思い出します。
今回は昼には現地のホテルにつきましたが夕食まではすることがなく、ホテルの室内でのんびりと過ごしました。夕方はセンター長ともう一人のPIと3人で夕食を食べました。翌朝は8時にハイヤーがホテルまで向かいにきてくれて、8時半から怒涛の面接がスタートしました。病院長、麻酔科の部長、ICUの部長、センター長、センターのPI、研究部門の副責任者、小児心臓MRI部門のディレクターと重鎮との面接が続きました。あとで分かったことですが、今回面接を受けた多くのメンバーは私が所属することになるセンターでの複雑な大動物実験を手伝ってくれていた臨床サイドの先生たちでした。それから昼の2時に研究施設内の案内、そして動物施設(研究施設地下にあるオペ室や動物飼育エリア)の案内が続き、そのあと、心臓血管センターのセンター長との面談があり、最後にもう一度、自分を面接に呼んでくれたセンター長とのまとめのミーティングあり、この日のスケジュールがすべて終了しました。本当は、今回の面接でこの研究施設の施設長との面談もある予定でしたが、急にキャンセルとなったので、それは次回にしましょうと言われて、そこで初めて3回目の面接があることを知りました。

3度目の正直、最終インタビュー

アトランタとオハイオの往復に少し疲れを感じ始めた就活インタビュー生活。3度目は8月下旬にすることが決まりました。今回は2泊3日のコースです。初日は前回同様昼過ぎには現地のホテルに着きましたが、特に何もイベントはなく夕食は1人で食べることに。近くのレストランでテイクアウトして軽めにすませました。
面接は8時から始まりましたが、トップバッターは前回会えなかった研究施設の施設長。センター長からは彼の面接が一番大切で、彼からOKもらえればまず問題なく雇用されると聞いていたので嫌でも緊張感が高まります。他の人とのインタビューとの大きな違いは、彼からは移籍後の自分の研究プランとグラントをどのように狙っているのかという今後のビジョンについて細かく聞かれたことでしょう。また、移るならどのタイミングで移りたいかも聞かれました。次は研究所の副施設長、それから特許やデバイス開発をサポートする技術商標化部門の副部長と会った後、自分の移籍をサポートする事務の担当者2人に会いました。次は小児心臓エコー部門のディレクター、そして人事部の担当者、外科部長との面接と続きました。
お昼には全研究施設にアナウンスされていた公式なプレゼンテーション(エレベーターに自分の顔写真とともにプレゼンの宣伝が貼ってありました笑)があり、会議室での対面+オンラインのハイブリッド形式での発表を行いました。発表後にPIの1人と一緒にランチを食べ、そのあと他2人のPIと面接したのち、センター長と初日のまとめのミーティングをしました。夕食は私が宿泊しているホテルに隣接していたレストランで食べましたが、プレゼンがそれなりに無難に終われたので割とリラックスして夕食を楽しむことができました。
最終日は朝の8時から再び個別面接の再開です。心臓血管センターのセンター長との面接、そのセンターのPI2人との面接、そして臨床治験の責任者と面接があり、それで全ての面接の日程を終えました。この日はそれから施設の不動産担当の人(おしゃべりなおばあちゃん)に案内されて、アパート2つを含む治安のいい人気のエリアを見て回りました。ここの職員の住居選びをサポートしている専属の不動産屋さんが2人いるそうです。アメリカでは基本的にアパートを借りるときは、アパートにリーシング・オフィスといい賃貸契約担当者が常駐しているので、こういった不動産屋の人の力を借りるときは家の購入を考えているときが多いと思います。ちなみに、その人に治安のいいエリアの一軒家の相場はいくらくらいかと聞くと、4000万ドル(6000万円)くらいからかな?と言われてちょっと引きました。

こうしてなんとか合計3回のインタビューが終わり、あとは結果を待つだけの状態になりました。この間、全部で40人の病院、研究施設のスタッフと会ったことになり流石に肉体的にも精神的にも疲れました。人によってはこれを複数の研究施設で行うわけですから、就職活動は大変だなと改めて思いました。次はアメリカ就活あるある?「カウンターオファー」について紹介したいと思います。

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