見出し画像

ブランディングの基礎(前編)

2021年8月28日(土)17:00~19:30に、連続講座「実践者から学ぶ、ブランドデザインの哲学と手法」の第2回目を開催しました。

第2回目のテーマは「ブランディングの基礎」とし、元クリスチャンディオール日本株式会社 CEO、元シャネル日本株式会社 副社長、元ウエッジウッド日本株式会社 CEOである Hanspeter Kappeler氏を迎え、株式会社スズサンCEO / Creative Director であり Creation as DIALOGUE の統括コーディネーターを務める村瀬弘行氏との対談形式にて講演が行われました。

画像1

講演の前に、司会進行のミテモ株式会社 代表取締役 澤田より、「Kappeler氏のレクチャーを村瀬氏に掘り下げていただくことで、Kappeler氏が有する実践知の言語化を促進していただきたい」と対話形式による講演の目的が話されました。

Kappeler氏には講演の中で、「今、ブランドづくりに取り組むことの意味とは?」「製品を作ることとブランドを作ることの違いは?」「ブランドイメージをどのように伝えていくのか?」という3つの問いに、実例を交えてお答えいただいております。

本記事は前編とし、ブランドイメージについてや、若者世代のブランド離れの話題からブランドの変わらない役割についてなど、「今、ブランド作りに取り組むことの意味とは?」という問いへの回答部分を掲載しております。

ブランディングの基礎(前編)

画像2

Kappeler 氏:みなさん、こんばんは。 Kappeler です。1972年から日本に住んでいて、色々な経験をしました。クリスチャンディオールやシャネルで仕事をしていました。どちらかというと、ヨーロッパの文化を日本に紹介してきました。日本は、長い間世話になった国です。ですから、お返しに今度は日本文化を、特に伝統工芸品をヨーロッパで紹介して広げようと思いました。その活動の中で、スズサンの絞り染めに出会い、村瀬さんと友人になりました。

画像6

画像3

Kappeler氏:ブランディングは、非常に苦労をしました。でも、楽しかった。全力を尽くしたのではないかと思います。

澤田:大先輩と言いますか。様々な実践をしてこられているその経験値を今日はシェアしていただけるということで。今日はどうぞよろしくお願いいたします。

Kappeler氏:私のことをブランドづくりの化石と呼ばないでくださいね(笑)

澤田:私の方で、ぜひ Kappelerさんにお答えいただきたい、問いを用意しております。 早速、1つ目の問いなんですけど、「今、ブランドづくりに取り組むことの意味とは?」何なのでしょうか。

画像4

澤田:第1回目の村瀬さんの講演の中でも、「ブランドというものは無数にある」「すでに沢山のブランドが存在している」とありました。その中で、新しいブランドを今から作っていく意義は何なのでしょうか。

「若者世代の消費離れ」「ブランド離れ」のような話題が挙がることがありますが、この現象を Kappelerさんはどのように見ていらっしゃいますか。

また、日本の伝統工芸に携わる方がブランドを作ることにどのような可能性があると思っていらっしゃいますか。

これが1問目です。お願いいたします。

今、ブランドづくりに取り組むことの意味とは?

画像10

Kappeler氏:「どうしてブランドをつくる必要があるのか?」「商品だけ作れば良いのではないか?」という考え方もあると思います。しかし、売り上げをもっと伸ばしたいのなら、ブランドイメージは非常に助けになります。今の時代、商品だけで勝負をするよりも、ブランドイメージを商品に付けたほうが成功につながると思います。ブランド名とブランドイメージは、商品の周りの世界です。商品を包んで、魅力を足すようなものです。

広告を見ますと、もの(商品)を見せるというよりはライフスタイル・生活の夢を見せて、提案をしているということがあります。ある広告は、商品の写真や情報はとても小さく、紙面の大半は旅やアドベンチャーなどのイメージが占めています。商品とイメージの割合で見ると、イメージの割合が引き伸ばされています。

画像6

村瀬氏:イメージというのは、僕はすごく大事なワードだなと思っています。シャネルやクリスチャンディオールでは香水が商品になっていますが、香水は蓋を開けて香りをかがないと、その中身がどういうものであるのかわからないものです。その香水という商品を、どのようにビジュアルで見せることができるのか、また、その世界観はどうなっているのか。香水などは、特に「イメージの世界だな」という風に感じますね。

Kappeler氏:ブランドがたくさんありますね。ブランドの位置づけというのは非常に大切だと思います。位置づけというのは、「あなたは誰ですか」「どんな価値があるのか」というような商品を見るだけではわからない世界を、ブランドイメージが示すことで行われるものです。

例えば、大手ブランドと直接競争をしたくない場合は、大手が狙えない小さなマーケットの中で、ニッチブランドとして、成長させた方が良いです。

村瀬氏: Kappelerさんが最初に日本にいらっしゃった1972年頃は、まだ日本人はシャネルやクリスチャンディオールを知らなかった時代ですよね。そういう時代があったのか、ということがもう今の僕らからすると想像ができない世界なんですけれども。

Kappeler氏:シャネルの場合は、日本の記者がマリリン・モンローに「(眠るときに)何を着けますか」と聞いたら「シャネル N°5」と言ったことでみんなが知っていました。特に、男性のデパートの係の人たちは。でも、日本人はシャネルを本当に知らなかったし、香水を付ける習慣もありませんでした。その文化の中で、どうやってこの商品を売るかということは、色々と考えなければならなかったですね。 

村瀬氏:そうですね。先ほどの問いに戻るのですが、現在、多くのブランドが存在する中で、新たなブランドを作る意義というのはどういうことになるのか、もう一度、改めてお聞きしたいのですけれども。

 Kappelerさんとお話していると、そもそもブランドというものは「形が常に変わるもの」のように思っているんですね。哲学や社会学のように思えるときもあって、それが経済と結びついていることが面白いなと思っています。

先ほど、ブランドは「売り上げを伸ばすために必要なもの」という言葉があったかなと思います。ブランドの存在意義として「売り上げを伸ばす」ための経済的な観点のもの、一方で「イメージとして人の心を掴む」というところという感情的、情緒的なところもあるかなと思いますがいかがでしょう?

商品だけではなく「夢を売る」ことで幸福感を提供する

Kappeler氏:商品がたくさんある世の中で、商品だけを提案しても、あまり消費者は魅力を感じないんですね。「もの」というより、体験や、「もっと良い生活をしたい」「楽しい生活をしたい」という夢を見たいんですよね。そういう夢をブランドイメージで提案しなければいけないと思います。彼らが想像できるようなものにしなければいけないです。そのより良い生活の夢を実現しようとするエネルギーは、経済のエンジンです。それがなかったら経済はスローダウンすると思います。そして、結局、誰も一生懸命働こうとしないでしょう。

村瀬氏:Kappelerさんとお会いして1度目か2度目のときに、とても印象に残っている言葉があります。様々な要職のお仕事をされて、「夢を売っている仕事が楽しかった」という風に Kappelerさんは話していました。それが僕の頭の中にあります。商品を売っているという風じゃなく、夢を売っているという言葉が心に残っているんです。

Kappeler氏:先ほど話したように、商品を売るという意識は私にはあまりなかったんですね。ブランドづくりは、その美しい世界、夢の世界をつくるという、商売というよりも芸術だと思います。

シャネルやクリスチャンディオールがたまたまそういうブランドだったから、それができたのかもしれないのですが。そういう夢をつくって、良いものを買ったなあという満足感をつくれるというかね。

販売員のサービスでも売り場の展示でも良いのですが、消費者にとって良い環境をつくって、お客様たちが満足すれば良いのです。それは商品の良さだけではできないのではないかと思いますね。

村瀬氏:どのように陳列されているとか、販売員の服装であるとか、話しぶりとかっていうのも、要するにその夢の中のイメージを構成する一部ということになるわけですよね。

ブランドイメージ=夢、を構成するのは細かい仕事の積み重ね

Kappeler氏:夢の世界を構成する中には、たくさんの細かなことがあります。大きいものもありますが、ひとつの大きなひらめきがあって、ブランドになるということはほとんどないですね。どちらかというと細かい仕事の積み重ねです。外からはそういう風には見えないけれど、中に入ると、やっぱり地道で細かな仕事ですね。

村瀬氏:それには、とても深く頷きます。夢を作るための色々な仕事がそうですね!パリで華やかなファッションショーをやってるシャネルやクリスチャンディオールもそうですよね。色々な、様々な、そこに関わる仕事があるんですよね。

Kappeler氏:そうですね、カール・ラガーフェルドが行ったような、パリのファッションショーは夢づくりですね。ファッションを売ろうというよりは1つの世界をつくる。ランウェイにビーチを作る、というようなイメージづくりですね。

手に入る商品と一緒にブランドのビジョンを購入する

Kappeler氏:例えば、オートクチュールは1着200万ぐらいします。これは1つの「夢」ですね。買える人はほとんどいないのですけど。一方で、10万くらいのハンドバッグや5千円の口紅は、多くの人たちが手に入れることができます。それらを手に入れることは、そのバッグや口紅という商品だけではなく、ラガーフェルドのショーのビジョンも一緒に買うということになります。 

村瀬氏:なるほど。

Kappeler氏:ビジョンづくりはものすごく、売り場での勝負につながっていますね。

村瀬氏:夢、憧れが。

Kappeler氏:細かいことをいいますと、名刺のデザイン、箱のデザイン、包み紙やリボンのデザインから……。ほとんどの場合、例えば素敵なショッピングバッグを作ると、競争相手も同じようなショッピングバッグを作ります。では、それにどうやって対応するか。常に新しい、もっとその上のものを作らなきゃいけない。商品作りの競争だけではなく、商品まわりのものの競争もやっぱりあります。それはそれで1つの世界ですね。

村瀬氏:そのまわりの世界のことについて、 Kappelerさんのお話された中で面白かったなあと思う話があります。シャネルが日本に入ってきた当時は、まだ化粧品売り場は白やピンクなどの華やかでクリーンなイメージだったそうです。しかし、シャネルのブランドカラーは黒であった、という風で。今でこそ、他のブランドも黒を売り場のカラーにしていますけれど、当時は「お葬式みたい」というふうに言われたんでしたっけ。

Kappeler氏:どういうふうにブランドアイデンティティをつくるかというときには、「どうやって、この突然ヨーロッパから来たブランドを目立たせられるか、目に留まらせられるか」ということを考えました。

広告もそうですけれど、売り場でどうするかということを色々考えました。シャネルの口紅をはじめとする化粧品の箱には、黒色にゴールドのリボンのデザインを取り入れ、他のブランドと区別をさせました。そのパッケージのデザインと売り場とを統一させるために、黒のコーナーを作りました。

真っ黒のものを売り場に入れるということでまわりの人たちには、「あなたは日本語はできるけれど、日本の文化は全然理解していない。みんなは同じような色を使って統一している。なぜ、あなただけ違う色でやるのですか」と言われました。

妥協せずに自分の強いものを押し通す

Kappeler氏:その国の文化に合わせることもあるのですが、逆に自分の強いものを押し通すということも必要ですね。

押し通すというのは、シャネルの場合は、黒い化粧品売り場を作らない店に、商品を置かない。我々の売上を犠牲にしても、ブランドの方針を曲げずに、世界中のどの国・どの文化でも、統一したイメージをつくる。これが、シャネルというブランドの精神でした。

でも、たまたま当時の時代の流れの中で、黒は葬式の色というだけではなく、「黒い車は格好いい」 「黒い服は個性的」という風潮があったので、踏み切ることができました。

村瀬氏:なるほど。新しい文化の中に入っていくところでは、そこに溶け込むのか、勝負するのかというところは難しいところですね。本当に微妙なバランスの中で成り立っているところかと思います。

Kappeler氏:苦労しましたけどね。納得してもらうために、何回も何回も足を運びました。そして、平等。どこの店でも同じ条件出しました。じゃあここだけ黒いコーナーを作って、ある店では妥協したっていうことは一切しなかった。ここの人がやるのならば自分もやらなきゃいけないという、納得しやすい状況もつくりました。 

澤田:文化をどう超えるのかというところは、後半でも深めていきたいところではあるんですが、もうひとつ、深めていきたい質問があります。サステナブルなどの意識が高まっているミレニアルズやZ世代からみて「ブランド」というものの見え方が徐々に変化してきているのではないかという指摘もあっての「若者世代において『消費離れ』『ブランド離れ』が見られると言われるが、カペラ―さんはどのように考えているか」という質問なのですが。ブランドというものの担う役割が変わってくるのか、あるいは、何か問題が別のところにあって、ブランドというものは今後も現状の役割を担っていける可能性があるのか、 Kappelerさんや村瀬さんたちがどう感じているのか聞かせていただけますでしょうか。特に、ヨーロッパのこれから社会の中心となる若い方たちがどう捉えているのか。

Kappeler氏:確かにブランドの価値というのは、その時代に合うような価値でなければいけないんですね。基本的にブランドの役割は、自社商品の素晴らしさを主張することです。

時代が変わっても、ブランドの素晴らしさ、生活提案の素晴らしさ、商品の素晴らしさを示す必要性は、なくならないと思うんです。

ものを消費する「贅沢ブランド」を若い世代は疑問視する

画像8

Kappeler氏:若い世代はブランド離れしているとか、そういうことも言われているんですが、彼らは、贅沢ブランドを持っている人が多すぎることに対して問題に思っていると、私は理解しています。しかし、若い世代も、例えば、どのビールを飲むか決める時、キリンやアサヒなどのブランドでやはり選びます。

後は、経済的にね。結婚費用がなく、結婚できないとかね。正社員の仕事が非常に減っているとかね。こういう経済の中ではやはり、「もの、いらない」「車、興味ない」「ガールフレンドも作りたくない」というような社会現象が日本にあると思います。ブランド離れだと思われている現象の正体は、これだと思います。

あとは、現在の「行き過ぎた消費社会への不満」というかね。そういうところから来ているんじゃないかと思っています。ブランドの存在やその必要性とは関係なく、消費社会になりすぎたという社会問題です。消費だけが幸せというような広告ばかりを目にしていたら、そうなることは理解できることと思いますね。

変化する時代や社会構造と、変わることのないブランドの役割

村瀬氏:僕もそれは同じように思います。社会の構造が変わってきている。ブランドというものは、これまでは、もの、がブランドであったと思うんですけど、例えば、Netflixとかamazonとかもブランドだと思うんですよね。今までのように10万円のバッグや30万円のコートを買う代わりに、月990円でブランドが手に入る。

ブランドというのは1つの信頼であると思うので、Netflixに加入すれば面白いものが見られるはずという信頼をして、月々の支払いをしていると思うんですけど、そういった、ものではない新しい形のブランドの提案というふうに、社会が変わってきているのかなとは感じますね。

Kappeler氏:そうですね。戦後は、ものが買えるってことは、生活が豊かになって、楽しくなったということでした。洗濯機で便利になったりとかね。車で自由に旅ができるような、楽しい生活になったという意味でしたけどね。

今は体験ですよね。ものじゃない。体験の時代。やっぱり、インターネットでのコミュニケーションやゲームにお金がいきますよね。だから、お金のかけ方は違うけれど、ただブランド同士の競争する舞台が変わったような気がします。

村瀬氏:そうですね。ですので、ブランドの選択肢がすごく広がっているところというのはあるのかなあと。

Kappeler氏:そうですね。インフォメーションがどこから来るのか、情報を発信する媒体というところも広がり、増えています。以前は、ブランドが雑誌で広告をすればだいたいそれで宣伝が済んでいたんですけれど、今は違いますね。雑誌からネットに予算が移ったりと、そのあたりも複雑になっているかもしれません。

ですが、売り場の体験はやはり大切ですね。後でもう一度、話が出てくると思いますけどね。

澤田:先ほどからお話に出ているように、消費が無数にあると。サービスも無数にあって、その中で選んでもらう。結果として選ばれるから、売り上げにつながるわけです。そして、選ばれるためには、その時代の価値観に沿った表現によって、ブランドイメージを構築していく必要があります。そういった意味で、ブランドというものが持つ役割は変わらないというあたりが、お2人から頂いたメッセージなのかなと思っています。

中編に続く



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?