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“問い”を疑ってみること

オランダの教育は良いという噂を耳にしたことがある。どうやらオランダは子どもの幸福度が世界一位で日本も見習う部分がたくさんあるという。オランダ教育についてちょっと調べてみると子ども目線で行き届いた教育に感心した。いろいろ調べているうちに1つの問いが湧きあがった。果たしてオランダ教育を受けて育った子どもたちはどのような大人に成長しているのだろうか?という素朴な疑問だ。すごくよい教育を受けているのだからさぞかし立派な大人になっているに違いない!とぼくは予測した。運良くオランダに住んでいる知人がいるので,すぐにでも聞いてみようと思った。しかしバタバタ忙しくしていた所為もあってすぐに知人に連絡することなく2,3日経ってしまった。

その疑問についてを改めて考えているとそれが愚問だったことに気づく。そもそも子どもたちが子どもらしくあるために教育があるのであって良い大人になる(なって欲しい)かなんてことは大人の都合でしかでしかない,ということだ。将来的に社会の役に立って欲しいなどという大人の都合で子どもを育てるのが目的であれば現在の教育となんら変わらないではないか?あーなんてことを考えていたんだ!ルソーも子どものうちに無理に知識を植え付けるな!といっているみたいだし。とはいえ理想ばかりを掲げるつもりはなく,現実と擦り合わせてやっていく必要はあるのは承知のうえだ。ときにはふと湧きあがった問いについてただ考えるだけではなく,問い自体を疑ってみることも必要のようだ。

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