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【超短編小説】彼は詩を書いたか?

 彼は詩を書きたいと願っていた。
 だが、どうにも彼には詩の才能というものがなかったらしい。
 才能豊かな詩人達の詩を見て、嫉妬し、絶望し、悲しみ、そしてそれらの詩を誰よりも楽しんだ。
「詩が書きたい。どうしても。なぜ? なぜ書けない」
 彼はその苦悩をノートに書きつづった。
 ひたすらに。ひたすらに。
 そうして、その情熱はとうとう彼を廃人にし、命を奪った。

 ある日、彼の主治医がそのノートを読んだ。
 彼をよく知る主治医には、その苦悩の文が心に迫るものを感じた。
 主治医は、学生時代の知り合いの、ある文章家にそのノートを見せた。
 文章家はそのノートを食い入るように見ていたが、

 ノートから目を上げると、ただ首を振った。
「凡庸の一言ですな」

 彼はノートにこんな事を綴っていた。

『詩とは。

 詩とはなんだ?

 私を楽しませ、心奪ったそれも、今では憂鬱にさせるだけのもの。

 なぜ書けぬ。

 この世に一編の詩でも残すことができたのならば、この命すらいらぬというのに。

 それだけの想いを持ってなお、書けぬ。

 詩。

 詩。

 詩が・・・

 詩がくる。

 死が・・・

 詩と死がともにやってくる。

 ああ。やっと出会えた。』

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