三月記 3/30 曇一時雨
令和 6 / 3 / 30 (土曜)
天気 曇一時雨 気温 6 ~ 13 ℃
最低気温が5℃以上になり、そろそろ草花も活発に動き出します。
職場の鉢植え達にも、栄養ドリンクを与えないといけない。
私と付き合ってから五年の月日が流れました。いろいろとあったな~。
最初は、面倒だったけど、今では私が一番癒されているのです。
職場に行くのが楽しみです。
ですが、此処、四、五日の間に、私の体に異変が起きました。
私は、二年前の同じ時期に、左足の太ももが痛くなったのでした。
午前中の仕事をこなし、午後の仕事に入ると左脚が痛くて歩けなくなるのでした。
生活がかかっているので、仕事を辞める事は出来ません。それでも何とか傷みを堪えて仕事をしていましたが、
このままでは駄目だと思い、整形外科で診てもらいました。
二十年も前に半月板の手術をしたのですが、経済的に困りリハビリを中断。それ以降、自転車を漕ぐことは出来なくなりました。
今は、車がないと不自由な生活になります。車を維持する為にも収入を得ないといけないのです。
レントゲンの結果は、骨にも何ら異常はなく、お医者さんが、触診しながら質問しました。
「最近、何か変わった事はありませんでしたか?」
「例えば、ピストルの音のような物を聞きませんでしたか?」
痛くなってから1ヶ月も過ぎていましたので、
「いいえ、ありません。」
と、答えたのでした。
(いったい、この人は何が言いたいのだろうか?)
不信顔の私に、
「否ね、肉離れをする時に、パーンと音がするんですよ。そうですか、何も聞こえなかったのですね。」
取り敢えずサポーターを購入して、仕事をしました。お陰で、何とか昼過ぎまでは、動くことが出来ました。
肉離れならテーピングをしたらいいだろう。と、安易な判断をしました。でも、テーピングは面倒なのです。
そこで、市販の膝サポーターを購入。
膝が痛い訳ではないのですが、腿も保護され、何とか仕事を続けました。
その3ヶ月後に、私は思い出したのです、ピストルの音を。
階段を上っている時に、バーンと聞こえたのです。
「あれ?何だろう?」
辺りを見回しても何も無く。下の事務所の女性に聞いても、何も音はしなかったと言いました。不思議な体験だったのです。
私は、肉離れをおこしていたと合点しました。先生の見立ては正しかったのでした。
地獄の苦しみに耐えながら仕事をしました。
聞くところによると、肉離れは3ヶ月も動かないで安静にするそうです。
3ヶ月も動かないでいたら、もう動けないし仕事の復帰などありません。何しろ老年なのだから。
自力で完治するまで一年係りました。
だけど、またもや痛み出したのです。水分の摂り過ぎ?仕事の張り切り過ぎ?
最近、変わった事と言えば?
そこで、はた!と、思い当たりました。友人から色々なスティックを頂いたのでした。カフェオレ、紅茶オレ、ココアオレなどです。
昼休みの一息に、楽しみにしました。何故かココアオレを避けて、他のスティックを飲みました。
残ったココアオレを仕方なく飲みました。
その後、午後の仕事で、階段の手すりやポールを掃除して、帰って来ました。翌日の午後から痛み出したのです。ココアオレは、美味しく、母との記憶も蘇るのでした。
三日間、ココアオレを飲みました。 一向に左脚は良くありません。
もしかして、ココアオレ?
変わった事と言えばそれだけでした。
それで、昨日から飲むのを止めたのです。
朝起きる時も大変だったのに、今朝は少しだけ違和感があるだけです。
やっぱり、ココア?
私の細胞がココアを拒絶していたのかも知れません。
私の漠然とした嫌な予感は、細胞からの信号だったかも知れません。
二年前にも一時、ココアにはまり、朝、缶ココアを買って飲んでいました。右脚は何とも無いのですが、左脚にはどうやら合わないようです。
まだ、確証は無いのですが、検証して行きます。
今話題の「紅麹」も、何とも無い人には、何とも無いと思います。
人により条件が変わると症状が出るのではないでしょうか?
私達は、みんな一人ひとり違っています。誰かに取って良い事でも、誰かに取っては良く無いのではないでしょうか?
私達は、自分の細胞からの信号を無視してはいけないと思います。
嫌いな物は嫌いでも良いのではないかと思うのです。
因みに、夫も長女も薬を好みません。それは、細胞が信号を出しているのでしょうね。
もしかしたら、皆、超能力を持っているのかも知れません。
─ 了 ─
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