《秋山のよさ節》~秘境の里、秋山郷を代表する踊り唄(長野県下水内郡栄村)
秋山郷は新潟県津南町を流れる中津川の上流に位置する山里で、越後秋山(新潟県中魚沼郡津南町)と信州秋山(長野県下水内郡栄村)からなる地域の総称です。古くから、上野国(現在の群馬県)草津の平勝秀が源頼朝に敗れて落ち延びた等の平家落人伝説を残す秘境です。
農業が主な産業でかつては焼畑も行われていたそうです。また豪雪地としても知られ、人々は雪の下に半年暮らさなければならず、「陸の孤島」と呼ばれるほど厳しい生活環境でした。その秋山で歌い踊られてきた民謡に《のよさ節》があります。
唄の背景
切実な嫁取りの物語
《のよさ節》のいちばん最初に歌われるものとして、
〽︎おら家の衆は おら家の衆は
嫁をとること ノヨサ 忘れたか
〽︎忘れはせぬが 忘れはせぬが
稲の出穂見て ノヨサ 嫁をとる
という歌詞が知られています。秋山の暮らしを知らなければ、呑気な親子の会話と思われるかもしれません。しかし、山の深い山村の暮らしのなかで、結婚ということは大変切実なものであったそうです。
秋山郷では8月から9月にかけての秋祭りが行われてきました。そうした場で《のよさ節》や《烏踊り》が歌い踊られました。こうした祭りの時が山村の男女の交際の場でもありました。しかし、晴れて夫婦になっても、山村の生活はつつましいもので、何十人も招く婚礼披露が難しかったといいます。大正時代までは、嫁入り後から数年後に祝言を挙げたという「仮嫁入婚」が続いていたそうです。従って、この冒頭の歌詞に表れているストーリーは決して笑い話ではないのです。
古い盆踊り唄の型式
日本民謡に広く歌われる盆踊り唄は7775調の甚句形式、あるいは都々逸調の歌詞が多い中で、この《のよさ節》の歌詞の基本的な文字数は、次の通り775調です。
〽︎おら家の衆は(7)
嫁をとること(7)
忘れたか(5)
上の句が第1句で7文字、下の句は第2句が7文字、3句が5文字となっています。下の句第2句目には、曲名にもなっている「ノヨサ」というリフレインを添えて、第3句目に続けます。
実際の歌い方は、音頭取りが上の句第1句を2回繰り返します。続けて、音頭取り以外の踊り手が最後の5文字を2回繰り返し、さらに下の句を付ける形となっています。従って、1番の歌い方は次の通りです。
〽︎[音頭]
おら家の衆は おら家の衆は
嫁をとること ノヨサ 忘れたか
[付け]
忘れたか 忘れたか
嫁をとること ノヨサ 忘れたか
独特な歌い方として、第2句目と第3句目を息継ぎなしに続けますが、その第2句目の2文字を歌ってブレスをします。その後は2文字目の産字を伸ばして次の歌詞に続けます。
〽︎嫁 [息継ぎ] (エ)をとること ノヨサ 忘れたか
また、《のよさ節》の歌詞にはストーリー性があり、1番目を歌うと、2番目にはその応答のような歌詞が続き、さらにその答えを続けていきます。現在では歌詞は固定されていますが、かつては自分の思いを唄に乗せて、即興的に歌詞を続けていった時代もあったのかもしれません。
同じ秋山地区や長野県北信地方から新潟県中越地方に広く分布する《烏踊り》という踊り唄がありますが、この詞型も甚句調の7775調だけではなく、《のよさ節》のような775調の歌詞でも歌われます。
ところで《のよさ節》の冒頭の嫁取りの歌詞については、各地の《烏踊り》でも共通して歌われている地区が多いです。どちらが元唄なのかは分かりませんが、同系統の踊り唄として歌詞も共有されたものかと思います。
ヴァリアンテをもつ即興的な踊り唄
古くから生活のなかで鼻歌のように歌われてきた民謡の特徴として、音程やリズムの変化を見せるヴァリアンテがあります。《のよさ節》についても音頭をとる方によったり、秋山郷のなかでも集落による違いがあったりするようです。楽譜には2例のヴァリアンテを採ってみましたが、もちろんいろいろな節回しがあったものと思われます。
なお、本来は無伴奏による踊り唄ですが、ビクターレコードから鈴木正夫により吹き込まれるなど民謡歌手による演奏も増え、三味線、鳴物等の伴奏つきバージョンが知られてきました。
音楽的特徴
拍子
2拍子系
音組織/音域
民謡音階/1オクターブと2度
歌詞の構造
前述のとおり、775調の詞型を基本として、上の句を2回繰返します。下の句に「ノヨサ」のリフレインを挿入します。1番を通して歌うと、踊り手が下の句の最終句5文字を2回繰り返し、さらに下の句を一通り歌います。最終句の繰返しについて、《烏踊り》では1回繰り返して下の句につなげますが、《のよさ節》では2回となっています。
〽︎[音頭]
おら家の衆は おら家の衆は
嫁をとること ノヨサ 忘れたか
[付け]
忘れたか 忘れたか
嫁をとること ノヨサ 忘れたか
演奏形態
歌
返し
※三味線、鳴物、篠笛等を入れた伴奏も可。
下記には《秋山のよさ節》の楽譜を掲載しました。
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