果たして彼女は実在したか? 2

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 もうお分かりだと思いますが、ぼくは一介の掃除夫です。とある島の中心的大都市・F市の駅前にある大型商業施設で、夜間清掃作業員をやっています。清掃作業とはいっても、ぼくたちの担当は特殊業務で、専門用語で剥離洗浄と呼ばれるものです。

 ビルの床面は、だいたいにおいてPタイルという樹脂性の床材で張り詰めてあります。通常は、時速5キロメートルほどでコトコト走る自動床洗浄機なる清掃マシンを使って洗い、新たにワックスを上塗りしてメンテナンスしているのですが、わずかに残った汚れが蓄積され、何年かすると床面全体が黒ずんでくるものなんです。
 その黒ずんだワックス面を薬剤を使って根こそぎハクってやる……いえ、剥離するのが剥離洗浄です。
 これは何年かに1度の大仕事になります。
 新築ビルならいざ知らず、営業中の商業施設ですから、床面がそのまま剥き出しということは有り得ません。商品の陳列ケースやキャッシャーカウンターやら、数多の什器が計算された配置でレイアウトされています。それらの什器を根こそぎ全部動かして真っさらな床面を露出させ、作業終了後にはまた元通りに戻すわけですから大仕事です。

 ぼくとGさんはふたりだけでチームを組んで、この業務に取り組んできました。地上4階から地下2階までの広い店内を、1年あまりの歳月をかけて……、こつこつと……。それは亀の歩みにも似た、とても地道な作業です。
 ぼくは、そして想像するにはおそらく相棒のGさんも、この作業が大好きでした。なんだか魔法使いになった気分なんです。
 棚やカウンターの配置は前日と寸分違わずそのままなのに何かが違う――違うはずです。床面だけが新品同様にピカピカなんですから……。
 まるで魔法を使って床の汚れだけを取り除いたかのように、世界は劇的に変わります。

 もちろんこれは、ぼくだけの思い込みにしか過ぎないのかもしれません。実際のところは、掃除のおっちゃんたちの苦労などは誰も気にもとめず、
「ああ、きれいになってるな」
ぐらいのものでしょう。
 それはそれで一向に構いません。裏方のプライドとは別のところにあるものですから。

 人知れずそっと……。

 これはこれでひとつの美意識だ、とぼくはそう思っています。