「ホラゲマニア、祓い人になる」第3話

 息を荒くしながら家に帰ると、二階から降りてきた姉がおかえりーと声をかけてくれた。
「傘忘れたんでしょ。あーあ、濡れてんじゃん。風呂入ってきな」
「姉貴。俺……」
「ん?」
 さっき怪異と戦ってたんだ、という言葉はのみこんだ。何でもないと笑って風呂に向かった。

 父はまだ帰って来ていないが、電話で姉が話したらしい。これからも学費と生活費は出すから、心配しないでほしいという内容だった。
「お金とかそういう問題じゃないでしょ!ちゃんと面と向かって話せっての!」
 怒る姉とは対照的に、母は一見冷静に見えた。何か……嫌な、予感がする。どこか遠くを見ているような目で母は口を開く。

「私、一緒に暮らしたい人がいるの」
「……は?」
「ママ?何言ってるの?ねえ」
「お父さんの浮気、実はずっと前から疑ってたんだけど。その相談してた人」
 理解したくなかった。どっから生えて来たんだよその男は。頭がずきずき痛み、あ、と唐突に思い出した。チョコアイス。あれって、誰が食べたんだ?

 心臓が氷ついたように冷たくて、息がしづらい。口を開いて出た言葉は自分が言ったとは思えないほど、冷淡な声色だった。
「つまり、母さんも浮気してたってわけかよ。親父のことどうこう言えねえな」
「浮気じゃないわ!彼は友達で」
「友達が一緒に暮らしたいなんて言ってくるかよ!仮にそいつと再婚するとして、俺たちの気持ちを考えてくれ」

もうやめよう、と震えた声にはっとして口を閉じる。こちらを見上げる姉の顔は、今にも泣き出しそうだった。
「普通の家だったじゃん。なのに、なんで?」
 母は何も言わなかった。もしかしたら、自分が気づかなかっただけで、この家はとっくに壊れていたのかもしれない。翌朝、再び話し合うこともなく母は姿を消していた。

****

 部屋のドアをノックして呼びかける。
「姉貴。ナポリタン作ったんだけど、食べれそうだったら食べて」

 母がいなくなってから、3日が経っていた。姉はずっとふさぎこんでいる。ポストに投函されたものを取って確認すると、一つだけ封筒があった。
 何だこの手紙。封筒には手紙と一緒にいぶきの生徒手帳が入っていた。あのときの公務員か!気づかないうちに落としていたんだ。わざわざ送ってくれたのかと感謝しながら、手紙の方にも目を通す。

――あれ?どうにも内容が変だ。よくよく読んでいると、突如叫び声があがった。

「あああああ!!」
「うわっ!?あ、姉貴?」
 血相を変えて階段を駆け下りてきた姉は、キッチンへ走ると水を一気飲みする。
「ど、どうした」
「どうしたもこうしたも無いっ!あんたあれわざと!?」
「何がだよ」
 おろおろするいぶきに、姉はぜーはー言いながら冷蔵庫を開けた。
「これ!ナポリタンに入れたでしょ!」
 突き出されたのは赤色の小瓶だ。
「ああうん。隠し味にピザソース入れたら美味いかなって」
「これチリソース!」

 確認して見ると確かにチリソースだった。おかしいな、なんで間違えたんだろう。
「ごめんごめん。大丈夫?」
「ほんっと馬鹿!あぁまだヒリヒリする!」
「それより姉貴、この手紙見てほしいんだけど」
「それより!?」
 怒れる姉を宥めて、手紙を見せる。
「なんかよく分からないけど、紹介状が来た」

****

 兄弟はファミレスで父と会っていた。姉はジュースを飲んで目を合わせようとしない。
「で、父さん。この手紙には、父さんの実家がなんか凄いとこの分家だって書いてあるんだけど。マジなのか?」
「ああ、そうだ。お前たちには話したことがなかったけど、父さんの家は祓い人の家系なんだ」
 祓い人。心霊現象を解決するやつ?と尋ねるとそれだけでなく怪異討伐も彼らの仕事らしい。討伐は公務員が全部やっていると思っていたから意外だ。父は手紙を読んで、苦い顔をした。
「本家主催の集会に来ないかだと?いぶき、これを送って来た人とはどこで会ったんだ」
「通学路でばったり。怪異に追いかけられてた公務員だ」
「一門の誰かか?いまさら余計なことをして……」
「あんた怪異見たの!?どんなだった?」
「うざかった」

 父は苦い表情で手紙をテーブルの上に置く。
「こんな誘い乗るんじゃないぞ」
「え、行くけど。叔父さんにも会えるっぽいし、行こうと思う」
「やめなさい。きっとろくな目に遭わない。彼らは価値観がずれてるんだ」
「それでも、父さんよりはまともかもな。行こう姉貴」
「いぶき!」
 新しい家族とせいぜい仲良くすればいいさ。いぶきは心配する父の声に耳をかさなかった。

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