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「空飛ぶサーカス」019 パリヘ、サーカス空の旅

 空飛ぶサーカスの最初の外国への旅はパリでした。パパゲーナはじゅうたんの飛ばせ方を何回かの練習ですっかり覚えましたので、パリヘの旅もじゅうたんで空を飛んでみることになりました。初飛行です。
 
 じゅうたんでサーカスを空に飛ばせるときには、パパゲーナはサーカスの切符売場のテーブルに座ります。透明のガラス窓をとおして、外を見るためです。
テーブル上には地図が置かれています。これでサーカスかどこを飛んでいるのか、どちらの方向に行くのかを調べるのです。
 サーカスが飛ぶ方向を変える舵は、アザラシの役目です。サーカスのうしろ側でしっぽを出したアザラシに、無線でパパゲーナか(もっと右!》とか、(ちょっと左!》と伝えます。
アザラシは言われたとおりにしっぼを曲げると、それが舵の役割を果すというわけです。アザラシのしっぽは風にあたって冷めたくなってしまいます。だから、飛行中に何匹かのアザラシが交代で舵をつとめることになります。
 
 こうしてサーカスは海をこえてフランスの上空を飛び、パリヘやってきました。
 どうしてパリつてわかったかって? もちろんエッフェル塔とセーヌ川です。
えっ?キミはエッフェル塔を知らない? 鉄でできている高い塔でね、4本足で立っていて、上にゆくほど細くなり、てっぺんまでの高さは300メートル以上もあります。パリの町は、まんなかにこの塔が高くそびえ、その下をセーヌ川が流れているのです。
 パパゲーナでなくても、こんなパリを間違える人はいません。
 パパゲーナにとって難しいのは、飛ぶことではなくて、行った先で下りる場所を見つけることです。バリヘ行ったときもたいへんでした。
 
 パパゲーナとアザラシの活躍で、サーカスは空からパリにつきましたが、下りる場所がわからないのです。下では人々が上空のサーカスを珍しそうに見あげています。というのは、パリの人たちにとって、空を飛ぶサーカスは初めてだったのです。
しかたがないのでパパゲーナは、上空を2、3度まわって下りられる場所を探しました。エッフェル塔の横には、サーカスが着陸するのにちょうどいい広場がありましたが、見物人がたくさん集まっていて、少しのすきまもありません。町の中にもいくつかの広場がありましたが、どこも車と人がいっぱいです。
 
 なかなか見つからないうちに、暗くなってきました。町には灯も点き始めます。パパゲーナは疲れてきました。サーカスを飛ばせるのはパパゲーナだけで、だれも代ることはできないのです。
アウグスティンはときどきパパゲーナのそぱにやってきて、パパゲーナの相談にのって励まします。
「エッフェル塔に結びつけちまったらどうだい?」アウグスティンは言いました。「サーカスのどこかをエッフェル塔にしっかり結んでおけば、サーカスはどこにもゆかずにここにつながっているだろう? そうしておいてゆっくり眠り、明日の朝また、いい場所を探すことにしよう。どうだい?」
「うん、それがいいわ」パパゲーナはサーカスをエッフェル塔のてっぺんに着けました。
アクロバットが一人するするとテントから出てエッフェル塔に登り、ひもでしっかりとしばりつけました。
エッフェル塔の展望合にいるたくさんのフランス人たちが、フランス語で《そんなところにつないではいかん!》と叫んでいましたが、アクロバットは幸いフランス語があまりわかりませんでしたし、パパゲーナが疲れていることを知っていましたから、フランス人の言うことにかまわず、サーカスをエッフェル塔につなぎました。
エッフェル塔の最後のエレベーターも終り、展望台の観客も下りて、やっとサーカスの団員は静かに眠ることかできるようになりました。
 
 しかし、この夜、実はたいへんなことが起こってしまったのです。
 エッフェル塔につなぐと、パパゲーナはそのまま切符売場のテーブルに寄りかかって眠 ってしまいましたが、疲れから夜中に夢にうなされました。
夢の中でパパゲーナはサーカスを飛ばせています。しかし、着陸する場所がいつまでたっても見つからないのです。彼女は、夢のなかでアザラシに方向の指示を出しつづけました。大きな声で叫びました。それは寝言になって、団員たちにも聞えるほどでした。アザラシがそれを聞いて舵のしっぽをだしたら、あぶなくテントはエッフェル塔を引っぱって飛んでいってしまうところでした。
でも幸いなことにアザラシの寝ているところが遠かったのと、あざらしも疲れてぐっすり寝ていたために、パパゲーナの声はアザラシには聞こえませんでした。
 パパゲーナの夢はそれだけでは終りませんでした。とうとうパパゲーナは着陸場所を見つけたのです。パパゲーナは勇んで着陸命令を出しました。
 
風よ、風!
空よ、空!
天にのぼった、じゅうたんよ、
下りろ!
 
 この声は、寝言になって出ました。そして、じゅうたんに聞こえました。空飛ぶじゅうたんは眠らないのです。パパゲーナの呪文を聞いたじゅうたんは、サーカスを地上におろそうと下に引っ張りました。
でも、じゅうたんはエッフェル塔のてっぺんにしっかりと結ばれています。なおも、じゅうたんは地上におりようとします。その結果、サーカスはだんだん傾き、とうとうエッフェル塔のてっぺんを下の方に引っ張りだしたのです。
エッフェル塔はサーカスにひっぱられて、てっぺんがぐんぐん下に曲がりはじめました。ぎいぎいっという音でアウグスティンは目を覚し、外を見てびっくりしました。
あわててパパゲーナを起こし、すぐにサーカスを上にあげる呪文をとなえさせました。
 外をみると真夜中です。塔のまわりの広場にはだれもいません。
「いまなら下にはだれもいない。ちょうどいいぞ、サーカスを下ろそう!」パパゲーナとアウグスティンは、相談の結果、サーカスを広場におろすことにしました。
 アクロバットを起こして塔に上らせ、結んであるひもを外させました。
 パパゲーナが呪文をとなえてサーカスを広場におろした頃には、サーカス団員全員が目をさまし、パジャマやガウン姿で集まってきました。
サーカスは無事に着陸しました。問題は、てっぺんがおじぎしたように曲がってしまったエッフヱル塔です。
「このままにしておくわけにはいかない!」ことで意見は一致しましたが、ではどうやってまっすぐに直すか? だれもアイデアはありません。
 
 団員たちは、あらゆることを試してみました。アクロバットはかなづちやペンチ、ドライバーなどを持って上って行きました。
しかし、たたいても、押してもエッフェル塔はびくともしません。パパゲーナは空飛ぶじゅうたんを使ってみました。曲がった塔のてっぺんにじゅうたんをくっつけて、上に引っぱったのです。塔は伸びませんでした。
塔を曲げたのは、サーカスの人たちや道具が乗っていた重さだったのです。とても、じゅうたんの力だけでは伸ぱすことはできません。
 
 さあ、困りました。早くしないと、夜が明けます。パリの人たちに曲がった塔を見せるわけにはいかないのです。しかし、サーカスの団員には、いいアイデアが浮かびません。
困ったときにはどうするか? そうです、月に助けてもらうしかないのです。レオナルドが月を呼びました。
月は顔じゅうで笑いながら、姿をみせました。サーカスのことをずっと見ていたのです。
そして、結局は〈私のところに助けをもとめてくるわね〉と思っていたのです。それがその通りになったものだから、楽しくてしかたがないのでした。
 
 月は大きな磁石を取りだしました。この磁石を曲がったエッフェル塔にかざすと、たちまち塔はもと通りにまっすぐになおってしまいました。サーカスの団員たちは喜んで、お礼に月を夜のパリの町に招待したいと申し出ましたが、月はそれを辞退すると、出てきたときのように音もなく消えてしまいました。
 
 朝になり、パリの人たちがエッフェル塔に上ってきたときには、塔は以前のように天に向かってまっすぐ伸びていました。
もし、あのエッフェル塔が曲がったままだったら、と考えると、サーカス団員たちは冷汗が止りません。セーヌ川の橋のほとりで夜明ししていた数人の若者たちだけは、曲がったエッフェル塔を見ていましたか、その若者の言うことに耳を傾ける人は一人もいませんでした。

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