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Death Stranding 完走、感想。

ゲームとしても素晴らしいし並の映画には太刀打ちできないほどには映画だったんだろうと思う。私は映画は詳しくないのでなかなか断言はできないけど。私がプレイして感じたことを日本語に落とすには、「ゲームとしてのデススト」「映画としてのデススト」をそれぞれ別に語り起こさないとまとまらないなと思う。なお文中敬称略。

ゲームとしてのデススト

私は常々「プレイヤーによってそれぞれの解法があるのがいいゲーム」と言っている。そしてデスストはその意味で申し分なく「いいゲーム」。ストーリーの本筋とは直接関係ない依頼をやってもいいしやらなくてもいいし、移動の手段とルートの選択肢が無数にあり、そしてその選択には、「ゆるくつながっている」他のプレイヤーの選択がゆるやかに影響してくる。それは他のプレイヤーと競うためではなくあくまで互助として機能し、自分の選択も他のプレイヤーの選択に影響し、互いにその選択には「いいね」がつき、ほとんどそのいいね数でゲーム性が変わることはないにも関わらずついつい公共精神(!)が発揮されてしまうデザインになっていて、分断ではなく連帯を主張するストーリーとも深くリンクしている。

しかしながら単に自由なだけではなく、判断ミスには手痛いペナルティもあり全体を引き締めている。それは難路でのルートファインディングであったり戦闘中の判断であったり様々な状況がある。瞬間的に複雑で難しい判断を強いられることはほとんどない(*1)し難易度設定も可変(*2)なのでハーコーゲーマー向けというわけではないが決してユルくもない、そういう絶妙なバランスの上に成立している精巧なゲームデザインが光る。

ついついまくしたてるように書いてしまったが、つまるところ「適度にアタマを使わされて短めのスパンで『評価』されるためついつい睡眠時間が削れてしまう危険物」である。
話題になった「映画的な部分」について一切触れなくてもこれだけよさがある。

*1 終盤、それまでにやってきたことを全部やらされる依頼があり、そこでは瞬間的ではないにせよめまぐるしく変わる状況への対処が求められる。
*2 「難易度を下げるかぁ〜?」と煽ってくる敵ボスキャラがいる。

映画としてのデススト

映画としての、と言ってはいるもののこれは便宜上そう呼んでいるだけで、本作の実情としては「映画界で活躍しているキャストが出演するゲーム」というほうが近いと思う。そんな本作の「映画的な」部分についても特筆したい部分が多々あるので個人的な感想を書き残しておきたい次第。
とはいえ……。
ストーリーを最後まで追った身としてはやはりほんとうに本作は「ネタバレ厳禁」だと思うので、ストーリーの具体的な部分には触れずに書いておく。最後まで追った人なら何のことを言っているのかなんとなく伝わると思うし、いままさにプレイ中の人の邪魔にもならないと思う。そして何より、これからプレイする人の興味をかき立てられれば幸いである。

ストーリーの大きな縦糸としては、主人公サムが周囲に説得されて、デス・ストランディング(DS)によって物理的にも論理的にも分断されたかつてアメリカと呼ばれていた地域を、関連機材を配送して通信網を再接続することでふたたび結びつけていく話、と言って良い。ただ、そうした再接続をよく思わない個人や集団がおり、そこで生じる因縁や軋轢でなんやかやとか、そもそもDSって何だとかというところが横糸になっていくわけだが、全編を支配しているのは底知れぬ寂寥感である。

それを緩急をつけた様々な演出で上げ下げはするものの、いつも一息ついたときにはその寂寥感に包まれていて、少し安心している自分を発見してしまう。配送の前後ではいろんな人々からいろんな話を聞き、そして淡々と次の配送に向かう……そうした「ミニマルなループ」の中で、ストーリーが進むごとに徐々に変化が生まれ、いつのまにか「生とは」「死とは」「分断とは」「連帯とは」「法とは」「自由とは」とか考え始めてしまっているし、そのどれもがそうしたミニマルなループの結果としてあることを思わされる。

その寂寥感とミニマルなループの中を漂う群像の中には絶対悪も絶対善もおらず、それぞれの立場のそれぞれのちょっとしたボタンの掛け違えがバタフライ・エフェクトめいて世界をがらりと変えてしまう、そんな寓話のようにも思われる。

しかしまぁ、それにしてもだ。

私は指名なし依頼もほとんどこなしてから終盤の西部以降に臨んだのだが、そのプレイ時間にして全体の5%くらいの展開の速さと濃度がとんでもなかった、ということだけはきっと書き残しておきたい。正直ついていけているか自信がないが、とにかくそれまでに積み上がっていた疑問や疑念をあざ笑うかのように右へ左へ振り回すあの手際には心底恐れ入った。小島監督もなかなか人が悪い(苦笑)。ラストシーンまで、我々は「誰が誰だかわかっていない」。

そしてやはりこれは書かないわけにはいかないなと思うのは、ラスト手前の大塚明夫の熱演。サムも含めて他のキャラクターは割合抑制した演技で重みを与えている中で、それまで「長官」としてつとめて冷静に振る舞ってきたダイハードマンの感情が最後の最後で大爆発するアレは流石にグッときてしまった。

まだまだ「あれはどういう理屈なんだ?」と思われることがいろいろあるのだが、それは気が向いたらでもふせったーにぽこぽこ落としていこうと思う。ネットの考察記事、SEKIROのときなんかはまーぁひどい記事しか見なかったがDSだと何かあるだろうか、そういうのもさがしてみたい。

しめて236時間(休憩が67時間とあるのはPS4をスタンバイにしてた時間も含むのか?)、すっかり「もっていかれた」し、ゲーム好きで未プレイの人には問答無用で推薦したい傑作であった。

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