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ビルディバイド-#VVVVVV-        第二話「孤高の花」

 ———なぜ目覚めてしまったのだろう。
 ———揺蕩たゆたうまま夢の中に溶けてしまえば、
 ———どれほど楽だったろうに。
 ———朝焼けの光がまた新しい今日を告げる。

「———また該当データなし、か」

 カーテンの間から朝日が差し込んだ部屋で、ARモニターに向き合っていた少年が独り言ちる。
 その少年、朝倉あさくら天馬てんまはモニターに表示された文字列を見てギシリと椅子の背もたれに寄りかかった。

「あれほどの事件の当事者だぞ。警察がデータを残していないなんてことがあり得るか?」

 ARモニターに表示されているデータは、ある少女のものだ。
 様々なセキュリティをかいくぐり、いくつものダミーとデコイプログラムを使って"正しく"閲覧権を得た部外者は、表示された何の変哲もないデータに不満と疑問を抱いていた。
 盤上ばんじょう悠季ゆうき
 多くの死傷者を出した半年前の大会以降、行方不明になった少女の名前である。
 天馬が調べたところによれば、彼女は物心ついた頃に両親を亡くしており、児童養護施設で貧しい生活をしていたようだ。
 しかし、ビルディバイドの才能に開花してからはあらゆる大会に参加してみるみるうちに好成績を収め続け、ついには大企業との専属契約を勝ち取ったというシンデレラガールだ。
 だが、一方で賭けなどが横行する裏試合の常連競技者でもあり、叩けばいくらでも埃が出るようなこともしていたのが盤上悠季という少女であった。
 だというのに、警察が持っていたデータは普通の学生そのもので、特別目に止まるような情報が一切残っていなかったのだ。
 情報屋である天馬は仕事柄こういったデータには見覚えがある。
 盤上悠季のデータは何者かによって改竄されているのだ。
 
「盤上悠季・・・いったい何をした?いや、何を"知った"?———それに」

 今度は別のモニターに目をやる。
 そこには別の人物のプロフィールデータがあった。
 昨晩に天馬が出逢った少女、盤上ばんじょう久遠くおんのデータである。
 これから協力するにあたって、彼女がどんな人間なのかを知るにはこの方法が手っ取り早いと、彼女が暮らしていたという病院のデータベースにアクセスして手に入れたものだ。
 こちらに関しては概ね正規の方法で手に入れたデータではあったが、やはりそのデータに天馬は眉をしかめることになった。
 久遠は姉の盤上悠季とは違い、生まれた時からのほとんどを病院で暮らしていた。
 彼女は先天的な持病を患っていたのである。

「・・・強いわけだ」

 ビルディバイドの強さの指標のひとつとして、呪力と呼ばれるものがある。
 呪力はビルディバイドのカード自体に秘められた力である一方で、それを扱う人間にも備えられた力だ。
 呪力は個々によって総量が違い、この呪力が多い者ほどカードの力を巧く引き出すことができるとされている。
 昨晩、久遠がビルディバイドの力でチンピラを撃退した時から、その呪力が相当なものと天馬は推測していた。
 そして、いざ調べてみると久遠の呪力は平均のおよそ10倍強。
 久遠は生まれながらの呪力の申し子と言えるだろう。
 しかし、その生まれつき高い呪力に幼い身体は耐えられなかったらしい。
 稀有な才能を持った少女は、その才能のせいで病院生活を余儀なくされたのだと、そこには記されていた。
 加えて、その膨大な呪力を抑えるために様々な新薬の治験や臨床試験を繰り返してきたようだ。
 しかし、やはりこちらにもいくつか気になるデータが見られ、特に半年前のデータには明らかな改竄の形跡があった。
 半年前と言えば、盤上悠季が消息を絶った時期であり、また盤上久遠はその半年前からつい最近まで意識不明だったという。

「半年前のデータを徹底的に洗ってみる必要があるな」

 天馬がそう結論付けた時、ガチャリとドアが開く音がした。

「天馬ぁ・・・おはよぉぅう」

 そんな欠伸混じりの寝ぼけ声が天馬の耳に入る。

「・・・おう、おはようさん。よく眠れたか?」

 モニターに表示されていた彼女のデータをごく自然な動作で閉じた天馬は、そちらを振り返らずにマグカップに注がれたコーヒーを啜る。
 ずいぶん前に淹れたコーヒーはすっかりと冷えきっていた。

「うん、一週間ぶりのベッド最高だったよぅ・・・」

 時計を見れば時刻は午前7時。
 普段から夜が遅い天馬だが、徹夜をしたのは随分と久しぶりだった。
 天満はわずかな眠気を覚えながら昨晩のことを思い出す。
 なぜ少女が自分の家にいるのかの経緯を・・・。

「・・・」

 ———その話は長くなるので、リビルドの間のみ、自分の家に居候することになったのだ、と天馬は自問自答を終了する。
 唯一の身内である姉がいなくなった久遠には行く当てがなかったのだ。
 少女がこの一週間どのような生活をしていたのかは先ほどのセリフから察してほしい。

「朝ごはんはぁ・・・」

 そう言われ、なにかあったかな、と思考を巡らせた天馬はあきれ顔で少女へと振り返る。 

「お前、居候のくせにどんだけ図々しい・・・っておい!?」

 どうして俺がお前の朝飯の世話までしないといけないんだと苦言しようとした天馬は、寝ぼけた少女の格好を見てコーヒーを吹き出しそうになった。

「なんて格好してんだ、お前は!」

「だってぇ暑かったんだもん・・・」

 叱る天馬に対し、久遠は目をこすりながら欠伸で応える。
 その動きで、前が完全に開ききったブラウスが肩からずり落ちそうになるのを見た天馬は右手で自分の顔を覆った。
 少女のあられもない姿に気恥ずかしさもあったが、むしろ呆れにより天井を仰いだ天馬の姿を見て、久遠は「?」と小首を傾げていた。 

「とにかく顔洗ってこい・・・その間に飯の用意しとくから」

「ありがとぉう・・・」

 ふらふらと天馬の部屋を出て洗面台に向かう久遠を見送った天馬は、長い溜息をついた後、もう一度コーヒーを口に含んでから「なんだかなぁ」とぼやいてキッチンへと向かうのだった。

「———つーわけで、残念ながら今のところ目ぼしい情報はなかった」

 天馬が簡易的な朝食を持ってリビングに戻ると、すでに服装を正した久遠がテーブルについていた。
 おそーい、という文句を無視し、天馬はテーブルに朝食を並べていく。
 メニューは昨日買ったパンの残りとインスタントのポタージュスープ、ゆで卵とスライスしたトマトのサラダのみだが、それを見た久遠は一転してニコニコと表情を変える。
 パンだけを出していたらどんな顔をしていただろうと思いながら天馬が席に着くと、久遠は手を揃えて「いただきます」と幸せそうにパンに齧り付いた。
 それを見ながら自分のパンをかじった天馬は、昨晩の自身の成果について話し始めたのだった。

「盤上悠季のデータには、誰かが手を加えていた」

「どういうこと?」

「行方を追うことができないようにするためだと俺は思う」

「ふーん・・・なんで?」

「さぁな。けど、改竄されたデータってのは、必ずどこかに矛盾を生む。今度はそれを探していけばいい」

「・・・よく解らないから天馬に任すね!」

 天馬は「あぁ」と返事をしたが、すぐにハッとする。
 盤上悠季の捜索は自分から提案したことだが、天馬の本来の目的は盤上悠季を探すことではない。
 簡単だと高を括っていたら思った以上に手ごわいおもしろい内容だったために、ついつい熱が入ってしまったのだが、あくまで自分の目的はリビルドで『王』を倒すことだというのに。
 『王』。
 それはこの新京都を統べる者の呼称だ。
 すべての優劣がビルディバイドによって決められる新京都では、『王』が絶対の支配者、そして暴君として君臨している。
 天馬はこの『王』を倒すために、王への挑戦権を賭けて開催されるリビルドに参加した。
 だが、自分の実力では『王』に届かないと早々に判断した天馬が求めたのが、自分の代わりに『王』を倒し得るプレイヤーだった。
 そうして出逢ったのが目の前の少女、盤上久遠だ。
 久遠はエヴォルと呼ばれる特殊なカードの使い手であり、持ち前の高い呪力も含め、その強さは『王』にも届くと天馬は確信している。
 だが、そのためにはリビルドの参加者と戦い、キーチップを集めねばならないのだ。

「お前こそ解ってるんだろうな?お前の姉さんを俺が探す代わりにお前は俺の代わりに『王』を倒すんだぞ。そのためにはまずキーチップを21枚集めないといけないんだからな」

「わかってるよ~。あ~あ、早く悠季に逢いたいなぁ・・・今頃なにしてるんだろう?」

 天馬は少女の気の抜けた声に溜息をこぼす。
 今の久遠は昨晩と本当に同じ人物なのかと疑いたくなるほど締まりがない顔をしている。
 昨晩、久遠は悠季を探す一方で、悠季を倒さなければならないという強い意志を見せた。
 それは強い憎しみと悲しみと喜びを帯びており、あの時に見せられた表情と吐露された心情は、天馬の胸に強い印象を残していた。
 だというのに、今の久遠から感じるのは姉に対する親愛のそれだけだ。

「本当に解ってるんだか・・・」

 時計を見ると時刻は7時30分。
 そういえばと天馬は昨晩調べていた情報の中からひとつ思い出す。

「とりあえず情報収集も兼ねて、学園に行ってみるか?」

「学園!?私も行けるの!?」

 その言葉にインスタントスープを幸せそうに飲んでいた久遠が食いつき、天馬は仰け反った。

「お、おぉ・・・小目学園に在籍してるみたいだぞ。お前はずっと休校扱いだったけど、盤上悠季も通ってた学園みたいだ」

 これも天馬が調べた情報のひとつだ。
 そんな情報に久遠は目を輝かせていた。

「わぁはぁ~!私、学校に行くのなんて初めてだよ~!」

 そんな言葉を聞いて、久遠の事情を知る天馬はフッと笑う。

「病院じゃ、いつも何してたんだ?」

「うーん、暇な時に看護婦さんから勉強教えてもらってたよ」

「外のことは教えてもらえなかったのか?」

 その言葉に久遠は苦笑する。

「色々と気を遣ってくれてたみたい」

 物心ついた時には病院で暮らしていた久遠にとって、病院外の世界はすべておとぎ話のような非現実的なものだったのだろう。
 周囲が気を遣って外の世界について語らないのは黙して察することができる。

「悠季は色々教えてくれたけど、そういえば学園の話は聞いたことなかったなぁ」

「なるほど・・・それなら学園での盤上悠季の交友関係も漁ってみるか」

「そっか!悠季の友達ならもしかしたら、悠季の行方も知ってるかも!」

「それに学園にもリビルドの挑戦者がいるかもしれないしな」

 これからの方針が進展したことで二人は頷き合う。
 よーし!と久遠が残ったスープを飲み干すと勢いよく立ち上がった。

「なんだか楽しくなってきたね!早く学園に行こうよ天馬!!」

「ッぶは!!」

 しかし、天馬はそんな久遠を見て、今度こそコーヒーを吹き出すことになった。
 立ち上がった久遠はたしかに服装は正していた。

「大丈夫?」

 ただし、それは天馬が見える範囲での話であり。
 心配して机越しに手を伸ばす久遠に座れとジェスチャーしながら天馬は叫んだ。

「スカートくらい履け!!」

 どうやら長い病院生活では情操観念を育むことはできなかったらしいと天馬は少女の情報をアップデートした。

「———ここが小目学園!?おっきいねー!!」
 
 学園について早々、校門の前で人目もはばからずにそう叫んだのは制服に着替えた久遠だ。
 小目学園は新京都に住む多くの学生が通う中高一貫の学園である。
 生徒数が多いという以外には特別変わった特徴を持たない普通の学園だが、久遠にとっては新鮮なのだろう。
 何事かと登校中の生徒たちが振り返り、様々な視線を久遠へと向けているが、当の本人はくるくると踊るようにスカートをひらめかせた。

「どう?私、ちゃんと学生に見えるかなぁ?」

 長い髪は昨晩と同じように高く結い上げ、制服を着飾った久遠は控えめに見ても目を惹く容姿をしている。
 周囲の生徒たちがその姿に見惚れていたが、その視線の中に妙なものがあったことに天馬は気づいた。
 一部の者たちが驚きや怯えのような視線を久遠へと向けていたのだ。

「・・・一筋縄でいきそうにはなさそうだ」

「天馬?」
 
「いや、独り言。どっからどう見ても普通の女子高生だな」

「そう?ありがと!天馬も・・・天馬は・・・」

 対し、天馬も小目学園の制服に着替えていたが、その姿を改めて見た久遠が気まずそうに目線を逸らした。
 まず目につくのは太めの黒ぶち眼鏡と行儀よく整えた髪型である。
 耳のピアスまで外しており、天馬はまるで優等生を絵に描いたような姿をしていたのだ。
 学生の身分である天馬だが、その本業は情報屋だ。
 その職業柄、他人から恨みを買いやすい天馬は定期的に在籍する学校を変えており、変装の目的で伊達メガネをかけているのだったが。

「馬子にも衣装ってやつだね・・・?」

 最低限、言葉を選んだのだろう久遠はそう言って天馬から目線をそらした。
 お世辞はお世辞だと解らないように相手に言うのがマナーである。
 そもそもそれは誉め言葉ですらなかったが。

「・・・職員室はあっちの生徒玄関から道すがらにいけば判るからな、じゃ」

 精一杯のお世辞に返答はせず、指した方向とは別に天馬はすたすたと歩きだす。

「え!?天馬は!?」

「俺は中等部だからこっち。お前は高等部だからあっち」

 久遠は高等部の1学年、天馬は中等部の3学年だ。
 当然、学び舎である校舎は別々だ。

「えぇ~~~・・・じゃあ、私のお昼ごはんは?」

 そんな言葉を聞いて天馬は溜息をつきながら携帯端末の一つを久遠へと投げる。

「それ使って購買部で好きなもん買え。昼休みになったらこっちの屋上に集合な」

 それだけ言い残すと天馬はあっという間に登校中の生徒の波のなかへと姿を消していった。
 それを唖然と見送った久遠は面白くなさそうに腕を組む。

「ちぇー、天馬も私と同い歳ならよかったのに!」

 いつまでもそこにいても仕方がないと解っている久遠はぶつぶつと愚痴をこぼしながら高等部の校舎へと歩き始める。
 ———そんな久遠の姿を校舎の窓から伺う者がいた。
 驚きの表情を浮かべたその人物は素早く2回瞬きをし、スカウトレンズを起動する。
 ARによって補正された視界に捉えた久遠の周りにはいくつかの情報が開示され、それを見たその人物はぽつりと言葉をこぼした。

「———盤上久遠・・・あれが悠季さんの」

 それから数時間後の昼休み。
 約束通り、中等部校舎の屋上に二人はいた。
 だが、片方は正座をしており、もう片方はそれを冷たい視線で見下ろしていた。
 前者は久遠で、後者は天馬である。

「たしかに俺は好きなもん買って食えとは言ったよ」

 天馬はそう言って目の前に置かれている総菜パンや菓子パンがギュウギュウに詰まったレジ袋を見た。

「けどな、食いきれないほど買う馬鹿がどこにいるんだ?あ?」

「だって、おいしそうだったんだもん・・・」

 正座をした久遠は視線を逸らしてそんなことを言った。
 久遠は購買で目につく気になるものを手あたり次第買ったらしい。
 すでにいくつかは食べられているが、どう考えても久遠一人で食べきれる量ではなく、それを天馬は咎めていたのだ。

「はぁ・・・とりあえず、甘いもんは明日の朝飯。しょっぱいもんは夜にシチューでも作って付け合わせにするか・・・」

「私、コーン入りがいい!」

「反省してねえな、お前?」

 ぐしゃぐしゃと髪を崩し、眼鏡も外した天馬は「まぁいい」とパンの山からホットドッグを手に取る。
 包みを剥がして一口かじった天馬を見て、久遠も正座を解いて菓子パンを食べ始めた。
 反省の色はどこに消えたのか、幸せそうにパンを食べる久遠に天馬は聞く。 

「で・・・どうだ?初めての学園生活は。友達はできたか?勉強はついていけてるか?」

 自分で言ってから「不器用な父親かよ」と思った天馬の問いに、久遠は満面の笑みで返した。

「楽しいよ!こんなに人がいる中で勉強ができるなんて、すごい面白い!」

 久遠は学園生活を十二分に満喫していたらしい。
 どんな担任だっただの、どんな授業を受けただの、楽しそうに語る久遠に天馬は優しい視線を向けていたが、ふと久遠は溜息をついた。

「友達はまだかなぁ・・・なんだかクラスの人たちよそよそしいんだよね・・・」

「・・・ずっと休校してた奴が急に来たんだ。そんなもんさ」

 その本当の理由を知っていた天馬は言葉を濁す。
 朝の視線が気になった天馬が少し調べたところによると、それは久遠には直接関係のないことが原因だった。
 その理由をすぐに知ることにはなるだろうが、どう伝えようか悩む天馬をよそに、久遠は笑顔に戻っており話題を変える。

「そうそう!1限目の呪文学でコマンドを撃ったんだけどね!マトを貫通しちゃって後ろの防壁ごと全部壊れちゃったの!あの時の先生の顔、面白かったな~」

「あの轟音はお前か・・・」

 数時間前に大きな轟音と揺れがあったのを思い出した天馬は呆れ混じり苦笑を浮かべて言う。

「避けられてる原因それじゃねえの?」

「あ!天馬、ひっど~い!!」

 頬を膨らませる久遠には学園の授業とは別に、色々と常識を教えなくてはいけないと天馬は思った。

「ま、楽しんでるならいいさ。外周地区に住んでる奴は、こんな風に学校に通うこともできないからな」

 天馬はそう言って屋上からある方向へと視線を向けた。
 新京都の中心であるタワーとは真逆のその場所はここから確認することはできない。
 大きな壁が物理的にその場所を遮っているからだ。

「外周地区ってなぁに?」

 久遠の言葉に振り返った天馬は笑みを浮かべていた。
 天馬は何かを小馬鹿にするように肩をすくめる。

「昨日言ったろ?この町ではすべての優劣がビルディバイドの強さで決まるって。それは政治や経済も含まれるし、貧富の差にまで及ぶんだ。企業同士の取引がこじれた時なんかもビルディバイドの勝敗で決めたりするしな」

 新京都はある意味で弱肉強食をシンプルに突き詰めた場所だ。

「この町では強ければ豊かな暮らしができるけど、弱い者には居場所はない・・・外周地区はそんな弱者が最期に行き着く場所さ」

 外周地区があるのはその大きな壁の向こう側だ。
 天馬はもう一度、ここからは見えないその場所へと視線を向ける。
 
「———悲惨な場所だよ。治安はもちろん、インフラがロクに整ってないせいで、病気やケガの治療を受けられない人がたくさんいる。誰も助けてなんてくれない。いつ死んでもおかしくない場所なんだ」

「それは・・・嫌だね」

 同じようにそちらを見た久遠も思うところがあるのだろう。
 生まれつき持病で苦しんだ久遠にとってそれがどれだけつらいことかが想像しやすいのかもしれない。

「それもこれも『王』が掲げる劣等排他主義のせいさ。あの政策さえなければ少しはましになるはずなんだがな・・・」

 今度は新京都タワーを振り返る。
 その視線は鋭い。
 そんな天馬を見て久遠は首を傾げる。

「天馬が『王』を倒したいのは、それを変えたいから?」

「あん・・・?」

 その問いに天馬は一瞬遅れて「さぁな」とだけ返した。
 それ以上は何も言わなかった。
 パンを咀嚼する天馬の横顔を不思議そうに見る久遠もそれ以上の追及はせずにパンをかじった。
 しばらくして、ふと天馬は思い出したように言った。

「そういえば、盤上悠季の件だけど、心当たりを一人見つけたぞ」

「一人だけ?」

「・・・あー」

 天馬は少し気まずそうに頷いて言葉を選んで言った。

「お前の姉さんは何というか・・・周りから少し、避けられてたらしい」

「・・・そっか」

 久遠に向けられる妙な視線の原因は、姉の悠季にあったのだ。
 裏試合や賭け試合に出ていたという噂もあった悠希はその一匹狼のような気質もあり、もともとこの学園で浮いた存在であったらしい。
 それでもその強さは本物であり、大企業との専属契約なども受けていたこともあって、一定の羨望は受けていたそうだが。
 しかし、そこに半年前の事件が起きた。
 近年稀に見る大事件だ。
 当然、この学園に通う者たちにもその事件のことは広がり、行方不明になった悠季には根も葉もない噂がついていた。
 そんな悠季と瓜二つの容姿を持った久遠が学園に突然現れたのだ。
 妙な視線を向けられるのも納得できる話だろう。 
 久遠は自身の姉の評判を知っていたのか、それともある程度予想はしていたのか。
 久遠は少し寂しそうに微笑を浮かべていた。

「その見つけた人ってどんな人なの?」

「名前は久慈原くじはら朱花あやか。高等部2年だからお前のひとつ上だな」

「久慈原ってもしかしてあの久慈原グループの?」

「なんだ、知ってるのか?」

「その人は知らないけど、昔からお世話になってきたからねぇ」

「あぁ、なるほど」

 しみじみと言う久遠に、天馬は納得した。

「久慈原グループは注射針から最新MRIまで手掛ける大手の医療品メーカーだからな。病院暮らしだったお前の方が詳しいか」

「最近だと脳のB・・・なんとか技術とかにも力を入れてるみたいだよ」

 身体が弱かった久遠にとっては親しみのある企業なのだろう。

「そのグループの現総帥の一人娘が久慈原朱花だ」

 天馬は携帯端末を開いてARモニターを表示すると、久遠へとそれを見せながら説明を続ける。

「次期跡取りということもあって知的で勤勉、品行方正。その整った容姿も相まって誰からも好かれているが、誰とも一定以上の付き合いをしていないらしい。今時ファンクラブとかもあるらしいぞ」

「高嶺の花ってやつだ!」

 天馬は頷く。

「だけど、そんなお嬢さまは何故かお前の姉さんとだけは親交があったらしい。かたや一匹狼、かたや高嶺の花。どこかで通ずるところがあったのかもしれないな」

 その言葉を聞いた久遠は嬉しそうな表情をしていた。

「それに久慈原朱花が例の事件のすぐ後に、盤上悠季と会っていたのを町の監視カメラが捉えている」

 モニターをスライドさせた天馬が続ける。
 そこには数枚の荒い画像が表示されていた。
 久慈原朱花と思われる女学生が、フードを目深に被った人物と何かを話している姿だった。
 久遠は身を乗り出して、フードの人物を凝視するが、悠季だと確信が持てないのか「うーん」と唸る。

「警察の事情聴取に対し、偶然遭っただけと答えたらしいが・・・もともと久慈原グループは盤上悠季と専属契約を交わしていたし、なにか情報も持ってるかもしれないってわけだ」

「はー・・・よくそんなこと調べられたね」

「情報屋だからな」

 携帯端末を閉じた天馬は得意げにふふん、と鼻を鳴らす。
 久遠は「よーし」と腕を上げる。

「さっそくその人に会いに行こうよ!」

 だが、それに天馬は待ったをかける。

「待て待て!リビルドの挑戦者探しのほうが先だ!まだキーチップ1枚しか持ってないんだぞ!」 

「え~」

「ギブアンドテイクって約束だろ?———っと」

 その時、二人の足元がわずかに揺れる。
 高等部校舎の屋上のほうで、バトル用の防護隔壁が音を立てて格納されていくのが見えた。
 揺れが収まるとその場所には三人の生徒の姿があり、うち二人は向かい合っていた。
 どうやらバトルをしていたらしく、天馬はすぐさまスカウトレンズを起動させて、向かい合う二人の姿を視界に収めた。
 一人は中等部の女子生徒、一人は高等部の男子生徒であり、共にリビルドの挑戦者を表すCHALLENGERのマークがARで表示される。  
 勝ったのは男子生徒の方らしく、ドローンからベッドされたキーチップを受け取っていた。
 その枚数は4枚。
 それを見た天馬は素直に驚きを口にした。

「すごいな、あいつ。もう4枚もキーチップを持ってる」

「じゃあ、あの人にバトルを申し込みに行こうよ!」

「いや・・・」

 気が逸る久遠に対し、天馬は悩む素振りを見せた。
 リビルドでは互いにキーチップを最低1枚から賭けて戦うことになるが、手持ちのキーチップをすべて失ったプレイヤーからは参加資格が剥奪されてしまうからだ。
 久遠のキーチップは参加申請の際に手に入れた最初の1枚のみ。
 すでに4枚ものキーチップを持つ実力者に挑むには少々分が悪い。
 久遠の実力に疑いはないが、それでも好んで強敵と戦うことはないし、最初は手堅く行きたいというのが天馬の気持ちだった。
 天馬が久遠をどう納得させるか考え始めた時だった。

「ごきげんよう」

 二人がその声に振り返ると、一人の女生徒がいた。
 その女生徒は淡い栗色の髪を風になびかせ、柔和な微笑みを二人へと向けていた。
 どこか絵になるような佇まいに久遠はホゥと溜息をこぼしたが、天馬は眉をひそめながらスカウトレンズを起動する。

「リビルドの挑戦者か」

「え?どうして判るの?」

「バトルのときみたいにスカウトレンズを起動してみろ」

 天馬の言葉を聞き、久遠は素早く瞬きを2回してスカウトレンズを起動する。
 すると、ARによる視覚補正が行われ、女生徒の傍にリビルドの挑戦者であることを示すCHALLENGERの文字が浮かび上がっていた。
 天馬も同様で、二人の視界には久遠にも同じ文字が浮かび上がっているのだろう。

「あれ?この人って・・・」

「鴨がネギをってわけじゃなさそうだな」

 そして、他にもいくつかのプロフィール情報が表示され、その少女の名前を見た久遠が驚きの声を上げ、天馬は怪訝な表情を強めた。
 なぜならば、それはつい先ほど話題にあげていた少女の名前だったからだ。

「わたくしの名前は久慈原くじはら朱花あやか。盤上久遠さん、わたくしとキーチップを賭けてバトルを致しましょう」

「いいよ!」

「・・・即答かよ」

 突然の提案に対し、即答した久遠に天馬はあきれ顔を浮かべ、女生徒、久慈原朱花はくすくすと口元を抑えて笑った。

「ふふ、本当に聞いていた通りの反応をするんですね」

「私のこと知ってるの?」

「えぇ、悠季さんの妹さんでしょう?そして、そちらは・・・情報屋の朝倉天馬さん。悠季さんや私のことを色々と探っていたみたいですね?」

「話が早いな」

 天馬に向けられた声は少々とげを感じさせる声色だった。
 勝手に情報屋に自分のことを調べられたからだろう。
 しかし、天馬は慣れたものなのか悪びれる様子を見せずに、久遠に顔を向け要件を促した。

「悠季がいなくなる前に会ったんでしょ?お願い、もし悠季の居場所を知ってるなら教えて!」

 だが、必死な久遠の声に朱花は首を横に振って答える。

「残念ですけど、それについてはわたくしも知りません」

「っ・・・そっか」

 肩を落として落ち込む久遠に「ですが」と朱花は続けた。

「あの日、悠季さんから頼み事をされています。今日ここに来たのはその約束を果たすためです」

「頼み?」

 顔を上げた久遠に、朱花は頷く。

「リビルドで貴女と戦ってほしい、と」

「悠季が?どうして?」

「わたくしも理由を尋ねましたが、戦えば解るとしか教えてくれませんでした」

「・・・」

 二人の会話を聞きながら、天馬は静かに思考を巡らせていた。
 いくつか気になることがあったのだが、まずは目の前の問題を片づけることにした。

「コイツと戦ってアンタになんの見返りがある?言っとくが、コイツは強いぞ?」

 口を挟んだ天馬に、朱花は視線だけを送るが、すぐにその視線は久遠へと戻された。

「わたくしはその強さに興味があるのです」

「私の?」

「わたくしが知る限り、悠季さんは最高峰のプレイヤーです。その力は歴代の『王』にも引けを取らないものだと思っています」

 その言葉に天馬は内心で頷いた。
 現に悠季は複数の企業から声がかかるほどの実力者だったからだ。

「そんな彼女が以前に仰っていたのです。『妹は自分よりも強い』と」

 それほどか、と天馬は改めて久遠を見る。
 朱花の悠季への評価が過大でなければ、久遠もまた『王』クラスの強さがあるということだからだ。

「ですからわたくしは知りたいのです。その言葉が本当なのかを」

「い」

「そうですかと受ける義理はないな」

 いいよと答えようとした久遠を遮り、天馬がそう言うと久遠は「えー、なんでー?」と不満の声をあげた。

「最初は手堅く行きたいんだよ」

 朱花の実力は未知数だが、少なくともこの学園では上位の実力者であることは間違いない。
 久慈原グループの跡取りともなれば、ビルディバイドの英才教育を受けているだろう。
 しかし、朱花はそれを見越していたかのように不敵に微笑んだ。

「わたくしに勝てば、悠季さんの手がかりを教えて差し上げると言ったら?」

「なに?」

「———天馬」

 その声の方に天馬が向くと久遠が真剣な眼差しを返していた。
 それを見て天馬は諦める。
 久遠は元よりやる気なうえに、自身の姉の情報と聞けば断る理由がない。
 天馬としても勝てばキーチップが手に入るのだ。
 これ以上、水を差すのも野暮かと、天満は久遠の後ろへと控えることにした。

「負けんなよ」

「負けないよ」

 すれ違いざまにハッキリとした返答をした久遠の視線はすでに朱花に向いていた。

「私が勝ったら、悠季の手がかりとキーチップをもらう」

 久遠のその表情を見た朱花は目を細める。

「———その目、悠季さんにそっくりですね・・・ですが、強さはどうでしょうか?ディーラー!リクエスト、リビルド!」

『———久慈原朱花カラ盤上久遠ヘノ、リビルドノ申請ヲ確認———マッチング完了。キーチップヲベッドシテクダサイ』

 どこからともなく現れたドローンの機械音声と共に、防護隔壁が音を立てて屋上の周囲を覆い始めた。

「わたくしはキーチップを1枚ベッドします」

「私も1枚賭ける」

『ベッドヲ確認シマシタ』

 ドローンから伸びたアームが二人が賭けたキーチップを受け取る。
 次にこのキーチップを手にするのは勝者のみだ。

「コール。スピカ・アリステラ、スピカ・デクストラ!」

 久遠のコールと共に、その傍に黒のディバイドに棲まう双子の悪魔、スピカ姉妹が現れる。

「コール。コレット!」

 対し、朱花の傍に現れたのは近未来的な白色のパワードスーツに身を包んだ銀髪の少女。
 青のディバイドのテノス連邦が誇るサイボーグ、コレットだ。
 二人が同時に手を振るうと自動で10枚のライフが展開され、初期エナジーが2枚置かれた。

『久慈原朱花VS盤上久遠、レディ』

「「ビルドディバイド!!」」

 ドローンの合図と共に防護隔壁内がARによって書き換えられる。
 フィールドは砂地と岩壁が広がる荒野となった。

『朱花ノ先行デス』

「では、先行をいただきます。わたくしはエナジーを埋め、エナジー③を消費、『天眼銃撃ブラマダッタ ナディヤ』をアクセプト!その効果で1枚ドロー」

 『天眼銃撃 ナディヤ』2000/1
 ⁅自動⁆このユニットが登場した時、1枚引く。⁅覚醒⁆⁅増+3000⁆

 ライフルを持ったパワードスーツの女性ユニット、ナディヤの効果で朱花はカードを1枚補充する。
 ナディヤは青のデッキにおいて愛用する者が多い💀バスターユニットだ。
 登場時に1枚ドローするという単純な効果は特に速攻主体のデッキの使い手に好まれている。
 だが、身構える久遠に対し、朱花はどうぞと手を差し出した。

「わたくしはこれでターンエンドですよ」

「アタックしないの?」

 先行の利点のひとつである、ほぼ無条件に通るアタック権限を行使しなかった朱花に久遠は意外そうに尋ねる。

「ふふ、ナディヤのパワーは2000。たったひとつのライフを削るためにナディヤを犠牲にすることはありませんもの」

「ふーん。じゃあ、ターンをもらうね!私はエナジーを埋めて、エナジーを③消費、『ヘビィアームド・プロウラー』をアクセプト!」

 『ヘビィアームド・プロウラー』3000/1
 【デコイ】⁅自動⁆このユニットが登場した時、あなたの山札を上から4枚見て、その中から1枚まで墓地に置き、山札をシャッフルする。(デコイ:レストなら有効。相手はデコイ以外をアタックできない)

 久遠のフィールドに鎧を着込んだ生ける屍リビングデッドが現れるとその効果が自動で起動する。

「デッキの上から4枚を見て、好きなカードを1枚墓地に置く。墓地に置くのは②コストの『カースド・ドール』!」

 『カースド・ドール』2500/1
 ⁅自動⁆このユニットが墓地から登場した時、相手のユニットを1枚対象とし、そのターン中、対象は⁅減-4000⁆。

「アタックフェイズ、ヘビィアームド・プロウラーで朱花のライフにアタック!」

 プロウラーのアタックによって、朱花のライフが割れたがそれが☆のマークへと変わった。

ショットトリガー!『雪崩れ込む正義』を発動します!」

 『雪崩れ込む正義』
 あなたの山札を上から3枚見て、その中から総コスト3以下のユニットカードを1枚まで登場させ、残りを望む順で山札の下に置く。

「山札の上から3枚見て、その中から『戦導装賢ぺタソス アレクシア』をアクセプト!」

 『戦導装賢 アレクシア』 3000/1
 ⁅永続⁆あなたの青の他のユニット全ては⁅増+1000⁆。

 ☆トリガーによって朱花の場にアサルトライフルを持ったユニット、アレクシアが現れる。

「このユニットがフィールドにいる限り、わたくしの他の青のユニットのパワーは+1000上昇します」

 その宣言と共に、アレクシアの周囲に力場が発生すると、傍にいたナディヤのパワーが上昇する。

「ターンをいただきます。わたくしはエナジーを埋めて、『トリガーハッピー ジェニー』をアクセプト!」

 『トリガーハッピー ジェニー』 2000/1
 ⁅永続⁆あなたのターン中、あなたの青の他のユニット全ては【ブリッツ】を得る。(ブリッツ:バトルで先にダメージを与える)

 2丁の拳銃を持ったユニット、ジェニーが登場したことで朱花のフィールドに別の力場が発生する。

「アタックフェイズに入ります!アレクシアの効果でパワーが3000になったナディヤでヘビィアームド・プロウラーにアタック!」

「ナディヤのパワーはヘビィアームド・プロウラーと同じ3000・・・けど」

「そう、青のユニットであるナディヤはジェニーの効果によって、ブリッツ能力を得ています!」

 ナディヤがライフルを構えて引き金を引くと、ヘビィアームド・プロウラーは一方的に撃ち抜かれ、近づくことも叶わず破壊されてしまった。
 "ブリッツ"とはバトル成立時に適用される効果だ。
 通常、ユニット同士のバトルが成立すると、互いのユニットはお互いのパワー分のダメージを"同時に与えあう"。
 そのため、同じパワーを持つユニットがバトルした場合は相打ちとなるのだが、一方がブリッツを持つ場合は、ブリッツを持つユニットのダメージから処理をされるため、パワーが同数値でも一方的なバトル破壊が可能となるのだ。

「スタンドしているユニット2体に対して、盤上の場はがら空き・・・だけど、盤上のデッキは墓地にユニットが貯まったときにこそ真価を発揮する・・・少々ライフが減ったところで問題はない」

 一連の戦いを見ていた天馬が独り言をこぼす。
 しかし、

「わたくしはこれでターンを終了します」

「なに?」

 確実にダメージを狙えた朱花がまたしてもターンエンドを宣言したことで天馬は思わず疑問の声をあげてしまう。
 朱花はそんな様子を見てクスリと笑う。

「ふふ、またアタックしなかったことがそんなに不思議ですか?・・・それ、もとは悠季さんのデッキでしょう?よく知っていますよ」
 
 その戦略も、その弱点も。
 そう言外に言った朱花に天馬は舌打ちをする。
 朱花はあえて久遠に墓地を貯めさせない戦略を取っているのだ。
 そして、一気にライフを削るための戦力を温存している。
 だが、対策をされた側の久遠に焦りの表情はない。
 むしろなぜか嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「朱花は悠季とよくバトルをしてたんだね」

「えぇ、と言ってもわたくしが一方的に挑んでいただけですけれど」

 それを聞いた久遠の表情がますます緩む。

「じゃあ、二人は友達だったんだね!」

「友達・・・?」

 あぁ、と天馬は納得をした。
 久遠は自分の姉がこの学園で孤立していたことを気にしていたのだろう。
 だからこそ、そんな姉とよくバトルをしていたという朱花に対し、そんなことを言ったのだ。
 だが、そんな久遠に対し、朱花は一瞬きょとんとした表情を浮かべたものの、すぐに首を横に振った。

「いいえ。彼女とわたくしはそのような関係ではないですよ」

「え?だって」

「少し、お話をしましょうか」

 久遠の言葉を遮った朱花は言う。

「知っての通り、わたくしは久慈原グループの跡取りです。いずれは父の跡を継ぎ、社員1500人の長となるため、幼き頃より帝王学を厳しく叩き込まれてきました」

 何かを思い出すように朱花は目を閉じる。

「父はよく幼いわたくしにこう言いました。『上に立つ者は独りでも強くなくてはならない、孤高であれ』と・・・」

「孤高・・・?」

「前総帥だった祖父が早くに亡くなり、若くして総帥となった父の周りは敵ばかりだったそうですから」

 朱花は目を開く。

「わたくしが周りと一定の距離を置くのは、その教えを未熟ながらも実践しようとしていたからです」

 しかし、と朱花は薄く微笑んだ。

「ある日わたくしは彼女に出逢いました」

「悠季?」

「えぇ、当時すでに彼女はこの学園では敵なしの存在であり、様々な企業が目をつけていた有望株・・・しかし、薄暗い噂もあったことから、周りの人間は彼女を畏れて近づこうとはしなかった」

「・・・」

「ですが、彼女はそれを気にもかけず、ただただ強く在ることだけを求め続けていた。誰よりも強く、誰も寄せ付けない強さが彼女にはあった。わたくしは彼女に父の姿を重ね、思いました・・・わたくしにとって、彼女こそが孤高の体現者なのだと・・・」

 だんだんと語りに熱が入り始めた朱花だったが、ふとハッとして咳ばらいをした。 

「———失礼。無駄話でしたね。わたくしと彼女は友ではないと伝えたかったのです」

「で、でも、悠季は」

 食い下がるように言葉を探す久遠に、朱花はふぅ、と息を吐いた。

「彼女は強くなるために不要なものを切り捨て、あの強さを手に入れた。強さこそすべてのこの町で、それのなにがいけないのですか?」

「・・・なにそれ」

 久遠がぽつりと言葉をこぼすと同時に一瞬、AR空間にノイズが走った。
 そして久遠からは笑みが消えていた。

「盤上・・・?」

 天馬が声をかけるも、久遠はすでに自分のターンへと移り、カードをドローする。

「・・・私はエナジーを埋めて、黒②、赤①、無①の計④エナジーを消費する」

 久遠の宣言と共にそのカードへ、変換されたエナジーが赤い炎と黒い炎となって吸い込まれた。
 それは昨晩、天馬との戦いで見せた久遠の特異性を象徴するカード。

「『変革の猛炎 シーリス』をエヴェルアクセプト!」

 『変革の猛炎 シーリス』 4500/1
 【エヴォル〔⁅黒②⁆⁅赤①⁆⁅無①⁆〕】(このコストでもプレイできる) ⁅自動⁆このユニットがエヴォルで登場した時、あなたの山札を上から3枚、レストでエナジーゾーンに置き、あなたのエナジーを3枚墓地に置く。 ⁅覚醒⁆⁅自動⁆あなたのターン中、あなたの墓地にカードが置かれた時、そのターン中、このユニットは⁅増+1000⁆。

 久遠の場に悪魔の少女シーリスが両手の双炎を弄びながら現れる。

「そのカードは・・・!?」

 エヴェルアクセプトを見た朱花がこの試合で初めて驚きの声を上げた。
 悠季のデッキを知っていると豪語した朱花だったが、シーリスの存在は知らなかったらしい。

「シーリスのエヴェル効果を起動。山札の上から3枚レストでエナジーゾーンにカードを置き、その後エナジーゾーンから3枚墓地に送る!」

 山札の上から3枚のカードがエナジーゾーンに置かれた後、久遠が選択した3枚のカードが浮き上がる。

「①コストの『アンルーリー・マリオネット』、②コストの『アームドドール』、④コストの『スピカ・デクストラ』を墓地へ」

「エナジー交換と墓地を増やす効果・・・!」

 エナジーの入れ替えと同時に、墓地を貯めることができるのがシーリスというカード最大の特徴だ。
 エナジーに干渉する赤のカードの特徴を、黒のカードでありながら体現するシーリスの力に朱花は驚きの声を隠せなかった。

「よし、これで盤上の墓地に①~④コストまでのユニットが貯まった!」

 スピカのテリトリー『ルナティック・アンティーク』では様々なコストのユニットを墓地に用意しておく必要がある。
 早い段階で低コスト帯のユニットを墓地に送ることができたのは大きく、天馬は拳を握る。

「アタックフェイズ。シーリスでナディヤにアタック!」

「・・・そう、貴女はアタックするのですね」

 アタック宣言により、シーリスは赤い炎をナディヤへと定める。
 それに対し、ナディヤは銃口をシーリスへと向けて放つが、シーリスがもう一方の黒い炎でそれを受け止めると、お返しとばかりに赤い炎でナディヤを飲み込んだ。
 パワー4500のシーリスとパワー3000のナディヤのバトルはシーリスの勝利で終わる。
 破壊されたナディヤのカードが墓地に送られるのを朱花は静かに見ていた。

「ご苦労様、ナディヤ―――さぁ、ここから一気に戦いの天秤を傾けます!私のターン!」

 カードを引いた朱花のエナジーゾーンにカードが置かれる。
 これにより、朱花のエナジーは5枚。
 エースであるコレットを呼び出すのに必要なエナジーが揃ったことで、朱花はエナジーを5枚レストした。 

「私は青のエナジーを⑤消費します———アクセプト!蒼天に舞う気高き戦姫『TX-013 神操統御ガルシャースプ コレット』!」

 『TX-013 神操統御 コレット』
 【ブリッツ】 ⁅覚醒⁆{神操姫}⁅自動⁆このユニットがアタックした時、あなたの手札から総コスト3以下のユニットカードを1枚まで登場させる。 (ブリッツ:バトルで先にダメージを与える)

 朱花の傍に静かに控えていたサイボーグ少女の目が開くと、その上臀部に備えられていた円柱形の飛行ユニットが駆動音と共に解放され、その周囲を円盤状のドローンが飛び回る。
 宙に浮きあがったコレットはサイボーグらしからぬ自我の強さの見える笑みを浮かべ、飛行ユニットから伸びた4本のコードをくねらせてその先端を不規則に光らせた。
 そして、その光に呼応するように大地が揺れ始める。

「アサルトテリトリー、ビルドアライズ!眼前の敵を殲滅せよ!『戯骸兵装ウルスラグナ ソルゴドラム』!」

 『戯骸兵装 ソルゴドラム』 3000/1
 【アサルトテリトリー】 ⁅自動⁆このユニットがアタックした時、1枚引く。 ⁅永続⁆あなたのレストしている他のユニットがいるなら、このユニットはアタックされない。 (アサルトテリトリー:ユニットとしても扱い、フィールドを離れる際、代わりにこのテリトリーを閉じる)

 テリトリーが解放されると起きるはずのAR風景の書き換えが起こらず、代わりに地鳴りと共に岩壁を崩しながら現れたのは青き機械の巨人だった。
 ソルドゴラムは地を鳴らし、まるで生物のように咆哮する。
 そして、ソルドゴラムのテリトリーカードがテリトリーゾーンから他のユニット同様にフィールドへと置かれたのを見て、久遠は目を細めた。

「アサルトテリトリー・・・」

 アサルトテリトリーは通常のテリトリーとは違い、テリトリー自体がユニットとなる特殊なテリトリーだ。
 ユニット化したテリトリーにはパワーとヒット数が設定されており、通常ユニット同様にバトルに参加することができる。

「さぁ、まずはソルドゴラムで久遠さんのライフにアタック!この時、山札からカードを1枚ドロー!」

 朱花がドローし、ソルドゴラムの右肩に備えられた巨大な砲身からレーザーが放たれる。
 レーザーが久遠の傍を走り抜け、遥か彼方の岸壁を吹き飛ばしその余波でライフが砕け散る。

「さらにコレットでライフにアタック!この時、コレットの効果を起動!手札から総コストが3以下のユニットを1体登場させます!」

 朱花が手札から1枚のカードを掲げると、コレットが自身の腰から伸びるコードからエナジーを供給した。

「『瞬光新星ミルザム フィロメーナ』をアクセプト!このユニットが手札から登場したとき、手札から総コスト3以下のコマンドをコストを支払わずにプレイします!」

 『瞬光新星 フィロメーナ』 4000/1
 【ブリッツ】 ⁅覚醒⁆⁅自動⁆このユニットが手札から登場した時、あなたの手札の総コスト3以下のコマンドカードを1枚、コストを払わずプレイしてよい。 (ブリッツ:バトルで先にダメージを与える)

 コレットの効果によって場に現れたユニット、フィロメーナからさらにエナジーが生成され、朱花の手札に宿る。

「手札から『短期集中訓練』を発動!このターン、わたくしの青のユニットはすべて、ヒットが2になります!」

 『短期集中訓練』
 そのターン中、あなたの青のユニット全てのヒットを2になるよう増減させる。

 カードの効果による踏み倒しによる更なる踏み倒し効果が3つめの力場を生成し、フィールドの様子を一変させていく。
 3種の力場が発生させた電磁波がバリバリと絡み合い、朱花のユニット達を強化した。

「まずい!」

 現在、朱花のフィールドに存在するユニットはすべて青のカードだ。
 そのヒット数が変化し、すべてのユニットのヒットが2となったのを見て天馬が叫ぶ。

「コレットの2ヒットアタック!」

 コレットの周囲を飛んでいた円盤状のドローンが久遠のライフに張り付くと爆発を引き起こした。

「っ💀バーストトリガー!」

 コレットの2ヒットめのアタックにより砕けたライフの形が💀マークへと変わり、それが弾け飛ぶ。

「💀トリガーによって、連鎖ダメージを受けてもらいます!」

「くぅっ!!」

 コレットのアタックと💀トリガーによって一気に3点のライフが失われてしまった久遠の表情が歪む。

「次はシーリスを処理させていただきましょうか。フィロメーナでシーリスにアタック!」

 フィロメーナのパワーはアレクシアの効果によって5000へと上昇しており、なす術もなくシーリスは破壊されてしまう。

「続いてアレクシアでライフに2ヒットアタック!」

 アサルトライフルから放たれた弾丸が久遠のライフを打ち抜くと連続で2点のライフが砕け散る。

「さらにジェニーの2ヒットアタック!」

 ジェニーが乱射した弾丸が2点目を砕いたとき、ようやく久遠の☆トリガーが発動した。

「☆トリガー『凄惨な重罰』!」

 『凄惨な重罰』
 以下を1つ行う。・相手のユニット1枚対象とし、そのターン中、対象は⁅減-5000⁆。・相手のユニットを2枚対象とし、そのターン中、対象は⁅減-3000⁆。

「私は2つ目の効果を行い、3000のパワーダウンをアレクシアとジェニーに与える!」

 ☆トリガーの起動により、どこからともなく現れた悪魔たちが各々の手に握った凶器でアレクシアとジェニーに襲い掛かる。
 周囲を強化するアレクシアの効果によってコレットとソルドゴラムのパワーは4000へと上昇しているため、凄惨な重罰の2つめの効果で破壊できるユニットはその2体だけだ。

「わたくしはこれでターンを終了します」

 アレクシアとジェニーが破壊され、短期集中訓練の効果が切れたことにより、3種の力場が霧散する。

「一気に盤上のライフを8点も・・・!」

 朱花の苛烈な攻めを目の当たりにした天馬がうめく。
 たった1ターンで自身のライフを8枚も削り取られた久遠は荒い息と共に片膝をついていた。

「そちらの残りライフは2点。わたくしのライフは9点。加えて、久遠さんのユニットは0に対して、わたくしのユニットは3体。次のターンにテリトリーを解放しても、この優位は早々覆せない。墓地にユニットを貯めても意味はありませんでしたね」

「・・・」

 その言葉に対して久遠は何も返さなかった。
 ただ乱れた息を整えるその姿を見て朱花は失望を込めるかのように溜息をこぼした。

「悠季さんなら、この状況になる前に手を打っていたでしょう」

 ぴくん、と久遠が反応する。

「様々なテリトリーが存在するビルディバイドにおいて、コールされた相手のエースを見て戦略方針を決めるのは当然のこと・・・しかし、貴女はコレットのことを知らなかったのでしょう?結果、後手に回らざるを得なかった」

 天馬は昨晩の自分と戦った時のことと、先ほどアサルトテリトリーが解放されたときの久遠の様子を思い出す。
 久遠は天馬のティルイーザのことも、朱花のコレットのことも知らなかったのだ。
 もし朱花が言うように久遠がコレットの特徴を知っていたのならば、先のターンはシーリスを出すのではなく、クイックタイミングで発動できるカードを備えておくべきだった。
 例えば、先ほどの☆トリガーで発動した『凄惨な重罰』はクイックタイミングで相手のターンでもエナジーさえあれば発動ができるカードだ。
 もし手札にこのカードがあったならば、先にアレクシアとジェニーを破壊しておくことで今ほどのダメージを受けることはなかったかもしれない。
 または前のターンでシーリスにアタックはさせずにスタンドをさせておけば、シーリス以下のパワーを持つユニットのアタックを牽制できていたのだ。
 結果論ではあるが、たしかに朱花の言い分は正しかった。

「悠季さんが強かったのはその知識と実践の数が郡を抜いていたからです」

 息を整える久遠をよそに朱花は続ける。

「幼き日から誰とも群れず、大人に混じり、孤高に戦い続けたからこそ得られた力。どれだけの戦いをこなせば、わたくしもあの境地に辿りつけるのか・・・」

 熱のこもった声でそう語る朱花。
 朱花にとって、盤上悠季という存在は超えるべき壁であると同時に、憧れなのだ。
 ゆえに、憧れの存在と同じ容姿を持ち、悠季が自身よりも強いと評する久遠の今の姿に思うところがあるのだろう。
 
「悠季さんなら、このリビルドで今の『王』にも届いたでしょうに・・・いったい、彼女はどこへ・・・」

 すでに朱花の視線には久遠は写っておらず、その目には遠き日を懐かしむような色が浮かんでいた。

「———うざいなぁ」

 だが、それは周囲の温度が下がるような冷たい声によって引き戻された。

「え?」
 
 天馬は最初まさかその声があの陽気な少女から発せられたのだと解らなかった。
 冷たい声の発信源であった久遠がゆったりとした動きで立ち上がる。

「どいつも、こいつも・・・ほんとうにうざい・・・なにも解ってないのに好き勝手言わないでよ・・・」

 そこまで言って、久遠は朱花を下からめつけた。

「強さがすべて・・・?」

 首を横に振る久遠の視線が鋭くなる。

「———くだらない」

 シンとした空間に久遠を中心としてぴりぴりとした空気が混ざり始めた。
 
「悠季は本当なら・・・本当だったらもっと陽の当たる場所にいるはずだった・・・色んな人に囲まれて笑ってるはずだったっ・・・あんな風に恐がられて独りになるなんてことあっちゃいけなかったのにッ!!」

 段々と熱を帯びていった久遠の怒号にAR空間が震えた。
 久遠が持つ桁外れの呪力が放出されたのだ。
 
「悠季はその道を選ぶしかなかったの!望んで独りになったわけじゃない!!私の・・・私のせいでッ!!」

 久遠が感情の昂りのままにカードを引き、エナジーゾーンのカードを3枚レストする。
 それを見た朱花は目を見開く。

「なっ!?テリトリーを解放しない!?」

 驚く朱花に、久遠が犬歯を剝き出して嗤った。

「あっはははは!!するよ!?しないわけないじゃんッ!!」

 レストされたカードから抽出されたエナジーが久遠の手札に宿る。

「あー・・・朱花は独りが羨ましいんだっけ?・・・なら、私が連れてってあげよっか」

「な、なにを・・・っ!」

「———もっとも、悠季とは違う場所だけどね?」

「っひ」

 どろりとした久遠の瞳を見た朱花の背筋が震える。
 まるで全身を蛇が這いずるようなおぞましさを感じたのだ。

地の底ここまで引きずり堕としてあげる、高嶺のお花さんおじょうさま

 天馬は見た。
 優しく微笑む久遠から発せられたどろりとした呪力が影のように地を這いずり、朱花の足元から絡みついていくのを。

「コマンドカード、『泥沼の死闘』を発動」

 『泥沼の死闘』
 以下を1つ行う。・あなたの山札を上から3枚墓地に置く。・あなたのテリトリーが開放されていないなら、あなたのテリトリーを開放し、次のエンドフェイズ開始時、そのテリトリーを閉じる。

「私は2つめの効果を行う」

 コマンドカードから発せられたエナジーがテリトリーカードに飲み込まれ、瞬間、久遠の背後の空間がピシリとひび割れた。

「テリトリー、リミテッドビルドアライズ、『ルナティック・アンティーク』」

 『ルナティック・アンティーク』
 ⁅起動⁆〔ノーマル/⁅黒①⁆〕:あなたの山札を上から1枚ずつ、⁅バスターアイコン⁆が出るまで墓地に置く。あなたの墓地の、この効果で墓地に置いた枚数と同じ総コストのユニットカードを1枚まで登場させる。この能力は各ターン1回まで起動できる。

 通常、解放されたテリトリーは周囲のAR空間を書き換える。
 だが、今起きているその光景は普段の解放とは違い異質なものだった。
 久遠の背後のひび割れた空間から、ギャリギャリという音が周囲に響き渡る。
 テリトリーが周囲の空間に逆らい、無理矢理世界をこじ開けて維持しようとする音だった。
 その空間の向こう側には、赤いアンティークショップの内装が覗いていた。
 そんな異常が起きるなかで久遠は黒のカードをエナジーゾーンに1枚埋めた。
 久遠のエナジー5枚のうち、このターン使用できる残ったエナジーは2枚。
 そのうちの1つを使い、ルナティック・アンティークの効果を使用することができる。
 本来、このターンに通常の手段でテリトリーを解放するには5枚のエナジーを消費し、アリステラかデクストラをアクセプトせねばならなかった。
 だが、それではテリトリーの効果を使うためのエナジーが足りない。
 そのため、久遠は③コストで『泥沼の死闘』により一時的にテリトリーを開き、残りのエナジーでテリトリー効果を使えるようにしたのだ。

「ったとえ、テリトリー効果を使えても、必ず成功するわけじゃない!」

 異様な光景を目の当りにした朱花が気丈にそう叫んだが、久遠は笑みを強めて返す。

「そうだね。でも、するよ。成功する。私は外さない」

「な、なにを根拠に・・・」

「そんなの残りライフとデッキの枚数、そして今判ってる💀の数で予想できるでしょ?」

 当然のようにそう言い切った久遠は目を閉じる。

「———それに、このデッキは私を裏切らない」

 わずかな沈黙の後に目を開いた久遠は指を4本立てた。 

「4枚めに💀カードが出る」

 そう宣言した久遠が黒のエナジーをレストする。

「黒①を支払い、テリトリー効果を起動!」

 エナジーが久遠の背後の別空間から覗く玩具箱に飲み込まれると、山札の上からカードが1枚浮き上がり表になった。
 💀マークがついていないそれが墓地に送られ、次のカードが浮き上がり、また💀マークではないカードが続く。

「ほらね?」

 それが4枚めに達したとき、💀マークのカードが現れた。

「ッそんな馬鹿なことが!」

 宣言通りに4枚めにバスターカードを出された朱花の驚愕をよそに、玩具箱から光が発せられる。

「来て、デクストラ」

 『狂乱の双児 スピカ・デクストラ』 4500/1
 ⁅覚醒⁆{七大罪 嫉妬}⁅自動⁆このユニットが、あなたの墓地から登場した時かアタックした時、相手のユニットを1枚対象とし、そのターン中、対象は⁅減-3000⁆。

 ひび割れた空間の向こう側から現れたデクストラの姿は、テリトリー解放後の戦装束ではなく、メイド服のままだった。
 テリトリーを一時的に解放しているためだろうか。
 双子の片割れは憂鬱そうに溜息をつく。
 戦装束に着替えることも叶わず戦わなければならないことを憂うように。
 しかし、その手には巨大な断ち切りバサミを半分に割ったような歪な剣が握られており、デクストラはそれを振りかぶった。

「デクストラは墓地から登場したとき、相手のユニット1体のパワーを-3000減少させる。対象はソルドゴラム」

 振り下ろされた剣から発せられた巨大な衝撃波がソルドゴラムを襲った。
 ソルドゴラムは自陣に他にレストしているユニットがいる場合、アタック対象に選ぶことができない効果を持っているが、カードの効果による対象選択には無力だ。
 ソルドゴラムのパワーはちょうど3000。
 巨大な斬撃の勢いに負け、背後に崩れていくソルドゴラムの肩から慌てたコレットが空へと飛び逃げる。 
 デクストラは剣をもう一度構え直そうとしたが、その表情が不快そうに歪む。
 裾の長いスカートが邪魔なのだろう、振るいやすいように剣を腰の位置で水平に構える。

「アタックフェイズ!デクストラでフィロメーナにアタックをする時、今度はコレットのパワーを-3000減少させる!」

 横薙ぎに振るわれた剣から生じた斬撃が崩れ落ちるソルドゴラムに気を取られていた空中のコレットは背後から切り裂かれて撃墜した。

「フィロメーナとバトル!」

 デクストラが三度目の衝撃破を放ち、フィロメーナを破壊する。
 同時にソルドゴラムの巨体が完全に崩れ落ち、砂埃をまき散らしながら周囲を揺らした。
 アサルトテリトリーは破壊されても墓地に置かれることはなく、テリトリーゾーンに閉じた状態で戻る。
 だが、当然テリトリー解放による恩恵は失われてしまう。
 その恩恵を取り戻すためには再度エースや観測者と呼ばれるユニットを手札からアクセプトして、テリトリーを解放するしかないのだ。

「わ、わたくしのユニット達が・・・ぜ、全滅・・・」

 たった1体のユニットによって、自身のユニット3体を破壊された朱花が茫然とそう口にする。

「ターン終了時、『泥沼の死闘』の効果は失われ、私のテリトリーも閉じる」

 そして久遠のテリトリーが閉じられたことで元の静かな空間が戻り、デクストラが裾の埃を払いながらその傍に立った。

「———どう?これが独りぼっちの光景だよ?」

 久遠がそう言ってクスクスと嗤う。

「ライフの差なんて気休めにならないよ。私の手札は2枚、アナタの手札は1枚。私は墓地を、アナタは手札を重視するデッキ。この差が明暗を分ける」

「くっ・・・」

 朱花が使う青のカードは様々な方法で手札を増やすことを得意とする。
 だが、現在の朱花の手札は度重なるコスト踏み倒し効果によって手札を消費していたため、その数はたったの1枚。
 対し、久遠の手札は2枚あり、何より黒のカードは墓地を活用する効果を持つカードが多いのだ。
 アドバンテージは久遠にあった。

「・・・ねぇ、アナタは本当に悠季みたいになりたいの?」

「え・・・?」

 どうすればと考える朱花に、不意に久遠が問う。
 顔を上げた朱花の視線を、久遠がまっすぐ見つめ返していた。

「本当はアナタが一番、そうなりたくないんじゃないの?」

「そ、そんなことは・・・!」

「嘘」

 朱花はとっさに視線を逸らそうとしたができなかった。
 久遠の重々しい呪力が纏わりつき縛っているのもあったが、不意の問いがその視線を外すことを許さなかった。
 いつの間にか朱花には久遠がなにか得体の知れないバケモノに見えていた。
 朱花の身体はカタカタと震え、そんな朱花に久遠は続ける。

「じゃあ、どうしてアナタは自分の周りをユニットで固めるの?どうしてあの時ナディヤでアタックしなかったの?———恐いんでしょう?自分の周りにいる誰かを失うのが」

「わ、わたくしは」

「じゃあ、どうして今のアナタはそんなに心細そうな顔をしているの?」

 朱花は久遠の鏡のような瞳に写った自身の表情を見た。
 そこに写っているのは顔面蒼白の自分の姿。
 朱花がこの世で最も嫌う弱い自分の姿だった。

「どうして恐いのに、どうして寂しいのに、どうしてアナタは嘘をついてまで、独りになろうとするの?本当に強くなりたいから?それとも・・・・———ねぇ、どうして?」

「どう、して・・・」

 久遠の姿と声に、朱花が知る悠季の姿が重なった。
 繰り返す言葉と共に、朱花の脳裏に在りし日の出来事を思い出した。

『———ねぇ、どうしてアナタは私に何度も挑んでくるの?』

 10度目の挑戦、10度目の敗北の後、両膝をついた敗者に対し、息一つ乱れていない勝者がそう問いかけてきたことがあった。
 いつもなら、そのまま立ち去る勝者だったが、その日はなぜか敗者にそんなことを尋ねてきたのだ。

『私に負けた人はみんな私と戦ってくれなくなるのよ』

 その気持ちが解らなくもなかった敗者の朱花に、勝者の悠季は続けた。

『恐いんだって、私と戦うのが』

 恐い。
 悠季に挑んで敗れた者は皆、口を揃えてそう言い、彼女を恐れた。
 彼女と戦うとその呪力に呑まれ、まるで命を懸けて戦っているような錯覚に陥るのだ。
 しかも、戦いはいつも悠季による一方的な蹂躙ワンサイドゲームで終わる。
 虐殺される側からすれば堪ったものではない。

『アナタは私が恐くないの?』

 恐いに決まっている。
 朱花が悠季に挑み続けるのは、グループとの専属契約を得るために既知を得たいという下心もあったが、なによりその強さの秘密を知りたかったからだ。
 だが、できることなら戦いたくないというのが本音だった。
 彼女と相対するとその殺意じみた呪力に精神が削られ、逃げ出したくなる。
 初めて戦い負けた日の恐怖は、今でも夢に見るほどだった。

『私は誰が相手でも全力で戦ってるだけなのに。親のいない私がこの町で生きるためには、強くなるしかなかった。負けたら全部終わりだったもの』

 悠季が暮らしている養護施設は、町と外周地区を阻む壁のすぐ傍にあった。
 かろうじて"内側"にあったその施設での暮らしがどのようなものなのかは、生まれついて裕福だった朱花には想像もできない。
 ただ、悠季がいなければその施設は当の昔に無くなり、多くの子供たちが外周地区へ行くことになっていただろうと聞いたことがあった。
 久慈原グループが悠希に専属契約を持ち掛けるにあたって、施設に多額の寄付金を送ろうとしているが、その施設でも悠季はその強さから忌避されているという。
 ならば悠季は何を想い、何のために戦っているのだろうか。

『え?独りが恐くないのか?』

 どうしてそんなことを聞いてしまったのか。
 朱花は聞いてから後悔した。
 きょとんとした顔で質問を繰り返した悠季の頭の上には疑問符が浮いていた。
 いつかグループを継ぐ朱花は、父のようにできるのかが不安で仕方がなかった。
 だって、独りは恐い、独りは寂しい、自分には耐えられない。
 きっと父も彼女も強いから恐くないのだ。
 こんな気持ちを理解はできないだろう。
 天才に凡人の気持ちが解るはずがないのだから。

『えぇ、恐くないわよ』 

 ほら、やっぱり。
 だが、そうきっぱりと言い切った悠季を見上げて、朱花は非常に驚いた。
 その時の悠季は、今まで見せたことのない優しい表情と声色で微笑んでいたのだ。

『私は私の強さが誇らしい。だって、この強さがなければ、守ることができなかったから』

 なにを?
 自然に口をついていた。

『大事な人よ』

 その時、その言葉を聞いて、朱花の心の中に常にあった悠希への恐怖が消えた。
 あぁそうか、と朱花はようやく父の言葉の真意を理解できた。
 父も、悠季も、誰しもが恐いのだ。
 独りになることよりも、大事な人を守れずに失ってしまうことのほうがなによりも恐いのだ。
 だから、彼、彼女らは独りでも強くあろうとしているのだ。
 そうして言葉を失った朱花に悠希は手を差し出した。

『それに、ここにはまだこうして私に挑んでくる変わり者もいるしね?』

 初めてちゃんと見た年相応の笑顔はとても眩しかった。
 あの瞬間から、彼女は朱花にとって恐怖の対象ではなく憧れとなった。
 自分も悠季のようになりたいと強く願った。
 まだ自分には守りたいと思うような者はいないけれど、それが出来たときにその大事な人を失うことがないように強くなろうと思った。
 ・・・けれど、それを教えてくれた彼女はいなくなってしまった。
 彼女が消えると、彼女を揶揄する言葉をたくさん聞いた。
 何も知らない者たちが、彼女を否定する言葉は耳障りだった。
 そんな者たちが自分を褒め称える言葉が気持ち悪くて仕方なかった。
 彼女が守りたい者のためにどれだけ身を削ってきたのかを知らないくせに彼女を悪く言う者たちが許せなかった。
 だから朱花はリビルドに参加したのだ。
 彼女と同じように独りでも気高く強く戦い、リビルドで勝ち抜く。
 そうすることで悠季の正しさを証明できると信じて。

「———それでも、わたくしは!!」

「———ッ!!」

 朱花から発せられた呪力が、絡みついていた久遠の呪力を弾いた。
 朱花はキッと前を見据えて久遠の姿を捉える。
 そこにいるのはバケモノなどではない。
 自分と同じ人間だと再確認するように。

「わたくしのターン!ドロー!!———きた!」

 そしてドローしたそのカードは今もっとも朱花が求めていたカードだった。
 一方で、そのカードから発せられる呪力を感じとった久遠は目を見開く。

「———ッ!?そのカードは!―――っう!!」

 昨晩同様に胸を押さえ、ドクン、と跳ねた心臓に久遠は表情を歪める。

「わたくしは青②、白①、無①の計④エナジーを消費します!」

 エナジーゾーンに置かれた白のカードと、その宣言に天馬も気づく。

「エナジーの複色指定・・・まさか!?」

 朱花の手に握られたカードに、青と白のエナジーが混ざり合い、"共振"しながら吸い込まれた。

「『閃爛浄光サルンガ シュゼット』を"エヴォル"アクセプト!」

 『閃爛浄光 シュゼット』4000/1
 【エヴォル〔⁅青②⁆⁅白①⁆⁅無①⁆〕】(このコストでもプレイできる) ⁅自動⁆このユニットがエヴォルで登場した時、あなたの山札を上から3枚見て、その中から「回帰」属性でも⁅バスターアイコン⁆でもない、総コスト3以下で青のユニットカードを1枚まで登場させ、残りを望む順で山札の下に置く。 ⁅覚醒⁆【デコイ】

 フィールドに現れたのはパワードスーツに身を包み、光る二本のレーザーブレードを携えた少女。
 青のディバイド出身でありながら、白のディバイドの力を持つシュゼットがブレードを振るいAR空間を共振させる。

「あいつもエヴォルのカードを持っていたのか!」

 2枚目のエヴォルのカードの登場に天馬が驚きの声を上げる。
 エヴォルは情報屋の天馬も昨夜まで知らなかった特殊なカードだ。
 昨晩その存在を知った後で様々な情報を漁ったものの、やはりただの一枚も見つからなかったカードを朱花が持っていたことに天馬は驚きが隠せなかった。

「シュゼットがエヴォルで登場したとき、山札の上から3枚見て、条件を満たすユニットがいれば1枚まで登場させることができます!」

 天馬の驚愕をよそに、朱花はシュゼットが持つエヴォル効果を起動する。
 それは青のカードの特徴である手札に由来する効果ではなく、白のカードの特徴である山札に由来する効果だった。
 山札から3枚のカードが浮き上がり朱花は1枚のカードを選択する。

「私は走破快心ギネイ キャスリンをアクセプト!」

 『走破快心 キャスリン』3500/1
  ⁅起動⁆〔クイック/あなたの手札の総コスト3以下のユニットカードを1枚捨てる〕:そのターン中、このユニットは⁅増+3000⁆。この能力は各ターン1回まで起動できる。

 シュゼットの効果により、ウサ耳状のアンテナを身に着けたユニット、キャスリンが現れた。

「どうして・・・朱花がそのカードを・・・」

 相対する久遠は胸を抑えながら朱花に問う。
 昨晩と同じように顔色を悪くした久遠の様子に、朱花は訝しみながらも答える。

「これは姿を消す前に悠希さんから頂いたカードです」

「悠季から・・・?」

「———認めます。たしかに貴女が言うように、わたくしは独りが恐い・・・弱い自分を嫌でも見ないといけないから・・・でも、わたくしはこの恐怖に立ち向かう!それが、彼女の、悠季さんの正しさを証明することになるはずだから!!」

「———ッ!!」

 強い意志を込めてそう言い放った朱花の手が久遠へと向けられた。

「アタックフェイズ!キャスリンでライフにアタック!」

 屈伸運動をしていたキャスリンが軽く地面を蹴ると、一瞬で久遠へと肉薄し、回し蹴りを見舞う。

「くッ!!」

 そして身代わりとなったライフが割れて砕け散ると、💀のマークが現れた。

「💀トリガー!」

「最後のライフチェック・・・☆なし」

 天馬が呻き、久遠が最後のライフのチェックを行う。
 最後のライフからは💀が出ることはなかったが、☆が出ることもなかった。
 しかし、これで久遠のライフは0。
 そして、朱花の場にはまだアタック権限を残したシュゼットが立っていた。

「これで終わりです!シュゼットでプレイヤーにラストアタック!」

「盤上!」

 シュゼットが二本の剣を構えて久遠へと飛び掛かる。
 思わず天馬が声を上げて久遠の名前を呼んだが、当の久遠は目を閉じて天を仰いでいた。

「シュゼットを朱花にあげたんだね、悠季・・・」

 そうこぼした久遠の周囲からいつの間にか重々しい呪力が消えていた。
 その頬には一筋の涙が流れていたが、天馬も朱花もそれに気づくことはなかった。

「ありがとう。朱花、少しだけ気が楽になった・・・」

 そして、迫るシュゼットを見据えて久遠はいつもの明るい笑顔を向けた。

「———でも、この勝負は譲らない!!」

 久遠が手札から1枚のカードを構え、残っていたエナジーを1枚レストした。
 
「クイックタイミング!『纏わる亡者』!」

 『纏わる亡者』
 あなたはこのカードのコストを払う代わりに、自分の墓地の黒の💀を2枚リムーブしてよい。相手のユニットを1枚対象とし、そのターン中、対象はヒット‐2。

「シュゼットのヒット数を減少させる!」

 その宣言と共に、飛び掛かるシュゼットの足元から数多のおぞましい手が伸び絡みついた。
 小さき亡者たちが、生者に助けを求め手を伸ばす。
 シュゼットは足元の亡者たちを切り払うが、新たな亡者たちがその足に縋りしがみつき、久遠へのアタックの邪魔をする。
 キリがないと悟ったシュゼットが攻撃を止めて大きく飛びずさり朱花のもとへと戻ると、亡者たちは嘆きながら地の底へと消えていく。

「くっ・・・まさか、防ぎ切るなんて」

 勝ちを確信していた朱花が口惜しそうにこぼす。

「ターンをもらうね!星に願いを、月に祈りを!『狂騒の双児 スピカ・アリステラ』をアクセプト!」

 『狂騒の双児 スピカ・アリステラ』4500/1
 ⁅覚醒⁆{七大罪 嫉妬}⁅自動⁆このユニットが、あなたの墓地から登場した時かアタックした時、あなたの山札を上から2枚墓地に置いてよい。2枚置いたら、そのターン中、このユニットは⁅増+3000⁆。

 久遠がエナジーを5枚レストし、エースカードであるアリステラをアクセプトする。

「テリトリー、ビルドアライズ!狂気の骨董屋『ルナティック・アンティーク』!」

 先ほどの強引な手段とは違い、正しい方法でのテリトリー解放によって久遠の周囲の風景が変換されていく。
 それに伴い、アリステラとデクストラの服装が動きやすい戦装束へと変化していくと、デクストラはようやく楽に動けるようになったとばかりに伸びをして、アリステラはそんな妹をからかう素振りを見せていた。

「さらにエナジーを埋めて、テリトリー効果を起動!」

 久遠の傍に再び現れた玩具箱にエナジーが飲み込まれ、その効果が起動する。

「1枚、2枚・・・3枚目に💀カード!墓地から『クルーエル・オートマタ』をアクセプト!」

 『クルーエル・オートマタ』 3000/1
 ⁅自動⁆このユニットが墓地から登場した時、相手のユニットを1枚対象とし、そのターン中、対象は⁅減-4000⁆。 ⁅覚醒⁆⁅増+3000⁆

 墓地から現れたのは金と青のオッドアイを持つドレスを着た人形だった。
 クルーエル・オートマタはその無機質な顔に微笑みを浮かべていたが、不意にそのドレスのコルセットが外れて、腹部から機銃が飛び出した。

「クルーエル・オートマタが墓地から登場したとき、相手のユニット1体に-4000のパワーダウンを与える!対象はキャスリン!」

 狙いを定めたその銃口から無数の弾丸が射出される。
 キャスリンはその俊足を活かして逃れようとするが、数多の弾丸の波に呑まれ破壊された。 

「アタックフェイズ!デクストラでシュゼットのパワーを下げてバトル!」

 動きやすい服装になったデクストラが十分に振りかぶった剣撃をシュゼットに叩きつける。
 シュゼットが二対のブレードをクロスさせて受け止めるが、そのうちの1本のブレードが砕け散った。
 その状態で追撃をするデクストラの攻撃を防ぐことは叶わず、シュゼットは破壊される。

「続いてクルーエル・オートマタでライフにアタック!」

 さらにクルーエル・オートマタが腹部のマシンガンを乱射し、朱花のライフをひとつ削る。

「よし!アリステラをスタンドして次のターンに備えればまだ勝負は判らない!」

 今度こそ朱花の場にはユニットがいなくなったのを見て、天馬は拳を握り込む。
 久遠のライフは0枚、加えて手札も0枚だ。
 久遠のフィールドには攻撃を引き受けるデコイ持ちのユニットがいないため、次のターンに朱花の攻撃を防ぐにはアリステラをスタンドしてブロックできるように残しておかねばならない。
 このターンにこれ以上ライフを削れないことは惜しいが、朱花は手札もユニットも0枚だ。
 勝負の行方はまだ判らない。
 だが、

「アリステラで朱花のライフにアタック!」

「な!」

 そんな天馬の考えとは裏腹に、久遠はアリステラをレストしてアタック宣言をした。
 アリステラが朱花に斬りかかり、そのライフが両断される。

「ら、ライフチェック・・・💀トリガーっ!」

 ひとつめのライフから💀が出たことで、連鎖がおきる。

「💀トリガーの連鎖でライフが2枚減ったね」

 このターン、計3枚のライフを失い、朱花のライフは残り6枚となった。
 だが、無邪気に喜ぶ久遠に対し、天馬と朱花は唖然としていた。

「バカ!次のターンでユニットを引かれたらどうするんだ!?もう攻撃を防ぐ手段はないんだぞ!!」

 天馬が叫ぶように、久遠には先ほどと違って手札はない。
 もし、この次のターンで朱花がユニットを引けば、それでバトルは終了してしまう。
 久遠の敗北によって。

「・・・彼の言う通りです。なぜ、自ら負けるかもしれないような真似を?」

 理解できないといった表情の朱花に、久遠は不敵な笑みで返した。

「だって、このほうが———おもしろいから!」

「おもしろい・・・?こんな状況で・・・?」

「———悠季も同じことをするよ」

 戸惑っていた朱花はその言葉にハッとして久遠の顔を見た。
 その表情は優しげに微笑んでいた。
 久遠は悠季とは違うことは解っている。
 けれど、その微笑みは在りし日の彼女と同じだった。
 自分の強さに対する誇り、自負をたしかに久遠も持っていた。
 ゆえにそれに対し、朱花も不敵な笑みで返した。

「・・・わかりました。存分にこの戦いを楽しみましょう!わたくしのターン!」

 ドローしたそのカードを確認した朱花がエナジーを3枚レストした。 

「エナジーを③使い、手札からコマンド『現地改修装備』を発動」

 『現地改修装備』
 ユニットを1枚まで対象とする。1枚引き、そのターン中、対象は⁅増+4000⁆。

 コマンドカードの効果により、さらに1枚のカードをドローする。

「このターン、久慈原のスタンドしている残りエナジーは3。これで、3コストのユニットを引いたら・・・」

「・・・ターンエンドです」

 だが、ドローしたカードを確認した朱花が瞑目し、そのままターンの終了宣言をしたことで天馬は胸を撫で下ろした。

「けど、手札がないのは盤上も同じ・・・」

「このターンを凌ぎきればまだ・・・!」

「私のターン!」

 今度は久遠が山札からカードを引く。
 そして、そのカードを確認した久遠は5枚のエナジーをレストした。

「私はエナジーを⑤消費し『真夜中のパレード』を発動!」

「!」

 『真夜中のパレード』
 あなたの墓地の総コスト1~3で黒のユニットカードをそれぞれ1枚まで対象とし、対象を登場させる。次のエンドフェイズ開始時、あなたの墓地が15枚以下なら、それらのユニットをリムーブする。

「私の墓地から総コスト1~3以下のユニットをそれぞれ1体ずつ登場させる!」

 その宣言と共に、墓地からユニットカード達が久遠の周囲を飛び回り始めた。
 自分を選んでくれとばかりに飛び回るカード達を久遠は選択する。

「1コスト、『アンルーリー・マリオネット』。2コスト、『アームド・ドール』。3コスト、『ヘビィアームド・プロウラー』をアクセプト!」

 『アンルーリー・マリオネット』1500/1
 ⁅永続⁆このユニットが墓地から登場したターンでない限り、このユニットではプレイヤーにアタックができない。

 『アームド・ドール』4000/1
 ⁅覚醒⁆⁅自動⁆このユニットが墓地から登場した時、相手の【デコイ】を持つユニットを1枚対象とし、対象を破壊する。

「『ヘビィアームド・プロウラー』の登場時の効果で墓地にカードを1枚送る。次に黒の①コストを使い、テリトリー効果を起動!———3枚目に💀が出たため、墓地からシーリスをアクセプト!」

 天から垂れた糸に吊られた人形が、斧を携えた人形が、鎧を着た生ける屍が、双炎を玩ぶ魔人が、久遠のフィールドへと降り立つ。

「———すごい」

 次々に登場するユニットを見ながら、朱花は感嘆の言葉をこぼした。
 久遠の場には総勢7体ものユニットが並んでいた。
 久遠はその手を朱花へと向ける。

「アタックフェイズ!アンルーリー・マリオネットで朱花のライフにアタック!」

 糸に吊られたマリオネットが四肢から生えた刃を振り回し、朱花のライフを削る。

「くぅっ!」

 割れたライフに何もないのを確認し、久遠は次の命令を下す。

「次にヘビィアームド・プロウラーでアタック!」

 続く攻撃もライフからは何も出ず、さらにユニットが襲い掛かる。

「さらにアームド・ドールでアタック!・・・トリガーなし!続いて、クルーエル・オートマタでアタック!」

「☆トリガー!『雪崩れ込む正義』!山札からアレクシアをアクセプト!」

 クルーエル・オートマタが砕いたライフから発動した☆トリガーにより、山札からユニットが登場したが、次の攻撃を準備していた悪魔の妹がその歪な剣に魔力を込めて待っていた。

「無駄!デクストラでライフにアタック時、パワー減少効果でアレクシアを破壊!」

 動きやすい服装になったデクストラが二連続で斬撃を飛ばし、アレクシアを破壊しながら朱花のライフを削った。

「これで久慈原のライフは残り1枚・・・!」

 対し、久遠のユニットはまだ2体のアタック権限を残していた。

「アリステラでアタック!」

 悪魔の姉、アリステラが剣の先で静かに最後のライフを貫いた。

「ライフチェック・・・!」

 貫かれたライフから剣がゆっくりと引き抜かれると、最後のライフが砕け散った。
 それを見届けた朱花は静かに目を閉じる。

「———わたくしの負け・・・ですね」

 果たして、最後の1枚はアイコンを持たないカードだった。
 朱花がどこか晴れ晴れとした表情で敗北を受け入れるのに対し、久遠はふぅっと胸を撫で下ろしていた。

「ううん、このターンで終わらなかったら私の負けだったよ。でしょ?」

「・・・本当に凄いのね、貴女」

 その言葉を受けて朱花は自分の手札を見て苦笑する。
 そして久遠が最後の宣言をした。

「シーリスで朱花にラストアタック!」

 シーリスの両手から放たれた炎が、朱花に最後のダメージを与え決着はついた。

『WINNER、盤上久遠!!』

 ドローンが高々に勝者を宣言し、AR空間が解除されていく。

「久慈原が最後に引いたのはコレットだったのか・・・」

 天馬が開いた端末に、朱花の最後の手札が表示される。
 朱花が『現地改修装備』の効果によって引いたのはコスト5のエースカード、コレットだった。
 もしも朱花に次のターンがあったならば、コレットにより再度アサルトテリトリーが解放され、コレットとソルドゴラムの2体のユニットによってデコイであるヘビィアームド・プロウラーは突破され、久遠が負けていた。

「それに前のターンのアリステラの攻撃がなければ、久慈原のライフは削り切れなかった・・・か」

 そして、無謀と思えたアリステラのアタックがなければ、久遠の勝利はなかった。
 久遠の選択は正しかった。
 真夜中のパレードを引いたその引き運、そして、そのバトルセンスの高さを再確認した天馬はぐっと拳を握りこむ。 

「完敗ですね」

 ドローンから2枚のキーチップを受け取った久遠に、朱花が言う。

「どっちが勝ってもおかしくなかったよ?」

「いいえ・・・バトルの結果だけじゃなく、わたくしは貴女を侮り、貴女はわたくしの弱さを見抜いていた」

 朱花は久遠へと頭を下げた。

「ごめんなさい。バトル中、いろいろと失礼なことを言いました」

「私も結構ひどいこと言った気がするし、こっちこそ、ごめんね?」

 感情が昂った久遠の呪力は相当な圧力を朱花に与えていた。
 朱花の額にはじんわりと疲労による汗が浮かんでいる。
 しかし、頭を上げた朱花は首を横に振る。

「いいえ・・・おかげでわたくしは本当に向き合わねばならなかった自分の大切な気持ちに気づくことができた・・・貴女と戦ったおかげです———ありがとう」

 今度はお礼のために頭を下げた朱花に、久遠は照れ臭そうに頬を掻いていたが、ふと何かに気づいたように手を叩いた。

「だから、悠季は私と戦うように頼んだのかな」

「え?」

「うん!きっとそうだよ!悠季は私じゃなくて、朱花のために私と戦うように頼んだんだよ!」

「そんなまさか」

 思わぬ言葉に朱花が目を見開く。
 だが、久遠は確信を持った声で続けた。

「シュゼットを渡したのがその証拠だよ。それは、悠季の大切なカードのひとつだもん」

「・・・なぜ、そんなカードをわたくしに」

 なおも信じられないといった表情の朱花に、久遠は口を尖らせた。

「もー、そんなの悠季が朱花のことを友達だと思ってるからに決まってるじゃん!」

「悠季さんがわたくしのことを・・・?」

「そもそも朱花だって、大事な友達の頼みだから、聞いたんじゃなかったの?」

 その言葉を聞いてようやく朱花は目を見開く。
 くしゃりとその表情が歪むが、すぐに首を振って微笑んだ。

「・・・やっぱりわたくしの完敗です。悠季さんが貴女を強いと言ったのはバトルのことだけじゃなかったんですね」

 胸の前に両手を合わせた朱花は真剣な表情で勝者を称える。

「約束通り、悠季さんの手がかりを教えます」

「うん」

 望んだそれに久遠は頷く。

「あの日、悠季さんはひどく憔悴した姿でわたくしの前に現れました」

 朱花はその時のことを思い出す。
 あの事件が起きた日、朱花はグループの会食に参加しており、その帰り道で悠季と出遭ったのだ。
 今思えば、悠季は自分に会いに来たのだと朱花は思う。

「悠季さんはわたくしに久遠さんと戦うように言い、シュゼットを渡した後に一言だけ呟いたんです」

「それは?」 

「『竜を探しに行かなきゃ』と」

「竜?」

「えぇ。たしかにそう仰っていました・・・そしてわたくしが引き止める間もなく彼女は消えてしまった・・・」

 そして、そのすぐ後だった。
 悠季が多くの死傷者を出した大会に参加し、警察から逃げているという話を聞いたのは。
 朱花はなぜもっとしっかりと引き止めなかったのかとその日のことを悔いるように唇を嚙み締めた。

「天馬、なにか解る?」

「・・・おそらく、ビルディバイドの『竜』のことだろうな」

 ビルディバイドにおける『竜』というキーワードは少々特殊だ。
 別次元に存在する複数のディバイドには、それぞれまったく別の世界を内包している。
 例えば、黒のディバイドは瘴気に覆われ、魔族が支配する闇の世界。
 例えば、白のディバイドは神の理念を掲げる天使たちが統べる光の世界。
 例えば、青のディバイドはわずかな資源を求めて機械技術と超常技術がぶつかり合う砂の世界。
 例えば、赤のディバイドは緑が生い茂りマグマが吹き出す命溢るる野生の世界。
 そんな各世界に共通して存在するのが『人間』と『竜』だ。
 どの世界でも『竜』は歴史のなかでその世界に住む者たちと争っていた。
 故にか『竜』のカードには他のカードと比較できないほどの呪力が秘められており、高値で取引されることも珍しくなかった。
 かつて、1枚の『竜』のカードを巡り争った者たちが文字通り消えたのは有名な話だ。
 それほどまでに強力なカードは、今はその多くが新京都王府の管理下にあるという。

「うーん、竜・・・竜のカードかぁ・・・」

 腕を組んで唸りながら考える久遠。
 久遠にも姉が探す竜に心当たりがないらしい。

「やれやれ、まぁ、キーチップを1枚手に入れただけ一歩前進か」

 悠季について調べるのは自分の仕事だと思いながらそう言った天馬に久遠は反応する。

「そんなことないよ!だってまた友達増えたもん!」

「は?」

 何を言ってるんだこいつは?と片眉を顰める天馬に、久遠はふふん!と鼻を鳴らした。

「知らないの?バトルした人とは友達になれるんだよ?女の子の友達なんて初めてだから嬉しいな~」

「わたくしが久遠さんの友達?」

 そんな会話を聞いていた朱花が自分のことかと気付いて目を瞬き、久遠はその様子に表情を曇らせた。

「え・・・違うの?朱花は私とは友達になるの・・・嫌だった?」

 不安そうに確認する久遠を見て、朱花は口元を抑えて微笑む。

「いいえ・・・こんなわたくしでも良ければ、これから仲良くしてくださると嬉しいです」

「———うん!これからよろしくね、朱花!」

「っぷ・・・あは、あはははは!」

「朱花?」

 一変して破顔した久遠を見て、ついに朱花は吹き出した。
 令嬢には似合わない大声で笑う朱花は、しばらく笑った後、こぼれた涙をぬぐって長い息を吐いた。
 朱花の顔からは憑き物が落ちたように晴れやかだった。
 そんな様子をぽかんとした表情で見ていた久遠に気づき、少しだけ頬を赤らめた朱花は咳ばらいをする。

「ご、ごめんなさい。以前に悠季さんが言っていた通りだったから・・・妹はまるで初秋の空のような子だと」

「初秋の空?」

「あー・・・」

 初秋はころころと天気が変わりやすい季節のことを指す。
 すっきりとした秋晴れもあれば、急に土砂降りの雨が降ったり、夏のように熱くなったり、冬のように寒くなったりする。
 まるで、誰かのようにころころとその様相を変えるのだ。

「これで友達2人目!目指せ100人!だね!」

 くるくるとスカートをひらめかせて回る久遠に、はしたないですよと朱花が慌ててスカートを抑えるのを見ながら、天馬は「ん?」首を傾げた。

「待て。もしかして、その1人目って俺か?」

「え、そうだよ?」

 当然のように言い切った久遠に、天馬は本日何度目かの長い溜息をつくと、屋上の出口のほうへと踵を返した。

「———そろそろ昼休みが終わるな。じゃ」

「えー!?ちょっと待ってよ天馬!私たち友達だよね?友達でしょ?」

 すたすたと去っていく天馬を追いかけその周囲を犬のようにまとわりつく久遠。
 そんな姿を朱花が微笑まし気に眺めていると、久遠が振り返る。

「じゃあまたね、朱花!」

「はい、また」

 両手をぶんぶんと振る久遠に、朱花はひらひらと手を振り返す。
 二人が屋上から出ていくのを完全に見送ってから朱花は空を見上げた。

「負けちゃった・・・けど」

 朱花が持っていたキーチップは参加申請の際に手に入れた1枚のみ。
 久遠に負けたことでその1枚を失った朱花はリビルドの参加資格を失った。
 大事な友の正しさを証明するために参加した戦いは、その友の妹によって阻まれてしまったのだ。
 しかし、朱花の心は晴れやかだった。
 久遠と戦わなければ、たとえリビルドを勝ち抜いたとしてもこんな気持ちにはならなかっただろうと朱花は思う。

「悠季さん・・・ありがとう」

 記憶の中の在りし日の彼女はどういたしましてと笑っていたような気がした。

 to be continued…


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
大変お待たせしましたビルディバイド-#VVVVVV-の第二話になります。
朱花は当初、テンプレお嬢さまキャラの予定でしたが「~ですわ」口調がくどいのでやめました。
構想では朱花が悪役令嬢みたいな感じだったのに、気づいたら久遠の方がやばいことしてる。
物語作るのって大変ですね~(゜ロ゜)
三話は現在制作中です。タッグバトルの予定です。
この物語ではアニメの世界観を踏襲しているため、複色カードを出す予定はありませんが、ワンチャンDデッキはいいのでは?と思ってもみたり。
感想はX(旧Twitter)のほうに頂けると励みになります。
↓朱花のイメージ絵も描きました。
朱花は今後も登場します。新コレットもありますしね。








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