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【超短編小説】中身。

 あたしのパパは昔から首に巾着袋を下げている。
「ねー、パパ! その中に何が入っているの?」
 よくそう聞くのだが、
「秘密だよ。パパの秘密」
 そう言って教えてくれない。
「パパのいじわるぅー! いつか絶対見てやるんだから」
 そう言うとパパはちょっと寂しそうに、
「そんな日がこないといいんだけどなあ」
 そう笑うのだ。
 そして家族の平凡な日々は続いていた。

 ある日の事だった。あたしは中学3年で寒さが体にしみるようになった日。
 あたしのケータイにママから電話があった。
「た、たいへんなの! いま警察からパパが事故にあったって! あの道わかるでしょ? 急カーブになってて、いつもみんなで危ないねって言ってたあの道。あそこらしいからあなたも早く来て!」

 あたしは学校の先生に話をつけ、そこへ急いだ。
 そこにはぐちゃぐちゃになった家族の車と、一足早く着いて泣き崩れているママ。
 パパが救急隊の人に応急処置を受けている姿が見えた。

「パパ? パパ?」
 救急隊の人を邪魔しないように声をかけるが、パパはピクリともしない。
 泣き続けるママと、なんとか救急車に乗って祈るようにパパが応急処置をうけるのを見守る。

 病院についてオペ室へ。だが、早かった。すぐに医師がでてきて
「残念ですが・・・」
 という。
 あたしもとうとう泣き崩れた。

 パパと無言の帰宅をする。
 パパの顔は驚くほど綺麗だった。まさに眠っているようだというやつだ。
 エアバッグは作動したらしいので、そのおかげなのだろう。
 それだけはちょっと慰めだった。

 警察に渡された遺品を眺めていると、パパがいつもしている巾着袋が目に入った。
 あたしはその中を眺めてみる。
 手紙が入っていた。
 その手紙を開く。

『あちゃー!!
 とうとうこの手紙が読まれる日が来ちゃったか!
 てことはパパ死んじゃったんだな。
 事故か突然死かそれとも誰かに殺された?
 わかんないけど、これでお別れだ。

 でも悲しまないで強く生きて行って欲しい。
 お前ももうすぐ高校生だよな。
 高校の制服見たかったなあ。
 残念だけど仕方ない。
 今までありがとな。
 ママと一緒に元気にな!

 2023.11.14』

 パパ・・・
 なんだよこの緩い手紙は。
 こんなもんを後生大事に持ち歩いてたのかよ。
 
 でも、待て・・・なんか違和感がある。

 そうか、日付だ!
 日付けは今日のもの。

 てことは、どういうことだ?
 パパは今日死ぬってわかってたってことか?
 そんなわけない。
 じゃあ、どういうこと?
 これが意味する事は一つ。

 パパは毎日手紙を、あたし宛に書いてたって事だ。いつどんな亡くなり方をしてもいいように。
 毎日毎日だ。
 どんな日も。
 それはどれだけの労力のいる事なのだろう。

 さすがにこんだけ緩くなるのも頷ける。
 パパ自身今日だとは夢にも思っていなかっただろうから。

「そんな日がこないといいんだけどなあ」
そう言っていたパパの顔が目に浮かんで、あたしは号泣した。

 しばし泣いたあと、アホな可能性に思いついて、ちょっと笑ってしまう。

「でもさ、パパ。これでよかったじゃん。だってさ、この手紙読めたって事は、

 あたしの方が早く死んじゃうって事がなかったってことなんだから」

 笑いながら、泣きながら、パパ大好きとつぶやいた。

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