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僕が間借りカレーを始めたワケ(4)

すえぞー a.k.a. カレーゲノム

日本で唯一、間借りカレー界隈でミャンマー式カレーを提供するしている #新橋カレー実験室 店主のすえぞーです。

これまでの経緯をざっくり言うと、
離婚してポッカリ空いた胸の穴を埋めるために自分をパーソナルブランディングして、その結果行き着いたのがスパイスでありカレーだった。
そして、ブランディングして軸ができた途端に間借りカレー店のオファーが降ってきた。
ということです。

間借りを始めた頃はとにかくカレー関連の繋がりを作りたくて、とにかくあちこち食べ歩いては店主や著名な方々と繋がっていきました。

まずはFacebookグループ #カレー研究会 でカレー研究家一条もんこさんと知り合い、もんこさんの繋がりで大久保の超名店「スパイシーカレー魯珈」の斎藤絵理さんと繋がり、東京スパイス番長メタ・バラッツ氏が当時やっていた「バラッツ・スパイスラボ」でご本人とお会いしたり、そこからさらに東京カリ〜番長のリーダーや水野仁輔氏に会ったり。

いろんなカレークラスタの方々とお会いして、そこで得られた知見を自分の間借りにフィードバックさせたりしてました。

あ、一条もんこさん&斎藤絵理さんはウチの間借りに食べに来てくださったこともありました^ ^

僕はどこかに習いにいったわけでもなく、全て手探りで切り拓いていったので、他の間借りカレー屋に比べるとインフラも整備されていない、垢抜けないところが未だに多々あります。
気付いたらその都度取り入れたり直していくような感じで。

当時僕が出していたカレーは、オーセンティックなインド的創作カレーかパキスタン系、あるいは完全に独創的な創作カレー。
イマドキでいう「スパイスカレー」ってやつですね。笑

さらに、本業(普通にサラリーマン)をやりながらの間借りだったので、面倒臭がり屋の僕は隔月営業という超スローペース。

そして、あくまでスリランカカレーを軸にしている #カレーハンター 白鳥さんとは明らかに自分の方向性がズレてきていることを如実に感じてしまい、半年程度で脱藩してしまいました。

バンドの解散とかメンバーの脱退理由にある「方向性の違い」ってこういうことなのかな、と。笑

そして、その後も創作カレーを作り続けてきたわけですが、その営業月の「旬」の食材を使うということ以外何も決めずに、相変わらずフックのかかりづらい浅い営業が続きました。

そうこうしているうちに、いろんな間借りカレー屋さんが台頭してきて、さらにカレーおじさん\(^o^)/が「マツコの知らない世界」で間借りカレーを紹介したものだから、良くも悪くもサブスクとしてのカレー業界への一般人の参入がさらに相次いでくるという事態になりました。

こんなバツイチのおっさんが細々とやってる間借りカレー屋なんて、誰も見向きもしないでしょ。

正直少しやさぐれました。

ここで、また考えました。
さらに差別化が必要だな、と。

そこで再び、カレーの師匠である #一条もんこ さんがキーパーソンとなってくるのです。

次回はいよいの、僕の今の営業スタイルや方向性に決まる「軸」を作ってくれた方々に触れていきます。

今回もお読みいただき本当にありがとうございました。

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すえぞー a.k.a. カレーゲノム
日本で唯一!間借りカレー店でミャンマー式カレーを出す「新橋カレー実験室」店主です。毎月第4日曜日の昼間に、人通りの少ない新橋で、完全予約制にてチェッターヒン(ミャンマー式チキンカレー)を提供中。本業を持ちながら間借りカレー屋を始めた経緯と、レシピ紹介をしていきたいと思います。