『レビ記16章』大贖罪日(ヨム、キプール)の生け贄

『レビ記16章』大贖罪日
(ヨム、キプール)の生け贄

「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。

ルカ伝23.34

聖霊もまた、わたしたちにあかしをして、 「わたしが、それらの日の後、彼らに対して立てようとする契約はこれであると、主が言われる。わたしの律法を彼らの心に与え、彼らの思いのうちに書きつけよう」と言い、さらに、「もはや、彼らの罪と彼らの不法とを、思い出すことはしない」と述べている。
これらのことに対するゆるしがある以上、罪のためのささげ物は、もはやあり得ない。

ヘブル書10.12〜18

黙示録は語る。「今もメノラーの真ん中に立ち給うキリストは、燃える炎のような愛の瞳で一切を洞察し、足は精錬されて光輝く真鍮のようであった」と。その炎のような復活のキリストこそ、心の至聖所を照らす光である。屠られし仔羊こそ聖なる都の灯火である。

(わが師 手島郁郎 第二巻)

血汐 朱か朱か 山路を染めぬ
尊き生け贄 今も生く

令和伊豆聖会の感謝、主の御名をもって、御前にお捧げいたします。

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