見出し画像

「アンディ・ウォーホルを撃った女」

SCUMマニフェストという言葉を聞いた事があるだろか。

それは会員1名の男性切り刻み協会による、あまりにも急進的で、過激でな、主張者のナイフのような憎悪と刹那が形になったフェミニズムだ。

画像1

主張者はかの有名な「アンディ・ウォーホルを撃った女」ことヴァレリー・ソラナス。
彼女のSCUMマニフェストをざっくり解説すると「男性を皆殺しにして女性だけで生殖できる国家を作ろう」と言う形による家父長制の打倒だ。
ここまで彼女が家父長制に憎悪を向けるのは彼女自身の人生が絶望で彩られていた黒の世界その物だったからだろう。
これほどにまで悲劇的でみすぼらしく読んでいて胸が痛くなる人生の話はそうない。


ヴァレリー・ソラナスは1936年に生まれ13歳で祖父母に預けられるまでの間ほぼ毎日のように継父から性的虐待を受けていた。祖父母の元に預けられるも荒んだ心は戻らずわずか2年後には家を飛び出しホームレス生活を送りつつ売春などで日銭を稼ぎ学校に通い詰めた。

成績は優秀だったようで保守的な雰囲気がある50年代としては珍しいレズビアンを公言していた人間でもあった。ミネソタ大学在籍中からSCUMマニフェストは執筆されていた様だ。その後生活が苦しくなった彼女は大学を中退しまたホームレス生活に戻る事となる。

売春で日銭を稼ぎ、小説を書いて男への憎悪を滾らせるだけの悲痛な日々。性的虐待の記憶と繰り返す売春は彼女の精神を確実にすり減らし、削り、尖らせ、心をナイフに変えた。決して鋭敏とは言えないボロボロの刃だが。

そんな中転機が訪れる事になるが、それは更なる奈落への入口に過ぎなかった。


1967年に自費出版したSCUMマニフェストが由来で彼女の名は今で言うサブカルチャー界隈的な社会では一躍有名になった。当時のサブカルチャー界隈は、正にリベラルとインテリの傲慢が支配する「表現の自由」第一の世界である。

画像2

そしてあるスタジオ外でアンディ・ウォーホルと出会ったことで彼女は更に悲惨な運命を辿る事になる。
ポップ・カルチャー時代。それは芸術の名の元に人の尊厳を踏む事すら許される文字通りの狂乱の世界である。ポップ・カルチャーの第一人者アンディ・ウォーホルは当時奇人、変人、面白い人を見世物にする形で映画を撮る悪趣味な芸術を作成していた。芸術の名のもとに尊厳も踏むことが許される表現の自由戦士垂涎の世界とも言えるだろう。ウォーホルは当然ソラナスをその目的で使おうと近付いた。ソラナスは自分の主張が認められたかと舞い上がったが、彼の「プロデュース」とは見世物にする事。

セカンドレイプに等しい事をされたソラナスは深く傷つきウォーホルを暗殺することを決心した。

68年6月3日、ウォーホルは狙撃され重傷を負い、ソラナスは自首した。

リボルバーに憎悪と共に弾を込め

最初に二発

続いて落ち着いて一発

三つ目の弾丸は正確にウォーホルの体を右から左に撃ち抜いた。

画像3


世間ではフェミニズムへのバッシングが起き、哀れなことに彼女の主張を受け入れられなかった多くのフェミニストも彼女を擁護しなかった(出来なかったとも言える)。その後、左肺、脾臓、胃、肝臓を損傷したウォーホルはこの手の尊厳を踏む作品の制作を取り止め閉じこもる事が増えた。統合失調と診断されたソラナスは精神病院の入退院を繰り返し、最後はホームレスとなって路上死している。

後年ではソラナス無しではフェミニズム運動は発展しなかった、SCUMマニフェストは「いい子ちゃん」でいる事を求めるリベラルフェミニズムを拒否できる強い主張と評価されている。しかし、当時は運動的になりつつあるフェミニズムからしたらソラナスやアンドレア・ドウォーキンの様な原理的な過激主義者は正直邪魔だったのだろう。だからこそフェミニズム界隈からも彼女達は居場所を失う事となった。そしてこの件のみを境とした訳ではないが、未だ第二波フェミニズムと第三波にはイコンが残っている。

scumマニフェストは確かに荒唐無稽な過激な思想に見える。しかしその背景を知り、何故産まれたのか、今のフェミニズムとの相違点はどこかを探る物としては大変貴重で参考になる文献ではないだろうか。願わくばこの本が和訳されて多くの人の手に渡り、考える材料や気付きになる事を祈る。

絶望と苦痛に塗りたくられた人生を送り、信じた末に尊厳を踏み躙られ、最後はフェミニズムにも救われずに路上で亡くなった彼女の為にも。

どうか、彼女の主張を笑わないでくれ。少なくとも私は笑う事など出来やしなかった。

画像6


余談だがその後90年代に「アンディ・ウォーホルを撃った女」と言う名前でソラナスを主人公とした映画が出来ていることを考えるとフェミニズムの文脈に従うと彼女の尊厳は三度にわたりレイプされたとも言えるのだろう。

参考文献

ヴァレリー・ソラナス

画像4


I SHOT ANDY WARHOL―ポップ・カルト・ブック

画像5



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?