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《入野谷ざんざ節》~仙丈を仰ぎ見る馬追い唄(長野県伊那市)

伊那市旧長谷村は南アルプスの麓の山里。城下町、高遠から三峰川沿いに山手に進んでいくと、かつて入野谷(いりのや)と呼ばれた地域があります。

三峰川

かつて遠州秋葉山と諏訪を結ぶ信仰の道、秋葉街道が通っており、民話「孝行猿」でも知られています。

旧秋葉街道市野瀬宿(伊那市長谷市野瀬)

その古道沿いの集落、入野谷で歌われてきた民謡に《ざんざ節》があります。


唄の背景

馬追い唄から盆踊り唄へ
入野谷では山林で伐採される木材、薪炭などを馬追い達が高遠城下へ運びました。高遠までの道中は三峰川の渓谷沿いの狭い山道であり、馬の背に荷を積んで運搬したそうです。その馬には虻よけの縄、馬鈴などを付け、荷を背負わせました。こうした馬追いの折に、この唄が歌われるようになったそうです。そのため、別名《入野谷馬追唄》ともいわれています。

〽︎ざんざざんざと 馬追いかけて
 (コラザンザ)
 秋はおいでよ 米つけに
 イヨサマスイショデ キハザンザ
 (ヨーイソコジャイナ)

曲名にもなった「ざんざ」とは、山道を進む折りの馬鈴の音であるといいます。馬のたてがみに付けた鈴が「ざんざざんざ」と聞こえたものだそうです。やがて盆踊り唄としても歌い踊られるようになりました。

伊勢のお木曳き木遣りが全国に広まったざんざ節
一方、「ざんざ節」は全国的に流行した唄として知られています。その源流は、伊勢の山田(三重県伊勢市)の町人、山原佳人が作ったもので、伊勢神宮の式年遷宮の時に、お社の建て替えるための御用材を氏子によって曳かれる折りの「お木曳き木遣り」であると言われています。
その木遣りの掛声が、イヨサノ水上(すいしょ)で 木はザンザであったといいます。これを伊勢参りの人々が覚えて、各地に持ち帰って歌い、広まっていったものです。従って、現在でも各地で「ざんざ節」として歌われている楽曲の伝承があります。
民謡のステージでよく歌われるものに、佐賀県民謡《岳の新太郎さん》(佐賀県藤津郡太良町)があります。

〽︎岳の新太郎さんの 下らす道にゃ
 (アラザンザ ザンザ)
 金の千灯籠ないとん 明かれかし
 [色者の粋者で 気はざんざ
  アラヨーイヨイヨイ ヨーイヨイヨイ]

この唄の伝説として、佐賀・長崎県境の多良岳にある金泉寺の新太郎という美男子の寺侍を歌ったものといいます。「色者(いろしゃ)」は色男、「粋者(すいしゃ)」は粋な人ということで、新太郎は近隣の女子のあこがれであったのだそうです。太良町では酒席の騒ぎ唄として歌われてきましたが、もとは地固めの胴搗き唄であったようです。
一方、関東に残る「ざんざ節」には、群馬、山梨、静岡あたりに「胴搗き唄」や「土端打ち唄」として残っています。
こうした楽曲があることを考えると、「お木曳き木遣り」が「ざんざ節」として各地に伝播したので、入野谷に伝わったときには、馬鈴の音の形容である「ざんざ」と流行り唄の「ざんざ節」とがうまくマッチして、入野谷らしく整えられたものと考えられそうです。
なお、珍しい例として、長野県内の民俗芸能に「ざんざ節」が残っています。東信地方の南佐久郡小海町川平、北相木村栃原の獅子です。これらの獅子は風流系一人立ち三匹シシ舞に分類されるもので、さまざまな演目の中の1つに歌われています。

川平鹿舞(南佐久郡小海町川平)

川平の鹿舞(三匹シシ舞)は先幕、後幕からなりますが、後幕の中の「満利がかり」(毬掛り)の中で、《日本橋》の唄として「ざんざ節」が歌われます。

〽︎日本橋から おつづら馬が
 コラザンザ コラザンザ

 恋の板橋ゃ 器量よし
 利根川渡しを 越えたとさ
 ヨーイ本庄じゃい

詞型やハヤシ詞に差異はありますが、全体的に入野谷の「ざんざ節」の旋律に似ています。北相木村栃原でも同様の「ざんざ節」が獅子舞の中で歌われています。


音楽的特徴

拍子
2拍子

音組織/音域
民謡音階/1オクターブと2度

入野谷ざんざ節音域:1オクターブと2度

歌詞の構造 
7775調の歌詞をソロで歌います。上の句と下の句の間に「コラザンザ」の唄バヤシが入ります。歌が終わると引き続き「イヨサマスイショデ キハザンザ」を歌い、続く「ヨーイソコジャイナ」は唄バヤシと一緒に歌います。
なお、各歌の前に掛声の「エッヨー」を2回入れます。近年「エイヤ」と変化してきているようです。

(エッヨー エッヨー)
〽︎ざんざざんざと 馬追いかけて
 (コラザンザ)
 秋はおいでよ 米つけに
 イヨサマスイショデ キハザンザ
 (ヨーイソコジャイナ)

演奏形態

唄バヤシ
三味線
※近年では太鼓、鈴等の鳴り物を入れて演奏されています。
※馬子唄風に尺八伴奏のみで歌われる演奏もありますが、「馬追唄」といっても三味線唄として伝わり、盆踊り唄にもなっていますので、伴奏に乗って拍節的に歌うことでよいと思われます。

下記には《入野谷ざんざ節》の楽譜を掲載しました。

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