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宮城県民謡~大漁唄い込み

宮城県を代表する《大漁唄い込み》は、漁師たちによる祝い唄、酒盛り唄として力強い海の歌として知られています。主に松島湾沿岸で歌われてきました。


■曲の背景

歌のいわれ
この唄は《御祝》《斎太郎節》《遠島甚句》の3曲からなる組曲のような形式を取っています。
西洋音楽的にいうと、アタッカのように3曲を通して演奏されるのが本来です。
この組曲風の「唄い込み」というスタイルにしたのは、東北民謡育ての親と言われる後藤桃水(1880~1960)です。漁師たちの櫓漕ぎに歌われた《斎太郎節》の前に、東北地方の古い祝儀唄である「御祝」を前唄として配し、3曲目に酒盛り唄の《遠島甚句》を後唄としてまとめ上げました。これは、昭和2年(1927)頃に、桃水門下の八木寿水、赤間森水、松本木兆等によって発表され、特に有名になりました。
その後、我妻桃也がNHKのど自慢全国大会で、この唄を歌って優勝し、レコード化されますが、《御祝》の部分がカットされました。シングルレコード盤が3~4分の収録時間ということもあり、本来は3曲からなる《大漁唄い込み》も2曲で演奏されるようになり、やがて《大漁唄い込み》は《御祝》を省略したスタイルとなっていきます。
中でも「松島の…」で歌い出す《斎太郎節》が特に有名になり、《大漁唄い込み~遠島甚句入り》といったネーミングも見られるようになりました。
なお《斎太郎節》イコール《大漁唄い込み》と勘違いする人さえ出てきましたが、これは明らかに誤りです。
■御祝
「ごいわい」と読みます。東北地方の祝儀の席の歌です。メロディはいろいろあったといい、「甚句」と組み合わせた「ドヤ節」の前唄として歌われるものから、祝詞のようなものまで様々なバリエーションがあったようです。
《大漁唄い込み》で歌われていた《御祝》は、

〽︎お祝いは 繁ければ
 お壺の松は そよめく

という何とも古風な歌詞のものだったそうです。後藤桃水が《大漁唄い込み》として整えたときに、

〽︎オーイオーーホーイ
 これより海上安全の神々を祈願いたす
 船には御船大神 沖には沖の明神 …

といった祝詞風の詞を桃水が作ったものといい、戦後はこの祝詞調の《御祝》を前唄とした《大漁唄い込み》が主流となりました。

■斎太郎節
「さいたらぶし」と読みます。「さいたろう」と読んで、タタラ職人の斎太郎さんが歌い始めたという話までできましたが、どうやらこれは架空のようです。では「サイタラ」とは何か?というナゾが生まれます。

〽︎松島のサーヨー 瑞巌寺ほどの 
 寺もないトーエー
 アレワエーエーエトソーリャ 大漁だエー
 前は海サーヨーエ 後ろは山で 
 小松原トーエー
 アレワエーエーエトソーリャ 大漁だエー

この歌のもとは岩手県の《気仙坂》(岩手県陸前高田市)を源流とする祝い唄といわれています。同じ系統の歌は東北地方に伝わっていて、特に《銭吹き唄》(宮城県石巻市)は、貨幣鋳造のためのタタラを押す民謡で、次のような歌詞で歌われています。

〽︎松島のサーヨーエ 瑞巌寺ほどの 
 寺もない
 前は海サーヨーエ 
 後ろは繁き 小松山

これは現行の《斎太郎節》とよく似ています。源流の《気仙坂》は正月の年神様である「歳徳神(さいとくじん)」を祀るときにも歌ったことから「さいとこ節」ともいい、三陸海岸沿岸でも歌われています。この「さいとこ」や「サイドヤラ」という掛声が訛ったことから「さいたら節」となったようです。そこに「斎太郎」の文字を当てたために、元々「さいたら節」であったことを知らないと、「さいたろう節」と呼んでしまいがちになってしまいました。

■遠島甚句
「としまじんく」と読みます。牡鹿半島沿岸の漁師が歌ってきた酒盛りの歌です。

〽︎ハァー押せや押せ押せ(ハァヨーイトサッサ) 
 ハア二丁艪で押せや
 押せば港が(ハァコラサノサッサ)
 アレサ近くなる
 (ハァヨーイヨーイヨーイトナ)

「遠島」とは特定の島の名前ではなく、松島湾の島々の総称と考えられます。なお「としま」と呼んでいますが、竹内によると、かつては「とおしま」と呼んでいたのが、昭和30年(1955)年代に「としま」としてしまったといいます[竹内 2018:210]。
同じ系統の甚句は、宮城県内各地に「浜甚句」「十三浜甚句」といったネーミングで伝承されています。

■音楽的な特徴

曲の分類
御祝 
祝い唄(祝詞)
斎太郎節 
櫓漕ぎ唄・酒盛り唄
遠島甚句 
酒盛り唄

演奏スタイル
本来の《大漁唄い込み》は、歌と掛声のみで無伴奏です。
現行の演奏会調の《斎太郎節》《遠島甚句》で組む場合は、三味線(二上り)、鳴物等を入れる場合が多いです。
 ※古い音源では《遠島甚句》に尺八のみ入れたバージョンもあります

拍子
御祝 
無拍節 本来の祝詞のように唱えるような唱法
斎太郎節
2拍子
遠島甚句
2拍子

音組織/音域
御祝 
祝詞のため音程は不確定
斎太郎節 都節音階/1オクターブと3度

斎太郎節の音域:1オクターブと3度

遠島甚句 民謡音階/1オクターブと4度

遠島甚句の音域:1オクターブと4度

曲の構造/特徴
御祝
いわゆる祝詞の調子で、しかも重々しく朗々と唱えらます。「イヤーンヤン」から拍節的になります。
斎太郎節
「ウンリャトット」の力強い掛声に乗って歌われます。なお、この掛声は近年「エンヤトット」と掛けるようになりましたが、本来は「ウンリャトット」です。

〽︎松島のサーヨー 
 瑞巌寺ほどの(アーソレソレ) 
 寺もないトーエー
 アレワエーエーエトソーリャ(アーソレソレ) 
 大漁だエー
 前は海サーヨーエ 
 後ろは山で(アーソレソレ) 
 小松原トーエー
 アレワエーエーエトソーリャ(アーソレソレ) 
 大漁だエー

歌詞の構造は、掛声や添え詞を除くと下記のとおりになります。

〽︎松島の 瑞巌寺ほどの 寺もない
 前は海 後ろは山で 小松原

これらの2行で1番であり、「松島の…」が1番、「前は海…」が2番という構造ではありません(旋律は全く同じ)。
歌の途中に「アーソレソレ」等の掛声が入ります。
なお、「松島のサーヨー」の「ヨー」の拍は、元来の演唱では2拍で歌われますが、伴奏付きの《斎太郎節》は1拍で歌われることが多いようです。

「サーヨー」の部分の比較

2拍で歌うと、掛声の「ウンリャトット」は延々と2拍子1小節を繰り返しますので、「瑞巌寺」から1拍ズレていくように感じます。西洋的な意味で拍子とリズムを当てはめれば、その後ズレていきます。掛声は2拍子をキープし、それにのって歌が奔放に歌われているという理解で聴き取れればいいかと思います。
遠島甚句
手拍子に合うような楽しい雰囲気の甚句。「ヨーイヨーイヨーイトナ」「コラサッサ」等のハヤシ詞が加わります。演奏会調では決まった形になっていますが、地元での初期の頃の演唱では自由奔放に入れられます。第4句目の前には「アレサ」という添え詞が入りますが、「オヤサ」等、差異もあります。
なお、この甚句は《大漁唄い込み》の付随曲のようになってしまっており、単独で歌われる機会が大変少ないです。《斎太郎節》のテンポのまま、「ウンリャトット」に乗って歌われますが、本来は酒席で手拍子などにのって歌われたものですので、速度ももう少し遅めであったかと思われます。また、他の甚句のように、歌の間に、

 烏賊さん 蛸さん なまこさん 
 あとからホヤさん ホーイホイ

 トコヤッサイヤッサイナ

といった長バヤシもありました。

■評価例

[知識・技能]
① 船を漕ぎながら歌う掛声ととともに力強く歌われ、漁業に従事してきた漁師たちの力強い動きとともに大漁を願う力強さのあることに気付いている。
[思考・判断・表現]
① 都節音階(斎太郎節)から民謡音階(遠島甚句)に変わる面白さや変化を聴き取り、大漁への願いや喜びの雰囲気につながっていることとの関わりについて考えている。
② 歌パートと掛声(船漕ぎの人々)パートに分かれて、大漁の喜びを表していることと船漕ぎの力強さとの対比を聴き取り、その働きの面白さを感じ取りながら、曲全体を味わっている。
[主体的に学習に取り組む態度]
① 《大漁唄い込み》が漁師の船漕ぎの力強さや大量の喜びの気持ちが表れていることや、音階のちがいによる曲趣の変化などに興味をもち、音楽活動を楽しみながら主体的・協働的に学習に取り組もうとしている。

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