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「空飛ぶサーカス」006.大臣がやってきた

サーカスにとって何が名誉かと言えば、それは、偉い人が見にきてくれることです。

もちろん、このサーカスも誰か偉い人が見物にきてくれるのを待っていました。

ゾウのサーカスへ、突然来ることが決ったのが、この国でもっとも偉い政治家の一人、マハトフーバー大臣です。

とはいえ、彼が来るのは、サーカスが見たくてやってくるのではありません。町を代表する大臣として、サーカスのようすも知っておかなければならないということで、視察にやってくるのです。


 しかし、サーカスにとっては理由なんかどうでも良いことでした。偉い人が見に来た・・・ということだけで宜伝には十分でしたし、いっぼう、政治家にとっても、選挙で選らばれるためには、ときどきたくさんの国民の中に入ってゆくということも必要だったの

です。


 さて、サーカスに大臣がやってくることが決ってから、サーカスはたいへんでした。

 前の日、大臣担当の警備係が多人数でやってきて、ベンチの下や道具箱の中、柱の陰など、爆弾がかくされていないかどうか一日中探しまわり、団員の移動車や猛獣のオリまでも調べるありさまでした。

それだけではありません。サーカスの演技をすべてやらせて、危険なものはないかどうか確かめたのです。

おかげで、その日一日をサーカスは休むことになりました。

こうした大捜査の末、大臣警備係はやっと大臣が見物している問は、絶対に何事も起こらないことを確認したのでした。サーカスの人たちは、ふだん忘れていますが、実はサーカスには危険なものが一杯あるのです。たくさんの爆竹や火薬、ライオンの火の輪くぐり用のガソリン……などなど、あげればきりがないほどです。これらはすべてテントの外に出され、厳重に見張られました。


 そして、とうとうマハトフーバー大臣がサーカスにやってくる日がきました。サーカスにとっては、その日はあとあとまでも語りつがれるべき、晴れの日です。

 舞台がよく見える、楽隊のすぐ前に、大臣と付添いの人たちの特別席が用意されました。

大臣が案内されて場内に入ってきたとき、すでに場内にはいっぱいの観客が入っていました。何人かの観客が大臣の入場に気がついて、拍手をしました。大臣は頭を軽くさげましたが、それはロボットがする礼のようでした。というのは、大臣は用心のために防弾チョッキを着せられていて、それがとても窮屈だったからです。


 前日あれだけていねいに調べたおかげで、その日は、大臣と並んで席についた警官の一人が、あまりに緊張して体を固くしたために柔らかくならなくなってしまった以外は、特別にはなにも起こりませんでした。

無事に終ったのはもちろん、当日、警察官をたくさん連れてきて警備にあたった、クヌッペル警察署長の万全の安全対策のおかげでもありました。


 ゾウの演技では、演技に使う砂をかぶっても大丈夫なように、大臣はメガネ付きヘルメットをかぶらされました。また、万一ゾウが足をふんでしまっても大丈夫なようにと、厚い木の靴をはかされました。ゾウの上で、ゾウが絶対に大臣に近づけないよう、足としっぽを鎖でつないで演技させるという念のいれようでした。


 いっぽうライオンたちは、安全のために口輪をつけて登場しました。大臣にかみついてはたいへんというわけです。自慢の演技、ライオン・ピラミッドも禁止されました。これは、ピラミッドが崩れて、ライオンたちが大臣の上に落ちてきたら危険だというわけです。

そのかわり、この有名なライオン・ピラミッドは、床に寝そべった姿勢で演じられました。そのために、大臣も床に横になって見物しなくてはなりませんでしたが、その間も、大臣はヘルメットをかぶり続けていました。

問題といえば、ただ一つ、調教師のレオナルドがライオン・ピラミッドの上にのって鞭をひとふりパーンとたたいた時、床にたまっていたほこりが舞い上がり、大臣にくしゃみをさせてしまったことくらいでした。

しかしそれも、くしゃみと同時に、七人の警備員が大臣に近づいてハンカチをさし出し、また、専属の医者がすかさず酸素マスクをもって飛んできたことで、すぐにおさまりました。

楽隊は、大臣の好きなマーチばかりを演奏するように指示されていました。楽隊がおかしな音を出して、大臣がズッコケないように、楽譜も警察か用意したのでした。


 サーカスでは大臣は写真をたくさん撮られました。そのうちの一枚が、大臣の乗馬姿です。

そもそも撮彰の話は新聞社から、言われたものでした。大臣は乗馬が得意でしたから、ぜひ、サーカスで乗馬姿の写真を撮らせてほしいと申しこみがあったのです。

大臣はそれを許可しましたから、用意しないわけにはいきません。いろいろと迷った末に、サーカスでは馬が騒がないように事前に睡眠薬を飲ませておくことにしました。これで、無事事故もなく大成功! という予定でしたが、これが甘かったのです。

ちょうど大臣が馬に乗って、写真を撮ろうとしたとき、睡眠薬がきいてきました。それも安全を考えて飼育係のミカが少し多めに飲ませたために、馬が眠りだしてしまったのです。

大臣の警備係3人があわててかけよって馬をささえました。おかげで、大臣は落ちるのをまぬがれることができました。

この間にカメラマンはなんとか撮影をしましたが、いざ、写真にするときに苦労しました。かなり修正をしなければならなかったのです。おかげで、できあがった写真は、大臣は馬ではなくライオンに乗っているようになってしまいました。

 さて、こうして大臣のサーカスの視察は無事に終了しました。最後に、大臣からサーカスの団員や動物たちに対して感謝の拍手が贈られました。警察署長のクヌッペル氏もまた、サーカスの視察が何事もなく終ったことで、喜んで拍手をしました。

そして次の日、新聞には大臣視察の記事が掲載されました。


    大臣ライオンに乗る
 マハトフーバー大臣は昨日、わが町のサーカスの視察を行ないました。大臣がサーカスに到着すると埋めつくした満員の観客から、盛大な拍手がわきおこり、大臣は曖かい歓迎を受けました。公演の途中では、大臣はサーカスのライオンにも恐れることなく、兇暴な猛獣をみごとに手なづけて、その背中にさえ乗ったのです。写真はその時に撮影したマハトフーバー大臣の勇姿です。
 サーカス視察終了後、大臣を囲んで町や経済界の偉い人たちを集めたパーティがパークホテルで開かれました。このパーティはなごやかなうちにすすめられ、大臣も「長年の希望だったサーカスを視察できて大変うれしい。町の多くの人と知り合うことができて、たいへん有意義な視察だった」と語りました。

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