読書会『錦繍 宮本輝』

弟子:「師匠、お忙しいところすみません。実は、宮本輝の『錦繍』を読み終わったんです。この本を読んで、自分の人生を振り返る機会になりました。特に、手紙という形だからこそ伝わる心の機微が、心に深く響いたんです。そこで、今日はこの本について師匠と一緒に話し合いたくて…」

師匠:「そうか、『錦繍』を読んだんだね。宮本輝は人間の本質を深く掘り下げる作家だから、読む者に強い影響を与えることが多い。手紙の形式は、まさにその心の微妙な動きを鮮明に表現するにはぴったりだ。さあ、一緒に話し合ってみよう。」

読書会のシーン

弟子:「まず、『錦繍』の冒頭で、言いたいことが言えない、逆に言わなくていいことを言ってしまう場面が出てきます。これが、私にとって非常にリアルで、自分でも経験があるなと感じました。このシーンを通じて、人間の不完全さや、自分の思い通りにならない現実を改めて考えさせられました。たとえば、このようなシーンです。」

それで私は、ベッドの下の収納箱に着換えをしまいながら、「さあ、説明して下さい。私がちゃんと納得出来るように」とさりげなく言うつもりで口を開いたのです。ところが、口から出た言葉は、それとはまったく違うとげとげしい可愛げのないものでした。「高くつきましたわね、こんどの浮気」。言ってしまうと、もうおさまりがつかなくなってしまいました。

錦繍 宮本輝


師匠:「その通りだね。人間は完璧ではなく、思い通りにならないことが多い。『錦繍』では、その不完全さが登場人物たちの内面に深く影響している。手紙という形式は、その複雑な感情を丁寧に表現するのに適しているんだ。」

弟子:「さらに、『生きていることも死んでいることも同じ』という感覚が、適宜、使われていました。

「生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じことかもしれへん。そんな大きな不思議なものをモーツァルトの優しい音楽が表現してるような気がしましたの」。

錦繍 宮本輝

そして『業』というテーマが心に残りました。人が生まれてくるには何か意味があり、使命を持って生きているという考え方が、この物語を通じて伝わってくるように感じました。特に、清高が『みらい』という字を書いたシーンが印象的でした。未来に希望を見出した瞬間だと感じました。」

師匠:「そのシーンは、未来への希望を示す象徴的な場面だ。宮本輝は、人生の重荷や過ちを描く一方で、それでも人は希望を持って生き続けることができるというメッセージを伝えている。『業』や使命というテーマも、人間の生きる意味について深く考えさせられるね。このようなところからも『業』が感じ取れるかのう。」

右へ行くか、左へ行くか、まったく人生だなと、妻に感心しながら、私は毎日歩きつづけていました。

錦繍 宮本輝

弟子:「そうですね。そして、ふと思ったのですが、手紙という形式だからこそ、人が変わっていく過程がよりわかりやすく描かれるのではないでしょうか?手紙には、直接会って話すのとは違う、心の内側がじっくりと表現される力がありますよね。」

師匠:「いい着眼点だね。手紙は、書き手が自分の感情や思考を整理しながら表現するから、その過程が自然と描かれる。だから、登場人物がどう変わっていくのか、その内面の変化が読者にも分かりやすく伝わるんだ。これまでお互いに知り得なかったことを手紙という紙に記された文字を通じて理解し合えるようになる、まさに手紙の力強さだと思っている。手紙というのは、直接会って話すこととは違って、時間をかけて言葉を選び、相手に伝えることができる。だからこそ、手紙には独特の力があるんだ。『錦繍』は、その手紙の形式を最大限に活用して、登場人物たちの心の移り変わりを見事に描き出している。」

弟子:「そういえば、次の言葉もありました。声を大事にしたいなと思います。」

「声は大事や。その人間の本質が出るもんや」

錦繍 宮本輝

師匠:「それは、宮本輝『新装版 命の器』でも、次のように書いている。

目が心の窓だとすれば、口は心の玄関である。私にそれを教えてくれたのは、死んだ父で、「口元はつねに緩然とさせておけ」としばしば厳しく注意された。

新装版 命の器  宮本輝

宮本輝は、口が大事、そこから発せられる言葉となる声が大事と考えているのじゃろうな」

弟子:「最後に、亜紀と彼女の父親が何でも話し合っているところに心が温
かくなりました。これも、時が経つことにより生まれてきたことかもしれません。私自身も、この本を読んで、自分の家族との関係について考え直すきっかけになりました。」

師匠:「『錦繍』はその力を見事に表現している。君も、この読書を通じて自分自身や周囲の人々を深く見つめ直す機会を得たんだね。それこそが、読書の持つ力だ。」

弟子:「そうですね。読書は、読む人によっても感じることは違うのだと思っています。これから、また友人と読書会を行い、話し込みたいと思います。そして、これからも、もっと多くの本を読み、学び続けていきたいと思います。」

師匠:「素晴らしいことだ。読書は知識を深めるだけでなく、人間としての深みを増すための重要な手段だ。次の言葉を宮本輝も言っておる。

私は十冊の文庫本に登場する人々から、何百、いや何千もの人間の苦しみや歓びを知った。何百、何千もの風景から、世界というものを知った。何百、何千ものちょっとした会話から、心の動き方を教わった。たった十冊の小説によってである。

新装版 命の器  宮本輝


本から学ぶことも多いものだ。人と出会う、空気感も大事だが、流れの中で文字になっていることは勉強になる。楽しいことだ。これからも、一緒に学び続けよう。」

終わりに

師匠と弟子は、この読書会を通じて、『錦繍』のテーマについて共に考え、学び合うことで、より一層互いの理解を深めました。読書の力を再確認しながら、二人はこれからも学び続けることを誓い合いました。

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