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【超短編小説】とんだバカ者

 それは思いつめての犯行だった。
 バイト先の高嶺の花。僕の事など振り向いてくれるわけがない。

 だから僕は彼女を誘拐することにした。
 そうして遠く遠くまで逃げて、そこで想いを打ち明けるのだ。

 ストックホルム症候群という心理状態をご存知だろうか。
 誘拐、監禁などの特殊な状況下にある被害者と加害者が奇妙な連帯感をもち、恋愛感情や同情心に近い感情まで生まれるという。

 僕はこの話を聞いて、これだと思った。思ってしまった。
 今思い返せば穴だらけの計画でしかなかったが。

 計画の夜。
 彼女の背後に近づき、
「動かないでください。刃物をもっています。声をあげたり、抵抗するようなら、あなたを刺して僕も死にます」
 そう言うと彼女は、抵抗するそぶりもなく、僕の車に乗り込んだ。

「すみません。縛らせていただきます」
 と手足を縄で縛る。
「香川くん・・・なんで・・・」
「こうするしか思いつかなかったんです」

 そうして北へ北へと逃げた。
 道中、緊張はしたがだんだんと打ち解けてきた。
 彼女の資質はこんな時でも健在だった。
 どんな相手にも分け隔てない。
 それは・・・まるで天使のよう。そんなふうに思ってしまう。
 こんなことをしでかした僕にまで、どうしてこんなことをしたの? 何か困っている事があるの? と気づかう。

 もしかして、これがストックホルム症候群というやつか。そうだとしたら、なんという力なんだ。

 雪の降る中、車を停める。いまや誘拐はニュースになって、カーラジオから流れてきていた。
「本当にこんな身勝手に巻き込んでしまって、なんてお詫びしたらいいか。
 でもあなたとまともにお話しすらできない状況で、こんなことしか思いつかない僕だったんです。ごめんなさい。
 あなたが好きだった。少しでも一緒にいたかった。
 こんな形でもです。
 でもあなたの人柄にあらためて触れて、ようやくまともな心が戻った気がします。
 あなたの事はあきらめて罪を償って生きていく事にします」

 そう言うと彼女は、涙を流した。
「香川くん。あなたって本当にバカね。私、あなたの事好きだったのに。
 普通に話してくれて、普通に告白してくれれば。
 そしたら私・・・
 でもこんなことになってしまったら・・・」

 彼女は泣きながら、バカ、バカ、とつぶやいて涙を流し続ける。
 僕は呆然とそれを見つめる事しかできない。

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