『モーメント・アーケード』日本語版発売記念、著者書き下ろしメッセージ
初めまして! この春、初の日本語訳のSF小説「モーメント・アーケード」を出すことになった韓国のファン・モガと申します! 日本在住15年目、日本で暮らしながら母国語で書いたこの小説で韓国科学文学賞を受賞してデビューしました。そして念願の日本デビュー! わあ!
最近どうしていますか? 会ったこともないのに、私はあなたの安否を気にしています。私は「私たち」の安否がいつも気になります。心身ともにお元気ですか? 毎日ちゃんと美味しいお米を炊いていますか? 生活は苦しくありませんか? いくら世界に問いかけても、自分の疑問には何一つ答えがないと感じていませんか? お隣の国に来て私もそう感じました。この世界で自分が一人ぼっちのように思える時、私も想像したものです。誰かが私のことを気にかけてくれたらいいのに、と。
ひどい格差社会、つらくて寂しい人間をずっと一人で放っておく世の中を憎んでいました。みんなどうやって生きているんだろう? 疑問で仕方なかったです。SNSでみんなの投稿に「いいね」を押しまくっても、自分の暮らしは一向によくならない……そんなある日、誰かが私にこう言いました。
「あなた自身の人生を生きて」
冷たい言葉だと思いました。取り残された気分、この人生で何回味わわないといけないのでしょう。
他人の記憶を取引できる「モーメント・アーケード」の中で、他人の感覚を体験してようやく私は気づきました。それは、私を応援しようと思ってかけた言葉だったのだと。
名前も知らない人から、私はずっと気づかないまま応援の言葉を聞いていたのです。頑張ろう、耐えよう、弱い者同士で生き延びようと。傷ついた者同士だからこそ、こう言いながら励ましました。
「きっと、誰か来てくれるよ」
いま私は小説の話をしていますが、同時に自分の体験も話しています。
来日して生計が立たず、ありえないほど貧乏だった時、全財産4千円の半分の2千円を私にくれた日本人の友人がいました。小さな奇跡と遭遇を経て私の現在が成り立っています。私の持てる才能は相変わらずほんのささやかなものですが、私は自分の文章で誰かの一日を、いや、ほんの一瞬だけでも勇気づけたいのです。私に何ができるのかと思ったりもしますが、いつもそう願っています。
韓国人の私は、日本で暮らしながら色んな意味で複数の世界を常に経験していました。韓国と日本、創作と生活、残酷な世界と暖かい世界、などなど。言葉が少し違うだけで冷たい態度を見せる人もいましたが、言葉や考え方が違うからこそ一緒に楽しい時間を過ごせる友たちもたくさんいました。同じ場所でありつつも色んなレイヤーが重なっている、面白い世界ですよね。時には、現実がSFよりひどいディストピアかもしれないと思ったこともあります。でも、どんなディストピアでも私は生き延びるんだと決心しています。そう、あなたがいるから。「私たち」がここにいるから。
国籍やバックグラウンドを理由に差別するのは死ぬほどくだらないと思っています。色んな経験を持った人と出会って、お互いのバックグラウンドをあたかも自分が経験したことのように楽しみたい。そのぶん、私たちの世界は広がると信じています。「モーメント・アーケード」は仮想現実を背景にした作品ですが、そう願う私の構想が盛り込まれています。
これからも、あなたと一緒にたくさん楽しい経験をしたいです。あなたもときどき、私に、私たちに声をかけてくれませんか。私が会いにいくから、その日までお互い頑張ろうと!
2022年 春
ファン・モガ
著者:ファン・モガ
2006年に来日し、漫画家の制作スタジオ、IT企業にて勤務。
東京居住中に韓国語で執筆した本作「モーメント・アーケード」で2019年第4回韓国科学文学賞中短編部門で大賞を受賞しデビュー。
2020年に韓国文化放送(MBC)で放映されたドラマシリーズ「SF8」の原作に短編「ARブラインドラブ」が選ばれる。
著書として、本作のほか日本の都市伝説を題材に日韓の友情を描いた「透明ランナー」など6作を収録した短編集『夜の顔たち』、中編『時計仕掛けのトッケビ』、長編『私たちが再び巡り逢える世界』などがある。
2021年に第8回韓国SFアワード優秀賞を受賞。