果たして彼女は実在したか? 3

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「おはようございます」
 普段よりいくぶん早く夜の10時に出勤すると、Gさんはすでに来ていて、制服に着替え、いつものタオルのほっかぶりを五分刈りの坊主頭に巻いているところでした。
「Gさん、早いですねぇ」
「……ええ、……まあ」
「あのー……、昨日も言いましたけど、今日は普段より1時間ほど早めのペースでいきましょう。よかですか? ……ほら、例の髪の毛……」
「わかりました。よかですよ」
 言い終わる前にGさんがそう即答するもんですから、またしても理由を言いそびれました。
 作業の時間は限られています。夜10時の閉店後から翌朝7時まで。従業員さんが出社するまでには仕上げのワックスを完全に乾かしておかなければなりません。
 普段でも時間との競争です。それでなくても大変な作業なのに、さらに仕事を増やそうとしている――会社の都合とはいえ、若造であるぼくのほうが一応責任者の立場にある以上、理由をきちんと説明したかったのですが、Gさんの使う博多弁、
「よかですよ」
には、なんだかすべてを包容しつくすような大きさがあり、ぼくはその寡黙な大きさに素直に従うことにしました。

 この島に移り住んでまだ3年にも満たないぼくにとって、Gさんは九州男児の象徴のような存在でした。
 男は黙って仕事をするもんだ――多くを語らず、ただひたすら黙々と仕事をするGさんの背中から、ぼくは色んなものを学んだと思っています。