「ホラゲマニア、祓い人になる」第1話
初めて貰ったクリスマスプレゼントを覚えているか?俺が初めて貰ったのは、ゲームだった。ほら、これが欲しかったんだろうと父から渡されたそれは、クラスの友達が持っているゲーム機よりも二回り以上大きく、すぐに分かった。これじゃない。だが父の笑顔を見たら、間違いを指摘することなんてできなかった。何かのブランドの服と靴を貰ってはしゃぐ姉を横に、自分の気持ちがずうんと沈んでいくのを感じた。ゲーム機本体の他にソフトもひとつあり、袋から出して見てみる。パッケージ全体が黒っぽくて、アルファベットのタイトルが付いている。
D、E、A、D……と読み上げてみるが、当時小学生の自分には意味が分からなかった。分からないながらもやってみよう。軽い気持ちでコンセントをさしてゲームを起動する。
それが自分の人生に大きな影響を与えると知らずに。
****
しんとした廃墟に自分の足音が響く。ぽた、ぽた、と天井から雨漏りした水が滴っている。懐中電灯の明かりを向け、フロアを探索していく。煤けた色合いの壁には、黒い何かが点々とシミになっていた。ただの汚れか、もしくは血か。誰かいますか、と声をかけながら、更に進もうとしたとき。心臓をきゅっとさせるような音が聞こえ、ばっと後ろを振り返った。誰もいない。ほっとして前を向いた瞬間。
「ねえちょっと」
「うおっ!」
驚いた勢いで椅子ごとひっくり返る。
「いってえ……あぁ、ゲームオーバーだ」
PCのモニターには、画面いっぱいにおどろおどろしい女の顔とgame overの文字が表示されている。それを見て姉はうわぁと眉をひそめた。
「またこんなゲームやってんの?はーあ。こんな変態が弟とか私って超かわいそう」
「ホラゲを悪く言うな。ごく普通の趣味だろ」
「たまにやるくらいならいいけど、あんたはいっつもホラーじゃん。そんなんだから根暗になるんだよ」
「根暗じゃねーし」
イヤホンを外しながらそう言い返す少年の名は、揚多 いぶき。小学生の頃、初めてプレイしたゲームをきっかけにホラーゲームにドハマりした。今やホラーゲームは生きる糧となっている。
「あーびっくりした。何の用だよ」
椅子を起こしながら尋ねると、姉はこれ、と苺のアイスを見せる。
「チョコ食べたかったのになかったんだけど。あんた食べた?」
「食べてない。母さんじゃねーの?」
「えー?ママってチョコ嫌いじゃなかった?」
納得がいかないような顔をしていたが、まあいっかとベッドに腰を下ろす。しれっとアイスを食べ始める姉に呆れた声で言う。
「自分の部屋で食べろよ」
「いーじゃん別に。あーおいし」
「はぁ、もう。汚すなよ」
イヤホンをつけて、ゲームを再開した。
玄関の開く音がして、携帯で一緒にゲームを遊んでいた兄弟はぱっと顔を上げた。
「ママ帰ってきたんだ」
よいしょとベッドからおりて姉は廊下に出る。半開きのドアからおかえりーと元気のいい声が聞こえた。いぶきもゲームを終了させて一階に降りていく。
「おかえり」
「ただいまー。これおみやげ。帰りに買ってきたの」
「ドーナツ!私もちもちのやつ好きなの~。晩御飯前に食べちゃおうよ!」
「さっきアイス食べたのに」
冷静にそう言うと、うっさいと返ってきた。
父は珍しいことに、今日は早く帰ると連絡してきた。しかも寿司を買ってきてくれるという。何故に寿司。いぶきは電話越しに尋ねた。
「今日別に何もなかったよな。夫婦の記念日とか?」
『いや、ほら、最近家に居られない日が多かったし、母さんにも迷惑かけてたと思ってな』
「あぁ、美味いもので機嫌とろうってやつか」
ハハハ……とばつが悪そうに笑っている。なんて言ってるー?と姉が聞いてきた。
「今日の晩御飯、寿司買ってきてくれるってさ」
「寿司!」
姉の目がきらめいた。
家族全員揃った夕食は久しぶりだ。
「醤油持ってきてよー。パパは減塩じゃないと駄目なんだから」
へいへいとパシられながら、なんだか正月かクリスマスみたいな気分だった。醤油を父の前に置いて席に着くと、もう姉は食べ始めている。
「おいしぃ~!」
マグロがどんどんなくなっていく。母が困ったように笑いながら注意する。
「こら、いぶきの分がなくなっちゃうでしょ」
「卵は残してあるもん。いぶき卵好きでしょ?」
「好きだけども」
取り皿に卵まきをいっぱいのせて、ほらと突き出される。いぶきは無言でそれを食べ始めた。ここしばらくの学校での話などをしながら、なごやかに時間が過ぎて行った。
あー満腹だ。結局マグロは一貫しか食べられなかったが、満ち足りた気分だった。携帯を見ていた父がそれを伏せて置く。いぶきはその表情がなんとなく気になった。何か張り詰めた顔に見えたのだ。父さん?と呼びかける。
「……うん?」
「なんかぼーっとしてたけど、大丈夫?仕事しすぎなんじゃないの」
すると父は明らかに顔をこわばらせた。何か言おうとするのに、言葉にする寸前で口を閉じてしまう。
「何かあったとか?言ってくれよ。愚痴聞くくらいならできるし」
「……父さんな、浮気してるんだ」
思考が止まった。直後、ボコボコと電気ケトルが湯を沸かし始めた。ガラガラとリビングの戸が開いて、風呂上りの姉が現れる。
「はーあっつ~。あれ?なんかあった?」
父といぶきの間に漂う空気を感じ取り、姉は首をかしげる。食後のお茶を淹れてきた母もどうしたのと話しかけた。
今聞いたのは、空耳じゃないよな。聞いてたのは俺だけだ。どうする、一旦ここはごまかして後で話を――。
必死にめぐらせる思考を断ち切るように、父は再びはっきりと言った。
「父さんは浮気してるんだ」
「あはは、そういう冗談?全然面白くないんだけど」
姉は引きつった顔で笑う。ゴン、とテーブルに乱暴にマグカップを置き、母は鋭い目で尋ねた。
「本当なの?」
「ああ、本当だ。ごめん、言い訳するつもりもない」
母は長く息を吐いて、静かな声で言う。
「最近帰りが遅かったり、泊まったりしてたのもそうなの?女の人の所に行ってたから?」
父は口を引き結んで頷いた。
「疑ってはいたけど……正直に話してくれたってことは、関係を切るつもりがあるのよね?」
「……子供が、いるんだ」
「え、待って。は?何してんの?」
硬直していた姉は、ふざけんなと拳をテーブルに叩きつけた。
「私達がいるのに、馬鹿じゃないの!?どうすんのその人!」
「離婚して、一緒に暮らそうと思ってる」
姉の手が振り上げられた。
父は追い出された。一応携帯を持っているから、野宿することにはならないと思う。どっと疲れがでてきて、いぶきは椅子にもたれかかる。
「き、急すぎるよね!ほんと最悪。もうあんな馬鹿放っておいて、親子3人で頑張って生きてこ!」
姉は冗談めかしてそう言ったが、母は暗い顔のままだった。
その日の夜、姉が部屋に来た。
「ちょっと、話したいんだけど」
姉はベッドに腰かけて、ぽつりと言った。
「これからどうなるのかな」
「……なんとかなるだろ。とにかく一旦落ち着いてから、ちゃんと話し合うべきだと思う。浮気相手のことも聞かないといけないし」
「だっ、だよね!なんとかなるよね!離婚なんて言ってたけど、なんやかんや踏みとどまるでしょ」
「そうそう。家族捨てるほどクズじゃないだろ」
姉はようやくほっとした顔をした。そしていつものような、いぶきをからかうときの表情で言う。
「あんた意外と落ち着いてるじゃん。見直したわ」
「俺どんだけ頼りないやつだと思われてたの?」
姉がよいしょっとベッドから立ち上がり、自分の部屋に戻るのかと思ったが、何故かわしゃわしゃと頭を撫でられた。
「うわっなに」
戸惑ういぶきをふっと鼻で笑い、おやすみ~と部屋を出て行った。
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