うらにわ

日本語や郷土史や音楽やウィキメディアやグラフィックデザインなどを愛する栃木人です。逆か…

うらにわ

日本語や郷土史や音楽やウィキメディアやグラフィックデザインなどを愛する栃木人です。逆から読むと別名義です。

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「栃」 〜その字の根源〜

明治、混迷の県庁かつては「杤」と書いた。 とにかく江戸時代以前の文書には「栃」の字が見られない。有っても誤字と見ていい。(らしい) 「とちぎ」という地名は、一説に杤木町に所在する神明宮の千木(ちぎ、装飾として屋根の上に交差させる木材で、旧栃木市章の意匠。冒頭画像を参照)が十本あって「十千木」としたことに由来する。十×千は? 万ですね。これに木偏を付ければ「杤」である。万の代わりに萬を置いた変体も見られる。 一方では別字であるが「橡」も昔から用いられた。安政6年、小野湖山

    • 矢の雨

      被害者を生まない会話をする技術は、社会の基盤である。 あれは野生の暴走なのか知らないが、ヒトは自らの正当を信じたとき、目の前にいる他者を言い負かすことを最重要課題に据える瞬間がある。その目的の前には、自らの言い分に多少論理の破綻があろうと目に入らず、相手の言うことを誤りと決めてかかり、妥協点を見出すことさえ忘れて論破に熱中する。 この現象は蟻地獄式に展開する。たとえば雑談中、ある人物:Aは料理が下手だ、という話題が上がり、その信憑性を高める周辺情報が肉付けされる。ジャガイ

      • 明治初頭における栃木県庁の移転について

        初出:Uraniwa「[[栃木県庁の移転]]の立項:大学生とウィキペディア」添付資料「明治初頭における栃木県庁の移転について」『弥生史談』第1号、千葉大学歴史研究会、2022年11月、83–90頁。一部の漢数字をアラビア数字に改めている。 冒頭画像:栃木町に置かれた初代栃木県庁舎(石田潤一郎『都道府県庁舎:その建築史的考察』思文閣出版、68頁。[[File:Tochigi prefectural office 1872.jpg]] via Wikimedia Commons

        • 大学生とウィキペディア

          初出:Uraniwa「[[栃木県庁の移転]]の立項:大学生とウィキペディア」『弥生史談』第1号、千葉大学歴史研究会、2022年11月、73–82頁。軽微な修正を加えている。 冒頭画像:宇都宮に移転した当初の栃木県庁舎(田代善吉『栃木縣史』第五巻政治編、下野史談会、1935年、巻頭。[[File:Tochigi Prefectural Government Office, 1885.jpg]] via Wikimedia Commons) Ⅰ.はじめに「ウィキペディア」(W

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        「栃」 〜その字の根源〜

          文久三年渋谷鷲郎書簡

          ……家族は勿論同役共も楽々蘇生…久々再会の心地致し候処其後御手切と相成り候上は、いづれの筋より放火可相成哉も難計、必定在々乱暴の徒も蜂起可致に付容易に家族共御地に向け出立も難致相心得候間、一ト先近在へ為立退其時宜により尊家へ御厄介可相願夫々手配いたし置候も先は此度も争戦相成間敷模様……御安意被成下様奉願候御安心の為見聞の次第柄左に申上候 一、此度軍艦を差向候相手は英国人に而昨年島津三郎帰京の砌、神奈川ナマムギにおいて、英国人を切捨候は如何にも不法の処置につき、右の下手人を可

          文久三年渋谷鷲郎書簡

          旧幕臣渋谷鷲郎余聞

          0.序説渋谷鷲郎という人物の事績について、説明を加える必要がある。 彼の主たる肩書きは「関東取締出役」である。江戸時代後期に幕府が設置したもので、高校日本史の教科書には一応出てくると思う。何のための役職かというと、その名の通り関東で一円的に警察をやるための役職であった。 関東というのは国持大名がおらず、旗本や諸藩、寺社の領地が犬牙錯綜していた。領主どうしの連携が悪いので、ある土地で悪さを働かれても、すぐそこの他領に逃げられてしまえば追うことができない、というケースがずいぶ

          旧幕臣渋谷鷲郎余聞

          呻吟記

          2023年8月13日(日) 9時ごろ起床、咽頭に違和感 朝食:カレーライス(茶碗1杯) 昼食:寿司2貫 * 食欲不振のため殆ど摂らず * 頭痛を生ず * やや嘔気ありたるも転寝するうちに平癒 - 昼下がりと夕食前に駆風解毒湯を服用 夕食前に検温:37.1℃ 夕食:梅茶漬け(茶碗半分) * 当初は食欲振るわざるも段々回復、完食 * 咽頭の違和感続くも多大な苦痛は生じず * やや咳あり - 冷房の設定温度を27.5℃から28.0℃に変更 22時ころ就床、のち入眠 14日(月)

          ズボラの記

          はじめて故郷を離れたとき、ある街の賃貸に居を定め、姉との2人暮らしが始まった。姉は西へ、僕は東へ、電車で40分くらいの大学に通う。 姉との間柄は自分でもよくわからない。よその家庭と比べるとずいぶん喧嘩が少なく、仲良く育ったが、その仲は親を媒介としたもので、2人だけになった途端に不思議なほど話題を欠き、無口になった。他人どうしのような空気層が、いつもわれわれの間を隔てている。 姉は僕に比べていくぶん几帳面だし、しっかり者である。僕が不要に電灯をつけたまま放置していたら、必ず

          ズボラの記

          一揆の作法が潰えたあと

          百姓一揆や打ちこわしといった民衆運動は、かつては人民闘争史観のなかで理解され、領主階級の打倒を目標とした革命闘争として把握された。 しかしその後、これらの運動は既存の体制を前提とした問題解決を指向しており、領主と百姓の間には契約と合意が見いだされることがわかってきた。それに基づいた実際の一揆は作法を遵守し、要求が達成されれば終結した。 一方で江戸後期以降、経済不安に対して領主権力は有効な対策を打ち出すことができず、百姓からの権力に対する恩頼感が低下した結果、一揆にも作法の

          一揆の作法が潰えたあと

          落書

          日本語の副詞がとる形は変わり続けている。 気がする。 もともと助詞が付いた「〜に」「〜と」があり、また「全然」「ゆっくり」「ぜひ」など単語ひとつで用言にかかるものもある。これら三種が日本語における ”副詞” を担ってきたが、しかし、その境界は思ったより流動的である。 たとえば、かつて「意外に」であった副詞は今や「意外と」と言われることの方が多い。そしてここ数年、「意外」だけで副詞として働くケースも散見されるらしい。 「不思議に」も同様の経緯を辿って、現在「不思議と」と言

          誤っておられる?

          「おられる」という表現は、誤っているか。 僕がこの問題を認識したのは、日本語学校を舞台とした某漫画(ベストセラー)を中学生の時分に読んだのが初めであるが、それ以来「おられる」を読み聴きする度に、奥歯に物が挟まったような気持ちになった。あるタイミングで、新聞においてさえ当たり前に用いられている事実を知り、もしやと思って大修館の明鏡に「おられる」を引いてみたところ、果たして、どこにも “誤用” と書かれていなかったから仰天した。谷崎潤一郎の文章から用例が引いてあるのを、僕はポカ

          誤っておられる?

          過去形に関する随想

          僕の敬慕するSというボカロPがYouTubeで災難に遭ったのは、一昨年のことである。なんでも動画のサムネイルに首縊りの輪が描かれていたのが悪かったらしく、投稿作がサイト運営陣によって削除されてしまったのだった。 S氏が「なんでやねん」と叫ぶミクのイラストとともに一件の報告動画をアップロードしたところ、コメント欄には、運営への非難の声、曲を惜しむ声等が殺到した。そんな中に、僕の目を引いたひとつの屁理屈がある。 『コメ欄、過去形ばっかでワロタ』 過去形というのは、そこに数多

          過去形に関する随想