「空飛ぶサーカス」021 サーカス危機一髪!
空を飛ぶようになってから、サーカスにはさまざまな冒険がありました。残念ながら、全部を紹介することはとてもできません。
でも、これだけは、どうしても紹介しておかなけれはならないでしょう。
それは、サーカスの人たちにとっても、忘れることができないできごとだからです。
ある時、サーカスがアメリカヘ行くことになりました。
アメリカヘ行くためには、大きい大西洋を越えなければなりませんが、その途中で大嵐に出会ってしまったのです。それは、めったにないような、強い嵐でした。
移動車や団員、動物、道具などを積んだテントが、突風につきあげられて、木の葉のように空中に舞います。
稲妻が光り、雷が鳴ります。勤物や子供たちが恐がって悲鳴をあげます。
テントの中はとても立って歩けるような状態ではありません。ゾウ使いのビンボーとライオン使いのレオナルドが這いまわって、テントのドアが開いていないかどうか調べます。開いていると、そこから団員や動物が外に飛びだしてしまうからです。
どうやら、窓やドアは大丈夫のようです。2人はひと安心しましたか、実はこのとき重要なことを忘れていました。サーカスのテントには、天井を開けられるように大きなジッパーがつけられていたのです。
テントは大揺れに揺れています。気分が悪くなった子ゾウがよろめいてテントに寄りかかります。そこに突風が襲ってきて、テントが大きく傾きます。
子ゾウが逆さまになったテントの天井にどすんと落ちます。あっと思う間もなく天井のジッパーか開き、そのすきまから子ゾウがテントの外に投げ出されてしまったのです。
下では大西洋の荒波がうなっています。子ゾウはまっさかさまに海に向かって落ちていきます。
ゾウ使いのビンボーは、子ゾウが飛び出すようすを見ていました。彼は、近くにあった空飛ぶじゅうたんの小さな切れ端をつかむと、いちもくさんにテントの外に飛びだして、子ゾウのあとを追いかけました。
そして、子ゾウが海に入る直前、子ゾウの尻尾をつかまえることに成功しました。急いで子ゾウの足の下にじゅうたんを広げると思い切り上に飛びあがります。
危ないところで子ゾウを救いだすことに成功しました。小さなじゅうたんに乗った2人はジッパーのすきまからテントに入りました。
ビンボーがテントに戻ると同時に、レオナルドがジッパーをしっかり締めました。
あぶない、あぶない、もう少しで子ゾウが海に落ちてしまうところでした。
さて、子ゾウは助かりましたが、嵐はこれで終ったわけではありません。いや、以前にもまして嵐はますますひどくなります。外は夜のように暗くなってきました。
テントの明りはずいぶんまえに嵐のおかげで切れてしまっていましたから、稲妻か光らなかったら、テントの中は何も見えない状態でした。
というのは、テントがあまりに揺れるために、口ウソクさえつけられないのです。そして、とうとうもっと悪いことがおこりました。テントのてっぺんにくっついていた空飛ぶじゅうたんが、突風でとれてしまったのです。
テントが傾いたと思う間もなく、いっきにテントは海に向かって墜落しはじめました。
中の団員たちには、最初なにが起こったのかわかりませんでした。テントの中からはてっぺんのじゅうたんを見ことかできなかったからです。でもそれは、かえってよかったのです。もし、テントが墜落している!なんていうことを知っていたら、団員や勧物たちは大混乱したにちがいありません。
テントはますますスピードをつけて落ちてゆきます。そして突然、どすんと何かにぶつかったと思うと”ばっしゃーん!“という雷より大きな音が聞えました。
どうやらテントが海に落ちたようです。団員や動物たちは思い切りしりもちをつきましたが、幸いなことにだれもけがをしませんでした。
テントはしばらく荒れる波に木の葉のようにほんろうされながら、船のように海上を漂っていました。
やがて、テントに海水かしみだしはじめました。移動車がテントの中で浮かびます。移動車は水の中で動かせるようはできていません。水は時間とともに移勤車の中にしみこんできます。団員や動物たちは、移動車の中でアップアップはじめました。
その時、パパゲーナと アウグスティンはノアの箱舟があることに気づいたのです。
全員に声をかけると、ノアの箱舟に乗り移るように言いました。こうして、すべての団員と動物がノアの箱舟に移りました。乗らなかったのは、それがいたことを知らなかった八匹のネズミと、泳いだ方がいいと希望して海に飛びこんだアザラシだけでした。
全員が乗り込むと、ノアの箱舟は海に滑りだしました。船の中はたいへんな混雑でした。
もともとこの船は、こんなに大量の人や動物が乗るように造られていません。
サーカスの道具や移動車、団員の持物などは、全部テントの中に残しました。
ノアの箱舟にそれらを積む場所がなかったからです。
それを一番悲しんだのは、たくさんのライオンのぬいぐるみと離れなければならなかったレオナルドの2人の子供ペトラとペーターでした。
夜遅くなって、嵐はだいぶおさまってきました。しかし、空には厚い雲がかかり、月や星は見えません。
「われわれがここにいるのを、だれか発見してくれるのだろうか?」サーカスの人たちは 不安です。
「SOSを発信する無線装置もないし、大西洋は宇宙のように広いし、結局は餓え死にするか、溺れてしまうことになるのじゃないか?」そう言う団員たちもいます。
テントはロープでつないで引いていましたが、少しずつ沈んでゆき、わずかにてっぺんだけが水の上に出ている状態でした。東の空がうす明るくなってきたころになって、やっと雲がきれて月が顔をのぞかせました。
月に最初に気がついたのは、ノアの箱舟の甲板にいたレオナルドの子供ペーターでした。ペーターは月を見つけると「おーい、お月さん! 空飛ぶじゅうたんを持って降りてきてちょうだい!」とお願いしました。
その声が終るか終らないうちに、月が降りてきました。
夜じゅう寝られなかったように、青白い顔をしています。
船に降りた月は、背中に背負ったリュックサックから新しいじゅうたんを取り出しました。朝の空のように赤い色をしたじゅうたんでした。
「じゅうたんをテントのてっぺんにつけてあげられるといいのだけど、すぐに空に帰らないと、太陽かあがってきてしまう」月は言いました。
「大丈夫、ぼくたちにもできるよ。心配しないで早く空にかえったほうかいいよ」ペーターとペトラが声をそろえて言いました。
月が帰って行きました。
サーカスには新しいじゅうたんが手にはいりました。今度は、誰かが泳いでいって、そ れを海に沈んでしまう前にテントのてっぺんにつけなければなりません。
海には、クジラやマグロ、イルカのほかにも、サメなどのように人間を食べる危険な魚もいます。テントまで泳いでゆくのはとても危険です。
「じゅうたんをかしてごらん、ぼくが行くよ!」アウグスティンが名乗り出ました。
パパゲーナがアウグスティンの腕をとって止めようとしましたが、彼女はすぐにその腕をはなしました。
というのは、アウグスティンを好きだということを知られるのがはずかしかったからです。そうしている間に、ペーターがじゅうたんを頭の上にのせると、海に飛込みました。
母親のレオノーレが大きな声でさけびましたが、つづいてペトラも飛込みました。レオナルドはレオノーレを抱きとめます。そうしないと、レオノーレも後から飛込んでしまいそうだったからです。
2人の子供たちは、サメにも襲われずにテントにつきました。てっぺんに上ると赤いじゅうたんをしっかり結びつけ、船にもどるために、また、海に飛込みました。
その時、サメがやってきたのです。サメは2人に近づくと口を大きく開けました。するどいキバが見えます。子供たちか食べられてしまう!と思った瞬間、横からクジラがやってきて、2人をパクリと飲みこんでしまったのです。
ペトラとペーターはクジラのお腹の中にいます。歯でかまれなかったので、けがは全然ありません。クジラのお腹の中はまっくらですが、しばらくすると目がなれてきました。
そして、よく見ると、すみのほうにじゅうたんがあるではありませんか。
それは、突風でテントのてっぺんからとれてしまったじゅうたんでした。少しはじの方がちぎれているだけで、まだ使えそうです。
2人はじゅうたんをすみっこから引っ張りだして、くじらの舌の上に押して行きました。クジラにくしゃみをさせて、その時にじゅうたんに乗って口から飛び出してしまおうというわけです。
「よいしょ!と最後に力を入れて2人が押します。クジラは鼻をむずむずさせたかと思うと、思いっきり「はあ、はあ、は、はぁくしょん!」と大きなくしゃみをしました。2人はロケットのように、クジラのお腹からいきよいよく飛び出しました。
やっとのことで外に出ることかできましたが、まわりを見まわしてみても、何も見えません。
ノアの箱舟もなければ、テントのかげもないのです。2人がなかなか出てこなかったので、サーカスの人たちは、てっきりサメに食べられてしまったと思ったのです。レオノーレとレオナルドは悲しみましたが、食べられてしまったものはもう帰ってきません。サーカスの人たちはあきらめて、アメリカをめざして出発していったのです。
ペトラとペーターは。じゅうたんを広げるとサーカスの後を追いかけました。しばらく
飛んでゆくと、遠くにテントが見えてきました。
やっと追いついた時、ちょうど水平線のかなたにアメリカの摩天楼が見えてきました。2人がじゅうたんに乗って飛んでくるのを見つけたサーカスの人たちは、テントの屋根を開けて2人を迎えました。ずっと泣いていたレオナルドとレオノーレは、大喜びです。
ノアの箱船もテントの中にあります。サーカスは、嵐にあっても、何もなくさずにアメリカにつくことができたのでした。
テントに残っていたネズミも、テントが沈みそうになった時は、テントの天井に上っていたためにおぼれずにすんだのでした。
その日、サーカスのテントは、ぬれてびしょびしょでした。団員や勤物たちは、ぬれたベッドで寝なければなりませんでしたが、その次の日、快晴のアメリカの明るい太陽の輝きで、テントはきれいに乾き、サーカスの人たちは、あたたかいベッドでゆっくり眠ることができたとか。
その後のサーカスのアメリカ公演は各地で大人気だったそうですよ。
〈 完 〉
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