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ZONEオリジナルアルバム全作レビュー3/3:『N』

 2004年2月にリリースされた3rdアルバム。あまりにも早急すぎるペースで発表された前2作から一転、1年以上のスパンを開けてのリリースとなった。
 とはいえ、この間にはボーカルであるTAKAYOの脱退、そして新ボーカルであるTOMOKAの加入という変動があったので、前作までと同じペースでの製作はそもそも無理だっただろう。結果として、TAKAYOが在籍していた頃の曲とTOMOKA加入以降の曲が混在している若干複雑な作品となっている。一応、アルバムの前半(新体制)と後半(旧体制)で曲を時期毎に分けてあるが。
 また、これは同時に「TOMOKAを迎えた新体制ではフルアルバムを制作できなかった」ことも意味している。

 はっきり断言する。最高傑作。1曲目「卒業」のサビメロに突入した瞬間の「これだよこれこれ!」という昂ぶりは一種異様なものがある。先述の事情がありながらここまでの作品に仕上げられたのは素直に凄い。
 シングル曲6曲(うち1曲は別アレンジのリテイク)にアルバム曲6曲+既存楽曲のライブテイク1曲という新曲の比率が高かった前作に比べると既発曲が多い構成になっているが、ぶっちゃけ今作に関してはこうした比率は何ら問題にはならない。アルバムとしての出来が良ければ結果オーライだ。

 なぜ今作が最高傑作になったのかと言えば、それは間違いなく町田紀彦が全曲の作曲を手掛けている(※タイアップ・シングル曲である「true blue」のみ共作曲)からだろう。

 全曲が町田作品なのだから当たり前なのだけれど、今作では前作『O』のレビューでも書いた町田の作風―80年代~90年代初期のバンドっぽいベタさに90年代末期~2000年代初頭のJ-POPの空気感を混在させたような独特の作曲を堪能できる。
 そして今作、恐らくZONEのオリジナルアルバム史上最もバラエティ豊かな楽曲を揃えている。
『O』以降のトーンが反映された冒頭4曲のロックチューン群、アイドルポップ風のロックンロール「BeaM」、シングル曲をアコースティックでリアレンジした「白い花 <acoustic ver.>」、アルバム収録曲としては1st収録「世界のほんの片隅から」以来となるフル打ち込みの「恋々…」と、とにかく今作収録曲のアレンジの幅広さはここまでの作品の作風を考えると異常なレベルにまで達している。このバラエティ性は各曲のアレンジャーの手腕によるところも大きいと思うが、一方で町田がそうした様々なアレンジに耐え得る楽曲を作り出していたことも大きいだろう。
 無謀にもジャズに挑戦している「prayer」は流石に冒険が過ぎている気もするが、そんな冒険でもしないよりもやる方が遥かに良いに決まっている。思えば、ここまでの作品にはこうしたアレンジ上での”冒険”が欠如していたなとも思う。
 また前半新体制楽曲、後半旧体制楽曲という形で固めた(故にアルバム後半はほぼシングル曲)構成は様々な事情が重なった、状況の産物だったのかもしれないが、旧体制終盤のシングル曲は傑作揃いであるため結果としてアルバム終盤にかけて盛り上がりどころが設けられる形になり、アルバム全体の流れをうまく作っている。

 ここまでの作品において、「secret base」のシングル化ですら反対意見が多数あったという環境では(あくまで事務所の社員でありプロの作曲家ではない)町田に全てを任せるという判断はまず出なかっただろうし、町田は町田で事務所の業務もあっていきなりアルバム全曲を手掛けるというのは難しかっただろうし、プロの作曲家ではない故、プロと同じようにフレキシブルには動けなかったのかもしれない。そうした様々な制約があって、こうした全曲作曲作品を作るのは難しかっただろうことも理解できる。
 …そうした諸々が分かっていても、やはり町田が全曲を手掛けた途端にここまでパワフルな作品が仕上がるのはいくら何でもインパクトがありすぎる。

 そもそもZONEというバンドの在り方を考えたときに、町田は第五のメンバーに近い存在だ。
 確かに今作の収録曲はメロディの印象が被るものがあったり、転調が若干妙な印象を受ける曲もある。また、ここまでのレビューではあまり触れてこなかったが、町田の作詞には独特の癖があり、その癖がかなり強く出る時がある。
 しかしそれは間違いなく町田という作家がZONEと共に歩んできた中で獲得してきた彼の作風だし、そしてそれはそのまま町田と共に成長してきたZONEというバンドの個性でもあるはずだ。
 それを考えれば、今作こそがZONEというバンドの本来あるべき形にかなり近い状態なのではないかと思う。つまり今作は、ここにきてやっとZONEが「バンド」として送り出せた唯一の作品として見ることも可能だろう。その点において、今作が最高傑作になるのはある意味で必然だったのだ。

 そんな「バンド」としてのZONEを収めた今作のラストを飾るのは「secret base~君がくれたもの~」のライブ音源。また「secret base」か、という気持ちも少しだけあるが、この音源は今までの同曲とは訳が違う。

 ZONEはスタジオ音源に関しては、(全ての楽曲のトラックがそうなのかまでは不明だが)基本的にスタジオミュージシャンが演奏したトラックを使用していたと見られている。2019年にClariSが「secret base」のカバーを発表したのだが、その際に原曲のトラックがそのまま使用されたためトラックを”実際に”演奏していたスタジオミュージシャンたちの名前が20年近い時を経て初めて正式にクレジットされる、という出来事もあった。
 だからといってメンバーは全く演奏が出来なかったわけではなく、むしろライブに於いてはかなりの数の曲をちゃんとメンバーの生演奏で披露していたようだ。
 そしてここに収められた「secret base」のライブ音源は、ZONEのメンバー自らによる演奏がCD化されたことが確定している、恐らく唯一のテイクなのである。

 メンバーによる演奏は技術的には恐らくそこら辺のアマチュアバンドと大差ないだろう。アレンジ面もあくまでスタジオミュージシャンによるトラックを精巧になぞったもので、例えば他の一般的なバンドに期待されるような、ライブならではの別アレンジやセッションがあったりするものではない。そもそも演奏技術的にスタジオ版のトラックを再現するだけで精一杯である可能性が高い。
 しかし、子供の頃の「夏の終わり」の思い出を追想する楽曲のコンセプトとメンバーによる少し頼りない演奏の相乗効果は凄まじいものがある。言うなれば、音のテクスチャで「夏の終わり 将来の夢 大きな希望」を完璧に表現しきってしまっているのだ。この曲の持つ根源的な儚さや切なさをウェルメイドなスタジオ版とはまた違う角度から切り取ってみせた名テイクである。

 今作のリリース後3枚のシングルをリリースするものの、MIZUHOによる脱退の申し出をきっかけとして2005年の春にZONEは解散する。この後にリリースされた2枚のアルバム『E ~Complete A side Singles~』『ura-E ~Complete B side Melodies~』はタイトル通りどちらもベストアルバムであり、結果として今作が最後のオリジナルアルバムになった。
 バンドの命運を良くも悪くも大きく変えた「secret base~君がくれたもの~」をメンバーが自ら演奏した音源が、やっと「バンドとしてのZONE」を作品に収めることに成功した最後のオリジナルアルバムの終曲として置かれていることに、奇妙な偶然の存在を感じずにはいられない。

 今作は個人的に好きな曲がとても多くて、これが好き、というのを絶妙に挙げづらいのだけれども(シリアスロック路線のアレンジの上で町田の「癖」を感じるメロディが炸裂する「ROCKING」や「secret base~君がくれたもの~」に匹敵する”夏の終わり”の傑作「H・A・N・A・B・I~君がいた夏~」などなどとにかくいろいろ書きたい曲が多すぎる…)、敢えて1曲を選ぶならば「Like」を挙げたい。
 実は「ZONEの作品を改めて聴いてみよう」と思ったのは、サブスクで適当にいろいろ聴いているときにこの「Like」に出会ったからだ。オルタナロック風味のバンドサウンドにシンセを絶妙に絡めたアレンジ、最初から最後まで隙の無いメロディワーク、そして異常なまでにストレートな作詞、どれを取っても完璧な曲だと思う。

(文中敬称略)