ブランディングの基礎(後編)
2021年8月28日(土)17:00~19:30に、連続講座「実践者から学ぶ、ブランドデザインの哲学と手法」の第2回目を開催しました。
第2回目のテーマは「ブランディングの基礎」とし、元クリスチャンディオール日本株式会社 CEO、元シャネル日本株式会社 副社長、元ウエッジウッド日本株式会社 CEOである Hanspeter Kappeler氏を迎え、株式会社スズサンCEO / Creative Director であり Creation as DIALOGUE の統括コーディネーターを務める村瀬弘行氏との対談形式で講演が行われました。
本記事は後編とし、「ブランドイメージをどのように伝えていくのか 」「文化圏の違いを超えて、どのようにブランドイメージを伝えていくのか 」の問いへの回答として、売り場の展示や販売員の大切さ、時代やその国の文化にブランドを合わせることについて等の内容を掲載しております。
ブランディングの基礎(後編)
司会進行のミテモ株式会社 代表取締役 澤田より、「ブランドイメージをいかに発信し、伝え、共有していくのかという、このあたりの実践についてまたちょっとお話を聞けるかなというふうに思っています」と、3つ目の問いが提示されました。
ブランドイメージをどのように伝えていくのか?
Kappeler氏:どうやってブランドイメージを伝えるか。まず、見てもらう人の生活希望にどう答えるか、どういう魅力を与えるかとか、そういうことですけどね。メッセージそのものは、色々あるんですけど、すべてについて言えるのは「簡単で」「短く」「理解しやすく」「覚えやすい」ものでなければいけないと思います。消費者の意識の一部になって、ステータスシンボルになるようなメッセージでなきゃいけないんですよね。
伝えるとなると、メジャーなチャンネルとしては、やっぱり広告。ネットや雑誌、道路のポスターでもいいんですけど。
それから口コミ。口コミの力は意外と日本では強いんです。どこでそのブランドを知ったかと尋ねると「友だちから聞いた」という人と「広告を見た」という人の数は、ほとんど同じくらい。だから、化粧品業界で広告をせずに成功したブランドはあるんですよね。
「ええ!広告にお金を使わなくても成功できるのか!」というのは、私にとってとてもショックでした。
いつの時代も大切なのは売り場の展示
Kappeler氏:売り場の展示はやっぱり非常に大切ですね。商品を魅力的に見せるためには、良いロケーション(人通りの多い場所)と、十分な売り場のスペース(広さ)が欠かせません。これは、ひとつの勝負で、そのためにかなり戦いました。本当にすごかった。もっと良いスペースをもらうためには、週末、寝られなかったというときも何回もありました。
競争相手に取られたりとか、充分広くなかったとかね。それはかなり戦う意識がないといけないんですよね。
そういうことを、ほとんどの人、特にものづくりの人は忘れているんじゃないかな。商品を売って、例えば、代理店や小売店に売って、「はい、仕事が終わった」、「売り上げができた」、というのは、大きな間違いですよ。
やっぱり店での体験は大切です。今までも、いつまでもね。これは、Eコマースがますます盛んになっても変わらないことだと思います。
販売員がブランドイメージを伝えるということ
Kappeler氏:ブランドイメージは、まず、社員すべてがお客さんに伝えなければいけないね。そのために、ブランドイメージを理解して、実行しなければいけないです。取引先もそうです。取引先にもそのブランドを取り扱う以上は、そのブランドの価値を理解してもらわなければいけない。難しいことですが、できるだけ力を入れるべきですね。
ウェブサイトの見せ方もそうでしょうし、テレビショッピングでの演出もそうでしょうけれど、特に、展示と店でのサービスにおいては、販売員が非常に大切です。
一番は、売り場の販売員です。結局、彼らだけが実際にお客さんと接触する、会話する。それが良い対応であれば、ブランドイメージも良くなる。けれど、少しでも悪い対応をしたり、少しでも言葉を間違えたら…。どんなに良いものをつくっても、良いブランドメッセージをつくっても、良い広告イメージをつくっても、すべての努力と投資は水の泡になり、お客さんが「このブランドは嫌い」になる可能性もある。
そのブランドの販売員でなくても、店の販売員にもブランドイメージを理解してもらったり、時々行って「どうですか」「何か必要ないですか」「何か悩みがあれば電話もできます」ということを伝えたりします。最近は、インターネットでの販売員の教育や、質問のやりとりができます。
どこまで販売員に、ブランドが言いたいことを言ってもらうのか、というのもあるんですけどね。
そして、それだけではなく、やっぱりその販売員がそのブランドを好きにならないと良いサービスにならないと思います。そこも非常に大切なところではないでしょうか。
今言ったすべてが、ブランドのイメージを発信するんじゃないかと思いますね。
パッションがあるからこそ伝わる
Kappeler氏:消費者は、みなさんのエネルギーとパッションを商品から感じ取ります。ブランドの魂ってね、目に見えないけれど、商品に包まれている。商品の包装紙からでも、その熱意が伝わる。と、信じています。
村瀬氏:本当にそうですね。第1回目の講義の僕の話の中で、5つのエレメントの話をしました。技術、知識、経験、センス、で良いものはできる。でも、さらに必要なものは、パッションとおっしゃいましたけれど、情熱っていうところ。要するに僕は、(情熱=)ブランディングっていうところだなあと思っていて。
情熱のないブランディングというのは、やっても本当に意味がないなというふうに思いますし…
Kappeler氏:情熱やパッションがないと、いくら良いことを考えても、良いコピーライトであってもなかなか伝わらないね。メッセージは1つだけじゃないから。言葉のメッセージだけじゃなくて…
村瀬氏:先週、東京での展示会の後に、スタッフからすごくいい話を聞きました。ご来場くださったお客さんに、うちのスタッフが「こういうふうに作ってます。無くなりそうな文化で、なんとか10年過ぎて、若い人たちが育ってきて。今、こうやってものを作っています」というようなお話をしたら、そのお客さんが涙を流されたっていうような話を聞いて。
それは、その情熱が伝わって、それを交換できたなっていうのを感じた。その現場には、もちろん僕はいけなかったんですけれども。それは、まさに、それこそがこうやりたかったことだなっていうふうに思いますし。ものをひとつ「はい、どうぞ」ではなくて、そこの背景にあることも含めて…こう…
ですから、それを説明してくれたスタッフも、すごく情熱を持ってやってくれたんだなとも思いますし。それを感じ取ってくれたお客さんにも、ある意味、それを感じ取ってくださったことへの感謝っていうのがありますよね。
時代の流れを読んで、アップデートをし続ける
Kappeler氏:ブランドのメッセージとイメージを、いつも新しい時代、時代の流れに合わせる必要があるんですよね。
たまたまシャネルの例になりますけど。1924年に販売されたときの香水の瓶のデザインから、時代が流れて、少しずつモダンになって、よく見ると同じ瓶じゃないことがわかるんじゃないかなと思います。その時代で瓶が変わったということは、誰も気が付いていないと思います。
シールは封蝋のワックスであったものが絹のリボンに変わったり、色を少し変えたり、ラベルや蓋の大きさを変えたりとか、細かいところに常に気を付けて。瓶だけじゃなくて、パンフレットやカタログ、ダイレクトメール、店舗作りとか…
店舗作りといえば、シャネルの売り場は最初、真っ黒だった。今は白も多くなって、明るくしているんですけれども、でもやっぱり、“香水瓶にある黒い線は今でも店にもある”ということだね。
何につけてもそうですけれど、ブランドイメージは維持しながらも、細かいところは時代に合わせなきゃいけないですね。
村瀬氏:それこそ、本当に気づかないレベルの中の、常に、時代に合わせたアップデートをするという形ですね。ブランドというのは、終わりがないなというふうに思いますね。
Kappeler氏:「伝統に基づいて革新をし続ける」。これは私の一番好きな言葉ですね。伝統は伝統で大切だけど、常に新しいものを考えて、それをどうやってもっていくか。時代の流れをよく読んで、後を付いていくんじゃなくて、できれば先を走る。3年後は、どういう社会現象が起きるとかそれに合わせてね。女性に対してどういうトレンドがあるのかとか、いろんなことがあるよね。それと、男性にも男性のトレンドがありますしね。ものづくりだけではなくて、ブランドイメージをつくるためには沢山の仕事があるというふうにね。
村瀬氏:面白いですね。
澤田:伝統に基づき革新し続けていく、というのは第1回目の講義でも、村瀬さんから「何を残して何を変え続けていくのか」というメッセージを頂いていますので、非常につながるなあと思いました。
何を統一させるのか、何を残していくのかというのは、国を超えたコミュニケーションの中でも求められるところではないかと思っています。
最後の問いです。我々も、文化圏の違いを超えながら、ブランドとしてのイメージを損なわずに、あるいは、大事にしたいと考えている哲学や精神性を貫きながら、それでも、現地の方たちにしっかりと伝わるような商品展開であるとかコミュニケーションを行っていかねばならないと考えています。
そうしたい場合、具体的にどうやってコミュニケーションを取っていくべきなのか。先ほどから、「シャネル N°5」の話題が出ています。日本に香水を使う文化がなかった頃に、どのようにコミュニケーションを取り、浸透させていったのか。
その辺りの経験値も、最後にお聞きしたいなと思っています。
文化圏の違いを超えて、どのようにブランドイメージを伝えていくのか?
Kappeler氏:私の経験は、どちらかというと、ヨーロッパのものを日本に持ってくる経験です。ですが、その逆についても出来る限りは答えようと思います。
日本は、ヨーロッパからその文化をかなり理解されて、認められるようになりました。車や電気製品だけじゃなくて、元々の伝統文化というかね。自分の伝統と技術は、絶対にプライドをもって徹底するべきですね。職人文化や、地域の特性、何世代目であるとか、そういうことにヨーロッパ人は非常に関心を持ちます。そういうところはやっぱり財産ですね。
ブランドの名前だけで世界中に通じれば、理想的で一番良いのでしょうけど、そこまでいかないことが多いんじゃないかと思いますね。
私が面白いと考えているのは、日本の場合は「用の美」というのがあるんです。毎日、使っているものに芸術が付く、合併しているということね。その、日用品と芸術の間がはっきりとしていないの。ヨーロッパの場合は違う。これは日用品、これは芸術品ってはっきり分かれている。
だから、日用品をたくさん売ろうというのもできるんですけれど、もっとヨーロッパで反応が良いのは、オンリーワンのもの、芸術品と見られるものです。
昨日、偶然面白い話を聞きました。日本の伝統の竹細工・竹業界の話です。明治時代までは、製品に作った人の名前を付けていなかったんです。しかし、それを海外で売ろうとしたときに、職人の名前や、ブランドの名前が付いていないと売れないことがわかり、付けるようになったそうです。名前を付けると売れるようになった。
村瀬氏:それは大きなヨーロッパと日本の違いですね。
文化の違いに合わせて変えるところ、変えないところ
Kappeler氏:違いに対して、合わせるべきことは合わせて、しかし、日本のDNAは失わないようにね。DNAが消えないように、商品自体の変更は最低限に抑えるべきだと私は思いますけどね。
どうしても変えなきゃいけないのは、例えば、お茶の場合。ヨーロッパは水が硬く、日本は柔らかい。「同じ味が出るのか」などは考えるべきですよね。そして、お茶だけではなくて、人気のある湯呑と一緒にセットにして売るとかね。
まあ、お茶の場合は、ヨーロッパではペットボトルのお茶のほとんどすべてに砂糖が入っています。日本人からすれば考えられないけどね。売れるために砂糖を入れてしまうよりも、地道な仕事ですけれど、茶の文化や哲学を説明して、教育して、知ってもらうための努力をした方が良いと思います。
村瀬氏:洋服にしても、肌や髪の色が違ったりとか…。宗教によっては、紫はお葬式の色だから買わないとか。
Kappeler氏:色々な話があるけどね。化粧品の場合は、青い目に合うアイシャドウが日本で売れるかと言ったら、多分、売れないんですよね。そういうどうしても乗り越えられない、逆に合わせなきゃいけない文化はあるんですよね。
その土地に住んだからこそ気づけること
村瀬氏: もうひとつ良い例としては、お中元の文化について気づかれたときの話というのを。それはすごく面白い。それこそローカルに、住んでいないとわからないなというところだったと思うんですけれど。
Kappeler氏:香水を売り出したとき、日本人には香水を肌に直接付ける習慣がなかったんですね。日本人は、自分が好きな香りであったとしても、狭い事務所の中の隣の人がその香りを好きでなかったらどうか、という気づかいをするからです。
では、どうすればいいか。日本には風呂の文化があって、入浴には石鹸が必要です。その石鹸にはたいてい香りがあるんですよね。
そこで、安っぽい香りじゃなくて、「シャネル N°5」の香りは変えずに、石鹸を作りました。
これをどこで売るかというと、日本にはお中元とお歳暮があって、石鹸を贈る習慣がありますよね。ヨーロッパで人に石鹸をあげたら、「あなたが汚い」という意味になるので、そうした習慣はないんです。でも、日本にそういう習慣があるから、百貨店の外商を通して売ることにしました。
それが大ヒットしました。シャネルの石鹸の全世界での売り上げの99%ぐらいが、日本だったときもあるくらいです。
商品は柔軟に、その国に合わせる
Kappeler氏:クリスチャンディオールの化粧水の例もあります。ヨーロッパは水が硬いので、毎日寝る前に石鹸で化粧を落としては、皮膚が荒れてしまいます。ですから、洗顔石鹸の入っていない化粧落としを作っているわけです。
それを日本で売ろうと思ったら、日本は水が柔らかいから、逆に洗顔石鹸が入っていないと駄目なんです。泡が少し立っていたほうが、気持ちが良い。さっぱりした、という気持ちになるわけね。
それを本社に言って、説得して、作ってもらい売り上げが何倍にもなったということがりました。化粧落としは毎日使うものですから、やはり日本の文化によく合わせていかないといけない。
それからウェッジウッドの場合。テーブルセッティングは同じ柄で全て統一されています。テーブルクロスやティーカップまで全てね。このような欧米流のテーブルセットは高価ということもあり、簡単に買い替えられないから、最低20年間は使い続けることになる。しかし、日本ではそうではなくて、「この皿が格好良い。5枚だけ買いましょう」とか、ミックスマッチな揃え方をします。その方が、商売的には全然良いですよ。そこで、日本の文化に合わせて単品で買える(ミックスマッチできる)商品の開発をしたのです。
その国に住んで、文化を理解して、やっていかなきゃいけないところはやっぱりあります。日本の方でも、東京で売りたいのならば、時々東京に行って、彼らがどういう生活をしているのかを見て、肌で感じて、同じ空気を吸う必要性もあるんですね。
地元で商品を一生懸命作っているだけでは、理解されるときもありますが、理解されないことも多いんじゃないかと思いますね。
村瀬氏:先ほどの、シャネルは絶対に黒、「これは変えない」というところがありながら、例えば、水は変えるとか。お中元やお歳暮という文化は、多分、ヨーロッパにはないですし。本当に住んでみないとわからない。日々、一緒にそこの空間にいて、話をすることで気が付くこととができる視点だと思いますよね。
Kappeler氏:良いこと言うね。その通り。ですから、イメージは徹底して強くして、すぐに記憶に残るようなものにする。一方で商品は、もっと柔軟に、その国に合わせる必要があるんですけどね。このやり方ですべて成功するかどうかはわからないけど、これが一番良いやり方かな。
まぁ、一番良いやり方、というのはないですよ。いつでも一生懸命やる、とか、徹底する、ということ。それが良いやり方に結果としてはなるとは思いますよね。
村瀬氏:正解っていうのが「ない」というのも、面白いなと思いますしね。時代が変わる中で 例えば、今、お話しされた時代のシャネルと同じマーケティングを2021年でやったら、多分、うまくはいかないですよね
先を読むための情報収集をし続ける(具体例を交えて)
Kappeler氏:そうですね。大きな、シャネルのような大ブランドと見られても、細かいことを色々と合わせたり、商品のデザインとかも変えたりとか、そういったことをしないと、ブランドが死にますよ。先を読まないで新しいブランドをつくると、やっぱり無くなりますね。
ブランドが新製品を発表するタイミングも、大切です。あまり早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。私自身は、毎月すべての女性雑誌を1ページ、1ページめくりました。女性雑誌なのは、女性がお客さんだったからです。全て読んではいないけど、ただそのビジョンを感じる。どんな情報があるか、競争ブランドはどんな広告を出すかとか、毎月、毎月勉強した。
時代感やトレンド、消費者が今何を見ているか、見て何を感じているかってことは、やっぱり知らなきゃいけないですね。
村瀬氏:今は、情報の取りやすさがあります。昔は、現地に行って雑誌を調べるというところもあったと思いますけれど、今は逆に、そういった情報が普及している。
これは僕がやっている例なんですけど。毎シーズン、スズサンでは新しいテーマを付けています。今期で言えば、「journey」というテーマでした。 Instagramで #journey とすると何万件と出てきます。ファッションと関係ないところでも、出てくるんですけど。
そういった情報の取り方もあるかなあと。
ヨーロッパから雑誌を取り寄せるというのもあるかなと思いますし。第1回目のとき、「どうやって現地のマーケットの情報を知るんですか」という質問があったんですけれど、実際に現地に行って、そこの空気を感じる、そこで暮らす、そこの人たちと話をするというところは、一番直結したやり方ではあると思うんですけどね。
これだけ情報が取りやすくなった社会ですから、それこそGoogleで「urushi」とか入れてみても良いかもしれないですね。
Kappeler氏:そうは言っても、村瀬さんは色々な街に行って、色々な店を見ている。それは必ずしていますよね。
村瀬氏:世界中さまざまな街のお店を巡るのは僕の趣味で、とても多くのことを実体験で学べます。スズサンで、僕の経験で一番良かったなあと思うことをお話します。最初の頃、もちろんお金がまったくなかったので、展示会に出展できなかったんですよ。展示会に出展するには、出展料だけで100万円、ホテル代、旅費、色々とかかってくるので…。なので、スーツケースに商品を入れて、飛び込み営業をしていました。
アポイントももらえないので、そのまま飛び込んで、「ちょっと、こういうものを日本で作っているんですけれど、見てもらえますか?」というのを、何年もヨーロッパ中、毎週のようにやっていました。
そうすると、そこにどういう商品があるのか、暮らしがあるのかというのがとても良くわかったんですね。置かれている商品や、今これがトレンドでこういうブランドがこれだけのラックを取っているんだというのとか。お店の人と直接お話をしたことが次のアイデアにつながったりと、お金がなかったからこそでしたがそれは面白かったですね。
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