見出し画像

法隆寺とファブレスメーカー

任せてあげることが最大の贈り物
西堀栄三郎
(20世紀 日本の登山家、無機化学者、技術者 1903〜1989)

こんにちは、システムデザイン研究所(SDL)のともです。

子供の頃、近所の床屋さんに行って髪の毛を切ってもらっているときに、謎々みたいな話を聞かされたことをふと思い出しました。「法隆寺を作ったのは誰か知ってるか?」と聞かれ、社会科で習ったばかりだったので、誇らしく「聖徳太子!」と答えると、「残念、答えは大工さん」というものです。
教科書に載ってたし、先生がそう言ってた、というと、床屋さんに、真顔で「聖徳太子が作ったといっても、実際に作ってるのは大工だからね」などと言われて、反論できずちょっとむくれた顔になったのを懐かしいです。

半導体産業では、ファブレスメーカーの台頭が著しいですね。AIブームも手伝って一気に企業価値が高まったNVIDIAもその一つです。ファブレスメーカーはチップのデザインをし、そのデザインデータを受け取ったファウンドリと呼ばれるチップ製造を請け負う会社が最先端の製造技術を駆使して実際のチップにします。先ほどの例えで言えば、ファブレスメーカーは聖徳太子で、大工さんはファウンドリということになります。同じような構造はさまざまな製造業に波及していて、EMSODMなんていうよく似た仕組みもあります。随分と世の中は多様になったものです。
でも、ずっと気になっていることがあります。私は長らく製造業に携わってきたのですが、ファブレスメーカーが提供するデザインデータが最終的な製品を作り出すまでに必要十分な情報なのだろうか、というところです。

少し見方を変えてみましょう。新製品を作り、それを世の中に出して事業にしようという形に置き換えてみます。以下に、研究開発、製造、そして事業部との関係をシンプルに示します。

新製品開発の流れと内部でのコンフリクト

研究開発陣はいつでも”Something New"を探しています。モチベーションは間違いなく、どこまでも飛んでいける飛行機や、あっと驚くような性能のなにかを実現することにあります。それを達成するための手段としてはあらゆる方法を駆使することが基本的なスタンスになります。また、マイルストーンとしては、世間があっと驚いてくれること、ということなんだと思います。
そんなワクワク夢のある新しい成果を事業にしたいと思う事業部にとっては、それを買ってくださるお客様を見つけたり、できてきた製品をどうやって収益化するかに腐心することになります。新しいソリューションを顧客に提供できるというのはとても大事なことですし、それを達成できた時は格別なものですが、やはりきちんと売上と利益を達成しなければなりません。
製造部署にとっては、物事がちょっと厄介です。研究開発の人たちのチャレンジをなんとかしたいと思う反面、事業部からは今の設備でやれるようにしてください、なんていう言葉も出てきたりします。単純に考えたら研究開発陣から出てきた新しいレシピや設計図を使って製造設備を新設すればよいようにも思えますが、品質保証や製造時の歩留まり、さらには設備コストやそれらにあたる工数などから、さまざまな制約が発生します。
私も経験があるのですが、製造部の方から「今度の新製品について新プロセスが入ってるけど、(今ある)このプロセスで置き換えるのでいいかな?」という連絡が入るのは日常茶飯事です。
新製品を作り出すという作業において、こうしてそれぞれの持ち場で異なる事情が現れ、それらの不一致や齟齬からくる課題をクリアする中で、最終的な製品仕様が生まれ、世の中に製品が登場します。

冒頭の疑問に戻ってみましょう。ファブレスメーカーが出すデザインデータだけで最終製品が出来上がるか?です。
答えは、イエスでノーです。前項に示したように齟齬を起こさない範囲でのデータのやり取りについてはイエスと言えますが、それを超えた領域、例えばファウンドリが新たな技術開発(例えば最小ノードの開発)などが達成されれば、デザインデータはその技術開発成果を取り入れたデザインのアップデートを図ることになりますし、半導体チップを実装する側のテクノロジーが変われば、最終的なパフォーマンスを見越した形で設計変更しなければならなくなります。
つまりは、それぞれの立場(ステークホルダー)の間ではどんなに情報共有がなされていたとしても、必ずどこかに齟齬があります。その齟齬を縮めていくかが真のエンジンであり、新たなビジネスの核になっていると断言してよさそうです。

子供の頃に行っていた床屋さんはもうありません。もしあの頃に戻ることができたら、こう反論したいと思います。
「大工さんにも棟梁がいるでしょ。きっとこの人が聖徳太子と打ち合わせをちゃんとやってるはずだよ。だから大工さんだけじゃなくて、聖徳太子もちゃんと法隆寺を作ったことになるはずだよ。」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?