見出し画像

「砂の城」にあふれる涙

浜田省吾のアルバムSand Castleをよく聴き始めたのは、かなと別れてしばらく経ってからだった。
どの曲にも恋愛のいろんな場面が身近に感じて、ふたりの姿と重ねてしまうものが多かった。
ステージで歌おうとは思わなかったが、飲んでスナックやカラオケで歌ったり、ひとりでギターで歌ったりした。
浜田省吾の歌を歌う時には必ずかなのことを思い出していた。

かながまだ大学にいた頃の歌としては、「散歩道」の歌詞に自分を見いだしてしまう。

  「悪いのは みんな君だよ」と思い込ませた  哀れなあの娘 涙に濡れて

自分の身勝手な言葉でかなを泣かせた想い出がある。
それは大学の吹奏楽部の演奏会のに一緒に出かけた時だった。
そこには、多くの同じ大学の仲間が来ていて、同じサークルの先輩も来ていた。
その中には、かなが私と知り合う前に、ずっと慕っていた4年生の人もいた。
その人は後輩の面倒見も良くて、演奏会が終わった後もみんなでその人を中心に喫茶店に行くことになった。
しかし、私はサークルに入ったのは遅かったので、その4年生の先輩とはあまり関わりは無かった。
かなが「一緒に行こ」と誘ったのだが、私は「帰る」と言って帰ってしまった。
かなは私の方についてきてくれるか、試す意味もあった。
かなは先輩の方に行ってしまった。

翌日は日曜だったので、私はこれで少し仲良くなった大学の女友達の里沙と、遠慮無くデートが出来るとすぐに電話をかけて誘った。
里沙は私の地元と同じ地方出身で、彼女の兄は私の先輩ということであり、授業の合間によく話をしていた。
翌日はその彼女と知多半島にデートに出かけた。
夕方になって、突然雨が降り出し、近くのお寺に雨宿りをした。
そのお寺の本堂の上がり段に二人腰掛けて、思わず彼女の肩を抱いて口吻をした。
その時に彼女がいった言葉は
「私は二号さんは嫌」
だった、彼女は私にかなという恋人がいるのを知っていた。
繊細で弱々しい感じだった里沙に、そういう厳しい一面をみせられて戸惑った私は何も答えられなかった。
かなと別れる覚悟で彼女を誘ったのではなく、昨日の仕返しの意味であって、口吻は弾みでしか無かった。
そして、その後は彼女が電車で帰るのを見送るしか出来なかった。
アパートに帰る地下鉄の中で色々思い巡らし、もし、かなのそぶり如何では別れても仕方ないと思った。

アパートへ帰ると、かなが合鍵をつかって中に入って待っていた。
顔を見ると何も考えずに、私は昨日のことを持ち出して、
「終わりにしようか 合鍵も返してくれ」
と言いながら、里沙と逢ってきたことだけ話した。
かなは私の胸を叩きながら、「いや いや ばか ばか」と泣き続けた。
泣き濡れて熱く腫れた顔を見ると、思わず切なくなって抱きしめていた。
やはり、かなから伝わってくる温もりの中で、自分も離れられないことを、今更ながら感じざるをえなかった。

その後は歌のとおり、

  悲しいことは 何も無かったような笑顔

が戻って、今まで通りの二人に戻った。
里沙とはそれ以来、私の方から避けてしまった。
そして、彼女が恋人を見つけて歩いている姿を見て、やっと安心できた。
その恋人も私と同じようにがっしりとした体格の持ち主だった。
里沙は自分だけのことを思ってくれる、一途な男性を求めていたようだった。
かなはそこまで求めれば、私が離れていくのが分かっていて、私を束縛することはなかった。
それが却って、かなから離れられない鎖になっていた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?