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《龍勝寺山》~コチャエ節が伝播、上伊那に広まる(長野県伊那市高遠町)

伊那市東部、旧高遠町の勝間区で歌われていた踊り唄に《龍勝寺山》があります。歌詞の出だしから《龍勝寺山の姫小松》とも呼ばれています。


唄の背景

龍勝寺の姫小松
勝間は高遠城下から旧長谷村方向へ進んだあたりの集落です。ここに曹洞宗の古刹、龍勝寺があります。旧藩時代には、その裏手を龍勝寺山という山林の所有が認められていたそうです。

勝間地区から高遠城下方面を眺める

三界山(みつがいやま)の東の尾根あたりに続くあたりにはヒメコマツ(五葉松)やマツタケで知られていました。
「龍勝寺山の姫小松」には昔話があります。昔、この龍勝寺に若い修行僧がおり、大変美しく、近隣の女子たちからは、その姿が美しい姫小松のようだとの評判となりました。しかし、修行の身であるために、住職から会いに来てはいけないと諭され、外から眺めるだけであったということです。

龍勝寺参道

そんな美しい姫小松の修行僧のことを歌ったのが、この唄であるといいます。

〽︎龍勝寺山の 姫小松 思えども
 高くてお手が 届かぬ

江戸の流行り唄コチャエ節
この唄の詞型は、甚句形式の7775調ではなく、75574調です。

〽︎龍勝寺山の(7)
 姫小松(5)
 思えども(5) 
 高くてお手が(7)
 届かぬ(4)
 ドッコイカマヤセヌ

この唄の源流は、各地に残る「コチャエ節」です。竹内によれば《お江戸日本橋》の解説では、現茨城県・千葉県・東京都・神奈川県に広く分布する「芋の種」であるとされています[竹内 2018:337]。
《お江戸日本橋》とは、

〽︎お江戸日本橋 七つ立ち
 初上り 行列揃えてアレワイサノサ
 コチャ 高輪夜明けて 提灯消す
 (コチャエ コチャエ)
 
という歌詞で歌われる江戸の花柳界で歌われたお座敷唄です。
この唄の元となった祝い唄が、《羽田節》として流行り、品川宿では、

〽︎お前待ち待ち 蚊帳の外
 蚊に食われ 七つの鐘の 鳴るまで
 コチャ 七つの鐘の 鳴るまで
 コチャカマヤセヌ
 (コチャエ コチャエ)

等といった歌詞が流行りました。そのハヤシ詞をとって「コチャエ節」として大流行します。県内では原村の《こちゃかまやせぬ節》(諏訪郡原村)、開田の《開田コチャ節》(開田嫁入唄)(木曽郡木曽町開田)などが同系統です。また、「コチャエ節」の源流とされる関東地方の「芋の種」系の田植唄《富倉田植唄》(飯山市)等、北信地方にも残されています。ともに、甚句調ではない独特な詞型の楽曲です。

かまやせぬ節として流行
「コチャエ節」の歌詞に、「こちらは構わないよ」といった意味合いの「こちゃかまやせぬ」という歌詞が知られ、「カマヤセヌ」というハヤシ詞をもつ唄が残されています。
原村の《こちゃかまやせぬ節》(諏訪郡原村)は、次のような歌い方です。

〽︎お前待ち待ち 蚊帳の外 蚊に食われ
 七つの鐘の 鳴るまで コチャカマヤセヌ

特徴的な75574調の詞型で、最後に「コチャカマヤセヌ」というハヤシ詞で締めくくります。
県外では、秋田の「かまやせぬ」(秋田県仙北地方)が知られています。

〽︎(アーセヤ)
 お前待ち待ち 蚊帳の外 蚊に食われ
 (アーセヤ)
 七つの鐘の 鳴るまでも コチャ
 七つの鐘の 鳴るまでも
 ホイキタコノサッサ カマヤセヌ

秋田では、下の句をコチャでつないで繰り返しますので、《お江戸日本橋》と同じです。最後に「ホイキタコノサッサ カマヤセヌ」で締めくくります。なお、最終句は4文字であったものを5文字にしています、
原村にも近い、山梨県では《市川文珠》(山梨県西八代郡市川三郷町)といった踊り唄が知られます。

〽︎市川文珠 知恵文殊 女ゃ針
 男にゃ硯 墨紙
 ドッコイ男にゃ硯 墨紙

これは典型的に75574調で、ドッコイからもう一度下の句を繰り返します。「コチャエ」とか「カマヤセヌ」といったハヤシ詞はありませんので、省略されたものかもしれません。

秋葉街道を南下して伊那まで流行
このように、原村の《こちゃかまやせぬ節》のような「コチャエ節」が、秋葉街道を南下して伊那にまで運ばれ、「コチャカマヤセヌ」の特徴的な「コチャ」を「ドッコイ」に置き換えてハヤシ詞にしたものと考えられます。
なお、原村の《こちゃかまやせぬ節》では、

〽︎奥山入りの姫小松 欲しけれど
 高くてお手が 届かぬ コチャカマヤセヌ

という類歌がありますので、諏訪からこの唄が流行っていったものか、龍勝寺山の修行僧のお話の歌詞を原村で取り入れたものかも知れません。
なお、勝間の《龍勝寺山》は、弾むように短長核のようなリズムが特徴で、「ドッコイカマヤセヌ」まで歌うと、唄バヤシがもう一度「ドッコイカマヤセヌ」を付けます。なお、勝間調の唄バヤシの「ドッコイカマヤセヌ」のメロディは、《原村コチャかまやせぬ節》の唄バヤシ「コチャカマヤセヌ」とほぼ同じです。

この唄は現在の伊那市街地でも歌われ、三味線の手を付けて舞台調にして歌われることもあります。しかし、古調の《龍勝寺山》のような変化のあるリズム感ではなく、淡々とした、刻むようなリズムで歌われています。唄は「ドッコイカマヤセヌ」まで歌いますが、唄バヤシの「ドッコイカマヤセヌ」の付けを省略して歌われることが多いです。


音楽的特徴

拍子
2拍子系

音組織/音域
民謡音階/1オクターブと3度

龍勝寺山の音域:1オクターブと3度

歌詞の構造 
基本の詞型は75574調です。

 (ドッコイカマヤセヌ)
〽︎龍勝寺山の 姫小松 思えども 
 高くてお手が 届かぬ ドッコイカマヤセヌ
 (ドッコイカマヤセヌ)
各唄の最終句のあとに「ドッコイカマヤセヌ」を歌いますが、その後に唄バヤシとして、もう一度「ドッコイカマヤセヌ」を歌います。これらは同じ旋律ではく、唄バヤシにメロディの変化があります。

演奏形態

付け
※伊那市街地では、舞台調として三味線を入れて歌っています。基本的な旋律ラインは同じですが、リズム感に変化があります。

【勝間調】と【伊那調】との比較

以下には、勝間調の古い形の《龍勝寺山》と三味線付きの伊那調(伊那市)の2種の楽譜を掲載しました。

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