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今年の初夏になって急にSyrup16gを聴き始めた人が勢いで無謀にも挑んだ全作レビュー [ひとまず再結成前編]

 タイトルの通りです。お手柔らかにお願いします。

『Free Throw』

 1999年にUK.Project内のレーベル、TiNSTAR RECORDSからリリースされたEP。
 一部の楽曲が『delayedead』で再録されたり、2006年にベスト盤『静脈』『動脈』に一部音源が収録されたりしたものの、アルバムそのものは長らく廃盤状態が続いていたが、2009年にUK.PROJECTから発売された既発音源を集めたボックス『a complete unknown』の中の一枚として再発(この時点ではバラ売りなし)され、その翌年の2010年にはメジャー時代の作品と共に一般流通で再発された。
 再発時にはベスト盤『動脈』『静脈』にボーナス音源として収録されたデモ曲3曲「You say 'No'」「向日葵」「愛と理非道」(『delayed』収録版とは異なりバンドアレンジ)が追加収録されている。
 なお、ストリーミングサービスの音源のうち再発盤が存在するものは原則として2010年の再発盤に準拠しているため、どの作品もボーナストラックも含んだ状態で配信されている。

 そんなこんなでややこしい経緯をたどっているが、実態としては他の作品―『delayedead』で重要な収録曲の殆どが聴けてしまう作品である。一応は現在入手できる音源の中ではここがバンドの原点になるので、そこには大きな意味があるけれども。

 ひとことで今作の特徴を言うと、「恐らくsyrup16gの作品の中で一番音が軽いアルバム」。特にドラムのスネアの鳴りはペラッペラも良いとこ。
 とはいえ、「Sonic Disorder」「明日を落としても」といった『delayedead』とはアレンジが大幅に異なる楽曲群では、その音の軽さもネオアコ的な味として楽しめる。
 しかし、「翌日」「真空」は明らかに『delayedead』の方が良いと思うし(特に前者はアレンジは悪くないがボーカルが演奏に埋もれ過ぎ)、今からこのバンドの音源を聴くとして、これの良さがわかるのは他の作品を聴いた人だと思うので、入手するのはかなり後で良いはず。
 アレンジの違いを楽しんで自らの好みでどちらがいいかジャッジする、という楽しみ方ができるので、少なくとも『delayedead』は聴いておいた方が良い…かな。

 とはいえ、ロックのノリにニューウェイヴっぽい旋律とドス暗い詞を乗せた、タイトルからは予想も付かない世界が広がる怪曲「Honolulu★Rock」はここでしか聴けないし、ボーナストラックとして追加された曲群―デモテープ収録の秀曲「向日葵」や「愛と理非道」のバンドアレンジ音源も良いので、「単なるファンアイテム」の領域は脱していると言えるだろう(逆にベスト盤を持っているとここでしか聴けないのは「Honolulu★Rock」だけなので、一気にファンアイテム感が増してくるのだけれど…)。

『COPY』

 2001年にUK.Project内のレーベル、代沢レコードより発売された初のフルアルバム。今作は再発盤が存在せず(再発ボックス『a complete unknown』の一部として製作された紙ジャケット盤が存在するがバラ売りはされていない)、オリジナル盤が現在も生産され流通している。

 帯に書かれたキャッチコピーは、「生活」のワンフレーズを改変した「君に存在価値はあるのか?」。一般的に想像される「syrup16g」のパブリックイメージは今作で早々に確立されている。
 特に「無効の日」「生活」「デイパス」辺りでは詞、曲、アレンジ、全ての面において今後も貫かれるバンドのスタイルが既に完成していて驚かされる。ここが原型とか、ここから発展、とかではなく、いきなり完成形。

 とりわけ「生活」における日常生活の倦怠を並べ立てる薄暗い歌詞と、一度聴いたら何故かずっと頭に残るメロディ、そして妙な転調の同時進行という手法はこのバンドのスタイルを過不足なく表現しており圧巻。代表曲として扱われることが多いのも納得の名曲。
 また「パッチワーク」のような楽曲ではまるで振り払っても振り払っても纏わり付いてくる湿気のような異様なコードワークと、その異様さを滅さずに個性として昇華するバンドアレンジの巧みさも示されている。

 音作りに関してはこの後のメジャー流通の作品群と全く遜色がない。特に静と動のメリハリを利かせたミックスが非常に良く、「無効の日」「負け犬」のような楽曲ではかなり効果を上げている。敢えてリズム隊を軽くしたであろう「生活」のミックスも良い。

 ある意味『Free Throw』よりもここが「始点」ではないか、と言いたくなるような、バンドの要素を過不足なく還元した好盤で、作品としても聴きやすい。ここから入るのも数作聴いてからこれを聴くのも、どちらもアリ。
 当時のベーシスト佐藤の手による、犬を描いたどこか異様なジャケットイラストに”何か”を感じ取った人は聴いてみると良いと思う。

 先に上げた楽曲以外では、アルバムの冒頭から思いっ切り食らわしてくるスローバラード「She was beautiful」、爛れた倦怠感が癖になる「(I can't) Change the world」、疾走感と空虚さがドロドロに混ざる「Drawn the light」が良い。

『coup d'Etat』

 2002年に日本コロンビア内のレーベルTRIADより発売された2ndアルバムにしてメジャーデビュー作。
 なお、これ以降のメジャー流通作品のオリジナル盤は原則として廃盤で、現在流通しているのはUK.Projectから2010年に発売された再発盤。
 CDのケースと同じ比率のサイズの見開き紙ジャケット仕様になっており、一部の盤にはボーナストラックなどが追加されている。ただしこのリイシューは歌詞カードやCDの盤面といったアートワークが統一されたフォーマットのものに変更されていて、表1・表4と一部の箇所以外のオリジナル盤のアートワークは原則削除されているので注意。
 再発盤ではオリジナル盤と同時発売されたアナログ盤のみに「intro」の題で収録され、後に2006年のベスト盤『動脈』にて初CD化された短いインスト「AnotherDayLight」が1曲目に追加収録されている。
 また、今作を以ってオリジナルメンバーであったベーシスト、佐藤が脱退する。

 あまりにも短い表題曲で吐き捨てられる言葉は「声が聴こえたら神の声さ」。
 そもそもメジャーデビューするのにシングルなどなくいきなり全曲新曲のフルアルバム、という点からして凄いが、その中身はもっと凄い。全曲にわたって単なる音楽作品とは思えぬほどの緊張感が漲っており、インディーズからリリースされた前作よりも遥かに生々しい表現をリスナーの眼前に曝け出している。

 諸作を聴いた後ではsyrup16gのことをそこまで「暗いバンド」だとは思わなかったんだけど、その印象が形作られるにあたって、今作を聴いた時の印象はひときわ強かった。「神のカルマ」「天才」「ソドシラソ」「手首」「空をなくす」といった曲の中には、(もはや誰を突き放しているかもよく分からないが)あまりにも筋が通った「No」の意思が強く示されていて強烈。
 今作を聴いていると、このバンドの表現にあるのは所謂「鬱」的なものではなく、どちらかと言えば闘志の激しさや意志の強さ、それを貫くためには感情の中の闇と向き合う必要性があるということなんじゃないか、と思わされる。冒頭の「My Love's Sold」の時点で既に「一応臨戦状態です」と布告されているように。
 その獰猛さの印象を更に深めるのが今作のミックス。ボーカルも楽器の音も並列に持ち上げられた異様な圧迫感のある音作りは、今作の収録曲の獰猛さを確実に底上げしている。
 特にギターの音の迫力は半端なく、アルバムの読後感を決定的なものにする終曲「汚れたいだけ」は楽曲そのものが素晴らしいということは当然としても、間違いなくこの音作りによってその完成度を高められている。

 実際に鳴っているメロディは、以外にも癖のある転調が多分に含まれている割には結構聴きやすいものなのだが、それが獰猛さにひときわ貢献するレベルでとにかくヘビーな作品なので、最初にこれを聴いていいのか…とも思うが、いきなりここからチャレンジしてみるのもアリだと思う。
 そして今作を気に入ったら多分このバンドの他の作品は全部聴ける。間違いなく傑作。

 個人的に好きなのは物悲しいメロディと全てを食い千切るような獰猛さが同居する「ソドシラソ」、ゆったりとしたテンポの中で転調を繰り返しながら錯乱していく「バリで死す」、そして「汚れたいだけ」。

『delayed』

 前作のわずか三ヵ月後にリリースされた3rdアルバム。今作からベーシストがキタダマキに交代。「水色の風」には親交の深いBump Of Chickenの藤原基央がコーラスで参加。
 11曲目の「Reborn (acoustic ver.)」は2010年の再発盤ではトラックリストに明記されているが、オリジナル盤ではトラックリストに表記の無いシークレットトラックだった。

 五十嵐は曲作りのペースが異常に早いことで知られている。デビュー前には既に大量のオリジナル曲が存在していたにもかかわらず、『COPY』も『coup d'Etat』も全曲がそのアルバムのための書き下ろしであり、そのレパートリーの殆どは収録されなかった。
 そこで製作されたのが、この収録曲の殆どを『COPY』『coup d'Etat』以前にライブで披露した未音源化曲や、かつてデモ作品などに収録した楽曲の新録で構成した『delayed』である。この『delayed』は後に膨大なストックを放出する手段としてシリーズ化していき、現在『delayed』『delayedead』『delaidback』の三作がリリースされている。

 …という、バンドの歴史において重要なシリーズの初作であり、また一般的な認知度も非常に高い名曲「Reborn」も収録している重要作のはずなのだが、今作を覆う雰囲気は正直かなり人を選ぶものだと思う。ぶっちゃけ私もまだうまく消化できていない。「Reborn」のイメージで今作を聴くとかなり面食らうのではないか。
 というのも、今作はアレンジがかなり淡白なのだ。アコースティックギターや鍵盤楽器が前面に出た曲が多く、ラストの「愛と理非道」に至っては殆どバンドサウンドですらなくなっている。「Everything is wonderful」「Reborn」「Anything for today」「落堕」のようなアグレッシブな楽曲もあるとはいえ、アルバム全体の雰囲気は若干やりすぎなまでにチルアウトしたものとなっている。特に中盤の「サイケデリック後遺症」「キミのかほり」「Are You Hollow?」の3曲は恐らくsyrup16gのアルバム史上最も静かな流れ。

 思うに、今作は『coup d'Etat』と対になる形で存在している作品なのではないか。実際、オリジナル盤のアートワークの一部の要素は『coup d'Etat』にも使われたものを再利用しているため、(バンド本人の意思かは別として)そうした意図の存在を感じる。そもそも作品のコンセプトからして『COPY』『coup d'Etat』で掬い上げられなかった要素を聴き手に届けるための存在なので、こうした内容になるのは必然なのかも。…だとしてもちょっと極端じゃない?とは思うけど。

 あまりポジティブな書き方をしてこなかったけれど、別に私が若干の難しさを感じただけでとても良いアルバムだと思う。実際収録曲そのものは素晴らしい。
 しかしその一方で、「Reborn」収録ということでここから聴こうとする人も多いと思うけどそれはどうなんだろう…とも思う。『coup d'Etat』と同時に聴くのがおすすめかな。

 まあ「Reborn」は別格として、ド直球な泣きのメロディが聴き手を直撃してくる「センチメンタル」、今作ならではの余白の多いアレンジを見事に活かしたアガるロックチューン「落堕」、変化球ながらアレンジがやたら印象に残る「愛と理非道」、そして藤原基央のコーラスが絶妙に絡む「水色の風」が良い。

『HELL-SEE』

 2003年にリリースされた4thアルバム。なお前作との間隔は半年開いていないという相変わらずのハイペースさ。
 もともとシングル用の予算が降りていたにもかかわらず、シングルをリリースすることに難色を示した五十嵐がその予算内で15曲のレコーディングを強行、という経緯で製作された作品。そのためオリジナル盤は1,500円で販売された。
 今作にはいくつかのバージョンがある。一万枚限定の初回盤は紙ジャケット仕様で、ライブ音源2曲を収録した8cmCDが特典として封入されている。8cmCD収録曲は「落堕」と「coup d'Etat~空をなくす」。このCDの音源は今のところどこにも再録されておらず、ここでしか聴けない。通常盤も赤いケースの特殊仕様の盤(初回プレス?)と通常のケースの盤の二種類が存在。
 2010年の再発では価格が税抜2,000円に改定され、更にこの再発シリーズで唯一となるリマスターが高山徹の手によって施されている。オリジナル盤の製作の際に、メンバーは録音・ミキシングでエンジニアを担当した高山に対してマスタリングも希望していたものの、諸事情により実現しなかった、という経緯があり、その希望が再発盤で叶った形。
 なお、ストリーミング配信は2010年再発盤収録のリマスター音源が配信されている。
(※私が所持しているのは旧規格の初回盤なので、それに準拠したレビューになります)

 前述の通り低予算で製作されたため、レコード会社の地下にあるスタジオとも呼べないような部屋で録音された、とも言われており、そのため音はあまり良くない…というのが通説だが、そもそもこの音質は意図的な表現の一つであるみたいだし、それに個人的には「確かに良い音ではないけれども、言われているほどでもないのでは?」とも思う。
 例えばナンバーガールの『School Girl Distortional Addict』よりは遥かに音質は良い(もちろん『School Girl~』も意図的にあの音質でリリースされたことを分かったうえで書いています、私はナンバーガールであのアルバムが一番好きなので)。
 何より、楽曲群の持つどろっとした質感が、音質をアレンジの一つとして飲み込んでいる。

 そもそも今作はタイトルからして「健康」と「地獄を見る」を掛詞にしたあまりにもブラックな洒落なのだけれど、この言葉がアルバムの全てを端的に言い当てている。
 バンドの本質的な要素であるところの暗い感情を取り上げる目線、ひねくれたユーモア、そして己の内外に対する怒りが、『coup d'Etat』のような闘志にも整理されず、殆ど無加工の状態で収められている。一応メロディライティングや楽曲のアレンジは前の2作よりも遥かにキャッチーなのだが、その器の中に含まれているものの濃度・純度が高すぎて危険。
 特に「不眠症」は中盤で突然メロディアスになる展開も、ひたすら自らのなにかを悔いる歌詞も全てが異様。字面だけ見たらどう考えてもふざけているとしか思えない「うるせえてめぇ メェー」という言葉が、ユーモアなのかどうかもわからない状態のまま真顔で吐き出されるのはこのアルバムぐらいだろう。
 今作は『HELL-SEE』という存在そのものがひとつの大きな塊として存在しているような印象が強い。今作のレコ発ライブは収録曲をアルバムの曲順通り演奏したものだったらしいが、実際に作品を聴いた後だとかなり納得。

 細かく書くとおそらくこの項が倍以上の長さになりいつまでも終わらなくなってしまうので曲名だけ挙げると、「不眠症」の他にも「イエロウ」「Hell-see」「(This is just not) Song for me」「月になって」「ex.人間」「シーツ」など、このバンドを聴くうえで避けて通れない曲が大量に収録されている。
 もしかしたら最重要作。初心者がどのタイミングで聴くべきかは人によって意見が違うだろうが、その一方でsyrup16gを聴くうえでは今作を避けることができないのは確実と思う。

 初回盤付属のCDで聴けるライブテイクは2曲(正確には3曲)とも客も演者もテンションが高い好テイクなので、興味があるなら探してみても良いのでは。

『パープルムカデ』『My Song』

 2003年に発表されたシングル2作。『パープルムカデ』は9月に、『My Song』は12月にリリース。2010年再発では『パープルムカデ / My Song』として、2枚組の2in1仕様となっている。私が持っているのもこの再発盤なので、ここでは一つの項に纏める。
 なお、『パープルムカデ』はオリジナル盤では表題曲以外の歌詞が表記されておらず、残りの3曲の歌詞は公式サイトで公開される形となっていた。再発盤の歌詞カードは全曲の歌詞が表記される形に修正されている。また『My Song』にはタワーレコード限定販売の別ジャケットバージョンも存在する。

 そもそも「シングルを出したくない」という理由でアルバムを無理矢理製作した前作から、半年ぐらいしか経っていない状態で既にシングルをリリースしている(しかも3か月周期で二作連続)という時点で異様な早急さを感じるが、内容の方は更に特異なものとなっている。
 この二作における最大の特徴が、「回送」「My Song」で大々的に取り入れられた打ち込みだろう。特に「My Song」では他者(石川鉄男)による共同プロデュースという初の試みが行われている。この試みはシングルにおける次作であるところの「リアル」にも継承される。

 まず『パープルムカデ』は拍子・リズムパターンの行き来が複雑怪奇な表題曲、ピアノの静謐な響きが印象的なチルアウト「(I'm not) by you」、打ち込みを導入した意欲作「回送」、中畑が録音・ミックスを手掛けた長尺弾き語り「根ぐされ」の4曲を収録。
 どれもファンから人気が高く、かつそれぞれがバンドのスタイルに転換を与えた重要な存在となっている。また戦争というヘビーなテーマを極めて抽象的に表現した「パープルムカデ」や散文詩のような難解な詞表現へのトライが行われている「回送」など、詞の面でもここから更に別の段階へと進んだ印象がある。
 個人的には「(I'm not) by you」「回送」が非常に好き。なお「回送」はアルバム『Mouth to Mouse』では打ち込みを排したバンドアレンジの別バージョンで収録されており、このバージョンはここでしか聴けないという点にも注意すべき。

 そして『My Song』には表題曲と「タクシードライバー・ブラインドネス」「夢」「イマジン」「テイレベル」の計5曲を収録。こちらには(表題曲以外は)『HELL-SEE』のモードが再来したような、非常に重い曲が集まっている。これまたどれも必聴。
 ファンから圧倒的な人気を誇る名曲「タクシードライバー・ブラインドネス」も重要なのだが、個人的には「イマジン」が最も印象深い。定型的な幸福に手が届かない現状と、しかし同時にその定型的な幸福に強く抵抗する姿が描かれた曲で、トラックの完成度含め圧巻の一言。
 ただ詞も曲も他者の手を借りたアレンジも、その全てがJ-POP的なものに振り切った表題曲「My Song」に関しては単体で聴くとカップリングとのギャップも相俟ってやや奇妙。この曲はアルバム『Mouth to Mouse』の中の一曲として聴いた方がその意図が見えやすいのではないだろうか。

 どちらもかなり重要な作品で、その割にはアルバムには表題曲2曲と「回送」「夢」しか収録されなかったため、バンドの流れを掴むうえでは必須の存在。
 そして何より、2枚ともシングルとしてリリースされただけあって初心者が手に取りやすい内容ではないかと思う。
 もし私がこのバンドのことを知らない人に一作CDを渡すなら、この2枚を一つにまとめた2010年再発盤を選ぶかもしれない。

『リアル』

 2004年、アルバム『Mouth to Mouse』の発売約一か月前にリリースされたシングル。現在は廃盤で、再発のラインナップにも加えられていないが、表題曲のシングルバージョンは『Mouth to Mouse』の再発盤にボーナストラックとして収録。表題曲には吉村秀樹がギター演奏で参加。

 ライブでも繰り返し演奏されている(らしい)バンドの代表曲の一つで、アルバム『Mouth to Mouse』でも核を成す重要曲の一つとなっている。
 また「My Song」の石川鉄男に続き外部プロデューサー(河野圭)を起用。

 ドラムンベースを基調にしたテクノ風の楽曲で、全体の尺も7分とかなり長い。質感としては『Hail to the Thief』辺りのRadioheadに近いアレンジの手法が取られており、つまり前作の2つのEPで断片的に行われていた打ち込みへのトライを更に進化させた形なのだけれど、結局この曲における「テクノとの融合」という作風はこれ以降の作品には継承されなかった。
 アルバム『Mouth to Mouse』の時点でこの曲は既にバンドの存在感を強調した、5分尺の別アレンジで収録されているため、シングル版におけるこの音作りは非常に限定的なスタイルだったのでは。「リアル」というテーマに真っ向から挑んだ詞含めかなりの重要曲。

 カップリングにはここまでのシングル群で培ってきた打ち込みへのトライをベースにして組み立てられた楽曲「うお座」が収録されているが、今作とアルバムではミックスが異なっており、アルバム版とは打ち込みのリズムの組み方などアレンジの細部に結構な差異がある。
 この「うお座」のシングル版に関してはどこにも再録されずサブスク等でも配信されていない。とはいえ、これに関しては正直ファンが「どっちの方が好きか」という主観の好みの話題で多少盛り上がる程度の差でしかないと思う。
 重要な「リアル」のシングルバージョンは『Mouth to Mouse』の再発盤で聴くことができるため、初心者がこの盤を急いで探す必要はない。

 なお、これ以降新星堂及びタワレコ限定でシングルが2作(『I・N・M』『うお座』)リリースされているが、どちらも収録曲はアルバムと同一音源らしいので省略。

『Mouth to Mouse』

 2004年にリリースされた5thアルバム。オリジナル盤の初回盤はデジパック仕様。前項『リアル』で述べた通り、2010年の再発盤では「リアル」のシングルバージョンがボーナストラックとして追加収録されている。
 なお、今作発売後にリリースされたDVD作品を以って日本コロンビアとの契約が終了している。そのため再発盤がリリースされているのはこの作品まで。

 アルバム収録に際してリテイクやリミックスが施された曲も多いとはいえ、アルバムの半数以上が既出曲という、バンドの歴史から見てもかなり特殊な作品。敢えて極めて主観的で勝手な感想を書くと、今作はバンドのスタイルを改めて伝わりやすい形で表現した作品、という風に映る。
「パープルムカデ」はより整理されたクリアなミックスになっているし、今までだったらもう少しいびつな形でミックスされていたであろう楽曲群も、極めて分離の良いクリアな音質で収録されている。そのためシングルで聴くと逆にいびつに見えていた「My Song」はかなりフラットに聴くことが出来る。
 ただ今作のよく言えば整理された、悪く言えば今までよりも軽い音作りで「変態」「メリモ」のような曲を聴くと、(なまじ曲が良いだけに)微妙なもどかしさを感じる。一方で「回送」の新録バージョンや「希望」といった楽曲では今作の音作りがてきめんにフィットしているため、この音作りを一面的に良いとも悪いとも言えない。

 そして歌詞の方では恐らく意図的にポジティブなモチーフが扱われている曲が多い。ラストの「Your eyes closed」で歌われる「愛しかないとか思っちゃうヤバい」というフレーズは象徴的。
 一方で「My Song」のカップリングから絶望的な内容の「夢」が唯一再録されたり、ひたすら毒付く「メリモ」があったりと「暗い感情」の部分も相変わらずで、別に吹っ切れたわけでもない。
 冒頭の「実弾」におけるポジティブさとネガティブさが混ざり切らないまま渦巻く混沌とした様子がアルバム全体を良く表現している。

 詞、曲、どちらの面からも、もしバンドの活動がもう少しちゃんと続いていたらここが「過渡期」になったんだろうな…という印象を受ける作品。実は今作におけるポジティブさへのトライは、何気に再結成後の作品にかなり活かされているのではないだろうか。
 バラエティの豊かさではsyrup16g髄一と言っても良い作品だし、いろいろ書いたけどなんだかんだで聴きやすい音作りになってはいるので、最初の一枚には案外向いているかもしれない。ただ、『COPY』辺りを同時に聴いた方が良い気も。

 五十嵐特有の地に足の着かない美メロが炸裂する「うお座」、徐々に盛り上がっていくトラックと内面の戦いを描いた詞との相乗効果が素晴らしい「I・N・M」、音楽家としての業を美しいメロディに乗せて切々と語る「ハミングバード」辺りが白眉。

『delayedead』

 前作から半年足らずでリリースされた6thアルバム。『delayed』に続くdelayedシリーズの第二弾。前作でメジャーレーベルとの契約が切れたため、『COPY』をリリースした古巣でもあるUK.Project内のレーベル、代沢レコーズからリリースされた。そのため『COPY』と同じく再発盤は存在せず(再発ボックス『a complete unknown』の一部として製作された紙ジャケット盤が存在するがバラ売りはされていない)、オリジナル盤が現在も生産され流通している。
 delayedシリーズの全作にあたる『delayed』と同じく、過去の楽曲のリメイクで構成。当時は廃盤状態だった『Free Throw』の収録曲のうち「Sonic Disorder」「翌日」「真空」「明日を落としても」が再録されている。

 一曲目「クロール」から敵意剥き出し。かつての『delayed』が『coup d'Etat』の対になる存在であったように、今作は完全に『Mouth to Mouse』と対になる作品として作られていると思われる。
 つまり全編通してとにかくヘビーで獰猛。ミックスからして全てのパートがかなり重い音で鳴らされており、前作との違いは明白。恐らく単純な音作りの面では一番『coup d'Etat』に近い存在になっている。ボーカルパフォーマンスも暴れ気味で、「前頭葉」ではこの曲でしか聴けないような絶叫まで飛び出す。

 爽やかなトラックに乗せて皮肉を言いまくる「Inside Out」、空虚さと心地よさが綯交ぜになる「これで終わり」、イントロと本編のギャップが凄いユーモア系の曲「I Hate Music」、静かな中に緊張感が漂う「エビセン」、ラストを飾る物悲しいバラード「きこえるかい」、と過去の楽曲からセレクトされたアルバムというだけあって非常にバラエティ性に富んだ内容になっているのだけれど、そのバラエティ性のトーンが前作のそれとは完全に真反対の方向を向いていることに気付くと何とも言えない笑いが出てくる。
 そして今作でのリメイクに際した加筆や改稿があるのかはよく分からないが、過去曲であることを差し引いてもネガティブな歌詞が並び過ぎ。挙句の果てに「Heaven」では一部箇所の表記に自主規制が入る始末。

 また『Free Throw』収録曲の新録はどれもかなり好調。原曲を正当にアップデートした「Sonic Disorder」「真空」、原曲からやや趣を変えた「明日を落としても」も良いが、何よりもアルバム全体を覆う凶暴さによって「翌日」に込められた希望が際立つ様子が圧巻。バンドの聖域のような名曲であることを改めて確認させられる。

 総じて「過去曲のリメイク」という実際のコンセプト以上に原点回帰した作品になっていて、かなり強烈な印象がある。個人的には『coup d'Etat』と並んで印象深い作品。
 このバンドの曲をある程度聴いた人だからこそ受け入れられるようなややマニアックな面も散見されるが、最初の方に聴いたところであまり問題があるとは思えない。例えば「翌日」を気に入ったのでこのアルバムから入りたい、という場合はここから聴いても全然大丈夫。

 しかし、この後バンドはライブでのみ新曲を発表する混乱した状態に突入。次のセルフタイトル作が再結成前最後のアルバムとなってしまい、今作で見せた側面が活かされないまま解散に進んでしまったのが若干残念。
 再結成後の作品は若干トーンが変わってしまうため、もう一枚ぐらいこの路線の作品を聴いてみたかった気もする。


(※ここまでのレビューの記述で分かると思いますが、『動脈』『静脈』に関してはボーナストラック群を別の媒体で揃えてしまったので省略します)


『Syrup16g』

 2008年にリリースされた、再結成前最後のアルバム。今作はバンド唯一のisland/UNIVERSAL SIGMAからのリリースとなっており、そのせいかボックス『a complete unknown』の中の一枚としての再発はあったものの、その後の2010年再発のラインナップには加えられなかった。
 そのためCD盤は再発されていない。ネットショップなどでは品切れ状態が続いているため、廃盤になったものと思われる。
 また、流通ルートの違いの関係で以前からサブスクで配信されていたせいか、2019年のサブスク開始記念のレビューサイトのレビュー対象からは外されている。

 一曲目から堂々の「結局俺はニセモノだった」宣言。今作も「暗い」のだけれど、今作の「暗さ」は言うなればバンド・五十嵐を取り巻く環境(バンドの空気の悪化、五十嵐の肉親の不幸など…)のせいで強制的に醸し出されたものであり、いつもの暗さとはかなり趣を異としている。
 結果として作品全体に何とも言えないどん詰まり感が満ちていて、他の作品とは違う意味で生々しい。特に五十嵐の肉親の不幸をそのままテーマにした「HELPLESS」は、今までの楽曲とは方向性の全く異なる悲痛さが漂っている。

 そして今作最大のネックは音作りだろう。今作はメンバーがバラバラにスタジオ入りして録音した素材の上に五十嵐がギターと歌を乗せて制作されたらしく、そのせいかダイナミクスが決定的に不足している。
 特にドラムの響きがあまりにもデッド気味で、結果としてバンドサウンドそのものがバラバラに分離してしまっている。

 アレンジ面でも随所に妙な要素が入っており、バンドの混乱した状況が伝わってくる。
 特にすごいのが「君をなくしたのは」。打ち込みを用いたアレンジ手法を更に押し進めた楽曲で、売れ線狙いのJ-POPかと見紛うようなキラキラしたアレンジが施されている。トライとしては十分アリだけど、このタイミングでやる事じゃないだろう…。
 複数の外部プロデューサーやエンジニアが一曲毎に起用された結果、混沌とした状態になっているスタッフクレジットが今作を象徴している。ソングライティング的には質の高い楽曲が揃っているのに…。

 そしてラスト3曲の流れはいくらなんでも出来過ぎで、再結成後の耳で聴くとちょっとキツい。もちろんこれが当時のリアルだったんだろうけど。
 結局、再結成後の作品が今作の延長線上にならなかったことが分かった今、なかなか微妙な立ち位置の作品。にわかファンながらも、つくづく再結成してくれてよかったなあと思わせられる。

 誤解が生じないように書けば、楽曲の出来そのものはとても良いので、思い入れの強い人たちがネット上で言っているほどダメなアルバムではない(※)。
 しかし一方で今作にはバンドの履歴を頭に入れた人だけが分かるようなドキュメンタリー的な要素が多く、故にかなりファン向けのアルバムだろう。他の作品を数枚聴いてから聴くのが無難。

 わかりやすい泣きメロを違和感なくモノにしている「さくら」、楽曲の物悲しさと今作のバラけた音作りが奇跡的な一致を見せる「来週のヒーロー」、ある種ラストトラックよりも内省的な空気が漂う弾き語り「君を壊したのは」が良い。

(※:今作の収録曲の殆どは2005年頃から2007年までの間にライブ会場で演奏された大量の未発表曲群からのセレクトとなっているのだが、会場でそれらの楽曲を聴いていた人たちにしてみたら、あまり納得のいかない展開だったんだろうなというのは予想が付き、まあ、そりゃ評価も低くなるよな…と思う…)

 再結成後の作品については『darc』のCD盤を入手したら書きます。