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7-2. われわれは、お客様の「購買の代理人」であると考えて、この仕事を始めた。

 ダイエー会長 中内 㓛

 中内は昭和20年末に復員して、薬屋を手伝いながら闇市でさまざまな商売を手がけた。
 そして、神戸経済大学を中退。昭和27年に薬品現金問屋を設立して、しばらく後、昭和33年に大阪千林駅前に「主婦の店ダイエー」第一号店舗を開店する。

 これまでの常識では、小売店はメーカーの商品の販売を請け負う、販売代理店であった。そして、チェーンストアなどのように販売網を組織化し、メーカーとの間で密接な情報の交換を行い、メーカーからの情報を得てメーカーに変わってPRし、消費者にサービスするという仕組みが一般的であった。
 そうした仕組みが小売業界の常識となり始めていた時代に、「こんな仕組みだと、店頭にはメーカーの思いが詰まった商品が並ぶことになり、消費者にとって本当にほしいものが店頭には置かれないのではないか」……と疑問を持ったのが中内である。
 よく考えてみれば、小売店がメーカーの代理店となるような小売業の仕組みは、メーカーにとっては非常に都合がよいシステムであった。

これに、敢然と挑戦したのが中内である。そんな仕組みでは、消費者は本当にほしいものを選べない。これでは逆だ。小売店は、消費者の求めるものを仕入れて販売する「消費者の購買代理店」でなければならないのではないか……そう考えたのである。
この、「消費者が求めているものを売る」という発想は、中内の商売の根幹をなすもので、中内の商売はこの一点から始まっている。

 中内が薬屋を手伝っていた当時、薬屋は腹が痛い、頭が痛いという病人を相手にしていた。しかし、そんなにたくさんの病人がいるわけではない。それを見ていて中内は、それなら、たくさんいる健康な人を相手にして、病気を予防するような商売のほうがいいのではないかと考えた。そして、ではどんな商品がいいのか、中内は客に聞きに行くのである。

「大阪の千林の青線の女の子なんかも、ちり紙もいろいろな使い方があるというて、どこそこのちり紙がいいと教えてくれる。それで仕入れに行くわけですわ。つけまつげなんか、つけ方まで教わって売っとった。その繰り返しで、品数、店数が増えていっただけでね。それは今も同じ」。

 ここによく表れているように、中内にとって小売りというのは、あくまでもお客さんが求める便利な商品を探し、それを提供する、消費者の「購買代理人」なのである。
 創業当時、中内は400万円の開店資金を用意すると、350万円で店を調え、残りの50万円で商品を仕入れた。
 仕入れた商品を売ると、その売り上げを持って現金仕入れに飛んで行き、それを翌日の店頭に並べて売り、またその金をもって仕入れに走るというやり方で、少しずつ店を拡大していった。

 現金取引だけに、販売できなければ仕入れもできない。メーカーから配達された商品を売るのではなく、消費者が買ってくれる商品を店頭に並べないと、商売は続かない。販売代理店ではなく、「購買代理店」でなければならなかったのである。
 中内は、ダイエーを始めて以来、消費者にとっての購買代理店という思想をずっと持ち続け、この考えに反対する勢力とは断固闘ってきた。

 かつて、松下電器や大正製薬がダイエーの安売りに対してクレームをつけ、商品を卸すことを拒んだことがあったが、そんな時にも、独自の仕入れ先を開拓し、「自分の金で仕入れてきて、値段をつけて売るのがなぜ悪い」と、中内は徹底抗戦を辞さなかった。

メーカーは、アフターサービスが十分にできない、値崩れすることで一般の小売店を危機に陥れる・・・などを理由に反論したが、中内は、「ウチの店は松下電器や大正製薬の代理店でも何でもない。商法に書いてあるとおり、自分の計算でやっとる商人です。損しようと得しようと松下や政府に文句言われる筋合いはない!」と突っぱねた。
 正論である。

 その松下電器の商品を、後に、再び扱い始めることになった。ダイエーも松下も、中内の主張に納得して、というよりも世の中の流れが中内の方向を後押しした結果でもある。
 この、小売店は消費者にとっての「購買代理店」であるという考え方は、その後、機械工具、金型部品などを扱う商社、ミスミの基本的な姿勢にもなった。
同社社長の田口弘は言う。

「機械工具業界の販売業者は、メーカーの販売代理店の性格が強い。われわれはユーザーの購買代理店をやろうと考えた。日本の製造業はプロダクトアウト、つまりメーカーが価格から製品開発までの全権を握っている。それに対してわれわれは、まったく逆のビジネス、つまり、マーケットアウトをやろうと考えているんです。メーカーが売りたいものを売るんじゃなくて、お客さんのほしいものを買うんだという考えです」
 
 こう考えて、同社はカタログ販売に踏み切った。普通、生産財の商社であれば、お客さんのあいだを回り、必要なものについて注文を取る、いわゆるルートセールスが常識であったが、ミスミでは基本的にはセールをやめ、カタログ販売に切り替えたのである。

お互いが使用を明確に理解していれば、現物がなくても、またセールスを間に挟まなくても全く問題なく機能する。お客さんがほしいものを、低価格で、即座に納入できれば、何もセールスマンが出かけて行って御用聞きをしなくても、お客さんは注文をしてくれると言うのである。
 中内の頭を下げない商売は、生産財の商社でも可能であることを証明したのである。

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