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【超短編小説】ヤマアラシのジレンマ

 その島を出入りするには、私たちが運行するフェリーを使うしかない。
 そのため使用する人も少なくはない。
 とはいえ、そんな島の事だから誰も乗り降りしない日もある。

 今日島から乗ってきたのは、一人の青年だった。
 大勢の人。島民総出ではないかと思うような人数に見送られて、いつまでも惜しむように手を振り続けていた。

 この人は島にとってどんな人なのだろう。
 興味を惹かれた私は、船が安定したところで人に操舵を任せると、彼に話しかけた。

「すごい見送りの人数でしたね」
 唐突に話しかけたためか、彼は少し驚いたようだ。だが、
「ええ。こんなに多くの人が見送ってくれるなんて思いもしなかったことです」
 そう言った。
「ずいぶん慕われているようで。島を離れるのは寂しくなかったのですか?」
 そう聞くと彼は、
「慕われていた・・・僕が・・・。何かの間違いではないでしょうか?」
 困惑の表情で言う。
「どういうことです?」
 私の顔には不可解の文字が浮かんでいた事だろう。
 あれだけの人に見送られて、慕われていないわけはない。

 彼は語りだした。
「僕はね。島でやっかいものだった。そこまではいいませんが、少なくとも好かれてはいなかったように思うのです。
 なにがあったわけではありません。
 ただ、島の人は僕をいつも遠巻きに眺めていた雰囲気がありました。
 僕としては皆と同じように島の人々と交友を持ちたかった。
 でも子供の頃から僕という人間はそういう扱いを受けてきたのです。
 仲間はずれにされるわけではありません。
 入れてはもらえるのですが、どこかいつもよそよそしい空気がそこにはありました。
 だから、ああ、自分という人間はなにか人を嫌な気分にさせるものがあるのだ。そう感じてあきらめて生きてきたのです」

 そこまで聞いて、ははあ、これはヤマアラシのジレンマというやつだなとわかる。

ヤマアラシはお互いのトゲで愛する存在を傷つけてしまうという。故に、近づくことができない。誰よりもそばにいたいと思う存在と。

 おそらく彼は子供の頃から大切に愛されて生きてきたのだろう。
 だが、それ故に周囲の人たちにはどう扱ったらわからない所があったのではないだろうか。
 愛する生き物を目にした時、人はそれにおいそれとは触れられないものだ。
 子供の頃の彼はその空気を敏感に感じとったのだろう。
 お互いに近づきたい。だが、近づき方がわからない。それが今日まで。
 そして今日。
 最後の日に島の人たちの愛がとうとう彼らを動かしたのだと思う。

 彼が愛される資質を持っていることは、少し話しただけの私にもなんとなくわかった気がした。
 感覚的なものだから説明しようがないが。

 だが、彼がこれからも島と同じように生きれば、同じような境遇が待っているだろう。
 だから、自分から勇気をだして近づかねば。

 その答えをただ教えるのは簡単だったが、私はそれを彼自身で見つけてほしかった。
 だから、
「そうですか。・・・これから頑張って下さいね」
 とだけ言った。

 彼は、
「はい。でも本当に今日は不思議な日だ。あんなに多くの人が。
 なぜかなあ」
 そう言う。

 私は船の操舵に向かうからと、彼のもとを離れた。
 心の中でがんばれよ! ともう一度彼に言いながら。

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