「ホラゲマニア、祓い人になる」第2話

 翌朝、朝食の席は重たい空気に包まれていた。母の顔をちらりと見て、兄弟は顔を見合わせる。沈黙が気まずくてテレビをつけると、男性アナウンサーがニュースを伝えていた。画面が現場の中継に切り替わる。見覚えのある風景だった。よく見ると通学路じゃないか。

『昨日の午後7時頃、少年たち5人が刃物を持った人物に切りつけられ、重軽傷を負いました。少年たちの証言から犯人は二型怪異とみられており、警察は事故として調査を進めています』

「うわ、すぐ近くじゃん」
「二型怪異……見に行こうとかすんなよ、姉貴」
「するわけないじゃん。むしろあんたの方が興味あるんじゃないの?」
「全く無い。ゲームと現実は別」

 はっきり言うと、ふうんとテレビに視線を戻した。現場は非常線が張られ、鑑識がかがんで作業している。道路には生々しい血痕があった。怪異なんて、普通に生きていて出会うことはめったにない。少年たちは運が悪かったのだろう。

「まだ討伐されてないし、今日学校休みになるかな」
「いやどうだろ。日中は安全なんだろ?うちの校長、大雨だろうが学校来させるじゃん」
「はー行きたくなーい。ママは一応家にいてよ」

 ママ?と呼びかけるとはっと携帯から目を上げた。

「な、なに?ごめんね、聞いてなくて」
「……怪異が出たから家にいてねって話。昨日あんまり寝れなかったんでしょ?家事とかいいから休んでて」
 母は弱弱しくありがとうと微笑んだ。

****

 この世には、一型と二型の怪異がいる。一型は古くから存在している妖怪や神といったものたち。二型は近代になってから生まれた都市伝説上の化け物を指す。彼らは時折出没し、人を襲う。そんな生きるホラー存在がいるのに、いぶきが興味を示さない理由は一つだ。サメ映画が好きだからって、現実でサメと戦いたいってやつはいないだろ?

「今日は別の道から行くか」
 少し遠回りになるが、ニュースにあった現場を避けて学校に向かった。

 その日、学校ではどこにいっても朝のニュースの話が耳に入って来た。怖がっているというより、好奇心が刺激されているといった感じだった。そんな中、教師たちで話し合いが行われたようで、昼休みには早帰りとなることが知らされた。

 家までの道を歩きながら、いぶきは憂鬱な気分だった。父が帰ってきているかもしれないからだ。修羅場になるのは目に見えていた。
 なんとか離婚は止めないとな……。
 不意に、ぽたりと頭に冷たい感触があった。見上げるとどんより曇った空から、ぱらぱらと雨が降ってきている。

「やば、傘ないのに」

 ダッシュで帰ろうとした時。スーツ姿の男が必死の形相でこちらに走って来た。その後ろにはクマの着ぐるみが追いかけて来る。何やってんだあれ。ドラマの撮影かと思ったが、男は目が合うなり叫んだ。

「逃げろ!!」
「え?」

 バッと彼が身をひねると、巨大な刃が頭のすぐ横に突きこまれる。クマは可愛らしい声で言った。

『ちょきちょき切っていくよー』

 しゃきんと二枚の刃が閉じる。クマが持っているのは巨大な鋏だった。唖然としていたのは一瞬で、次の瞬間にはいぶきは背を向けて走り出していた。
 あれはニュースで言っていた怪異だ。なんで?日中は現れないんじゃなかったのか。いや考えている場合じゃない。とにかくこの場を離れないと。
 だが後ろを走るサラリーマンに限界がきた。息があがって道路に膝をつく。

「行ってくれ!通報するんだ!」
「いや見殺しとか無理!」

 銀色の刃が擦れ合い、大きく口をあけていく。必死に逃げろと叫ぶ彼の後ろから、刃は首に近づいていく。可愛らしい声が言った。

『ちょっきん』
「頭下げて!!」
 リーマンが反応するより先に、刃が閉じていく――。

 だが首が切り落とされることはなかった。いぶきが投げたリュックが、刃が閉じることを阻んだのだ。リュックの中身はくそほど重い教科書類。いぶきは初めて紙の教科書に感謝した。すぐさまリーマンは頭を下げてクマの間合いから離れる。じゃきんっと裁断されたリュックが落ちた。

「おいそれ気に入ってたんだぞ!」
 クマは真顔のまま、目だけを不気味に光らせて近づいて来る。

『今日はどんなものを作ろうか。ちょきちょき切るのは僕に任せて!』

 その喋っている内容で、思い出したことがあった。このクマは子供向けの工作番組のキャラクターだ。どこかで見たことがあると思った。確かのりづけ担当のウサギとは親友で――。

「狙いは君だ!」

 リーマンの声で飛んでいた意識が戻って来る。鋏を引き、上体を傾けてクマが突っ込んでくる。咄嗟にかがむとぶんっと風を切る重い音が、頭上を通過した。鋏を振り切った勢いでくるりと一回転し、クマは首をかしげた。

『あれれー?カットするものが逃げちゃうよ。こういう時はどうするんだっけ?』

 いぶきの頬を冷や汗が伝った。すぐ目の前に立つクマの威圧感に足が震える。クマの短い足が、立ちすくむいぶきをえいっと蹴った。驚くほど重い蹴りで、いぶきの体は軽く吹っ飛ばされる。

「いっ、てぇ」

 ガードした右腕がズキズキと痛んだ。はっと顔を上げると、目の前には丸い足裏。

『そう!ちゃんと押さえておけばきれいに切れるね!』

 なりふり構っていられない。横に転がって回避し、四つん這いで距離をとる。めまいを覚えながらなんとか立ち上がった。右、左。叩きつけられる鋏を身をひねって回避する。大振りな攻撃のおかげでどうにか避けることができている。だがそれもいつまで続くか分からない。荒い呼吸をする獲物を前にクマは無邪気に言う。

『楽しいねえ!』
「黙れ!」

よく見ろ。攻撃パターンは?弱点は?ゲームで敵に出会ったときのように隅々までチェックし、現時点で分かることを全て挙げる。

攻撃手段:近接のみ。攻撃パターン:単調。蹴り:威力はなかなかに強烈だが、一撃で死ぬようなものじゃない。一番ヤバい:鋏による打撃とちょん切り。

さて、こいつをどうやって倒す?一発ぶん殴ってみるが、ぬいぐるみを殴ったかのように手ごたえが無い。ふとクマの首の後ろで揺れる、チャックに目が留まった。あ、と思った瞬間。

 ザクッとナイフがクマの頭に突き立てられた。それをしたのはサラリーマンだ。

「市民を守るのが俺の仕事だ!!」

 だが裂けた生地はあっという間に修繕されて元通りになる。くるりと振り向いたクマと目が合って、彼は怯えた顔をするが、こらえていぶきに叫んだ。

「君、ここは俺が食い止めるから避難してくれ!こいつには銃もナイフも効かない!」
「いや、一個思いついたんです!それを試したい!」

そう、思い出した。こいつは着ぐるみであることが、そもそも設定されているキャラなんだ。親友のウサギにはチャックなんて付いていない。こいつだけは、喋れる動物設定じゃない。
着ぐるみが最も嫌がること。そこから自ずと攻略法が見える。脱がせればいいんだ。

着ぐるみの皮をはぐのは、暗黙の了解でタブーとなっている。中の人などいないのだ。子供たちの夢を壊してはいけないというのが一般的な考え。……生き死にかかってんのに、夢とか言ってられないよな?

「タブー上等!こっちはフラストレーション溜まりまくってんだよ!」

リーマンに注意を向けている隙に、大きなジッパーを一気に引き下ろす。

『ああああ!!』

クマの悲痛な叫びは無視して、いぶきはその背中に腕を突っ込んだ。中のものを掴んで引きずり出す。出てきたのは綿、テープ、色紙などどれも工作に使うものだった。空っぽになったクマが倒れる。そして足先から修正テープを走らせたみたいに、ビッビッビッと体が消されて行った。

あとには何も残らず、夢か幻だったのかとすら思う。頭の上に雨粒が落ちて気づいた。そうだ、雨が降っていたんだった。必死で戦っていたから忘れていたのか。

「驚いた。君、普通の高校生じゃないだろ」
「普通に一般市民です。あなたこそ銃とか言ってましたけど、何者なんですか」
「俺は警察庁の怪異対策課のものだ」
「えっ、あなたが?」

 新卒二年目くらいのサラリーマンに見えるのに。ニュースで名前を聞くことはあったが、もっと筋肉ゴリゴリの人達かと思っていた。互いに名乗ると彼は首をかしげる。

「揚多?聞き覚えのある名字だな」
「そうですか?珍しいと思うんですけど」
「いや確かにどこかで……まあいい、処理が優先だ。君、話を聞かないといけないから、応援が到着するまで少し待っていてくれ」
「あ、はい」

 電話をかけているのを見ながら思う。

ちょっと待てよ。被害者ってことで、当然事情聴取を受けないといけないよな。保護者も呼び出されるわけで……まずくね?ただでさえ心労で潰れそうになってるのに、更にストレスかけたら倒れちゃうんじゃないか?

 よし、逃げよう。ぱっと身を翻して走り出した。

「あっおい!?」
「すみません!あとよろしくお願いします!」

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