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「空飛ぶサーカス」018 サーカス空を飛ぶ

 サーカスかある町から次の町へ移動してゆくのはとてもたいへんです。
 大きなテントや観客席、舞台がたたまれ、猛獣たちはオリに入れられ、トランクに積まれて駅に運ばます。そして、そこから貨物列車でつぎの町に運ばれたり、外国へ行くときなどは、船で運ばれたりすることになります。
 一方、団員たちはふだん自分たちが生活している移動車を連ねて移動します。新しい町に着いてからが、またたいへんです。
荷物をほどき、たたんだテントを広げて張り、観客席を設置し、舞台を作り、猛獣をオリに戻し、練習をして、やっとサーカスを始めることができるのです。
 
 ある日のことです。このサーカスの引っ越しに頭を悩ませていたパパゲーナは、素晴らしいアイデアを思いつきました。
それは、〈サーカスが空飛ぶじゅうたんで移勤したら楽にできるのではないか〉ということです。最初にパパゲーナはライオン使いのレオナルド一家か住んでいる移動車で試してみました。
 
 レオナルド一家の移動車を空飛ぶじゅうたんの上に乗せます。パパゲーナが魔法の言葉をとなえます。空飛ぶじゅうたんは移動車をのせてふわりと浮き上がり、しだいに高く上 っていきます。
移動車はテントのてっぺんにある旗と同じ高さになったところで、テントの上をぐるりとまわりながら、ふわりと浮かんでいます。
そこで、パパゲーナはあわててじゅうたんを下におろしました。というのは、そのままにしておくと、じゅうたんはどんどん上がって行ってしまいそうでしたし、レオナルドの子供のペトラやペーターが、大切にしているぬいぐるみのライオンがだんだん遠くへ行ってしまうのを心細そうにながめていたからです。
 
 つづいて、パパゲーナはゾウでも試してみました。子ゾウを小さな空飛ぶじゅうたんにのせ、親ゾウを大きなじゅうたんにのせて試してみたり、また、移動車に入れてみたりしました。実験はうまく進みました。
そしてこのパパゲーナの実験は、サーカスの宜伝にも大きな効果を発揮しました。
町の人たちは、昼の間はゾウやサーカスの移動車が空高く飛ぶのを珍しそうにながめ、夕方になるとサーカスにくり出してくるというぐあいでした。
 実験は順調でしたが、空飛ぶじゅうたんを使った引っ越しで、パパゲーナやアウグスティンの頭を一番悩ましたのが巨大なテントでした。
 
 引っ越しは、まず動物たちを移動車に移すことから始まります。動物を移した後、オリやサーカスに使う道具を折り畳んで、じゅうたんの上に積みます。ここまではたいしたことはありません。
問題は、巨大なテントです。引っ越しのためにテントをたたみ、向こうに着いてからまた建てるというのはたいへんめんどうなのです。サーカスの人たちは、テントを畳まずにそのまま移動できれば、向こうへ行ってもテントを広げる必要がなくていいんだがなあ、と考えました。
小さなじゅうたんにその何倍も大きいテントを乗せるなんて、そんなことができるはずはありません。だいいち、テントをどうやって持ちあげて下にじゅうたんを入れるのでしょうか? 絶対に無理、サーカスの団員たちはあきらめました。
 ところがです。パパゲーナに意外なアイデアがひらめいたのです。
それは、《どうしてもじゅうたんを下に敷かなくてはダメなのかしら? テントのてっぺんについている旗のようにじゅうたんをくっつければ、テントは空に浮くのではないか?》というのです。
 
「なるほど、やってみようじゃないか」団員たちは言いました。
 アクロバットがひとり、テントのてっぺんに上って行き、旗を外して代りにじゅうたんをつけました。そしてパパゲーナが魔法の言葉をとなえると……ふしぎ、ふしぎ!みごとにじゅうたんは飛び上がり、やがて凧のようにどんどん上かって行くではありませんか!
「おーい、パパゲーナ! 早くおろさないと飛んでいってしまうよ!」団員たちは叫びました。
「だいじょうぶよ!」パパゲーナはじゅうたんをおろす魔法の言葉を知っているので、落着いています。ここで、パパゲーナがとなえた魔法の言葉がこれです。キミたちにも教えておくから、もし、サーカスが空を飛んでいるのを見たら、ちょっと下におろしてみるといいかもしれないよ。
魔法の呪文は、こうだ。
 
風にのって、
どんどん高く、
天にのぼった、
じゅうたんよ、
下りろよ、下りろ!
 
 テントは上空で少し傾き、すべるように下りてきて、やがてもともとあった位置にぴたりと止りました。
 それからというもの、サーカスの引っ越しはまったく簡単でした。
動物や団員を移動車に乗り込ませ、ノアの箱船や舞台、その他の道具と一緒にテントに押し込み、ドアをしっかり締め、パパゲーナか呪文をとなえて……それでいっちょうあがり!というわけです。
 
 きょうベルリンにいたサーカスか、明日はパリに、あるいは、ニューヨーク、中国、モスクワ、東京、ローマ、アテネ、ブラジル……、世界中どこにでも行けるようになりました。
 もちろん大きな町ばかりではなく、サーカスが来たことかないような小さな町や、道路もないような山奥の町にも行くことができます。
パパゲーナたちは、一度など北極で公演をしたことさえありました。お客さんは、ホッキョクグマにアザラシ、それに数人の北極探検隊の隊員たち。みんな大喜びだったことは言うまでもありません。
ただ、残念なことに、北極ではライオンの演技はありませんでした。寒がりのライオンたちには何枚も何枚も着物を着せなければならなかったため、とても演技ができるような状態ではなかったのです。
 こうして、空飛ぶサーカスの旅がはじまることになりました。

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