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シザーズ・クロッシングへ

 5月終わりのカリフォルニア南部の乾燥と容赦のない暑さは、日本の気候になれた自分にとって、初めて経験するものだった。
 日中歩いていると、口の中や喉の奥のほうがカラカラに干からびて貼りついたようになってくるので、定期的に水を含み、湿らせなくてはいけなかった。
 渇きもあるが、そうやって限られた水をどんどん使わなければならないことは不安だった。
 吐く一息ごとに、体のなかから水分が失われていくのがわかる。口元が覆われているといくらか楽になるので、体が慣れるまで数日間は、まるでギャングのごとくバンダナをマスク代わりにして巻いていた。
 アメリカのハイカーたちは、平気そうな顔をしている。体のつくりが違うのかと不思議だったが、自分の身体も適応したのか、だんだんと気にならなくなった。
 頻繁にバックパックに突っ込む指先も、はじめ全部の指がさかむけ状態になった。やがてそれもみんな剥けてしまうと、新しい頑丈な皮膚に入れ替わって、もう剥けるということはなくなった。人間の身体というのはすごいものだと思う。

 ベージュ色の砂地のなかに人間の背の高さほどのサボテンや節くれだった灌木の濃い緑が散らばっている、すっかり見慣れたカリフォルニアの景色が続いてた。
 メキシコ国境を出発してから4日目、シザーズ・クロッシングというハイウェイの交差点へ向かって山を下った。トレイルは丘陵に囲まれたおおきな窪地をまっすぐに横断していた。
 その窪地に足を踏み入れた途端、熱気が重みをもって真上からのしかかってきたように感じた。
 日傘をさしていたと思うが、そんなのはおかまいなしだった。息苦しく、巨大なオーブンであぶられているみたいだった。

 ハイウェイまでたどり着ければ、そこからヒッチハイクして町に下りることができる。自分なりに危険を感じとっているせいか、頭の中が冷静になっていくのがわかった。バックパックのサイドポケットに差したウォーターボトルの水と、ハイウェイまでの距離をあらためて計算してみてから、目の前にまっすぐ伸びたトレイルに踏み込んだ。
 どれだけ我慢してみても、暑さというのは時間とともに確実に水を消費させるものだ。この熱気の中にいるかぎり、体から出ていった水分をそのぶん補充しつづけて、体を冷まさなければどうにかなってしまう気がする。
 それでも窪地は広く、景色は延々と変わらない。
 茂みに潜んでいるガラガラヘビの立てる、ジャーッという威嚇音が連鎖してあちこちから聞こえてくる。彼らはそこらじゅうにいるのに、姿はぜんぜん見えなかった。
 もうただ決めたペースの通り、時々水を飲みながら熱気を耐えて歩いていく。
 大丈夫、このまま行けばいい。肚をくくるとこんな心境なのかと思った。

 そうして40分ほど歩いた。やがてハイウェイが見えてきた。
 ハイウェイの下は砂地のアンダーパスになっていて、涼しそうな日陰に、ウォーター・キャッシュのボトルがたくさん並んでいる。同じように熱気を乗り切ってきた数人のハイカーがたむろしていて、その中にはケイトリンの姿もあった。
 日向から栗色の髭をもじゃもじゃにした若い男があらわれて、カクタス・クーラーの冷えたソーダをくれた。彼は近くの町まで補給に下りるハイカーを乗せているトレイル・エンジェルだった。

 僕とケイトリンは他のハイカーと一緒に車に乗って、ジュリアンという近くの町へと向かった。

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