闇の承従 ヴォルフガング 2話「ヴァローアを継ぐ者」

首都デレイラッドから、少し北に上った所にあるタウセンフェルグ山中。

その深い山の中で、小国ランケロス時代の若き女王エメヘルを連れ、当時から執事兼護衛役だったヴォゲルクが『ウェルファング』(追手四人)から逃げていた。

エメヘルの身なりは、白色の布服。茶色のスエードのベストと靴、それにフード付のマントという粗末なものに変わっていた。

「どこまで逃げても無駄だ!」

長い金色の髪を振り乱しながら、何度も後ろをり返るエメヘル。

「どんどん近づいてくるよ!」
「エメヘル様、振り向かないで下さい!大丈夫です。絶対、捕まりはしません!」

エメヘルの足がもつれて転んでしまう。

「エメヘル様、大丈夫ですか!」
「くぅ~。ヴォゲルク、私もうダメだよ」
「あきらめないでください!さあ、立ちあがれますか?」

茶色の短髪に皮製の鎧、腰には剣。
それらを、エメヘルと同じフード付のマントの中に隠したヴォゲルクが差し出す手にエメヘルが捕まろうとした。
だが、足を挫いていて立ち上がれない。おまけに、擦り傷のせいで血も出ていた。

「痛ーい……。ヴォゲルク、やっぱりダメだよ……」
「エメヘル様、絶対にあきらめないで下さい!」
「でも、こんなんじゃあ……」

ヴォゲルクは、屈んでエメヘルをおぶろうとする。

「さあ、早く!」
「でも、私をおぶっていたら……」
「大丈夫です。この先の川の近くに小さな洞穴があります。そこにエメヘル様を休ませます」
「えっ、私だけ!ヴォゲルク。私、一人はもう嫌だよ……」
「大丈夫。亡きお父上の遺言に誓って、エメヘル様は私がずっとお守りいたします。奴らを撒いた後、そこへ必ず戻ってまいりますから、心配しないで下さい」

エメヘルはその言葉信じ、ヴォゲルクにおぶさった。

「よし!先を急ぎましょう」
 
上部に木々、周りが岩場で、側には少し勢いのある川が流れているタウセンフェルグの渓谷。

ヴォゲルクは、追手を気にしながらエメヘルをおぶって洞穴のそばまでやって来ていた。

「奴らから、少し離れたみたいです」
「ヴォゲルク、大丈夫?」
「私なら大丈夫です。さてと、確かこの辺りだったと思うのですが……」

ヴォゲルクは、辺りを見回しながら洞穴を捜した。

「ヴォゲルク、あそこじゃない?」

エメヘルの指差した方向を見ると、そこには小さな洞穴があった。

中を覗くと暗く、外からはわかりづらかった。
そこへエメヘルを下ろし、ヴォゲルクはその場から急いで離れようとした。

「ヴォゲルク……」
「本当に大丈夫です。すぐ戻ってきますから。ここで、じっとしていてくださいね」

エメヘルが軽く頷(うなず)くと、遠くの方で追手の声が聞こえてきた。

「おーい、そっちはどうだ!」
「こっちには、いないみたいだ!」
「そう遠くまでは行ってないはずだ。どこかに隠れているのかもしれん、もう一度ちゃんと捜せ!」
「わかった。奴等絶対見つけ出してやる!」

洞穴の外で、四人いた追手達の三人が必死になってヴォゲルクたちを捜している。

「(外の様子を窺いながら)マズイな!いいですか、絶対に外に出ないでくださいね!」
「……はい。早く戻ってきて」
「(エメヘルの頭を撫でながら)わかっております」

洞穴から出て行くヴォゲルクを見送りながら、エメヘルは少し安心して、後ろにある柔らかいものにもたれた。

だが慌てていて、エメヘルが流した血の跡に気づかないでヴォゲルクは行ってしまう。

「ちっきしょー!あいつら一体どこへ行きやがった」
「慌てるな。確か、連れてた子供がケガをしていたはずだ。あのまま一緒にはいられないだろう」
「……しかし、いつまでも悠長なことは言ってられんぞ。早くあいつらを捕まえて、他のダンケルヘイト達の居場所を白状させないと俺達の命が……」
「そうだぜ!ヴォルフガングが現われるって言うんでウェルファングに入隊できたのに、入隊早々、ハルクフト様に殺されっちまったら何の意味もねえぜ!」

皮や布地などの、粗末な装備を身に付けた雑兵の追手達は、洞穴近くでヴォゲルクたちを見つけられず右往左往していた。

追手のリーダーが、仲間の意見を聞き考え込む。
そして、辺りを見渡し、小さな洞穴を見つけその近くに血が落ちているのに気づいた。

少し離れた所から聞こえる追手たちの会話に、洞穴の中のエメヘルは、後ろの柔らかいものにつかまりながら怯えていた。

「怖いのか……?」

エメヘルは、突然聞こえたナイウェルトの声に驚いた。

「心配しなくていい。少なくとも、俺はあいつらの仲間じゃない」

エメヘルが返答しようとすると、ナイウェルトに口を抑えられた。

「静かに。あいつらがこっちに来る」

ナイウェルトにしがみつくエメヘル。

「大丈夫だ。君はそのままじっとしていればいい」

まもなく、エメヘルとナイウェルトは追手達に見つかってしまい、剣を突きつけながら洞穴から引きずり出されてしまう。

「こんな所にいたのか……」
「ケッ、てこずらせやがって」

エメヘルと一緒にいたその男は、細身で長身、茶色の長い髪でマントを羽織っていた。
立ち上がると、籠手(こて)と肩、臑(すね)当ての部分は鉄製で、それ以外は皮製の黒い鎧姿であった。
そのため、追手のリーダーが別人であることに気づいた。

「お前、その子供と一緒にいた男と違うな」
「何だって!」
「それがどうした」
「お前、一体何者だ?」
「俺はただの賊(ラウバー)だ。お前らが何者か知らんが、人の眠りを妨げる権利は無いはずだ」
「お前の言うとおり。だが、その子供と関わってしまったからにはそうはいかない」

エメヘルは、ナイウェルトにしがみついて怯えている。

「さあ、他のダンケルヘイト達の居場所を教えてもらおうか!」

追手の一人が、洞穴の中にあった鞘に収められた|長い剣(ヴァローア)を持って近づいて来た。

「おい、あの中にこんなものがあったぞ……」

追手のリーダーに渡るヴァローア。
渡された鞘から剣を引き抜くと、鍔(つば)の部分に獣の装飾があるのを見つける。

「……ほう。こいつは……」
「おい、俺にもちょっと貸してくれよ」

その光景を眺めていた他の追手が、追手のリーダーから強引にヴァローアを奪った。
そして、ヴァローアを振り回した後、ナイウェルトたちに剣を向けて睨みつけた。

「へへへ。いい剣持ってんじゃん。さあ、他の連中の居場所を教えてもらおうか!」

怯えて、ナイウェルト後ろに隠れるエメヘル。

ナイウェルトは、腕を組み、目を瞑(つむ)って黙っている。

そんなナイウェルトの態度に、二人にヴァローアを向けている追手が腹を立てた。

「てめえ!シカトしてんじゃねえ!」

ナイウェルトに向かってヴァローアを構える追手。

「(目を閉じたまま)構えたか。だが止めておけ。俺達を切る事はできないのだから」

それでも追手は、ナイウェルトの言葉を無視して切りかかって行った。

「うるせえ!ビビって何も出来ねえくせに粋がってんじゃねえ!」

他の追手達は、その様子を黙って見ている。

目を瞑って、ナイウェルトにしがみつくエメヘル。

ナイウェルトはまだ目を瞑って、黙まり続けている。

勢いの止まらない追手が、振り上げて切りかかろうとする。
だが、その手からヴァローアが抜けて逆に自分の両腕を落としてしまう。

目前の光景に、驚愕する他の追手達。
そして、轟音と共にヴァローアが地面に突き刺さった。

「ぐわあああ!う、腕が……!」

両腕を失った追手は、地面に倒れ込んだ。

ヴァローアを使ったことに、舌打ちをするナイウェルト。

「お、おい。見たか。剣が勝手に……」
「バカ野郎。そんなことがあるわけねえだろう」

恐る恐る地面に突き刺ったヴァローアに近づき、残った追手の一人が、両手を使い力一杯引き抜いた。

「(剣を色んな角度から見ながら)どこもおかしい所なんかないのに何故だ?」
「勢い余って、手でも滑らせたんだろう。剣が勝手に動くはずが無いだろう!」
「そ、そうだよな。剣が勝手に動くはずがねえような」

ヴァローアを両手で握り直し、構える追手。

「さっきは、そいつがドジったが、今度はそうはいかねえ。さあ、他の連中はどこにいる!」

更に怯えるエメヘル。

今度は、腕を組んだまま目を瞑って、笑みを浮かべてるナイウェルト。

「な、何がオカシイ!」
「(目を閉じたまま)いくらやってもお前らじゃ、その剣は使えないのさ。ケガしたくなかったら、そいつをおいてここからさっさと逃げな」

ナイウェルトの言葉に、少し驚く追手達。

「へっ、俺はあいつみたいにそんな挑発には乗らないぜ。もう一度言う、さあ、他の連中はどこにいる!」

エメヘルは、再びナイウェルトの後ろに隠れた。

「(目を瞑ったまま)フン、お前らには何を言っても無駄のようだな。そんなに切りたかったら好きなようにするがイイ!」

ナイウェルトの制止も聞かず、ヴァローアを横に構えながら走ってくる追手。

「オオオオ!そんなに死にたかったら、とっと死ねや!」

まだ、腕を組んで目を瞑ったまま何もしないナイウェルト。

「な、何故だ?奴は何もしようとしない」

追手のリーダーが心の中でそう呟いた次の瞬間、また両手からヴァローアが消え、今度は追手の両足を後ろから切り裂いた。

残された追手のリーダーは、再びヴァローアの動きを見てナイウェルトの言葉に確信を得た。

血飛沫上げながら、その場に倒れ込んでいく追手。

「ぐわあぁぁ!!あ、足がぁ……!」

ヴァローアが、追手のリーダー近くに突き刺さる。
それに応じて、ナイウェルトが目を開き、その場で飛び上がった。

「舞い戻れ、ヴァローア!真の所有者の元に!」

ヴァローア、鍔の装飾である獣の目が光り、地面から抜けて回転しながらナイウェルトのもとに飛んでいく。
それを上空で右手だけで掴み、着地するナイウェルト。

追手のリーダーは、数々の惨劇に驚愕した。

エメヘルも驚いて、ナイウェルトから少し離れた。

「わかっただろう。こいつは、俺の言うことしか聞かん。お前も、そいつらみたいになりたくなかったらここからさっさと立ち去れ!」

驚きながら後退りをする追手のリーダー。

ナイウェルトは、それ以上攻撃しないことを確認し、鞘を拾ってヴァローアを収めた。

追手のリーダーが、周りに途中で別れた仲間がいないか辺りを見回している。

ヴァローアを背負い、鞘に付属されているベルトで体に固定するナイウェルト。

そんな状況で、森の上部の方から途中で分かれた仲間が弓矢でナイウェルト達を狙って入るのを見つける追手のリーダー。

一方、ナイウェルトは、離れたエメヘルに近づいて行った。

「大丈夫か?奴らはもう君を襲ったりはしない。さあ、とりあえず俺といっしょにここから離れよう」

ナイウェルト達が、弓矢で狙っている仲間の存在に気づいていないことを確認し、自分だけ川の流れに乗って逃げようとする追手のリーダー。

「もう大丈夫だ。さあ、おいで」

エメヘルは、ナイウェルトの存在に怯えていた。

次の瞬間、弓矢で狙っている追手から、二人に向かって矢がを放たれた。
ナイウェルトが即時に矢の存在に気づき、ヴァローアを抜いて辺りの敵を一掃した。
追手達は、川の中に倒れ込み流されて行った。

ナイウェルトが鞘にヴァローアを戻していると、別行動を取っていたヴォゲルクが戻ってきた。

「エメヘル様!大丈夫ですか?」
「(ヴォゲルクの声の方を振り向いて)ヴォゲルク!」

足を引きずりながら、ヴォゲルクの方に近づいて行き抱きつくエメヘル。

「大丈夫でしたか、エメヘル様」
「……ええ。あの人がウェルファングの奴らをやっつけてくれたから」

ヴォゲルクは、エメヘルが指差す方を見た。

「(辺りの状況を見回しながら)あの方が……」

二人の会話が、ヴァローアを収めた鞘に付属するベルトで背中に固定しようとしていたナイウェルトの耳に入ってきた。

「……なに、ウェルファングだと?」

ナイウェルトに近づいて来るヴォゲルク。

「エメヘル様を助けていただき、誠にありがとうございます。はい、そうです。そいつらは我々、ダンケルヘイトの者達を討伐するために雇われた者達です」
「近くに、どこの隊がいるんだ?」
「はい……、ハルクフトの隊ですが」
「ハルクフトか……。こいつは都合がいい」
「ハルクフトの隊は、我々が集まっている砦(とりで)を占拠しています。奴らは、この辺りいるダンケルヘイトの者達を一掃しようとしています」
「……そうか。この辺りにも命令が下っているのか……」
「……あのう、もしご迷惑でなければ我々に力を貸していただけないでしょうか?」

エメヘルが、ナイウェルトをじっと見つめている。

「……お前たちに力を貸すことはできん。……だが、俺もあいつらには借りがある。それで良ければ一緒に行こう」

ヴォゲルクとエメヘルは、顔を見合し笑み浮かべた。

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