「破天荒フェニックス」

売上20億、14億の負債を抱えていた倒産寸前の会社を買い取り、再生する実話。

▼メガネ界のZARAを目指して
当時のオンデーズはダサかった。
ZARAのようなファッション性を追求すれば、社員たちはオンデーズで働くことに誇りをもって売り上げも回復すると思っていた。

毎月1億の返済、2000万の赤字を垂れ流すオンデーズは「2tトラックの荷台に1.4tの砂利が乗っているような状態」だったのでそんなに甘くなかった。

▼全国の店舗の視察
社長自らが全国の店舗を視察し、社員に覇気が無かったり色々な気づきを得る。
圧倒的な革命が必要だと感じる。
→目立ったもん勝ち!という革命スローガンとともに、「オープンセールは店内商品全品半額」を打ち出す。
→問題点は色々あったが、客が殺到する状況に自分たちを追い込めば、全員が仕事の効率を追求せざるを得なくなると思いオープンセールを打ち出しまくる。
→この企画が見事に当たり、その後も全国各地で次々と新店舗がオープン。

▼震災でえたもの
東日本大震災がおきたとき、被災地に無料で眼鏡をつくりにいった。
あるお婆ちゃんがしつこい位に謝礼をしてきたのでわけを聞いた。
→被災して眼鏡を無くした。生存者の確認掲示板が読めなかった。無料で眼鏡を作ってくれたおかげで、この目で家族の安否を確認できた。

これまではメガネを商売道具としか思ってなかった田中社長は、衝撃を受けた。眼鏡を買う人のベネフィットを生で感じた。

▼ファッション性だけじゃなく、本当に良いものを提供
震災でお客のベネフィットを知った田中社長は、品質を追求した。

これまでのオンデーズは、売り上げノルマを達成しない店舗は、社員が自腹を切って補填する風潮があった。
田中が社長になってからこの制度一切廃止していたが、売上を見ると社員の購入履歴があった。
原因を調査すると、社員が本当に欲しくて買っていたことが分かった。それから商品はみるみるうちに売れていった。

その後も、シンガポールと台湾への激動の出店。国内の展開が功を制し10か国250店舗で展開するほどに成長した。

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