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小説ネタ:ほんのうじがへん

 天正10年6月2日、歴史を震撼させた事件が起きた。
 織田信長、畿内を統一し天下に王手をかけた男であった。
 中国制圧の目前に京の本能寺にて宿泊していたが、家臣の明智光秀に謀反された。
 信長は自分の首を渡すまいと自ら本能寺に火を放ち、炎の中へと姿を消した。

「信長の首を探せ!」

 炎がようやく落ち着いた頃に明智兵らは崩れ落ちた本能寺の建物をくまなく探した。

「上様の首はまだ見つからないか」

 焼け落ちた本能寺にたどり着いたのは明智十兵衛光秀である。この本能寺の事件の当事者である。
 信長より近江坂本、京付近の亀山と城を持つことを許され丹波の領地をも手にした男であった。
 元はしがない浪人であった身、ここまで取り立ててくれた信長に強い恩義を受けていた身でありながら光秀は信長に叛意を示した。
 それは一体なぜなのか。

「上様、信長の死を周知させるために彼の死体を見つけ出せ」

 信長の首を得るのは必要なことであった。織田信長の世が終わったと知らしめ、自分こそ新たな畿内の統一者であると示す為である。
 しかし、いっこうに信長の首は見つからない。
 ここまでして見つけられないとは。

 上様はまさか生きておられるのか。

 いや、確かに炎の中へ消えていったのを見たと報告を受けた。それであればもう助かるはずもない。
 抜け道でもない限り、と光秀は焼けた本能寺の一部を拾った。昔本能寺に宿泊していた信長の元へ訪れた時に見せてもらった。
 隠し部屋のありかを。
 しかし、人が入れるサイズではない。ものを冷やす為の目的で作られたもので中で冷やされていた果実を一緒に食したことを思い出した。
 冷えた瓜を頬張る光秀をみて信長はおかしそうに笑い、さわやかな白い歯を見せていた。
 確か、このあたりにあったような気がする。
 とてもじゃないがこの中に信長が入っているはずがない。首も入っているとは思えない。隠すのであれば光秀がわからない場所に隠すべきであろう。
 外装がぼろぼろになり、隠し部屋だったものがただの箱となっていた。
 それに手をかけようとした瞬間。

 ガタガタ

 中が動き始めた。思わず光秀は驚き後ずさる。

 ガタガタ

 箱はなおも動き出す。
 何かが入っているのかと警戒しながら近づくと、箱は開かれた。

「ぷはぁ! 死ぬかと思ったぞ」

 箱から現れたのは腕の中にすっぽりと納まりそうな猫くらいの大きさの人形のようなものであった。随分と簡略化されているが人型であった。ぷにぷにとした手足、白い肌、濡れ烏を思わせる見事な黒髪である。ずいぶんとぼさぼさになっているが動く人形は気に留めていない。

 何だか上様に似ているような。

 織田信長は成人男性である。このような奇妙な人形ではない。ないのだが、人形から欲せられる口調は妙に興味が惹かれてしまう。信長が言っていた口調を思い出した。甲高い声でよく話す尾張なまりであった。

「む」

 人形は光秀の方へと姿をみやった。つぶらな大きな瞳である。

「おお、キンカンではないか! 儂の危機をかけつけるとはさすが十兵衛だ」

 この言葉はどう聞いても信長のものと重なってしまう。
 光秀は頭を抱えながらも人形から目をそらした。

「なんだ。儂はこっちだぞ。目を合わさんのが礼儀といっても顔ごとそっちへ向けるのはさすがによくないぞ」

 ぺしぺしと光秀の足を叩く。

「……キンカン、随分と大きくなったな」

 ようやく自分と光秀の体格差に気づいたようである。遅すぎである。
 この判断の遅さは織田信長ではない。
 はい、正解。解散。

「ああ、待て! キンカン」
「あいにく珍妙な人形にキンカンと呼ばれるいわれはありません」

 光秀はつんとそっぽ向いたままである。
 そのあだ名はあまり好きではない。呼ばれるのは好まないが、唯一許した相手がいた。それは主君の織田信長であった。

「人形、はて何をいうのやら」

 光秀は焼け落ちた建物の中から割れた鏡を見つけ出した。これであれば姿を映し出せるだろう。
 光秀はそっと人形に鏡をみせた。

「こ、これは。儂がこのようにボニィト(可愛い)になっておる」

 人形は驚愕した。同時に自分の姿の良い部分を拾った。

「ね、これでわかったでしょう。私はあなたに付き合っている暇はないのです」
「む、主君たる儂に付き合う程別のことに勤しんでいるだと。何をしているのだ」

 あくまで自分は織田信長と思っているようだ。

「織田信長様の首を探しているのですよ」
「儂の首を何故じゃ」
「信長様に代わる新しい覇者になるためです」

 人形は笑い出した。地面に横たわって、腹をおさえている。あまりに滑稽な声であった。

「わはは、主が覇者になる? キンカンがぁ。わはは、そんな器量でないくせに」

 あまりに酷い態度で光秀はむすっとした。
 ぴたっと人形は突然笑いを止めた。どうしたと光秀は人形をのぞき込むと、人形はむくりと起き上がった。
 人形のつぶらな瞳であるが、強い光がみえた。

「では、此度の謀反はお前なのか」

 しごく真面目な言葉で思わず緊張した。
 こんなバカらしい姿であるというのに畏怖を感じる自分がいるとは。
 本当に織田信長なのか。
 そんなバカな。

「てっきり信忠だと思ったわ」
「桔梗紋の旗が見えたでしょう」
「わしがキンカンを疑うように仕向けたのかなーって」
「そんな面倒なことをしますかね」

 どれだけ陰湿なのだ。
 信長の嫡男ということで、いろいろ巻き込まれたり流されたりと苦労していそうだったが。

「信忠は」
「おそらく死にました。二条城に陣を置き、あなたと同じく火を放って自害されたと聞いています」

 死体は見つかっていないが、最期をみたという家臣もいる。隠された場所はその家臣も知らないようであるが。

「信忠の愚か者。死ぬのであれば父を越えてからにしろ」

 信長はぼつぼつと憎まれ口をたたいた。
 その言葉には我が子への哀愁を漂わせていた。
 織田信長は魔王と恐れられている男であったが、血縁の者を大事にすることで有名であった。
 子に関してはかなり煩悩的であったと記憶している。

「光秀ー!」

 信長は立ち上がり、光秀の方へと走った。ぽかぽかと光秀の足を叩くが特別痛いとは感じない。
 かつては恐ろしい男であったが、今は見る影もない。
 途中で力尽きて信長はへたりとその場に座り込んだ。

「もうこの姿ではお前を罰することもできんのか」

 諦めた様子で姿勢を正す。
 人形でありながら綺麗な仕草である。

「さぁ、討つがいい。子が死んでおめおめと生き恥を晒すわしではない! この首をとって好きに天下に号令かければいい。ついてくる人間がいるか保証はせんがな」

 言っていることは立派であるが、とてもじゃないが討つ気にはならない。
 この珍妙な姿になった織田信長の首をとっても何にもならない。
 もしこれをとって号令をかけても、世間は憐れみの視線を送るばかりであろう。

「今のあなたの姿では、そんな価値はありません」
「む」

 いらっとしつつも信長は自分の姿を改めてみる。確かに光秀のいう通りである。

「そうか。では、仕方ない」

 信長はぴょんと飛んで光秀の膝についた。よじよじと器用に上り、光秀の肩あたりに足をかけて鎮座した。

「他に行くところもないし。お前についていって、わしがもとにもどる方法を探してくれる」
「何勝手に決めているのですか」

 そもそも何で自分を討とうとした男についていくのかわからない。

「お前がしでかしたことで世の中どう動くか特等席でみたいという気持ちがある」
「見たいのですか?」
「おお、儂にはその権利があるじゃろ。儂を討った責任を果たしてもらうぞ」
「……」

 責任という言葉を聞いて光秀は頭が重く感じた。いや、きっと重いのは信長が頭の上に上ったからに決まっている。
 家臣らが報告をしてくるが、どうやら信長の姿を見られるのは自分だけのようだ。
 この奇怪な体験は自分の業故なのか。
 光秀は仕方ないと京の様子を確認してから安土へと向かった。

(つづく)
ただなんとなし考えた本能寺ギャグ
これの続きを書くには明智くんの13日の天下を勉強しないといけない。

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