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心の台詞。

▶︎心の台詞。(実践編)020

初心者は、まず台本を渡されると、自分の役をどう演じようかだけを考えて、感情を先に決めてしまいます。個人プレイならそれでも構いませんが、チームプレイでは成立しません。

サッカーや野球の場合、敵チームの選手や味方のチームメイトがどう動くのか、何を仕掛けてくるかは予想出来ません。それと同じで、たとえ台本に相手の台詞が書いてあっても油断してはいけないのです。

同じ台詞でも、いつもより大きな声で叫ぶかも知れません。小さい声で呟くだけかも知れません。いつもよりタイミングが早いかも知れないし遅いかも知れない。近づいて来て言うのかも知れないし、遠くから言って来るかも知れない。その日その日の相手の言動には相手の意志や意図があるのです。それを受け止めて、それぞれに合った対応をするのです。

逆に言うと、自分から送る時は、大きい声、小さい声、近づく、離れる、台詞を食う、間を置く、を駆使して相手にダメージを与えるのです。

そのための第一歩が、まず感情を込めずに会話して相手の様子に注意を払い、相手の出方を探るのです。

実際に例を挙げてやってみましょう。僕が1990年に出版した「黒いスーツのサンタクロース」という戯曲の最新版PDFが劇団座キューピーマジックのHPのbookというページの中にあります。ご自由にダウンロードして活用してください。

「黒いスーツのサンタクロース」あらすじは以下の通りです。

クリスマス・イヴ。待つ人の誰もいない暗いアパートにひとりぼっちで帰って来た売れない女優、森田由紀子の部屋に不法侵入していた黒いスーツの中年男。泥棒かと思ったその男は実は彼女をあの世へ案内するためにやって来た死神でした。パニックになって死にたくないと訴える由紀子。と、そこへ昔の恋人から舞台の主演依頼電話がかかって来ます。死神に懇願し、舞台が終わるまでという約束で彼女は死期を延ばしてもらうことにするのですが……。

出来れば台本を最初から最後まで読んで、物語の全体の流れを把握してください。以下は4場の冒頭シーン。幸子は劇団の演出家で由紀子はその所属女優です。実は昨夜、幸子の主催するパーティを由紀子はある事情によりすっぽかしていて、プライドを傷つけられたと感じた幸子がわざわざ苦情を言いに来たという場面です。

幸 子 今晩は。
由紀子 あ、あら、幸子、どうしたの?
幸 子 上がっていい?(返事を待たずに上がって来てソファに腰掛ける)
由紀子 ええ、どうぞ、どうぞ。…………ああ、ごめんね夕べは。行きたかったんだけど、急な仕事が入っちゃって。
幸 子 いいのいいの。
由紀子 楽しかった? みんな集まったんでしょ?
幸 子 ………。
由紀子 どうしたの?
幸 子 そのことで報告に来たの。
由紀子 報告?
幸 子 『グループ・アクトレス』のことだけど。
由紀子 ええ。
幸 子 解散するわ。
由紀子 解散?
幸 子 だれもこなかったの『女優たちだけのクリスマス・パーティ』に。
由紀子 だれも?
幸 子 わたし以外はひとりも。
由紀子 そんな………。

ここで大事なことは自分が演じる役がどういう感情で、どういうニュアンスで台詞を喋るかではなく、相手の台詞を聞いてどんな感想を持つかです。実際に心の台詞を( )内に加えてみます。

幸 子 今晩は。
由紀子 (クリスマスの夜に?)あ、あら、幸子、どうしたの?
幸 子 (どうしたのじゃないでしょ。あんた昨日のパーティーっすっぽかしたこと忘れたの?でも私は大人だから余裕をかましてやるわ)上がっていい?(返事を待たずに上がって来てソファに腰掛ける)
由紀子 (そうか昨日のパーティのことすっかり忘れてた)ええ、どうぞ、どうぞ。(まずい、幸子が余裕の笑顔の時は相当怒ってる証拠。ここは誠意を持って謝らなきゃ)ああ、ごめんね夕べは。行きたかったんだけど、急な仕事が入っちゃって。
幸 子 (私は大人)いいのいいの。
由紀子 (まだ余裕の笑顔だわ。機嫌取らなきゃ)楽しかった? みんな集まったんでしょ?
幸 子 (こいつ神経逆撫でしてくるわね。でも、私は大人)………。
由紀子 (あれ私なんか地雷踏んだ?)どうしたの?
幸 子 (私は大人)そのことで報告に来たの。
由紀子 (え、なんの話?)報告?
幸 子 (驚かせてやるわ)『グループ・アクトレス』のことだけど。
由紀子 (さらに余裕の笑顔だわ。まずいわ)ええ。
幸 子 (ショックを受けろ!)解散するわ。
由紀子 (びっくり)解散?
幸 子 (ショックを受けろ!!)だれもこなかったの『女優たちだけのクリスマス・パーティ』に。
由紀子 (ショック!)だれも?
幸 子 (みんな地獄に堕ちろ!)わたし以外はひとりも。
由紀子 (驚いて)そんな………。

これはほんの一例ですが、自分の台詞を喋る前に、これくらいの心の台詞(感想)を持つ必要があるのです。

「氷山の一角」という言葉があります。台本に書かれている事はまさに氷山の一角で、せいぜい全体の10%程度。残りの90%は登場人物たちの心の声やバックグラウンド。この90%を想像し埋めて行く作業が稽古なのです。

座キューピーマジックHP : http://cupid-magic777.com/

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