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囲碁史記 第16回 安井算知と本因坊道悦の争碁


争碁の概略

 安井算知と本因坊道悦の争碁について概略を記す。
 名人碁所をかけた二世本因坊算悦と算知の初の争碁(全六局)は引き分けで終わり決着はつかなかった。そして、第六局から五年後の万治元年(一六五八)に算悦が死去し、本因坊家は道悦の時代に移っていくが、算悦の没後十年経った寛文八年(一六六八)に突如安井算知の名人碁所が決定する。
 これには算知の後援者である幕閣の重鎮・保科正之の働きがけがあってであろうといわれている。保科正之は、徳川三代将軍家光の異母弟(秀忠の子)である。保科正之は安井家の後援者的な存在で、算知に屋敷を提供していたといわれている。
 算悦死去後の囲碁界において算知は事実上のリーダーであり、幕府は本人の願いという形をとって、寺社奉行管轄下初の碁所に就けたのである。
 算知の名人碁所に異議を唱えた人物がいる。それが算悦の後を継いで三世本因坊となった道悦である。
 師である算悦と算知の決着はついておらず、また自分と算知は一度も対局していないのに決定したのはおかしいと訴えたのだ。このときのことを『碁所旧記』は次のように記している。
 
寛文八年十月十八日に安井算智へ願之通碁所仰付られ候、同二十日御城に於て碁将棊仰付られ候。道悦家督より十一年に相成候。年々御城碁相勤め候へ共、算智とは今年迄仕らず候処、算智儀碁所就き仰付られ候。道悦先にて仕り候様にと、加賀爪甲斐守殿御指図に御座候。
前々より碁所は諸人に勝越候依り仰付られ候。然る処に算智儀、道悦と終り仕らず候処、碁所仰付られ候儀心得難く存候へ共、十八日に仰付られ、二十日迄間もなき儀に候故、御城碁まづ先にて仕り候。右の碁に付ても算智方より色々手入致し、持碁に仕りくれ候様にとの子細、様々御座候。然れ共委くは相記さず候。同二十七日加賀爪甲斐守殿御寄合、小笠原山城守殿御列座成され候刻、道悦儀道策召連れ、罷出候。其意趣は今度算智へ碁所仰付られ候。碁所と申すは古来より諸人に勝越、其上由緒も有之儀に御座候処に、私と終に囲碁仕らず、算智碁所の儀御訴訟申上げ候段前例に相違仕り候様に存候。然れ共御公儀より碁所仰付られ候上は違背仕る儀にては御座無く候へ共、算智儀、私とは今年迄囲碁仕らず候。此上は番数仰付られ下され候様にと願上げ候。手合の儀は算哲、智哲も私に先にて仕り候間、算智とは互先にて仕り度くと申上候。右の願書別紙に有之候。

 
 碁所は幕府が任命する官位であり、それに異議を唱えるのは幕府に逆らうことと同であった。このとき道悦は遠島を覚悟で算知への争碁を申し込んだのである。
 嘆願の末、六十番の争碁が打たれることとなる。この当時、安井算知五十二歳、本因坊道悦三十三歳で、その他の碁打ち達を見ると、林門入は前年の寛文七年に八十五歳で死去しており、井上因碩も六十三歳という高齢になっている。
 この争碁の第一局の直前にこんなエピソードがあった。算知が本因坊邸を訪れ、一局目を持碁にしてくれと頼みにきたという。
 それはそれとしてこの争碁は道悦の定先で始まった。この頃の手合いは四番勝ち越すと手合いが進んだ。つまり定先(黒)である道悦が四番勝ち越せば、先相先となり三局に一局は白を持てるようになる。算知が四番勝つと道悦は先と二子で交互に打たなくてはならなくなる。
 道悦としては先相先にしなければならないし、間違っても四番負け越せば島流しになってしまう。ところが道悦はなかなか勝てなかった。決して負けている訳ではないが、途中までは五分の成績で進んでいった。しかし、道悦は第十三局からは勝ち続けるようになった。それには弟子の道策との研究があったのではないかといわれている。
 この争碁は一年間で十六局進んだが、道悦が算知を打ち込み、手合いが先相先になってからは年に一度の御城碁として行われた。延宝四年になり、六十歳となった安井算知は目も衰えてきたことを理由に対局を辞退し、碁所を辞任している。
 安井算知は名人碁所の座を幕府に返し隠退。道悦も幕府の意向に逆らったとして自ら隠居の身となり道策に当主を譲っている。
 
 対戦記録は次の通り。
(十六番目まで先番 道悦、十七番目から先々先道悦)
 一番目 寛文八年十月二十日於御城 芇 
 二番目 同九年八月七日於加賀爪甲斐守宅 五目勝 道悦
 三番目 同年同月二十八日於同所 芇
 四番目 同年九月十二日於町野壱岐守宅 芇
 五番目 同年十月四日於石尾七兵衛宅 五目勝 道悦
 六番目 同年十月九日於加賀爪甲斐守宅 四目勝 算知
 七番目 同年十月十四日於松平兵庫守宅 三目勝 道悦
 八番目 同年同月二十四日於織田信濃守宅 五目勝 道悦
 九番目 同年閏十月八日於中山備中守宅 芇
 十番目 同年同月十日於秋田淡路守宅 三目勝 道悦
 十一番目 同年同月二十日於御城 九目勝 算知
 十二番目 同年十一月十八日於加賀爪甲斐守宅 四目勝 算知
 十三番目 同十年七月二十一日於松平丹後守宅 中押勝 道悦
 十四番目 同年同月二十二日於加賀爪甲斐守宅 六目勝 道悦
 十五番目 同年九月朔日於同所 十二目勝道悦
 十六番目 同年同月二十二日於松平市正宅 一目勝 道悦
 十七番目 同十一年十月二十日於御城 九目勝 道悦
 十八番目 同十二年十月二十四日於御城 六目勝 道悦
 十九番目 延宝元年十二月二日於御城 三目勝 算知
 二十番目 同三年十月二十日於御城 十三目勝 道悦 

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