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5-10. 売るな、親切にせよ。

5-10. 売るな、親切にせよ。
 東武百貨店社長 山中 鏆

 大量生産・大量消費の時代には、毎年のように購買力が大きく膨らんでいった。パイそのものが非常な勢いで膨張を続けたのである。こうした環境の中では、各社は膨らむパイをいかに獲得するかに力を注ぐ。だから販売力が企業の業績を左右した。

 しかし、購買力が縮小されれば、販売の仕組みにも大きな転換が求められる。
その一つが、直接的な販売の力ではなく、結果として販売拡大につながる活動への転換である。
 山中は言う。

「売るな、親切にせよ。
 日本の産業の一番いけないのは、売り上げ第一主義。何でも売り上げで、多く売り上げたものが評価される。利益がなくても売り上げればそれでいい。だから、子会社に伝票だけ回して粉飾売り上げなんていうのが行われる」

 これだけ消費生活が豊かになると、みんなほしいものがなくなってくる。統計をとると、
 ・ 60パーセントは、何かあったら買おうというお客様で、
 ・ 残り30パーセントは、暇つぶしに来られるだけで買う気持ちはないお客様という結果になると山中は言う。

 そんな時だから、最近の客は、感じのいい店、親切な店、イメージのいい店で、楽しいリラックスした感じで、見たり、さわったりして、ああ愉快だったなと言って帰る。そんなことが来店の目的になっているのだという。

「そんな状況なのに、相変わらず、『買ってください!』、『買ってください!』といったってダメです。女性を口説くのと同じで、『親切にせよ』です。自分の良心と良識にしたがってお客様に徹底的に親切にしなさいと言います。中には冷やかしのお客様もいるでしょう。そういうお客様でも全身で親切にします。そうすると、いいイメージが潜在的に残っていて、またお見えになるんです」

 最近、さかんにカスタマー・サティスファクション(CS、顧客満足)ということが言われる。

 この流行に対しても、山中は残念そうに言う。
「あんなこと当たり前です。日本の小売業はお客様に本当に喜んでいただくのが原点です。欧米は違うんですね、売ってやると言う。日本はお客様に喜んでいただくというのが、江戸時代からの長い伝統なんです」

 親切にせよ、そうすれば結果として買ってくださる……山中の言葉は、考えてみれば、商売の基本である。
しかし、いま、この言葉はわれわれに非常に新鮮に響く。いったいどこで、われわれはこの基本を忘れてしまったのだろうか。



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