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「空飛ぶサーカス」003.魔法の時計

 パパゲーナはレオナルドと協力して魔法の杖と時計を手に入れました。

パパゲーナがサーカスのショーでよく使うのは魔法の時計です。

そのため、時計の使い方はすぐに覚えました。時計を使って魔法をかけるには、呪文をとなえなければなりません。パパゲーナはその呪文を5つ発見したのです。

 

 第1の呪文は時間を止めるためのもので、第2の呪文は時間を早く進めるためのものです。そして、第3の呪文は時間をゆっくり進めるためのもの、第4の呪文は時間を逆戻りさせるためのもの、最後の第5の呪文は時間を未来に進めてしまうためのものです。

 この時計や呪文をどんなふうに使うのか、それはこんな具合です。

 パパゲーナは何か気分のいいことがあると、時どき第1の呪文をとなえます。

 

風よ吹け、

波よおしよせろ。

流れよ止まれ!

そして、

時間よ止まれ!

 

 こうとなえると、時間がとまるのです。

 たとえば、一面に花が咲きみだれている広い野原で、さわやかな小鳥の声を聞きながら、きらきらと輝く陽の光をあびて散歩しているようなとき、パパゲーナは第1の呪文をとなえます。すると太陽も、雲も、小鳥やヒッジたちも動きを止めて、しずかな時が始まるのです。こんな気持のいい時間は、パパゲーナでなくても時計を止めたくなるでしょう?

 そのほかにもたとえば、食事のときなど……。大好きなメニューがだされると、パパゲーナはついつい時間を止める誘惑に負けてしまうのです。

 

 時間を止めるのはもちろんテーブルに座ってからです。パパゲーナが時間を止めた瞬間、口の中に食べ物をいれていた人はかむのをやめ、スプーンを口に持っていこうとした人は空中でスプーンを止め、ワイングラスを上げた人はグラスを持ちあげたまま勤かなくなります。自由に動けるのはパパゲーナだけで、みんなが動けない間にパパゲーナは、好きなものを好きなだけ食べられるというわけです。

とくにパパゲーナが好きなのはプリンです。これはいつもほとんどパパゲーナが一人で食べてしまいます。プリンにだけには目がないのです。パパゲーナは、食べおわるとまた時間を元通りに進めます。

時間が止っていたことを知っているのはパパゲーナだけです。他の人たちは時間が止まっていた間のことは何も覚えていません。ただあんなにたくさんあったプリンがどうしてなくなってしまったのか、いつも不思議に思って頭をひねっているというわけです。

 さて、時間を止めた後に、もう一度元通りに動かさなければなりません。そのための呪文が次のものです。

 

生きとし生けるものに、

血よかよえ!

そして、

時間よふたたび進め!

 

 さて、パパゲーナは呪文を見つけてからは、ときどきサーカスでもこの魔法の時計を使いました。そんな時に一番多く使うのが、第2、第3の呪文です。

 第2の呪文は時間を早く進めるためのもので、それはこんなものです。

 

毒にフォーク、

剣にペン!

時間よ早く進め!

 

 この呪文が使われるのは、こんな時です。たとえば、楽隊があまり元気がなくてどうしようもない音をだしていたり、ピエロが大失敗をやらかしてなかなか終れずにあわてていたり、そして、曲芸師が皿やカップをどんどん積みあげているけれど、お客さんはあきていてむしろ皿やカップが落ちるのを期待していたり……、そんな時に、パパゲーナは思い切って第2の呪文をとなえるのです。

 

 第3の呪文は、時間の進み具合を遅らせる呪文で、それはこんな具合です。

 

狩りに狩人、

猫に猫ババ、

スピードにスペード

時間よゆっくり進め!

 

 パパゲーナが、この第3の呪文をとなえるのは、こんな時です。

 手品師や曲芸師がボールや輪やナイフを空中高く投げあげて演技しています。

手品にはタネがあるのですが、観客にはよくわかりません。そんな時、パパゲーナは第3の呪文をとなえて観客にタネがわかるようにしてしまうのです。観客には何もかもがゆっくりとして、曲芸や手品がどんなふうに行われているのかがよくわかるようになります。手品といっても、それは早技だったり、目の錯覚だったり、裏側にタネが隠してあったり……ということがよくわかってしまうのです。

 

こうやってパパゲーナはときどき、曲芸師や手品師にいたずらをするのです。そのお返しに曲芸師や手品師は、パパゲーナが魔法に使うコインやハンカチや水晶玉を隠したりします。でも、この手品師や曲芸師とパパゲーナの競争は、いつもパパゲーナの勝ちに終ります。パパゲーナは曲芸師たちのいたずらに気がつくと、時間の進みをもどして犯人を見つけ、彼らが気がつかないうちにハンカチや水晶玉を取りもどしてしまうからです。

だからパパゲーナが舞台にでてから困ることはめったにありません。パパゲーナの知らないうちにハンカチや玉が盗まれてしまってもパパゲーナは、盗まれたハンカチが元の位置に戻るまで、時間を逆戻りさせてしまえばいいのです。すると盗んだ曲芸師が、元の場所に自分でちゃんと戻してくれるというわけです。

 

 第4の呪文がそれで、時間を過去に逆戻りさせる呪文です。どんな呪文かというと、おーっと、あぶないあぶない、これだけは、私も秘密をばらすわけにはいきません。もしそんなことをしたら、パパゲーナの魔法の時計が盗まれたりしないともかぎらないのです。

だって、みんな時間が逆戻りさせられればいいと思っていますからね。「時間が戻ればこの前の試験はぜったい100点なんだけどなあ……」学校に行っているサーカスの子供たちも、ひそかにこの時叶をねらっているといううわさだってあるくらいだからね。

ここに第4の呪文を書いてしまったら、パパゲーナの時計を盗んだ後は、この本を読んで第4の呪文を覚えれば、テストもなにも恐いものなし……というわけですからね。

そんなことになったら大変です。これだけは教えられません。だから、口が裂けても、第4の呪文を教えるわけにはいかないのです。

 

 そのかわり、パパゲーナがどんな時に第4の呪文をとなえたのか、それを教えることにしましょう。

 パパゲーナのサーカスで一度こんなことがありました。

 ある男性と女性の2人のブランコ乗りのチームが演技をしていたときのことです。

2人は天井からつるしてある別々のブランコにぶら下がっていました。やがて、2人はブランコを大きくゆすりはじめました。3回転して他のブランコに飛びうつる、もっとも難しい演技をやろうというのです。

女性はブランコをもうこれ以上はゆすれないというくらい大きくゆすると、パッと手を離して飛びだしました。クルクルッと3回転して、逆さまに足でぶらさがった男性の手をつかんだ……と観客はだれもが思いました。しかし、その女性の手は男性の手には届かなかったのです。

 ブランコ乗りが落ちる! 観客は叫び声をあげ、盛りあげようと音楽を奏でていた楽隊はあまりのことに音をだすことさえ忘れて呆然としていました。

この時に冷静だったのはパパゲーナだけでした。パパゲーナはブランコ乗りが落下する直前、あわてて第4の呪文をとなえました。ブランコ乗りは空中に浮かんで止りました。そして、しずかに天井へと逆戻りしていったのです。一瞬の後には、ブランコ乗りの女性は、それまで乗っていたブランコに腰かけていました。

 何がおこったのか? そうです、パパゲーナが時間を逆戻りさせて、ブランコ乗りの命を助けたのです。そのあとでパパゲーナはそっとまた時間を元に戻しました。二度目に挑戦したブランコ乗りは、今度はうまく手をつなぐことができました。見事な芸にさかんな拍手が贈られたことは言うまでもありません。

 ブランコ乗りはブランコにつかまって観客の拍手に応えています。時間が止まったり戻ったりしたことは誰も気づきませんから、本当はパパゲーナこそ拍手されてもいい人だということを誰も知りませんでした。でも、ブランコ乗りだけにはちゃんとわかつていました。サーカスが終った後、ブランコ乗りの2人がパパゲーナのところにたくさんのプレゼントをもってやってきました。

その晩の食事では、パパゲーナは時間を止める必要はありませんでした。ブランコ乗りの2人からたくさんのプリンやデザートがプレゼントされたからです。

 

 そして、第5番目の呪文は、時間を未来に進めるものです。これも教えるわけにはいきません。パパゲーナは他の呪文は何度か使いましたが、これだけは使わないように心がけています。というのは、これを使って未来を知れば、自分だけが得をすることになります。そんなことはできるだけしたくなかったのです。

 

 これまでこの呪文を使ったのは、たった一度だけでした。それは、団長が「1年後はどんなようすか」を知りたがったからです。パパゲーナは、最初はことわりましたが、知りたがりの団長は、そんなことではあきらめません。とうとうパパゲーナは団長の熱心さに負けて、第5の呪文を使うことを約東しました。そして、時計の時間を1年後に合せて、呪文をとなえました。「サーカスは大きくなってもっともっとお金がもうかっているにちがいない!ウッシッシッ……」と団長は期待に大きな胸をはずませました。

 その結果はどうなったでしょうか。

 

さて、そのときに見えたサーカスの1年後・・・。

団長は同じサーカスの切符売場にしょぼんと座っています。

サーカスは閉まっていて、静かです。団員も動物も見えません。切符売場の横には「サーカス売ります」の看板がかかっています。どうやら、団長はサーカスを売ろうとしているのですが、買い手がなくて困っているようです。

「まさか、そんなはずはない。」パパゲーナが時計をふたたび現在に戻した時、団長は頭をぶるぶるっと震わして言いました。

「どうしたんですか?」パパゲーナが聞きました。

「いや、いや、なんでもないよ」団長は言いました。「ただちょっと悪い夢を見たようじゃなあ。」

 

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