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《原村コチャかまやせぬ節》~お江戸日本橋の原型をとどめる踊り唄(長野県諏訪郡原村)

原村は八ヶ岳の裾野の傾斜地に位置します。八ヶ岳連峰や蓼科山、入笠山などが見渡せる高原の村です。

原村遠景

歴史は古く、縄文遺跡がたくさんあります。また、八ヶ岳西麓の原山と呼ばれる一帯は、御射山社があり、古くから原山様と呼ばれ、信仰されていました。近世に開墾された新田村が多く、明治8年(1875)に8つの新田村が合併し、原山にちなんで原村が誕生しました。この地に長野県内でも珍しい《コチャかまやせぬ節》という踊り唄が伝わっています。


唄の背景

江戸から伝播したコチャエ節
この唄は特徴的な75574調の珍しい詞型からなっています。
 
〽︎娘をやるなら(7)
 原村へ(5)
 原村は(5) 
 お米の金が(7)
 ザクザク(4)
 コチャカマヤセヌ

この唄の源流は、各地に残る「コチャエ節」です。竹内によれば《お江戸日本橋》の解説では、現茨城県・千葉県・東京都・神奈川県に広く分布する「芋の種」であるとされています[竹内 2018:337]。
《お江戸日本橋》とは、

〽︎お江戸日本橋 七つ立ち
 初上り 行列揃えてアレワイサノサ
 コチャ 高輪夜明けて 提灯消す
 (コチャエ コチャエ)
 
という歌詞で歌われる江戸の花柳界で歌われたお座敷唄です。
この唄の元となった祝い唄が、《羽田節》として流行り、品川宿では、

〽︎お前待ち待ち 蚊帳の外 蚊に食われ 
 七つの鐘の 鳴るまで コチャ 
 七つの鐘の 鳴るまで
 コチャカマヤセヌ
 (コチャエ コチャエ)

等といった歌詞が流行りました。そのハヤシ詞をとって「コチャエ節」として大流行します。
県内では、中信地方、御嶽山麓の開田に残る《開田コチャ節》(開田嫁入唄)(木曽郡木曽町開田)がよく知られています。南信では伊那市の《龍勝寺山》(伊那市高遠町勝間)が同系統です。また、「コチャエ節」の源流とされる関東地方の「芋の種」系の田植唄としては、《富倉田植唄》(飯山市)等、北信地方に残されています。
「コチャエ節」の歌詞に、「こちらは構わないよ」といった意味合いの「こちゃかまやせぬ」という歌詞が知られ、「カマヤセヌ」というハヤシ詞をもつ唄が残されています。原村では「コチャカマヤセヌ」というハヤシ詞で締めくくります。

保存会による踊り(原村芸能フェスティバル)

ところで原村では、

〽︎お江戸日本橋 七つ立ち 八つ山へ
 行列揃えて アレワイサト
 コチャカマヤセヌ

という歌詞が残されています。町田も、「お江戸日本橋」のメロディーを生む直前の姿をよく暗示していると指摘しています[町田 1965:42]。
県外では、秋田の「かまやせぬ」(秋田県仙北地方)が知られています。

〽︎(アーセヤ)
 お前待ち待ち 蚊帳の外 蚊に食われ
 (アーセヤ)
 七つの鐘の 鳴るまでも コチャ
 七つの鐘の 鳴るまでも
 ホイキタコノサッサ カマヤセヌ

秋田では、下の句をコチャでつないで繰り返しますので、《お江戸日本橋》と同じです。最後に「ホイキタコノサッサ カマヤセヌ」で締めくくります。なお、最終句は4文字であったものを5文字にしています。

江戸の「コチャエ節」は甲州経由で伝播したか?
原村では《エーヨー節》《ドッコイサイト節》《ションガイネ踊り》《粘土節》といった踊り唄があったといいます。これらは7775調の詞型からなる甚句系です。管理人は耳にしたことはありませんが、甲州との関係から考えると、《ションガイネ踊り》は《縁故節》(山梨県韮崎市)かと思われます。《粘土節》(同県甲斐市竜王町)も甲州民謡でよく歌われています。地理的にも近いので、甲州の民謡が伝播したことは想像されます。
《コチャかまやせぬ節》に似たものとしては、《市川文珠》(同県西八代郡市川三郷町)といった踊り唄が知られます。

〽︎市川文珠 知恵文殊 女ゃ針
 男にゃ硯 墨紙 ドッコイ
 男にゃ硯 墨紙

これは基本的に75574調で、ドッコイからもう一度下の句を繰り返します。「コチャエ」とか「カマヤセヌ」といったハヤシ詞はありませんので、省略されたものかもしれません。
また、原村からも遠くない山梨県北杜市を中心とした西八代郡には《馬八節(うまはちぶし)》という仕事唄があります。

〽︎オーヤレヨー
 馬八ゃ馬鹿と ハァコラおしゃれども 馬八の
 唄聞く奴は ハァコラなお馬鹿

これも75574調の詞型で、古い旋律型を感じさせます。
また、歌詞を調べてみると、山梨県の地名歴史、江戸の芸能や歴史等、さまざまな歌詞が残されています。やはり、甲州街道を経由して、江戸からの文化が運ばれてきたのではないでしょうか。


音楽的特徴

拍子
2拍子

音組織/音域
民謡音階/1オクターブ

原村コチャかまやせぬ節の音域:1オクターブ

歌詞の構造 
基本の詞型は75574調です。

〽︎娘をやるなら 原村へ 原村は 
 お米の金が ザクザク
 コチャカマヤセヌ

各唄の最終句のあとにリフレインとして「コチャカマヤセヌ」を歌います。
なお、節回しはいくつかバリアンテがあり、地元の民謡保存会以外には、早い時期に江村貞一、曽我了子といった民謡歌手による吹込みがされています。その節と保存会のものとはややちがいもあります。

原村コチャかまやせぬ節の旋律の比較

演奏形態


※基本的には無伴奏ですが、レコード吹込みされた演唱では尺八伴奏が付けられています。

以下には、《原村コチャかまやせぬ節》の楽譜を2種類掲載しました。

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