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詩集『月の光がクジラの背中を洗うときー48カ国108名の詩人によるパンデミック時代の連歌』朗読動画のご紹介

イオアナ・モルプルゴと名乗る見知らぬ人物から一通のメールが届いたのは、2020年4月6日のことだった。そこにはこう書かれていた。

「はじめまして。私は英国に住んでいるルーマニア人の小説家です。あなたのことはトルコの詩人、ゴクチェナー・セレビオウグルから紹介してもらいました。
私は〈自主隔離〉をテーマとする詩のプロジェクトを計画しており、あなたにも参加していただきたいのです。……」

(『月の光がクジラの背中を洗うとき』まえがきより)

新型コロナが人と人を隔てた時、世界各国の詩人100人が、短い詩をメールでリレーして一篇の長詩を完成させました。

ひとりの詩人の元に進行中の詩が届き、受け取った人は4行から6行書き加えて、なるべく早く送り返すーーというやり方で。

4月23日には早速僕の番がまわってきた。四番バッターだ。僕はその日のうちに自分の6行を英語で書きつけると、イオアナに送り返した。イオアナからは、あなたの詩はこれからイタリア・フィレンツェに行くことになりました、という返事があり、併せて自分の書いた連を室内で朗読してビデオで撮影すること、その際画面のどこかに窓を入れておくこと、という追加の注文があった。僕は和室の障子の前で自撮りしてファイルを送った。

(出典同上)

4か月に渡り、5つの大陸と47の国に住む詩人たちの間を旅した詩に、今度は韓国の詩人8人が返歌を送りました。
そのようにして生まれた『月の光がクジラの背中を洗うとき ― 48カ国108名の詩人によるパンデミック時代の連歌』は、孤独の壁を貫く言葉を収めた詩集です。

日本語版の刊行に先立って、詩人たちが自作部分を朗読した動画を公開します。

第一部:月の光がクジラの背中を洗うとき
”AIRBORNE PARTICLES
—a renga poem” Part 1

朗読: Gökçenur Çelebioglu, Ranjit Hoskote, Ruxandra Cesereanu, Yasuhiro Yotsumoto, Elisa Biagini, Menachem M. Falek, Abigail Ardelle Zammit, Pedro Larrea, Alice Miller, Marc Nair, Kārlis Vērdinš, Nicky Arscott, Vasilis Pandis, Sudeep Sen, Radu Vancu, Roja Chamankar, Tsvetanka Elenkova, Horatio Morpurgo, Juana Adcock, Efe Duyan

君の顎の先から滴り落ちるのは血ではなくブドウ酒
部屋の外では鳥が囀り—
世界はいまこそ、僕たちのものだよ。
隔離のなかに言葉がある。
ねえ、ハーフィズ、元気を出して
君にとっての世界とは言葉だけなのだから、
たとえ鳥たちのほかに誰ひとり
君の書いたものを理解できなかったとしてもね。
Gökçenur Çelebioglu(ゴクチェナー・セレビオグル[トルコ・イスタンブール])

”AIRBORNE PARTICLES
—a renga poem” Part 2
朗読: Riina Katajavuori, Radek Kobierski, Dejan Matić,  Nadia Mifsud, Greg Koehler, George Szirtes, Savita Singh, Gabriel Rosenstock, Zadok Alon, Olja Savičević, Michaël Vandebril, Sholeh Wolpé, Arian Leka, Nuno Júdice, Doina Ioanid, Michel Cassir, Irina Mashinski, Brane Mozetič, Andrea Grill

ねえ、わたしと「チケット・トゥ・ライド」しない?
青と赤と黄色のオモチャの列車を使うゲーム。
私の列車からはミシシッピ川が見える。今度はシベリアのオビ川、それから
 フィンランドのイー川も。
なにもかもが同じくらい遠く、同じくらい生き生きしている。
私は川についての本を読み、水についての本を読む。
二重窓のガラスの間に蜘蛛が一匹いるのが見える。
蜘蛛は部屋のなかの私を見ている、窓の外の白樺の木を見ている。明るい 
 緑。
Riina Katajavuori(リーナ・カタヤヴオリ [フィンランド・ヘルシンキ])

”AIRBORNE PARTICLES
—a renga poem” Part 3
朗読:Sjón, Sampurna Chattarji, Arjan Hut, Maria Grazia Calandrone, Ivan Hristov, Csilla Hajnal Nagy, Nuño Aguirre, Jane Draycott, Alvin Pang, Madara Gruntmane, Alessandro Mistrorigo, Maria do Rosário Pedreira, Immanuel Mifsud, Siân Melangell Dafydd, Yiorgos Chouliaras, Mustansir Dalvi, Margaret Saine, Alen Bešić, Mathura, Eric Ngalle Charles

礼儀作法について。夢に見た。何度も何度も
友人や見知らぬ人の手から慌てて自分の手を引っこめる
握手禁止の決まりをうっかり忘れて
眼が覚めても手のひらにほんのりと残っている
人肌に触れた感覚、恥ずかくて
忘れてしまいたい昔の失敗の記憶のように
Sjón(シオン[アイスランド・レイキャビク])

”AIRBORNE PARTICLES
—a renga poem” Part 4
朗読:Marina Boroditskaya, Jordan A. Y. Smith, Nathalie Handal, Bill Manhire, Robert Prosser, Nnane Ntube, Simone Inguanez, Milan Dobričić, Subhro Bandopadhyay, Francesca Cricelli, James Byrne, Zingonia Zingone, Yordan Eftimov, Inga Gaile, Selahattin Yolgiden, Ro Mehrooz, Waqas Khwaja, Richard O’Brien, Meifu Wang, Ayo Ayoola-Amale

隣り合わせの二軒のダーチャに住んでる
ふたりの少女
それぞれのトランポリンの上で跳んだり跳ねたり
真ん中の柵越しに憧れの眼差しを
投げあいながら。
Marina Boroditskaya(マリーナ・ボロディスカヤ[ロシア・モスクワ])

”AIRBORNE PARTICLES
—a renga poem” Part 5
朗読:Miroslav Kirin, Craig Czury, Agi Mishol, Jenny Lewis, Raoul Djimeli, Zohar Atkins, Althea Romeo-Mark, Philip Meersman, Phillippa Yaa de Villiers (aka Amamoo), Andrew Wynn Owen, Ostap Slyvynsky, Alex Wong, Maung Day, Olumide Popoola, Jèssica Pujol Duran, Pedro Serrano, Stéphane Bataillon, Chris Price, Marie Iljašenko, Ioana Morpurgo

正直な話、時間を取り消すことなんてできないだろう?
移動も、会話も、接触もできないこの状態が
今ではちょっと変わった幸福の形のように思えてきた。
白状しよう、みんな心の底では、こうなることを待ち望んでいたのだ。
と書いていたら、テントウムシが一匹やってきて
爪先だってくるりと廻ると……飛び去った。
Miroslav Kirin(ミロスラフ・キリン[クロアチア・ザグレブ])

第二部:韓国から寄せられた返歌
”AIRBORNE PARTICLES
—a renga poem” Part 6

朗読:Lee Won-ha, Seo Hyo-in, Yi Won, Hwang InChan, Oh Eun

輝く切れ長のドナウ川はあなたの目
川の水の細かい亀裂に滲む夜景はあなたの鼻
カレンダーをさっとめくる風はあなたのささや
窓の外に存在するすべての光はあなたの存在感

今日も四つの壁に閉ざされてあなたを愛する時代です
Lee Won-ha(イ・ウォンハ)

最後に、このプロジェクトを企画したイオアナ・モルプルゴさんから日本の読者の皆さんへのメッセージです。

精神的な休息を必要とするとき、この世界から逃げこんでゆくことのできる秘密のシェルターのような場所が、私たちひとりひとりにとって必要です。今回の連歌に参加した百人の詩人すべてにとっては、それを書くという行為そのものが、まさにそういう場所として機能しました。今完成したそれを読むことが、あなたにとっても秘密の「隠れ家」となりますように。
イオアナ・モルプルゴ

『月の光がクジラの背中を洗うとき』所収
「イオアナ・モルプルゴとの一問一答」より

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『月の光がクジラの背中を洗うとき ― 48カ国108名の詩人による連歌』はCUONより2022年2月に出版予定です。
日本語版では連歌と返歌どちらも、日本語と英語対訳で掲載しています。
さらに、韓国のアノンブックス(詩人のソ・ヒョインさんが立ち上げた出版社)から韓国語版も出版予定です。

『月の光がクジラの背中を洗うとき』日本語版レイアウトイメージ

BOOK INFORMATION
『月の光がクジラの背中を洗うとき ― 48カ国108名の詩人による連歌』

編者:イオアナ・モルプルゴ
著者:四元康祐、キム・サインほか
訳者:四元康祐、吉川凪
ブックデザイン:中垣信夫+須田遥
予価:2,750円(本体価格2,500円+税)
ISBN:978-4-910214-31-3


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