CAPSULEアルバム全作紹介 pt.3 エレクトロ期始動編
この記事で取り上げる三作は2006年から2007年にかけてリリースされた作品群。
2005年のDaft Punk『Human After All』の発表を切欠に、同年から2006年にかけてDigitalismの登場及びKitsuneレーベルの賑興、Justiceによる「Waters of Nazareth」の発表、さらにBoys Noizeの登場など、全世界的にエレクトロ・ハウスが盛り上がりを見せることになる。
日本にてそのムーブメントにいち早く呼応したのが『Human After All』発表直後、自らのアルバムにDaft Punkを招聘し「HEARTBREAKER」を製作・収録したTeriyaki Boyz、そして他ならぬcapsuleだった。
…という専門的な話はとりあえずここまでにしておいて(というか私の知識量ではそんな細かく書くのは無理)、この記事ではあくまでcapsuleに何が起こったかについてだけフォーカスしたい。
SF三部作の最終章『L.D.K. Lounge Designers Killer』にてテクノポップ/ハウス/クラブミュージックの要素を完全に取り入れたcapsuleが選んだ道は、同アルバムのiTunes Store限定で付属したボーナストラックによって示された。その曲こそが「jelly」である。
今このオリジナルバージョンの「jelly」を聴くと、その思い切りに本当に驚かされる。まだベースではなくピアノがアレンジを主導する瞬間があったり、全体的に音が軽かったり、といった過渡期ならではの要素はあるものの、完全にエレクトロ・ハウスに振り切った、確実に『LDK』には収録できないタイプの楽曲だ。いくらiTunes Store限定のボーナストラックとはいえあまりにも振り切りすぎている。恐らく『LDK』の製作時や製作後には中田の意識が既に次のモードへと移っていたのではないだろうか。
その「jelly」を”伏線”として発表されたのがここからのエレクトロハウス路線2作だ。
そしてここからの2作はcapsule及び中田ヤスタカ作品としては勿論、J-POPの歴史上でも間違いなく重要な2作と言える。これは大言壮語や過言の類ではない。
そしてもう1作、『capsule rmx→』も取り上げる。これはcapsule、ひいては中田ヤスタカ関連の作品でもかなりの異色作。詳しくは当該項目にて。
また、contemodeというレーベルが関連アーティストやイベントを纏めるハブとして、capsuleにとって大きな役割を果たしていた時期でもある。
7th 『FRUITS CLiPPER』
2006年にリリースされた、capsuleの7thアルバムにして初の本格的エレクトロ・ハウス路線アルバム。
初回盤には「school of electro」が収録された5inch(CDサイズ)のクリアーヴァイナル(レコード)が付属していた。
1曲目「CS Entrance6」のイントロは「サムライロジック」のそれを思わせる自動読み上げ音声であり、もしかしたら中田にとっても今作は第二のデビュー作という意気込みがあったのかもしれない。
そしてその音声は今作が「Electro Disco Music Presented By capsule」の集成である、とはっきりと表明している(やや聞き取り辛いが同曲のアウトロでは今作の影響元となったクラブミュージックの各種サブジャンル名が列挙されており、そちらにも注意したい)。
capsuleというユニット、ひいては中田ヤスタカ作品に於いての、一つのターニングポイント的作品である。
太いベースと分厚いキックがアレンジを主導する、完全なるエレクトロ・ハウス仕様となった「jelly (album-edit)」とオリジナル版を比較すると、その変化は一目瞭然だろう。現在まで続く「ヤスタカサウンド」は今作によって幕を開けたのだ。
全体としてはDaft Punk『Human After All』からの影響が濃厚。例えば表題曲「FRUITS CLiPPER」のピッチ変調ボーカルは「Technologic」からの影響が伺えるし、ベースのリフの反復をメインに扱った「CrazEEE Skyhopper」は明らかに「The Brainwasher」のアレンジのフォーマットを拝借したものだ。また、「Robot Disco」はあからさまに「Robot Rock」を意識した曲名と思われ(とはいえジャンルが「Rock」から「Disco」に変わっていることからわかるように、その曲調はどちらかと言えば『Discovery』のそれに近い内容で楽曲としては似ても似つかないものなのが面白い)、全体的にかなり素直に影響元を示している。
こうしたエレクトロ・ハウス的な音作りは、EDMが世界を席巻したあとの世界である現在では取り立てて珍しいものではない(もしかしたらもう古い音使いと見做される、まであるかもしれない)。しかし今作のリリースは14年前(2020年現在)の2006年だ。
序文で書いたことの繰り返しになってしまうが、エレクトロ・ハウスのモードをこの時期に既に自らの作風のひとつとして習得していた中田の先見性の高さと吸収の速さには改めて驚かされる。
また今作のCD盤のアートワークは通常のブックレット形態の歌詞カードが付属せず、収録曲の歌詞が帯の裏面に異様までに小さな文字で詰め込まれる形になっており、そこからは既に「歌詞カードを見ながら聴く」というJ-POPの聴取スタイルからの逸脱が図られているのが見て取れる。
一方で今作にはここまでの6作で積み重ねてきた要素も反映されている。
表題曲「FRUITS CLiPPER」ではエレクトロ・ハウスと前作の「グライダー」を思わせる叙情系のテクノポップが折衷し、「jelly」では胸キュン系のメロディと気弱な恋心を描く歌詞が交錯し、「5iVE STAR」ではキャッチーなメロディに乗せてファッションの場をキャンバスにして「創造する喜び」が高らかに歌われる。
これらの歌モノ曲は中田の持つ強靭なポップミュージックの才覚が余すところなく発揮された結果としてアレンジの尖り具合を上回るキャッチーさが含有され、良い意味で「聴きやすい音楽」に仕上がっている。
また「super speeder Judy Jedy」にはどこか『ハイカラガール』を思わせるエスニックなメロディが登場することも特筆に値するだろう。『ハイカラガール』で試みられた「和」の旋律とJ-POPの融合という手法がここからの作品で再び顔を見せることになるが、その先陣を切ったのがこの「super speeder Judy Jedy」ではないだろうか。
そしてエレクトロ・ハウス通過後のポップミュージックの形を提示したラストトラック、「dreamin dreamin」は壮絶の一言に尽きる。
心の高鳴りをそのまま音楽にしたような一瞬の隙も無いメロディ、「この世界でただ一人でうずくまって微笑むよりも/歩き出して泣けるほうがいいよね」「恋をするって言うのとはちょっと/違うけど割とドキドキした」とパンチライン満載の歌詞、そして電子音の持つ儚さを最大限に引き出したアレンジ、と全てが完璧。capsule史上屈指の名曲。
この今までの作品で培われたポップセンスをエレクトロ・ハウスと折衷するという手法が、クラブに通い詰めるような層以外にも大きな訴求力を持ち、ダンス・ミュージック系のサウンドを一気に一般層に浸透させたこと、そしてその現象が後のJ-POPの世界にどれだけ影響を与えたかについては、今更言葉にする必要もないだろう。
capsule史上最も重要な作品。個人的にもcapsuleのアルバムで最も好きな作品である。
初回盤に付属していた「school of electro」は講師:中田ヤスタカ、司会:こしじまとしこによる「エレクトロ専門学校」の講習を受けることができるお遊び系の曲。
2023年現在未CD化。ラウンジポップ期の遊び心とエレクトロハウス路線を融合させた他に類を見ない曲なので、もっと広く聴かれてもいいはず。
またiTunes store版限定のボーナストラックとして「seismic charge (ER-mix)」が付属している(単曲購入も可能)。
この曲は12インチシングル「jelly」に収録されていた楽曲の別バージョン。オリジナル版は未だにCD化もデジタル音源化もされていないため、バージョン違いではあるものの貴重な音源だ。
後にきゃりーぱみゅぱみゅが「jelly」をカバーしている。
トラックは中田本人によるリメイク。きゃりーのトーンに合わせたあっさりしたアレンジになっているほか、ここでは原曲から削除されたパートが聴ける。
8th 『Sugarless GiRL』
2007年、前作から9か月半というやはり短いスパンで発表された8thアルバム。
CD盤の初回盤には、携帯ストラップがトレー下に封入される形で付属していた。時代を感じる。
前作から引き続きエレクトロ・ハウス路線を継続しているが、スタイルには若干の更新が図られている。
今作は既に『Human After All』からの影響がかなり希薄になっている(勿論「Catch my breath」のような曲もあり、ゼロになったわけではないが)。
そして前作と比較すると、四つ打ちのビートをより強く強調したリズムトラックとシンセやギターのリフの反復が曲全体を牽引する構造の、いわばダンスミュージックとしての機能性を意識したようなトラックが多い。
トランスの要素を組み込んだ「REALiTy」やシンセベースとリズムトラックの反復をメインに構成した「MUZiC」等にはそれが顕著だ。総じて前作で生まれたクラブミュージックとしての自覚をより深化し、capsule特有の要素へと昇華させたようなアルバムに仕上がっている。
今作から遂にCD盤に歌詞カードが付属しなくなったという事実も、クラブミュージックとしての自覚の強まりを象徴していると言えるだろう。
その理由について、当時のインタビューで中田はJ-POP特有の「歌詞カードを見ながら聴く」行為が今作に対して成されることの違和感について語っており、それが今作の「歌詞カードを付けない」という判断に至ったと説明している。
結果として、今作から所謂ポップスの範疇から離れ、本格的に「クラブのダンスフロアで機能する音楽」としての側面を追求するスタイルが始まったと言えるのではないだろうか。
また、歌モノにおいても先に説明した「四つ打ちのリズムトラックとリフの反復」というクラブミュージックへの意識を強めたアレンジとの融合が図られており、そしてそのスタイルはいきなり完成してしまっている。
それは今作の表題曲であり、中田本人もベスト盤などで必ず選曲する(『FLASH BEST』ではラストナンバーとして選曲されており、思い入れの強さが伺える)名曲「Sugarless GiRL」を聴けば一目瞭然だろう。ダンスミュージック特有のリフの反復の快感をポップミュージックのAメロ→Bメロ→サビというフォーマットに組み込んだアレンジはかなり衝撃的だ。
余談ではあるが、今作収録の歌モノと同じくシンセのリフの反復と四つ打ちのリズムで展開していくperfume「チョコレイト・ディスコ」を収録した『fan service -sweet-』は今作発売の約一週間前にリリースされている。
そしてこの二つのスタイルのちょうど中間に位置するのがリード曲「Starry Sky」だ。
ここでは通常のJ-POPではサビとして扱われるであろうパートがダンスミュージックのピークポイントとして設定されており、ギターソロを挟みながら何度も反復される形が取られている。
よく考えると相当こってりした構造の曲だが、メロディの素晴らしさと構成の巧みさがその重さを全く感じさせない奇跡の完全燃焼チューン。中田のポップミュージックに対するセンスとダンスミュージックに対するセンス、その両者が最大限に発揮された傑作である。
更に「Sound of Silence」では逆にクラブミュージック的な楽曲にポップスで培ったメロディのセンスを落とし込むという試みも行われており、こちらも成功を収めている。個人的にアルバムで一番好きな曲。
そしてこれらのハードなダンスミュージックの合間に、静謐なピアノソロ「Melting Point」を忍ばせていることも見逃せない。
そして、個人的には今作から一気にcapsuleの音楽が広い層へと浸透していった印象がある。
事実、今作のリリースから暫くして「Starry Sky」が「ミュージックステーション」のCMソングとして使用され、今作リリースの約2ヶ月後にはドラマ「ライアーゲーム」が放送開始、中田がサウンドトラックを担当する(Season1の最終回では未音源化の「Sugarless GiRL」のインスト版が使用された)など、中田作品の世間への露出が一気に増えている。
更に今作がリリースされた2007年の秋にはperfumeの「ポリリズム」が大ヒットしており、必然的にcapsuleに対する注目度も高まった。その際に参照されることが多かったのが当時最新作だったこの『Sugarless GiRL』であった、という印象はどうしても強い。
インターネット上でもその流れはあり、特にニコニコ動画では「Starry Sky」の(違法アップロード)動画がコメント職人のエキシビジョンの場として選ばれていたり、リリース翌年の2008年には後に本人公認のマッシュアップとなり中田のDJでも流された「Starry Sky YEAH! Remix」がMOONBUGによって製作・公開されたり、今作収録曲にまつわる動画が一気に増加した。
またこのころニコニコ動画で盛り上がりを見せていた”アイマスMAD”動画の題材として、capsuleやperfumeといった中田ヤスタカ楽曲が選ばれることが多かった事実も重要だろう。
これらの事実を踏まえると、今作は今日まで続く「中田ヤスタカ作品」のパブリックイメージを決定するという、かなり重大な役割を担った作品かもしれない。言わずもがな必聴。
…そしてcapsuleの音楽は、今作以降で迎える激動によってさらに一般層へへと浸透していくこととなる。
なお、iTunes store版限定のボーナストラックとして「Star Sniper」が付属している(単曲購入も可能)。
フランス語のボイスサンプルを用いたエレクトロハウス路線のインスト曲。正直若干印象薄い…。
Remix 『capsule rmx』
2007年の10月にリリースされたセルフリミックスアルバム。
このあとのcapsuleのキャリアでは実験的な作風の様々な異色作がリリースされるが、今作はそれらとは別の意味でかなりの異色作である。
そもそも中田は「最新作が最高傑作」を信条とする人間であり、そのためperfumeの楽曲の製作時には実際のレコーディングまでの間に恐ろしいペースで何曲もの詞曲を仕上げ、その中で一番新しいもの―つまりレコーディング当日に作った曲が「そっちのほうが良いから」という理由でレコーディングされる、というにわかには信じがたい逸話まである。
そのスタンスを考えると、今作の「アルバムそのものが過去曲のリメイクのみで構成されている」という事実は異例も異例なのだ。
MEGのシングルのカップリング曲として過去曲や表題曲の別アレンジが収録されたり、またcapsuleにおいてもシングルとアルバムで別バージョンが用意されたり、という例はあったが、一作丸ごと過去曲のリアレンジで構成されたアルバムは今のところ今作が最初で最後である。
ただ、なぜこんな作品を作ったのかについては当時インタビューで語っていたはずなんだけれど、思い出せない…。私を殴ってくれ…。ただ「Sound of Silence」の選曲理由について「単純に好きな曲だったから」と語っていたのは覚えている(なぜこのことを覚えているのかというと、私も大好きな曲でめっちゃ嬉しかったから)。
また「Sugarless GiRL」に関しては今作発表以降はライブではこのrmx ver.がメインで披露されるようになって原曲アレンジではあまり披露されなくなったらしく、当然のように現場で”使う”ことを意識して制作されてはいると思う。
選曲は以下の通り。
この並びで目を惹くのは『L.D.K. Lounge Designers Killer』からの選曲が最も多いことだろう。アルバムの内容のおよそ1/3が同アルバムの楽曲のリメイクなのである。
この記事の初出時には『やはり本人としても「過渡期」の印象が強かったのだろうか』と書いたのだけれど、ベスト盤『capsule rewind BEST-2』で『L.D.K.』から選曲しまくっているのを見るにむしろ逆で、気に入っている作品だったからこそ多く選曲したのだろう。
それにしても数か月前にリリースされたばかりの『Sugarless GiRL』に収録された楽曲をリメイクしている(しかも2曲も)のはかなり性急さを感じる行為である。ただでさえ製作スパン速いのに。
また面白いのが各曲のアレンジで、例えば「グライダー」は『FRUITS CLiPPER』以降のモードに対応した、ダンサブルでヘビーなトラックに改変されているし、「Sugarless GiRL」はメロディアスな要素を大幅に削った大胆なフロアユース仕様になっている。
しかしそれ以外の曲、特に「jelly」「CrazEEE Skyhopper」に関しては、むしろ重めだったアレンジを気持ち軽めにしたような改作が成されているのだ。「jelly」はビートやベースこそ重めに仕上げてあるが、このrmx ver.が一番ポップな仕上がりではないだろうか。「CrazEEE Skyhopper」も、原曲と聴き比べると明らかにキックの音が細くなっているのが分かる。
またエレクトロ・ハウス前の楽曲群―「ポータブル空港」「do do pi do」「Lounge Designers Killer」に関してはどれも派手な改作ではなく、原曲の枠組みを殆ど保持した上で若干の改良を施したような内容になっている。
特に一番弄り甲斐がありそうな「Lounge Designers Killer」は原曲を丁寧に再現したような仕上がりで、意外にも大きな改造は行われていない。あくまでリメイクではなくリミックス、ということなんだろう。
過去の作品を聴き込む必要があるので、あまり初心者向けのアイテムではない。そのぶん過去作を聴き込んだファンなら楽しめる番外編的な作品に仕上がっている。
個人的には「Sound of Silence」と「グライダー」が好き。
「Sound of Silence」は原曲に無かったパートも用意し、メロディアスな旋律をさらにドラマチックに盛り上げる好アレンジ(あとヤスタカと好きな曲が一緒で嬉しい)。
「グライダー」は先述の通りディストーションギターを用いたエレクトロ・ハウス系のハードなアレンジなのだが、そのハードなアレンジが楽曲の儚さを逆説的に強調する名トラック。ギターサウンドの多用がむしろシューゲイザーにも近い浮遊感を醸し出しているのがポイント。
ちなみに「Sugarless GiRL」は先行販売された12インチ『capsule rmx EP』にCD収録版とは若干違うキーで製作されたextended mixが収録されている。
また「グライダー」は後にベスト盤『FLASH BEST』に「Live mix」なる別バージョンが収録される…のだが…(『FLASH BEST』の記事へと続く)。
つづく。