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ビルディバイド-#VVVVVV-        第一話「月に祈りを」

 ———人には誰だって、叶えたい願いがある。
 ———その願いを叶えるためなら。
 ———過酷な戦いに身を投じることも。
 ———厭わないはずだ。

「待ちやがれ!」

「はぁはぁ・・・しつこいなッ!」
 
 時間は夜半前。
 ひとけのない路地裏で、追う者と追われる者がいた。
 前者は派手な服装と金に染めた髪と鼻にピアス、ガラの悪い顔つきをしたチンピラの青年。
 対し、後者はまだまだ顔にあどけなさを残した14、5歳の少年だ。
 追われる少年が苛立ちを込めて背後から迫りくるチンピラへと叫ぶ。

「こっちはアンタに構ってる時間はないんだよ!」

「へへ・・・!そうはいかねえ!それより、この先は行き止まりだぜ!?」

「はんっ!」

 チンピラの言葉に少年は鼻で嗤った。
 この先の道はたしかに行き止まりだったが、少年は自分の体格なら通り抜けることができる抜け穴があることを知っていたのだ。

「その前に捕まえてみろってんだよ、のろま!」

 逃げ切れる自信から少年はチンピラを煽る。
 だが、もともと自分との賭け試合の結果に難癖をつけてきた相手だということを少年は失念をしていた。 
 
「クソガキが!!舐めるのもいい加減にしろよッ!」

 ぶちりと青筋を切らしたチンピラが、自身の胸元へ手を伸ばす。
 それを見て少年は「まさか」ととっさに自分も腰へと手を伸ばした。

「アクセプト!『ラプチャード・フレイム』!」

「ちぃっ!」

 チンピラが胸元から取り出して少年に向けたのは一枚のカード。
 瞬間、そのカードから爆炎が吹き出して少年を飲み込んだ。
 凄まじい轟音と衝撃が路地裏に響き渡り、後にはもうもうと煙が立ち込める。

「はぁはぁ・・・ちっ、バトル中じゃなきゃこんなもんか?」

 額に汗を浮かべたチンピラが巻き起こした煙を払いながら言う。
 自分が起こした惨状に対する恐れはなく、むしろ興奮から逆に笑みを浮かべていた。
 しかし、煙幕の向こうから咳き込む音を聞いてチンピラは眉をしかめる。

「ゴホゴホ!まじか、コイツっ!こんなところでコマンド撃ちやがった!」

「なんだぁ?お前もコマンドを発動してたのか?」

 煙幕が風に流されると、そこにはカードをかざして防御姿勢を取った少年の姿があった。
 その身体の前には不可思議な光の渦があり、この渦が爆炎と熱を吸い込み少年を護ったのだ。

「試合に負けて逆切れしたうえに、こんな場所でコマンドを撃つなんて頭がどうかしてんのか!」

「うるせぇ!あんなもん・・・ライフ運が悪かっただけだ!」

 両者が使ったのはビルディバイドと呼ばれるカードだ。
 西暦1600年に日本に伝来して以来、娯楽として親しまれてきたものだが、その力を現実にも現象に起こすことができる呪力を持った不思議なカード。
 少年の額には周囲の惨状による嫌な汗が滲んでいた。
 今の衝撃で崩れた廃材が少年の逃げ道を完全に塞いでしまっていたのだ。
 じりじりと近づいてくるチンピラに逃げ道を閉ざされた少年は歯噛みする。

「手こずらせやがって・・・さぁ!さっさとお前のキーチップを俺に寄越し・・・」

「あぁ~~~~~~ッ!?」

 チンピラが少年の胸倉を掴もうとした時である。
 チンピラの言葉を遮り、そんな第三者の叫び声が路地裏に響き渡った。

「な、なんだぁ?」

 この世の終わりのような叫び声に、さしものチンピラも声がした方へ振り向く。

「わ、私のパンが~~~ッ!?」

 その人物は、地面に落ちたパンの目の前で膝をついていた。
 先ほどの爆風の余波を受けて落としてしまったのだろう。
 クマの顔を模したパンに路地裏の泥水が染み込んでいく。

「悠季からおいしいって聞いたから楽しみにしてたのに・・・最後のお金で買ったのに・・・」

 そんな言葉をこぼす人物は、ゆらりと立ち上がり二人を振り返った。
 その人物はこんな場所には似つかわしくない華奢な少女だった。
 歳は少年よりもひとつかふたつほど上だろうか。
 紺色の長い髪をポニーテールにまとめた少女は、涙目で少年とチンピラを睨みつけた。

「今のアナタがやったの!?弁償してよ!!」

 半泣きの闖入者の声に、苛立つチンピラは唾を吐き捨てる。

「あぁ?見て判らねえのか?こっちは今取り込み中なんだよ!」

「そんなの知らないよ!そっちだって、私がどれだけこのお店のパンを食べられる日を楽しみにしてたのか解らないでしょ!?」

 一歩も引かない少女の剣幕に、チンピラはひくひくと口元を引き攣らせる。

「・・・邪魔するってんなら、てめえも痛い目見せてやろうか?」

「おい!そいつは関係ないだろ!」

 目が据わったチンピラがカードを少女へと向けたのを見て、少年もカードを取り出そうとする。
 チンピラは分不相応の実力でカードの力を使ったことによる虚脱感から、正常な判断ができていないのだ。
 ———しかし、チンピラと少年のカードが使われることはなかった。
 なぜならば半泣きの少女の手にも、いつの間にか一枚のカードがあったからだ。

「食べ物の恨みは怖いって知らないのッ!?アクセプト!!」

「へ?」

 一瞬の発光。
 少女の後ろの闇から黒衣を纏い、大鎌を持った死神が現れる。
 その死神がチンピラの頭をわし掴み、宙へと持ち上げてその顔を覗き込んだ。

「ひっ!ぎゃぁああああッ!」

 死神の赤い双眸を覗き込んだチンピラが恐怖の悲鳴をあげる。

「あれは『呪われた切り札』!」

 少年はその死神の姿を見て驚愕の表情を浮かべる。

「反省しなさい!!」

「待ッぺきょ・・・ッ!」

 少女の声と共に、死神の手が妖しく光った瞬間、チンピラが奇妙な悲鳴をあげた。
 生気を吸い取られたのだろう。
 死神はチンピラから手を放すと、役目は終えたとばかりに霧散した。
 ぼとり、と地に落とされたチンピラは痙攣しているものの、死神は手加減をしていたため、命に別状はなさそうだ。

「ふぅ、これで仇は取ったからね、パンさん・・・」

「・・・」

 一部始終を傍観していた少年は言葉を失っていたが、少女が泥だらけのパンに両手を合わせる奇妙な姿を見て我に返る。

「あ、ありがとう。助かったよ」

「ん?どーいたしまして?」

「・・・随分、強いんだな」 

「そう?」

 なんてことはないように服についた煤を払う少女の姿に、少年は思考する。

(『呪われた切り札』を使って溜息ひとつで済ますなんて・・・)

 少年は倒れたチンピラを一瞥する。
 本来、ビルディバイドのカードはバトル中に貯めたエナジーを使用して使うものだ。
 先ほどのように、エナジーを貯めずとも使うことはできるが、自由に使えるというものでもない。
 本来、必要なエナジーが大きいほど、その負担は術者が負担をしなければならないからだ。
 チンピラが発動した『ラプチャード・フレイム』はコスト③の比較的消費が少ない中級コマンドのカード。
 それですら汗を浮かべ息を乱していたチンピラに対し、少女が発動した『呪われた切り札』のコストは⑤。
 少女はそれを難なく使いこなしてみせた。
 つまり、それは少女がビルディバイドにおいて、かなりの実力を持っていることの証明でもあるのだ。
 少年は視線を少女に移す。

(———最後の最後で当たりを引いたかも)

「なぁに?」

「いや・・・なぁ、アンタさ」

 ——―ぐぅううううう。
 しかし、少年が声をかけようとした時、少女のお腹からとても長い、気の抜ける音が発せられた。

「・・・」

「・・・」

 両者の間に気まずい沈黙が落ちる。
 "腹を鳴らした"少女はなんとも言い難い情けない表情をしてうなだれる。
 そういえば、最後のお金で買ったとか言っていたなと少年は思い出した。

「・・・よかったら、そのパン弁償するよ」

「ほんと!?わぁ、ありがとう!じゃあすぐに買いに行こう!お店が閉まっちゃう!!」

 居たたまれずに提案した少年に、がばっと顔を上げた少女は破顔し、跳び跳ねて喜びを表現すると少年の手を取って引っ張った。
 そんな姿を見て、犬みてえな奴、と少年は思うのだった。

「———ここは新京都王府。『王』と呼ばれる存在によって統治され、ビルディバイドの強さで物事のすべての優劣が決まる町だ」

 路地裏から離れた高台の公園で、パンを買い直してもらいご満悦の少女に少年は説明していた。
 あの後、少し話した少女は、町に来たのが初めてだと言い、この町に住む者にとっての当たり前を何も知らず、少年を驚かせた。
 そのため、少年は"本題"に入る前に話をすることにしたのである。

「ビルディバイドの強さで?」

 パンに目を輝かせて大口で頬張ろうとしていた少女だったが、その言葉にキョトンとして聞き返す。

「あぁ、おかしいだろ?」

 少年は皮肉そうに、くくっと笑い、町の中心部に高くそびえ立つタワーを見る。
 地上からライトアップされたその新京都タワーは、此処こそが世界の中心だと言わんばかりに輝いていた。
 そこは『王』の居城。
 一般人は入るどころか近づくことすら許されない不夜の城だ。

「うーん・・・でも、シンプルでいいんじゃない?じゃあ、その『王』サマってすごく強いの?」

「バケモンさ。歴代の『王』の中でも群を抜いてる」

「へぇ~、バケモンかぁ・・・」

 パンに齧り付いた少女の頭上にどのような『王』が想像されたのか気にはなるものの、少年は「見た目は普通の女の子だよ」と補足する。

「名前は蔵部菊花。アンタと同じくらいの女の子だ」

「菊花。かわいい名前だね・・・む、このクリームおいしぃいい~!」

 少女はパンから溢れて口の周りについたクリームを舐めとりながら舌つづみを打つ。

「・・・本当になにも知らないんだな。この町の常識だぞ?」

 呆れを通り越して訝しむ少年に少女は照れたように頬を掻いた。

「・・・私ね。小さいときから身体が弱くて、ずぅっと病院で暮らしてたんだ。ほかのことなんて知る余裕なかったし、最近なんか半年も意識不明で眠ってたんだって」

 だから髪もこんなに伸びちゃってさ~、と長いポニーテールの毛先を持て遊ぶ少女だったが、思わぬ告白に少年が口をつぐんだのを見て、苦笑を返した。

「今は嘘みたいに元気になったから気にしないで!だから、これからは色んな場所に行って、色んな人に出会って、いっぱい楽しいことをするんだ!それが私の夢!」

「・・・そっか」

 その無邪気な言葉に少年はつられて笑い、パンを食べる少女の横顔を見る。

(妙なやつだけど、さっきの力は本物だった・・・どちらにせよ、もう時間がない)

 公園の時計を見れば時刻は午後11時。
 少年は「これがラストチャンスだな」とこぼして立ち上がる。

「なぁ、今から少し付き合ってくれないか?」

「うん?」

「俺とビルディバイドでバトルしてほしいんだ」

 突然の申し出に少女は首を傾げる。

「今から?どうして?」

「一週間前から俺は、ある目的のために強い奴を探してるんだ。でも、もう時間がない。だからアンタの強さを知りたい」

 じぃっと少女は少年を見つめ返すと、ベンチから立ち上がる。

「いいよ、やろう!私もバトル大好きだし、パンも奢ってもらったしね!」

「そうこなくっちゃな」

 にやりと笑う少年は少女から距離を取ると向かい合った。

「ディーラー、バトルの申請だ!」

 すると少年の声に反応し、どこからともなくカメラが備え付けられた球体状のドローンが現れた。
 ふわふわと浮くドローンは少年と少女の姿を確認し、ディーラーの役目を果たす。

『バトル申請確認———受理。防護隔壁、展開』

 機械音声と共に周囲が振動する。
 すると、少年と少女の周りを囲う形で地面から機械の壁が競り上がり始めた。
 その光景に少女は驚きの声をあげる。

「なにこれ!?すごいすごい!壁が競り上がってきたよ!?」

「これは安全にバトルするためのシールドだ。さっきみたいにコマンドをポンポン使ったらあぶないからな。俺の真似をしてみてくれるか?」

 少年は自分の腰のデッキをドローンにスキャンさせ、少女もそれに倣う。
 少女のデッキは太ももに巻いたベルトに備え付けられていたようで、スキャンの間、少年はなんとなく目を閉じておいた。
 ビルディバイドは40~50枚のデッキと、1枚のテリトリーと呼ばれるカードを用いて戦うカードゲームだ。
 デッキには同名カードを4枚まで入れることができる。
 また、バスターと呼ばれる💀マークがついたカードはデッキに必ず12枚入れねばならず、ショットと呼ばれる☆マークがついたカードは12枚まで入れることができる。
 ドローンはデッキケース越しにそれぞれのデッキを読み込み、構築条件が満たされているかをチェックしているのだ。

「スキャンが終わったらスカウトレンズを起動する。二回連続でまばたきしてみな。あとは勝手にARが視覚情報を補足してくれるからなー」

「まばたきを二回?・・・おぉ!?」

 まばたきをした瞬間、少女は驚きの声を上げる。
 さっきまでの無機質な機械のシールドが、ARによって書き換えられ、果ての無い荒野のフィールドへと変化をしたのだ。

「そうしたら、山札からカードを5枚引く」
 
 少年が空中に浮かんだ自分のデッキの上からカードを引く。

「手札に問題がなかったら、こんな風に手を振ってみな。自動でライフを10枚、初期エナジーを2枚セットしてくれる」

 少年の手が空を切ると、その頭上に黄色と赤色のライフが五つずつ表示され、目の前の空間に2枚のエナジーが置かれた。
 少女もそれに倣ってバトルの準備をする。

「あとは互いにテリトリーカードをセットして、対応するエースを呼び出したら準備完了だ。コール!ティルイーザ!」

 少年がテリトリーと呼ばれるカードを場に置き、コールをするとその傍らに一人の女性が静かに現れた。
 頭に天使の光輪を携えた女性の天使、ティルイーザは自身の厳格さを示した強い眼差しで相対する少女を見据える。

「えーと・・・コール!スピカ・アリステラ、デクストラ!」

 対し、少女の傍に現れたのは露出が多めのメイド服を着た二人の少女。
 一人は赤紫色の髪を持つスピカ・アリステラ、一人は青紫色の髪を持つスピカ・デクストラだ。
 その表情は違えど同じ貌を持つ双子の悪魔は仲良さそうに抱き合いながら、クスクスと笑い合い少年に向き合った。

「へぇ、珍しいエースを使うんだな」

 通常、テリトリーに対応するエースは1枚だけだが、スピカは2体のエースを要する珍しいデッキだ。
 少年が今まで戦った相手の中にはこのテリトリーを使うものはいなかったため、気を引き締め直す。

「さぁ、早速はじめよう・・・っと、そういえば自己紹介もまだだったな。俺は朝倉天満(あさくらてんま)。アンタは?」

 朝倉天満と名乗った少年に少女は答える。

「私は久遠!盤上久遠(ばんじょうくおん)だよ!よろしくね、天馬!」

「盤上?どこかで・・・」

 盤上久遠と名乗った少女に対し、天満は引っ掛かりを覚えた。
 つい最近、その名前を目にしたような気がしたのだ。

『久遠ノ先行デス』

 しかし、そんな思考もドローンの音声で止まる。

『盤上久遠VS朝倉天満、レディ』

「「ビルドディバイド!」」

 久遠と天馬のバトルが始まった。
 先行の久遠はドローをすることはできないため、初手は5枚のカードから行動をせねばならない。

「私のターン!私はエナジーゾーンに黒のカードを埋めてっと」

 久遠が手札のカードを一枚エナジーゾーンに置き、初期エナジーを含めた3枚ある内の2枚をレスト(カードを横向きにすること)した。
 すると、レストしたカードから抽出されたエナジーが浮き上がり、久遠の手札の1枚のカードへと吸い込まれる。

「黒のエナジーを②消費して、『アームド・ドール』をアクセプト!」

 『アームド・ドール』 4000/1
 ⁅覚醒⁆⁅自動⁆このユニットが墓地から登場した時、相手の【デコイ】を持つユニットを1枚対象とし、対象を破壊する。

 エナジーが消費され、久遠の場に斧を持った小さな人形が現れる。
 ユニットカードは自分のエナジーを消費することでアクセプト(カードをプレイすること)できるカードだ。
 プレイヤーはこのユニットをレストして、相手のライフや相手のレストしたユニットにアタックをする。
 また、相手ターン中にユニットがスタンドしていれば相手のアタックをブロックすることもできる。
 プレイヤーの剣であり盾の役目を担うのがユニットというカードなのだ。
 そして、先行プレイヤーは最初にドローができない代わりに、最初のターンからプレイヤーへとアタックすることができる。

「アタックフェイズ!アームド・ドールで天馬にアタック!」

 久遠の指示で人形の斧が天馬に振り下ろされるが、天満のライフが身代わりとなって、ひとつ割れるとそれはカードへと変化して墓地へと送られた。
 このライフの枚数が0になった状態でダメージを受けてしまうと、そのプレイヤーの敗北となるのだ。 

「私はこれでターンエンドだよ」 

「『アームド・ドール』か。2コストでパワーが4000。なかなか強力だけど・・・俺のターン、エナジーを埋めて白のエナジーを③レスト。『光芒精霊 アナラビア』をアクセプト!」

 『光芒精霊 アナラビア』 3000/1
 ⁅自動⁆このユニットが登場した時、そのターン中、このユニットは⁅増+3000⁆。 ⁅覚醒⁆⁅増+3000⁆

 同様にエナジーを貯めて消費した天満の場に弓矢を持った精霊の少女、アナラビアが現れる。

「アナラビアは登場時、そのターン中のみ、自身の攻撃力を上昇させる!パワー6000のアナラビアでレストしているアームド・ドールとバトルだ!」

 パワーが上昇したアナラビアが放った矢が、アームド・ドールの胸を貫いて破壊した。
 ユニットのパワーはユニットの攻撃力であり体力となる。
 バトルをするユニットは互いのパワー分のダメージを与えあい、その数値が低いほうは破壊される。
 なお、バトルに勝ったユニットもそのターン中は戦闘のダメージを残しているため、連続でバトルすれば大きなパワーを持つユニットでも破壊することは可能だ。

「私のターン、ドロー。うーん・・・赤のエナジーを埋めて終わり!」

 久遠の言葉に天満は片眉をあげる。
 アナラビアのパワーは決して高くはない。
 処理をすることができないとは考えにくいが、ライフを削られるリスクを考えれば邪魔なユニットは処理しておくべきだからだ。

「消極的だな」

「そう?」

 久遠の表情は明るく、天満にはその考えが読めない。

「まぁいい、俺はどんどん行かせてもらうぞ!白のエナジーを埋めて、③コストを消費、『猛威の天使 テオドラ』をアクセプト!」

 『猛威の天使 テオドラ』 4000/1
 ⁅自動⁆あなたのアタックフェイズ開始時、あなたの白の他のユニットがいるなら、あなたの山札を上から1枚、+1000オーラとしてこのユニットにつけてよい。⁅覚醒⁆⁅自動⁆パワー10000以上のこのユニットがアタックした時、あなたの他のユニットを1枚まで対象とし、そのターン中、対象のヒット+1。

 新たに天馬の場に現れたのは光の翼と鎖付きの鉄球を携えた戦乙女テオドラだ。

「アタックフェイズ開始時、テオドラは自身以外に白のユニットがいるなら、山札の上から1枚+1000オーラとしてこのユニットにつけることができる」

 その言葉と共に天馬の山札の上から1枚のカードが光となって、テオドラへと飛んでいき、周囲を漂うオーラとなった。
 テオドラのパワーが4000から5000へと表示が切り替わる。

「バトルだ。テオドラでライフにアタック!」

 鎖付きの鉄球が久遠に叩きつけられるが、身代わりとなってライフが一枚割れる。

「ライフチェック!・・・スピカ・デクストラ。バスターカードだね」

 久遠のこぼした言葉と共に、割れたライフが変貌し、💀のマークへと変わる。

「なら、追加ダメージを受けてもらうぞ」

 💀のマークが砕け散ると、続いて久遠のライフが割れてしまう。
 ダメージによるライフチェックで💀が出た場合、そのプレイヤーは追加で1ダメージを受けてしまうのだ。
 もし、さらに続けて💀が出た場合、さらに1ダメージと連鎖が起きてしまうが、続けて割れたライフは今度は☆のマークへと変わった。

「今度は☆!ショットトリガー、『虚を突く一手』!」

 『虚を突く一手』
 ユニットを1枚まで対象とする。1枚引き、対象をレストする。

「対象はアナラビア。アナラビアをレストして、私は1枚ドロー!」

 アナラビアがレストし、久遠は山札から1枚ドローする。
 ライフにダメージを受けて☆のカードが出た場合、そのカードのコストを支払わずにプレイすることができるのだ。
 
「運が悪かったな。先にショットが出ていたら、1ダメージで済んだのに」

「さぁ、それはどうだろうね?私のターン!黒のエナジーを埋めて、エナジーを⑤消費するよ!」
 
 くるか、と天馬は身構える。

「星に願いを、月に祈りを!アクセプト、『狂騒の双児 スピカ・アリステラ』!」

 その口上と共に久遠の傍に控えていた双子の一人、アリステラが久遠の前に出た。
 アリステラが不敵な笑みを浮かべ指を鳴らすと、その丈の長いスカートが短くなり、服装が動きやすい戦装束へと変化していく。
 そして、その手に歪な剣が握られ、アリステラは美しくも凶悪な笑みを浮かべた。
 
 『狂騒の双児 スピカ・アリステラ』 4500/1
 ⁅覚醒⁆{七大罪 嫉妬}⁅自動⁆このユニットが、あなたの墓地から登場した時かアタックした時、あなたの山札を上から2枚墓地に置いてよい。2枚置いたら、そのターン中、このユニットは⁅増+3000⁆。

「そして、テリトリー、ビルドアライズ!狂気に満ちた骨董屋『ルナティック・アンティーク』!」
 
 さらにアリステラが場に現れたことで荒野のフィールドに変化が起きる。
 久遠の背後の空間から、赤い絨毯とカーテンが伸びて荒野のフィールドを塗り替え始めたのだ。
 そして、大きなカーテンが久遠と天馬を隔てると、一瞬の沈黙の後に左右に開かれ、久遠の周囲は大きく様相を変えていた。

 『ルナティック・アンティーク』
 ⁅起動⁆〔ノーマル/⁅黒①⁆〕:あなたの山札を上から1枚ずつ、⁅バスターアイコン⁆が出るまで墓地に置く。あなたの墓地の、この効果で墓地に置いた枚数と同じ総コストのユニットカードを1枚まで登場させる。この能力は各ターン1回まで起動できる。

 エースカードが手札からプレイされたため、そのエースに対応したテリトリーが解放されたのだ。
 また、解放されたテリトリーはただ周囲を塗り替えるだけではなく、他のカードが持つ強力な覚醒能力を目覚めさせる力を持っている。
 そして、その能力は当然、アリステラも備えていた。
 
「アリステラでアタック時に覚醒効果を起動、山札の上から2枚を墓地に置き、そのターン中、アリステラのパワーを+3000する!アナラビアとバトル!」

 山札の上から2枚のカードが墓地に落ちるとアリステラのパワーが7500へと上昇する。
 アリステラがその歪な刃でアナラビアへ切りかかるとその弓ごと両断し破壊した。
 
「ルナティック・アンティーク・・・条件を満たすことで、あらゆるユニットを墓地から登場させることができるテリトリー・・・だが、あまりにも運に左右される効果から使用者は少ない、か」

 アナラビアを破壊された天馬だったが、その意識は解放されたテリトリーへと向けられていた。

「くわしいんだ?」

「知識だけさ。さぁ、ターンをもらうぜ」
 
 天馬が山札からカードをドローすると、そのカードを見てニヤリと笑う。

「今度はこっちの番だな!俺もエナジーを⑤消費する!福音を呼び込む偉大なる神託!アクセプト!『勅令の天使 ティルイーザ』!」

 先ほどの久遠同様、天馬の傍に控えていたティルイーザが前に出る。
 結ばれていた髪がほどけ、美しい銀髪が風になびくと共に、その背から伸びた6つの金色の光が身体を包み込んでいく。
 そして、光が弾けたときには、戦装束を纏った6枚の翼を持つ美しき天使長が杖を携えていた。 

 『勅令の天使 ティルイーザ』 5000/1
 ⁅覚醒⁆宣告者⁅起動⁆〔ノーマル/このユニットをレストする〕:あなたの山札を上から2枚見て、その中から「回帰」属性でない、総コスト4以下のユニットカードを1枚まで登場させ、残りを望む順で山札の下に置く。

「テリトリービルドアライズ!無私を極めし伝承の園、『至純なる聖廟』!」

 そして、天馬の背後から現れたのは荘厳な森。
 どこか神聖な光を放ちながらその森が、アンティークショップの風景を徐々に塗りつぶしていく。
 それがちょうど久遠と天馬の間で拮抗すると、天馬の周りには静謐な庭園が広がっていた。

 『至純なる聖廟』
 ⁅起動⁆〔クイック/あなたの手札を1枚捨てる〕:あなたのユニットを2枚対象とし、そのターン中、1枚目の対象のパワーを、2枚目の対象のパワー分、増やす。この能力は各ターン1回まで起動できる。

 その中心の湖畔にティルイーザが静かに降り立つと、久遠は目を輝かせた。

「わぁ!綺麗!!素敵なカードだね!」

「えぇっと、ありがとう?」

 そんな感想を述べる久遠に、天馬の肩の力が抜けてしまう。
 当の天使ティルイーザは優し気に頬を緩め、一方、嫉妬の大罪を司る悪魔アリステラは主の言葉に片眉をしかめていた。

「こほん・・・ティルイーザの効果を起動する!このユニットをレストし、山札の上から2枚確認する。その中から「回帰」属性でない総コスト4以下のユニットカードを1枚まで登場させ、残りは山札の一番下に置く」

 ティルイーザが膝をついて祈りを捧げると、天馬の山札から2枚のカードが浮き上がる。
 そのカードを確認した天馬は片方のカードを選択する。

「来い、『報復の天使 エイレース』!」

 『報復の天使 エイレース』 6000/1
 ⁅覚醒⁆【デコイ】⁅覚醒⁆⁅自動⁆このユニットが相手のターン中にバトルする時、そのターン中、このユニットは⁅増+3000⁆。(デコイ:レストなら有効。相手はデコイ以外をアタックできない)

「バトルだ!テオドラの効果を起動、山札からオーラを張り、パワーを上げる!」

 再度、山札の上から1枚のカードがテオドラのオーラとなり、そのパワーが6000へと上昇する。

「さらに至純なる聖廟のテリトリー効果を起動!手札を1枚捨てることで、エイレースのパワー分、テオドラのパワーを増やす!」

 天馬がカードを1枚、湖に落とすとそこから光が放たれる。 
 その光が筋となってエイレースを経由して、テオドラにパワーを与えた。
 至純なる聖廟の効果はユニットのパワーを上昇させる効果だ。
 片方のユニットのパワーの数値分、もう片方のユニットのパワーを上昇させることができる。
 単純ながらもその効果はあらゆるユニットとのバトルを有利にするうえに、相手のターン中であろうとも発動することができるのだ。
 そして、エイレースのパワーは6000あり、そのパワー分の数値がテオドラに与えられたことでそのパワーは。

「パワー12000!!圧巻だね!!」

 大型のユニットを難なく処理できるパワーを目の当たりにし久遠の表情に驚きと興奮が混じった笑みが浮かぶ。
 
「それだけじゃないぜ?テリトリーを解放した後のテオドラは新たな力に目覚めている!テオドラでアリステラにアタック!この時、自身のパワーが10000以上なら他のユニット1体のヒット数を+1することができる。俺はエイレースのヒット数を増やす!」

 テオドラの振り回した鉄球がアリステラを破壊する。

「続いて、エイレースでライフに2ヒットアタック!」

 ヒット数が増えたエイレースの攻撃に久遠のライフが1枚、2枚と続けて割れる。
 2枚目のライフから再度☆トリガーが現れ『虚を突く一手』が発動したものの、レストする対象がいないために、ドローする効果だけを久遠は使用する。

「残りライフは6枚か」

「こっちのライフは9枚。そしてユニット3体。そっちはユニット0・・・俺の期待外れだったか?」

 有利な状況そんな言葉をこぼした天馬に、久遠はクスリと笑う。

「まだレッドゾーンでもないのに気が早いんだね?ここからが楽しいのに!私のターン!私はエナジーにカードを埋めて、黒①を消費、テリトリーの効果を起動!山札の上から💀が出るまで1枚ずつ墓地に送る。この効果で墓地に落ちた枚数と同じ総コストのユニットを登場させるよ!」

 その言葉と共に久遠の傍の大きな箱にエナジーが注がれる。

「1枚、2枚、3枚・・・4枚目に💀カード!よって、墓地から4コストの『狂乱の双児 スピカ・デクストラ』をアクセプト!」

 『狂乱の双児 スピカ・デクストラ』 4500/1
 ⁅覚醒⁆{七大罪 嫉妬}⁅自動⁆このユニットが、あなたの墓地から登場した時かアタックした時、相手のユニットを1枚対象とし、そのターン中、対象は⁅減-3000⁆。

 箱の蓋が開かれ、そこからアリステラの妹、スピカ・デクストラが現れる。
 デクストラも姉同様の戦装束へと着替えており、その腕には歪な刃が握られていた。
 そのユニットの登場に天馬はわずかに目を見張る。

「そのカードは最初にライフから落ちた・・・ッ!?」

 ルナティック・アンティークはその特性上、完全に運任せのテリトリーである。
 なにせ💀が出たときに該当するユニットが墓地にいなければ不発に終わるのだから。
 その確率を上げるためには、墓地に様々なユニットを貯める必要があるが、久遠は自身のライフを削ることでその条件を満たしていた。
 だが、言うは易く行うは難し行為だ。
 山札同様にライフには何が埋まっているか分からない。
 もしも💀が立て続けに連鎖してしまうようであれば、一気にゲームエンドとなりかねないのだから。

「デクストラは墓地から登場したとき、相手のユニット1体のパワーを-3000する!対象はエイレースだよ!」

 天馬の驚愕をよそに、久遠はデクストラの効果によって、エイレースのパワーを減少させる。 
 
「さらに、黒のエナジーを②消費して手札からコマンド『生気強奪』を発動!エイレースに-5000のパワーダウンを与える!」

 デクストラによって減少させられたエイレースの今のパワーは3000。
 5000のパワーダウンまで許してしまうと、戦闘を行うまでもなく破壊されてしまう。
 エイレースはデコイと呼ばれるユニットだ。
 デコイを持つユニットがレストしている場合、相手はデコイを持つユニットを攻撃対象に選ばなければならない。
 ここでエイレースが破壊されると、デクストラの攻撃対象はユニットの展開の要であるティルイーザへと向くだろうと判断した天馬は1枚のカードを切る。

「くっ、手札からカードを一枚捨て、クイックタイミングでテリトリー効果を起動!テオドラのパワー分、エイレースをパワーアップさせる!」

 そのパワーダウンが起きる前に、天馬は手札を捨てテリトリーの効果を発動し、テオドラのパワー分の6000をエイレースに与えた。
 しかし、生気強奪の効果によってそこから-5000のパワーダウン。 
 現在のエイレースのパワーは4000に対し、デクストラのパワーは4500となった。

「デクストラのパワーダウン効果はアタック時にも再度適用される!デクストラでアタックするとき、エイレースのパワーを-3000させ、バトル!」

 デクストラがその刃を振りかぶるが、それを拒むようにエイレースの身体から理力の光が放たれた。

「エイレースは相手ターン中のバトル時に、そのターン中のみパワーを+3000する!」

「それでもデクストラのほうがわずかに強いよ!!」

 エイレースのパワーが再び4000へと戻るが、デクストラは薄く笑みを浮かべたまま刃を振り切ってエイレースを破壊した。

「私はこれでターン終了だよ」

「・・・やるな。でもまだこっちの有利には変わりはない」
 
 テリトリーの件で驚きはあったものの、天馬の余裕も崩れてはいない。
 いまだ、ユニットの数もライフの数も上なのだ。

(手札を消費しすぎたか・・・なら)

 ティルイーザのテリトリー、至純なる聖廟は強力な効果に対して相応のデメリットがある。
 先ほどのような攻防をするうえで必要な手札を使用しすぎた天馬は手札にある1枚のカードを選択する。

「俺は③コスト消費し、『水泡精霊 スキュール』をアクセプト!スキュールは登場時に、他にユニットが2体以上いるなら1枚ドローする!」

 『水泡精霊 スキュール』 3000/1
 ⁅自動⁆このユニットが登場した時、あなたの他のユニットが2枚以上なら、1枚引く。

 しかし、天馬が山札からカードを手にしようとしたとき、久遠の場のエナジーが2枚レストされた。
 久遠がクイックタイミングでカードを発動する気なのだと気付いた天馬は「しまった!」と口をついた。

「その効果に合わせてクイックタイミング!赤①を含むエナジーを②消費して手札からコマンド『善意の代価』を発動!」

 『善意の代価』
 あなたのユニットを1枚対象とし、そのターン中、対象は⁅増+4000⁆。対象がエースなら、その後、相手のユニットを1枚対象とし、対象をレストする。

「デクストラに+4000のパワーを与え、相手のユニットを1枚をレストする!その対象は、自身でレストしなければ効果が使えないティルイーザ!」

 デクストラのパワーが上昇すると、ティルイーザはその衝撃で膝をついて強制的にレスト状態にされてしまった。
 
「ちっ!」

「優勢だからって、ちょっと油断がすぎるんじゃない?」

 舌打ちをした天馬に、久遠は呆れ声をこぼした。
 そう、今のは天馬がミスをしたのだ。
 本来、カードを使用するには優先権が存在し、先ほどはターンプレイヤーである天馬がなにかをしなければ、久遠は行動をすることができなかったのだ。
 しかし、天馬がスキュールを登場させ、その効果を使用したことによって、久遠にカードを使う権利を与えてしまった。
 その結果、ティルイーザはレストされ、その効果を使うことができなくなった。
 また、一連の効果でデクストラのパワーは8500まで上昇しており、他のユニットを用いて戦闘破壊するためには、テリトリーの効果を使いテオドラにパワーを足すしかなく、せっかく引いた手札を消費しなければならない。

「・・・なら、ライフにアタックするまでだ!アタックフェイズ、テオドラにオーラを張り、スキュールでライフにアタック!」

「ライフチェック・・・☆トリガー!『呪われた切り札』!テオドラを破壊する!」

 『呪われた切札』
 ユニットを1枚対象とし、対象を破壊する。

 チンピラを撃退した死神が今度はテオドラを破壊するために顕現する。
 ユニットを破壊するというシンプルな効果を持つ呪われた切り札に対し、どれほどのパワーを持っていても意味はない。
 オーラを3枚も抱えていたテオドラであったが、為すすべもなく死神の鎌に屠られてしまった。

「3枚も☆トリガーを踏んじまうなんて、ツイてないな・・・」

「残念だったね」

「・・・いいや、それでもまだ俺のほうがライフもユニットも多いさ」

「まだまだ楽しめそうだね!」

 そう、いまだ天馬のライフは9に対し、久遠のライフは5。
 すでにライフが半分になり、レッドゾーンに入った久遠よりも天馬のほうが有利なことには変わりはないのだ。
 それでも、久遠は笑みを崩さなかった。

「私のターン!・・・来た!」

 そして久遠は引いたカードを見てますますその笑みを強めた。

「楽しい!本当に楽しいよ!他人とするビルディバイドがこんなに楽しいなんて知らなかった!!ずるい、ずるいよ!もっと早く教えてくれればよかったのに!!」

 その言葉は天馬に向けられたものではなかった。
 独白した久遠はそのカードを構える。

「私はエナジーの黒②、赤①を含む④コストを消費し、手札から『変革の———ッう!?」

 ———ドクン!!

 しかし、次の瞬間、久遠は胸を押さえてうずくまった。
 その様子に天馬はいぶかしむ。

「おいっ?どうした?」

 天馬の声に気づいていないのか、目を見開いた久遠は胸を抑えたまま苦しげに顔を歪めていた。
 ハァハァと荒く息づく久遠だが、その口から天馬の距離では聞き取れない声がこぼれていた。 

「そうか・・・そうだったんだ・・・だから、私は・・・だから、悠季は・・・」

 その瞳は右へ左へと揺れ、まるで迷子になった幼子のような弱々しい表情を見て、思わず天馬は駆け寄ろうとする。
 しかし、その気配を察した久遠は手を突き出して静止した。
 
「ごめんね・・・大丈夫、大丈夫・・・ちょっと興奮しすぎただけだから・・・すぐに・・・落ち着くから・・・」
 
 大丈夫、大丈夫、と繰り返す久遠は、長く息を吐いて首を振る。
 再度、顔をあげたときには笑みを浮かべていたものの顔は青ざめ、額にはうっすらと汗が浮き、明らかに無理をしていたのが判った。
 天馬はバトルを中断するかを悩んだが、その気遣いは無用と言わんばかりに久遠がカードを掲げる。

「私は!黒②、赤①を含む④コストを消費する!」

 久遠が掲げたそのカードがひときわ強く輝きを放ち、赤と黒の劫火がフィールドを吹き荒れ始める。

「『変革の猛炎 シーリス』を———エヴェルアクセプト!」

 『変革の猛炎 シーリス』 4500/1
 【エヴォル〔⁅黒②⁆⁅赤①⁆⁅無①⁆〕】(このコストでもプレイできる) ⁅自動⁆このユニットがエヴォルで登場した時、あなたの山札を上から3枚、レストでエナジーゾーンに置き、あなたのエナジーを3枚墓地に置く。 ⁅覚醒⁆⁅自動⁆あなたのターン中、あなたの墓地にカードが置かれた時、そのターン中、このユニットは⁅増+1000⁆。

 叩きつけられたカードからさらなる炎が吹き荒れ、久遠の姿を覆い隠す。
 そして、劫火を割って現れたのはスピカ姉妹と同じ年ごろの少女のユニット。
 魔族の角を持ったそのユニットは右手に漆黒の炎を、左手に深紅の炎を携えていた。
 明らかに今までのユニットと違う存在であることを天馬は直感し、何よりも聞きなれぬ言葉に眉をひそめた。

「エヴォル?」

「エヴォルを持つカードは通常のコスト以外でもアクセプトできる」

 当然のように説明する久遠に天馬は戸惑った。
 膨大なカード情報を持つと自負する自分がまったく知らないものだったからだ。

「さらにエヴォルで登場したユニットは特殊な効果を使うことができる!シーリスはエヴォルで登場したときに山札の上から3枚をレストでエナジーゾーンに置き、その後、エナジーを3枚墓地に置く!」

「っな!?エナジーを3枚も入れ替えるだと!?」

 通常のコストが③で、わざわざそれよりも多いコストを使用して場に出したカードだ。
 相応の効果を持っていてもおかしくはない。
 だが、だとしても破格の効果に天馬の驚愕は続く。

「墓地に落とすのは元からエナジーゾーンにあったシーイング・ドール、カースド・ドール、そして新たにエナジーゾーンに置いたヘビィアームド・プロウラーの3枚!」

 それがただエナジーを入れ替えることだけが目的で行われたことではないことは天馬にも理解ができた。
 ルナティック・アンティークのテリトリー効果の成功率をあげるために墓地へとユニットを"貯めた"のだ。

「さらにシーリスの自動効果が発動!シーリスは自分のターンに墓地に置かれたカードの枚数分パワーが+1000上昇する!」

 シーリスが掲げた炎が激しく燃え上がり、そのパワーが+3000される。
 これによりシーリスのパワーが7500まで上昇したが、その効果の脅威に天馬は気づく。

「墓地に置かれた枚数・・・まさか!」

「さぁ、ここからが面白いよ!ルナティック・アンティークの効果を起動!山札の上から💀が出るまで、カードを墓地に置く!」

 テリトリー効果によって久遠の山札が一枚ずつ、"墓地に置かれるごと"にシーリスの掌の双炎がその輝きを強めていく。

「墓地に置いた5枚目に💀!甦れ、スピカ・アリステラ!」

「しかも、また成功しただと・・・」

 箱から再び登場したアリステラは、妹のデクストラの傍で歪な刃を構える。
 
「さらに、アリステラは墓地から登場したとき、山札を上から2枚"墓地に送り"パワーを+3000。これにより、シーリスのパワーもさらに上昇!天馬がテリトリーの効果を使っても、そのパワーを大きく上回る!」

 このターンに久遠の墓地に置かれたカードの枚数は10枚。
 シーリスのパワーは自身の効果によって14500まで上昇していた。
 天馬の場にいるユニットのパワーをどのように足しても超えることができない。

「さぁ一気に追いつくよ!シーリスでティルイーザとバトルして破壊!さらにデクストラでアタックするとき、-3000のパワーダウンをスキュールに与え破壊!そのままライフにアタック!」

「く、ライフチェック、💀カード・・・!!」

 💀が出たことで追加でダメージを受ける天馬に、さらにアリステラが剣を振りかぶる。

「さらにアリステラもライフにアタック!」

 そして、削られたライフが☆へと形を変える。

「くっ、☆カード!『雪崩れ込む正義』!山札の上から3枚見て、その中から総コスト3以下のユニットを1枚まで登場させ、残りを山札の下に置く!」

 『雪崩れ込む正義』
 あなたの山札を上から3枚見て、その中から総コスト3以下のユニットカードを1枚まで登場させ、残りを望む順で山札の下に置く。

 ☆カードによる効果で山札の上から1枚のカードが場に現れる。

「テオドラをアクセプト!」

 再度、テオドラがアクセプトしたものの、天馬のライフは久遠と同じ5枚にまで減っていた。

「これで追いついたね!」

 久遠が無邪気に笑う。

「・・・まさかあそこから並ばれるとは思わなかったよ・・・けど、俺のターン!ティルイーザを再びアクセプトして、効果を起動しデッキの上から2枚のカードを確認!デッキからエイレースをアクセプト!」

 ティルイーザが再び強力なユニットであるエイレースをその効果で呼び出す。

「アタックフェイズだ!テオドラにオーラを張り、シーリスをバトルで破壊!さらに、エイレースでデクストラをバトルで破壊!———これでまた俺のほうが優勢だ!!」

「すごいすごい!またエイレースを引き当てるなんて天馬は運がいいね!」

 アリステラのみが場に残った久遠だが、やはりその顔には焦りはない。
 ここにきて天馬は久遠の強さを暫定的に評価する。
 久遠は一見無邪気で無策に見えるが、その戦い方にはきちんとした理論が組み立てられている。
 そして、何よりもその勝負運は目を見張るものがあった。

「それはこっちのセリフだよ。ライフからの☆トリガーはともかく、ルナティック・アンティークの効果は不発に終わることが多いはずなのに、狙ったように連続で成功させるなんて・・・待てよ?」

 と、その時、天馬はバトルが始まる前に覚えた既視感を再び覚えた。
 そして今度はそれを掴むことができた。

「ルナティック・アンティーク・・・盤上・・・そうか、思い出した!」

「?」

 首をかしげる久遠の顔を天馬は見たことがあった。
 あまりにもその表情と纏う雰囲気、そしてその逸話が天馬からその答えを遠ざけていたのだ。

「半年前、複数の企業が合同で開催した大会があった。その参加者に一人だけ、そのテリトリーを使うやつがいた」

「・・・!」

 その言葉に久遠の目が見開かれる。

「・・・でも、その大会は裏で違法な賭けが行われていたんだ。それに気づいた警察が、機動隊を突入させたことで大会はめちゃくちゃになった。機動隊と抵抗する者たちがコマンドを撃ち合い、多くの死傷者が出た・・・その中に一人、機動隊を倒して行方をくらませた奴がいた。そいつの名前が・・・盤上だったはずだ」

 とてもそうとは見えないと思いながらも、天馬は久遠の表情をうかがう。
 しばらくの無言の後、久遠はぽつりと言葉を漏らした。

「・・・それ、私じゃないよ」

 否定の言葉に「でも」と久遠は続けた。

「その人のことはよく知ってる・・・盤上悠季(ばんじょうゆうき)。私の・・・お姉ちゃん」

 盤上悠季。
 久遠はその名前を反芻し、自身の記憶をたどる。

「・・・たしかにそんな名前だった。アンタの姉・・・?」

 そのデータを見たのはちょうど一週間前、天馬が自身の目的のために、様々な大会データを漁っていたときのことだ。
 盤上悠季はある大手企業に雇われた大会参加者だった。
 
「悠季と私は、双子の姉妹なの」

 久遠が続ける。

「悠季は昔から色んな大会で賞金を稼いでたんだ。とにかく大きな賞金が出る大会ばかりを狙ってね。その大会のことも・・・賭けのことは知ってたと思う」

「・・・行方は?」

 久遠は力なく首を振った。

「わからない・・・私が目を覚ましたときには、このデッキだけを置いて悠季は行方不明になっていた・・・看護師さん達もわからないって・・・信じられなかった。悠季がそんなことをしたなんて・・・」

 目線を落としたままの久遠だったが、ふとその瞳に暗い光が灯ったのを天馬は見た。

「でも、よかった。もしかしたら・・・って心配してたけど・・・悠季は今もこの町のどこかにいるみたい」

「なんでわかる?」

「双子だからなんとなく・・・でも、さっきシーリスをエヴォルしたときに、悠季の存在を強く感じたの。このカードは悠季の魂だから」

 久遠の声には強い確信が込められていた。

「———悠季はこの町にいる。だから、私が見つけてみせる・・・見つけて・・・」

 くしゃり、と久遠の表情が歪んだ。

「倒さなきゃいけないの」

「倒す?」

「・・・目を覚ましてからずっと耳元で聴こえるんだ・・・悠季は"敵"だ・・・悠季を倒せ・・・倒せッ・・・倒せ倒せ、倒せッて・・・ッ!!」

 突然、そう叫んだ久遠は自身の身体を強く抱きしめる。
 掴んだ二の腕に服越しにも判るほど強く爪が立てられていた。

「叫んでるのっ!!私のすべてがッ!!悠季を否定しろッ!!その存在を許すなって!!あぁ・・・ッ、私が悠季を絶対に倒さなきゃ・・・ッ!!」

 それは慟哭だった。

(———こいつ、なんて貌をしやがるんだ)

 久遠の表情はまさしく混沌だった。
 人が持つ七情すべてをない交ぜにしたように絞り出した言葉に天馬は圧倒され、無意識に一歩後ろに下がっていた。
 怒っているのに泣いているのだ。
 泣いているのに嗤っているのだ。
 嗤っているのに苦しんでいるのだ。
 自分の感情が上手く制御できずに久遠自身も戸惑っているのだろう。
 そんな久遠はまた胸を押さえて、荒々しい呼吸をゆっくりと落ちつけようとしている。
 しばらく息を整えていた久遠が顔を上げると、その表情は元の笑顔に戻っていた。

「急に変なこと言ってごめんね。そろそろ続き・・・いいや、終わりにしよっか?」

 笑顔とは裏腹に冷たい声でバトルの再開を告げた久遠は山札からカードを引く。

「———私のターン・・・私はエナジーを⑤消費して、コマンドカード『真夜中のパレード』を発動」

 『真夜中のパレード』
 あなたの墓地の総コスト1~3で黒のユニットカードをそれぞれ1枚まで対象とし、対象を登場させる。次のエンドフェイズ開始時、あなたの墓地が15枚以下なら、それらのユニットをリムーブする。

 そのカードがプレイされると久遠の墓地にあったユニットのカードたちがその周囲を飛び回り始めた。
 それらからクスクスと笑い声が聞こえるのは気のせいか。
 ぎちぎちと軋む音は果たして何の音なのか。

「墓地の総コスト1~3で黒のユニットカードをそれぞれ1枚まで対象とし、対象を登場させる」
 
 久遠が飛び回るカードを選択すると、選ばれたカード達は嬉しそうにフィールドへと舞い降りていく。

「対象は1コスト、ソーイング・ドール。2コスト、アームド・ドール。3コスト、シーリス」

 『ソーイング・ドール』 2500/0
 ⁅覚醒⁆⁅自動⁆このユニットが墓地から登場した時、相手のライフの先頭を墓地に置く。⁅バスターアイコン⁆を置いたら、そのターン中、このユニットは⁅増+3000⁆。

 墓地から選択されたユニットたちが蘇り始める。

「・・・っ」

「ソーイング・ドールは墓地から登場したとき、相手のライフを一枚を墓地に置く」

 その言葉と共に、天馬のライフが割れるではなく、徐々に溶けてその形を失っていく。
 それはダメージではなく、ライフの消却だ。
 ライフチェックはダメージによるものでしか働かない。
 天馬のライフから消却されたのは運が悪くも☆カードだった。

「っ!」

「次にアームド・ドールの効果。墓地から登場したとき、相手のデコイを持つユニットを1体破壊する。対象はエイレース———これでライフまでの道が開いた」

「く・・・ッ」

 戦闘において無敵と言っても過言ではない能力を持つエイレースだったが、単純な破壊効果に対してはその効果は発動しない。
 エイレースの背後の影から現れたアームド・ドールがその背を斧で切り捨てて破壊した。

「真夜中のパレードが処理され、墓地に置かれたことで、シーリスのパワーが+1000上昇する。続いて、黒①を消費してテリトリーの効果を起動・・・4枚目に💀。墓地からデクストラをアクセプト。その効果でティルイーザのパワーを-3000減少させる」

 再び蘇ったデクストラがティルイーザのパワーを減少させる。

「また、4枚のカードが墓地に落ちたことでシーリスのパワーが+4000上昇」

 久遠の場には計5体ものユニットが立ち並ぶ。
 狂い月の姉妹が、双炎の魔人が、命無き人形たちが。
 闇の眷属たちの中心にいた久遠はその手を天馬へと向け宣告した。

「アタックフェイズ。デクストラでアタックするとき、再びティルイーザに-3000のパワーダウンを与える・・・テリトリーの効果は使う?」

「・・・いや、使わない」

「そう」

 天馬が首を振ると、ティルイーザはさらにパワーダウンを受けたことで破壊されてしまった。

「デクストラで天馬のライフにアタック・・・ライフには何もなし。続いてアームド・ドールでアタック・・・今度も何もなし、だね」

 デクストラ、アームズ・ドールの攻撃を受ける間、天馬のライフからは💀も☆も出ず、ついにライフは残り2つになった。
 まだ久遠の場にはライフへのアタック権限を残した、アリステラとシーリスがあった。

「くっ、まだだ・・・💀が出なければ、まだ逆転の目はある!」

「それはないよ」

 だが、そんな天馬の一縷の希望を久遠は一蹴した。

「このバトルで見えた天馬の💀は、場に出た5枚とライフから墓地に落ちた1枚の計6枚。さっきティルイーザを守らなかったことから、その手札の1枚は逆転の可能性を秘めた強力なカードである💀だと仮定すると、見えていない💀は5枚もある」

「———な!?」

 天馬の手札にはたしかに💀のカードがあった。
 逆転のカードとなりうるものだと温存したが、プレイングにより手札まで読まれた天馬の驚愕をよそに久遠は続ける。

「残り山札の数15枚とライフが2枚の計17枚の中に💀が5枚。ライフに💀のカードが埋まっている可能性は高い・・・まぁ☆が出る可能性もあるけど、このターンで勝負を賭けてみるには十分すぎる確率でしょう?———アリステラ、天馬のライフにアタック!」

 そして、アリステラによって天馬の最後のライフが破壊される。
 
「・・・っ💀カード!!」

 破壊されたライフが💀へと切り替わり、さらにライフが削られた。
 このライフから☆が出なければ、天馬に残りの攻撃を防ぐ手段はない。

「「ライフチェック・・・!!」」

 そして、天馬のラストライフから現れたのはティルイーザだった。
 ☆でも💀でもないユニットカード。
 それが墓地に落ちるのを見届けた久遠は最後の指示を出した。

「賭けは私の勝ちだね。シーリス!」

「———っ」

 その宣言と共にシーリスの両手の炎が天馬へと放たれた。
 ARとはいえ極限までリアリティを追求し再現されたその熱に天馬は顔を歪ませる。
 だが、その表情には満足げな笑みが浮かんでいた。

『———WINNER!盤上久遠!!』

 ドローンが久遠の勝利を高らかに告げると、周囲の風景が解除され、シールドが音を立てながら地面へと消えていく。
 残されたのは静かな夜の公園で立つ勝者と倒れた敗者のみ。

「———ふぅううー・・・」

 久遠は胸に手を当てて昂りを抑えるように深く息を吐いてゆっくりと吸い直した。
 夜風の冷たさが身体を冷ましてくれたが、胸の内にくすぶる熱が消えることはなかった。
 その手に握ったシーリスのカードをしばらく見つめた後、デッキケースへと仕舞うと、離れた場所に倒れていた天馬へと向き直る。

「大丈夫?」

 バトル中はプレイヤーの安全が保証されているとはいえ、パワーが上昇したシーリスの攻撃をまともに受けた天馬は地面に仰向けに倒れていた。
 久遠が手を差し出すと、天馬はじっと久遠の顔を見る。
 その表情を見てから天馬はため息をつき、差し出された手を取って立ち上がった。

「・・・さっきの俺の話覚えてるか?」

 服の砂を払いながらそう言った天馬の言葉に、久遠は首を傾げながら思い出す。

「強い人を探してるんだっけ?」

「そう。けど、ただ強いだけじゃダメだ。何があっても、何を知っても、意志を貫ける強い想いがいる」

 そう言ってから天馬は勢いよく頭を下げる。

「不躾だけど頼みがある!俺と一緒にリビルドに参加してくれないか!」

「リビルド?」

「あぁ、リビルドはこの新京都すべてを舞台にして行われる大会のことだ。この新京都に住む者なら誰でも参加できる。俺はこの大会を勝ち抜ける人間を探していたんだ」

「それが私?」

 そうだ、と頷いて天馬はポケットから1枚のコイン状のチップを取り出して見せた。

「リビルドではこのキーチップを賭けて戦うんだ。そして21枚のキーチップを集めた者には『王』への挑戦権が与えられる」

「菊花ちゃんへの?」

「ちゃん・・・あぁ、そして『王』に勝った者は、なんでもひとつだけ願いを叶えてもらうことができるんだ」

「なんでも?」

 繰り返す久遠に天馬はうなずく。

「そう、なんでもだ。『王』が住むあのタワーにはそれを可能にする力がある」

「ふぅん・・・じゃあ、天馬には叶えてもらいたい願いがあるの?」

 しかし、久遠の言葉に天馬は今度は首を横に振る。

「他人に叶えてもらう願いなんて興味がない・・・ただ、今の『王』のやり方は間違ってる。だから『王』を倒したいんだ。でも、俺の実力じゃあ、『王』に挑むどころか、大会で勝ち残るのも難しいだろう」

「うーん、町を巻き込んだ大会かぁ・・・楽しそう・・・でも私、悠季を探しに行かないとだし・・・」

「そこはギブアンドテイクだ」

 先ほどの様子から、そう言うだろうと予想していた天馬は提案する。

「盤上悠季のことを感じるといっても、あてはないんだろう?俺はこう見えても情報屋でな。一般人じゃ閲覧できない警察や参加企業のデータバンクを探って、盤上悠季の行方を調べてやれると思う」

 久遠にはそれがどれだけ難しいことなのか解らなかったが、天馬の提案に「むむむ・・・」と腕を組んだ後、しばらくして天馬の顔を伺って聞いた。

「天馬は困ってるんだよね?」

「あぁ、めちゃくちゃ困ってる」

「そっかー・・・人助けは大切だよね?」

「大切だけど、無理強いをするつもりはない」

「その・・・リビルドに参加したら・・・強い人ともいっぱい戦える?」

「っはは!」

 まるで悪いことだと解っているがいたずらを止められない子供のような久遠のその言葉に天馬は思わず笑い声をあげた。
 この少女は見た目に反して、好戦的な性格をしているらしい。
 だから、天馬は手を差し出して力強く言い切る。

「あぁ。なにせこの新京都には色んな奴がいるからな———もしかしたら、盤上悠季も参加するんじゃないか?」

「あ!」

 悠季は昔から賞金が出る大きな大会にばかり参加していた。
 そして、リビルドで『王』に勝てば、手に入る何でも叶えてもらえる願いという賞品。
 その言葉を聞いて久遠は決心した。
 久遠が差し出された手を強く握り返す。

「———いいよ!私もそのリビルドに参加する!!」

「よし!じゃあ、早速参加申請のためにさっきのディーラーを・・・げ」

「げ?」

 参加申請のためにディーラーを呼ぼうとした天馬は、久遠の肩越しに見えたものを捉えて顔をしかめた。

「見つけたぞ、朝倉ァ!!」

 その声に久遠がそちらを見ると、最初に天馬を追っていた者と同じかそれ以上にガラの悪い男たちがいた。

「天馬の友達?」

「そう見えるか?」

 げんなりした天馬に久遠は首を振る。

「見えない。天馬ってもしかして恨まれるようなことしてるの?悪い人?」

「仕事柄色々と恨みを買いやすいからな、こういうこともよくある。俺はただ情報を欲しい奴に売ってるだけの善人だよ」

 天馬は悪びれずにそう言うとこちらに歩いてくるチンピラたちに背を向けて、久遠に手招きした。

「ひとまず逃げながらリビルドの申請をしよう!こっちだ!」

「うん!!」

「あ、待ちやがれ!!」

 チンピラたちの怒号が響くが、天馬と久遠は笑いながら走り、夜の町へと消えていく。
 ———そんな一部始終を先ほどのディーラーがレンズに捉えていた。
 そして、遠く離れた場所、『王』が住む新京都タワーの一室で、モニターに映し出されたその光景を見ていた男たちがいた。
 
「———エヴォル。異なるディバイドが干渉しあうことで生まれた共振の力か。なかなかに興味深い」

 そう言った男の相貌は端的に言えば、病的だった。
 青白い肌に、瘦せこけて肉が落ちくぼんだ目と頬。
 まとめられた総髪にはいくつか白いものが混ざり、黒いスーツがその相貌を一層際立てている。
 男の名前は樋熊万里生といい、新京都の『王』の側近であった。

「おもしろい戦いだったねぇ。あの子、なかなか良いじゃないか」

 そんな言葉を返したのは、樋熊とは対照的な男だった。
 へらへらと軽薄そうな笑みを張り付け、だらしなくヨレたシャツを着た中年の男は頭を掻きながら、樋熊の傍に立つ。
 男の名前は石乃目巽といった。

「ふむ、候補くらいにはなるかもしれんな・・・だが」

 樋熊はすぐにその意識を別のモニターへと向ける。

「やれやれ・・・君は彼のほうにご執心か。さっきまで、誰かと戦っていたみたいだけど?」

 映し出された別の映像には、久遠と天馬とは別の場所で歩く二人がいた。
 こちらも少年少女の組み合わせで、一人はフード付きの黒いパーカーを着た少年、一人は長い黄色のマフラーを巻いた少女だった。
 樋熊の視線は少年へ、石乃目の視線は一瞬少女のほうに向いたがすぐに少年のほうへと移る。

「まだすべての記憶は戻ってはいない。だが、奴は必ずここまでくる・・・『王』を倒しにな」

「楽しくなってきたねぇ」

 ———。
 その少女は新京都タワーの上から眼下の町を眺めていた。
 いったいどこからそこまで登ったのだろうか。
 強風が吹き荒れるがそれを意にも介さず、その少女はただ夜の町を見下ろしていた。

「———さっきの鼓動は・・・そう、無事に目が覚めたのね、久遠・・・よかった・・・本当によかった」

 久遠と瓜二つの容姿を持った少女、盤上悠季は懐かしそうに、そして優し気に目を細めた。

「あなたのことだからリビルドに参加するのかな?・・・きっとするわよね、久遠はビルディバイドが大好きだったもの。でも、無理をしたらダメよ?半年も眠りっぱなしだったんだから、まだ万全じゃないでしょう?アナタには私のためにも元気でいてくれなくちゃ・・・」

 独り言をこぼし、くすくすと楽しそうに笑う悠季だが、その笑みがふと邪悪に歪んだ。 

「あぁ・・・ようやく、ようやく叶う時がきたのね、私の願いが!私の想いが!あは・・・あははははははははははは!!」
 
 悠季は夜空に向かって両手を広げ、狂ったように嗤い声をあげる。

「———さぁ、はじめましょう。この想いが冷めてしまう前に」

 ———人には誰だって、叶えたい願いがある。

「この鼓動が、この共振が止まる前に」

 ———その願いを叶えるためなら。

「この祈りが」

 ———どんな犠牲を払うことも。

「この世界の理を狂わせてみせるわ」

 ———厭わないはずだ。

 to be continued…


ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。
当作品はアニメ「ビルディバイド-#000000-(CODE:BLACK)」の世界観をもとにオリジナルキャラクターでおくる二次創作小説「ビルディバイド-#VVVVVV-(CODE:RESONANCE)」となります。
アニプレックス発のTCGビルディバイドは2年前に始まって以来、徐々にプレイヤーが増えており、今が一番面白い時期だと著者は思っております。
アニメを見てから始めた方も多いかもしれません。
しかし、続編アニメ「ビルディバイド-#FFFFFF-(CODE:WHITE)」が終わってからはアニメ、漫画、小説などのメディアミックスの展開がなく、アニメからカードゲームを始めたプレイヤーには新たな物語が欲しいと感じる方もいらっしゃるかと思います。著者がそうです。
そんな方たちに楽しんでもらうことを目的に書き始めました。
著者は世界観を守りたい派なので、そこのところはほんとに気を付けます。
時系列は同じ設定なので、原作を感じられるストーリーを構成して、楽しんでもらえるように頑張ります。
今回の1話の展開は特にオマージュが強いので、駄文でも頭に浮かびやすいといいのですが。
1話が面白かった、続きが気になると感じた方は、気長に付き合っていただけると幸いです。

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