本当の気持ち

決めていたことがある。
私の守りたい人、大切な人、そういう人たちが苦しんでいるとサインを見せたら、必ず拾い上げてあげたい。
そう思って生きてきた。これが偽善であっても。

孤独なら、一緒に出掛けようよ
楽しいなら、一緒に笑おうよ
悲しかったら、たくさん泣いていいから楽しいことで塗り替えちゃおう

そうやって励ましてきたつもり。
そこに見返りなんて求めてなかった。
ただ、大好きな人たちには笑っていてほしいと、心から思っている。
それは今も変わらない。

私は自分を取り繕うことがうまい。
相手を否定することも好きではないし、出来るだけポジティブな意見を伝えたい。
いつも笑っている。笑顔は人の気持ちを解くから。
でも本当は躁鬱と長いこと戦っている。
会社へ行く途中、知らない男性に襲われたことが発端だった。
15年以上、通院を続けているが、夜はどうしたって眠れない。
だけど親は、私の病気を恥ずかしいものだと、どこかで思っている。
すごく辛かった。すごく怖かった。
だけど、親を悲しませたくなくて、ひとりでただこの病気と戦った。

この病は、呪いだ。
ふとしたトリガーでよみがえり、また支配を始める。
治ったと勘違いしても、治っていないと痛感することが多々ある。
衝動的に消えてなくなりたいと思うときもたくさんある。
しかし、別に自分をかわいそうだと思わない。
私よりももっとつらい人はたくさんいる。だから、友人の心が苦しいときは助けたい。そう思っていた。

でも時折、すごくむなしくなった。
知らぬ間に分類されている「誘う人」「誘われる人」
私は絶対的に前者だ。
親しい友人の仲ではよくこの2分類がパターン化してしまうことがある。
けれどそれは、私が誘うことをやめたら断たれる、とてももろい関係だ。
私の近況なんて誰も気にしない。
そう気づいたら、ある日、突然むなしくなった。

私は、アロマンティックという部類に入るんだろう。
他人に恋愛感情を抱くことが出来ない。
だから彼氏がいた時期も、心のどこかで窮屈さを感じてすぐに別れてしまった。
私に守るべきものは何もない。ただ一つ、愛猫のカレーライスだけ。

ある日、母に打ち明けた。
「私は、私の最後を自分で決める。もうリミットは決めた。それがみんなを傷つけたとしても」
そうして母は言った。
「分かった。だけどその時が来て少しでも生きたいと思ったら、その時は生きなさい」

私は嬉しかった。すごく嬉しかった。
「頑張りなさい、生きなさい。」
そう言わずにいてくれたことが、すごく嬉しかった。
今のわたしをちゃんと見てくれている母に、心から感謝した。
そうしたら、すごく心が軽くなった。まるで羽が生えたみたいに。
この胸のむなしさは、少しだけ消えた。

必死に笑って、誰かの心配ばかりしてた。
だけどもう、やめようと思う。
うわべだけの言葉は、自己満足でしかない。
心配してる、そういうのは簡単。
だけど誰も、私の心を救おうとすら思っていない。
そういう交友関係しか築けなかった。それは自分のせいだ。

結局自分も、見返りを求めていたのだと気が付いて情けなくなった。
誰かが閉じこもってしまうなら、連れ出してあげたい。
仕事で悩んでるなら、話を聞いてあげたい。
だけど、自分がそんな風に声をかけてもらったことって、多分ない。
順風満帆、好きなことをして生きている。
周りにはそう見えているらしい。
それでいい。このままでいい。
それは自分のせいなのだから。

だから、整理整頓をしなきゃ。
私は静かに姿を消さなきゃ。どうせ誰も気づかない。

家族を大事にして、愛猫を大事にして。
誰かの心配を期待なんてしないで、自分の気持ちのままに生きて。
手を差し伸べてくれた人は誰もいなかったけれど、そのおかげで私の気持ちはもう決まった。
だから、自分の思うままに生きる。
そして少しずつみんなの思い出から消えていくと、そう決めた。
誰かのために頑張るのはもう、疲れた。

善人はおしまい。
私はこれから、本当の私を生きてみたいと思う。
さようなら、偽りの飾り物。
キラキラして見えた日もあったけど。
さようなら、たくさんのマネキン。
私にはもう、必要ない。

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